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Last update 2008年03月16日

sCeNeRy  著者:Glan



『私、今の社会って、お芝居みたいな気がしてしかたがないの』
「……はぁ?」
「なんだよ、お前知らないのか」
 赤毛の少年は呆れた顔で少女を見つめた。少女は、まるで男がやるようにぼりぼりと頭を掻き、いきなり彼の頭を小突いた。不意打ちに驚いたのか、呆然とする少年。
「どうせまたその辺で拾った小説なんかの台詞だろ。だから何だってんだよ」
「……ったく、お前ってほんとに女らしさがねーなぁ。もっとお、し、と、や、か、にしてみろよ」
「おしとやかだぁ? あたしに今更女らしさなんか求めんなよ、気持ち悪い。
それより、ちゃんと"仕事"してきたのかよ?」
 彼女の問いかけに、少年は当然と言う風な顔で右手を差し出した。握り締めた拳の中には、黄金のコインがぎっしりつまっている。少女は目を輝かせて、彼からそれをひったくった。ひんやりとした感触が、彼女の手から全身に伝わった。
 天は暗黒のカーテンに閉ざされている。冷えた空気が冷たい地面を滑っていくのにあわせて、二人はブルッと身体を震わせた。死にかけた夜光虫のように弱い光を放つランプ、その明かりで、コインは太陽のような輝きを放つ。
「バレなかった?」
「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってるんだよ」
「この街じゃ、アイガルの名前を知らない奴はいないからね。色々な意味で有名だ」
 少女の少し皮肉を含んだ笑みが、ランプに照らされて怪しく見える。
 アイガルは後ろに束ねた髪を少し整えて、尻を浮かせずに少女の近くに寄った。
「なぁメル、前から話しておきたいことがあったんだけどさ……」
「馬鹿、近寄るなよ気持ち悪い」
 離れようとした彼女の腕を、アイガルは驚くほど強い力で引き戻した。メルは一瞬身体を強張らせて、彼のほうを見た。これまで彼女が見たことのない、真剣な表情の男がそこにいた。
「そろそろ、女になっても良いんじゃないのか」
「は、はぁ? お前、何言って――」
「俺は真剣だ!」
 大声で言って、アイガルの顔はメルに近づいた。
「お前だってずっと思ってたんだろ。もっと女らしく生きてみたい、女として人に見られたい、って。俺には隠してつもりだろうが、何年も一緒にいれば嫌でも分かるんだよ」
 メルの頬がわずかに紅潮した。琥珀色の瞳が、忙しく焦点を探してさ迷っている。図星とは認めなくなかったが、彼女には自分を隠す余裕はなかった。
「分かったか? お前の真剣な気持ちを聞きたい」
「な、何だよ」
「お前、俺に抱かれたいか?」
 メルは、心臓が飛び出るかと思うほど大げさに身体をビクつかせた。それは半分は驚きで、半分は期待からだ。心のどこかで密かに待っていた、純粋な想いが水面下に現れたしるしであった。
「どうなんだ」
「どうって……こんなところで、出来るかよ。ライとユローが起きたらどうすんだ」
 メルの視線が、再び地面を泳いだ。
「今は真夜中だぜ。起きるわけないだろ」
 アイガルの声が、少し強引さを伴ったものになった。はやる気持ちを抑えているという、男にはありがちな気持ちの表れであることは女のメルにも分かった。しかし、彼女にとってそれは軽い戦慄だった。
「まだ……」
「ん?」
「まだ、準備が出来てない。あたしは、ずっと男と一緒に暮らして、男になりたいと思って生きてきたから、女のことが良く分からないんだ」
 メルは言って、アイガルの体を引き離した。リズムの乱れた胸を押さえ、空を向いて彼の目から顔をそらした。女性の象徴であるその部分を強く掴み、彼女はこれ以上ないくらい自分が「女」であることを自覚した。
 アイガルはまるで小さい子がおもちゃをとられたような顔で、その後姿を黙って見つめているだけだった。
「やっぱ、俺じゃダメなのか……?」
「そんなんじゃない!」
 即座に否定するメル。見えないアイガルの顔は、彼女にとって酷く不気味に見えた。
「じゃあ、いつになったら――」
「そんなことわかんねぇよ! ……あたしだって、自分のことよくわかんねぇんだよ」
 声を遮って叫び、か細い声で自分を責めるように付け加えた。
 アイガルは何も言わず、小さく漏れたため息が夜にとけた。

 雲がちぎれ、いつの間にか空に星の光が戻っていた。
 冷たく固い地面に仰向けになり、二人はしばらくそれを眺める。遠くで、酔った金持ち達の笑い声が響いていた。
「なぁ、アイガル」
「ん」
「さっきの本、どういう話なんだよ」
 彼のほうを向いたメルの顔は、幾分刺々しさを失い、柔らかなくなっていた。アイガルは軽く苦笑して空に向き直る。
「遠いどこかの星の話だ。そこは、セドナみたいに文明が発達してて、人間がやることは大体機械にとって代わられてる。ある街で、旅人の男が少女に声をかける。君はここが好きかい、ってな。そしたら少女はこう答えるんだ。私は、好きだと思いたいけどってな」
「なんだかよくわかんねぇ話だな。女のほうも、もっとはっきり物言えよ」
「そりゃ、ブンガクに縁のないお前にはよくわかんねぇ話だろーよ」
 メルは、思いっきりアイガルの右腕を捻った。仰向けのままの姿勢で、アイガルは悲鳴をあげて、左右にゴロゴロと転がるフリをする。
「で、続きは?」
「ったく……お前にはやっぱり女は合わないな。それで、男は訳を聞くと、少女はちょっとたどたどしい感じで自分の想い出を語り始める。両親にいらない子だと言われながら育った幼少時代のこと、泣いてばかりいたときに出会った優しい男に助けられたが、そいつは自分の体が目的なだけのクズだったこと、母親が死に際に、強い子どもに育てたいと思ってわざとキツくあたっていたと明かしたこと……それから彼女は、寂しげな笑顔でつぶやく。ねぇ、お芝居みたいでしょ?」
「なんだそりゃ」
 メルは、さも退屈そうに舌を出して夜空に視線を移した。
「いいから聞けよ。少女は、戸惑う旅人に向かってどんどんしゃべり続ける。この街はまるで舞台みたいだ、私は舞台で哀れな少女を演じる役者。次から次へと不幸なことが起きて、それでも少女は生きていく、そんな話のようだ、と。今の社会はまるでお芝居みたいで、自分が本当は誰なのか知らなくて、興味さえなくなってしまっているんじゃないか、私はもしかしたら、それに気づいてしまったたった一人の人間なんじゃないか、って。早口で興奮しながらまくし立てる。清楚な見かけとは違う彼女の内面の発露に、男はただただ驚くばかり」
 語りに熱がこもってきたところで、アイガルが横を向くと、メルは大口を開けて夢の世界に旅立とうとしていた。
「寝るなよ!」
「んあ?」
「せっかく人が話してるときに……最初に聞いてきたのはお前だってのに」
「あぁ、ちゃんと聞いてるよ。あたしは、耳だけは……いいん…だ」
 言いながら、再びまどろみに沈もうとするメルの顔を、パチンパチンと二度ひっぱたいた。彼女の視界に、一瞬だけ星が増えた。
「なにすんだよ……今日はもう疲れたから、寝ようぜ」
「最後まで語らせろ。いくら頭の中空っぽのお前でも、俺と一番歳近いんだからな」
「だ、誰が空っぽだって……」
 ひくひくと眉を振るわせる彼女を尻目に、彼は遠くを見るような表情で空に握りこぶしを上げた。
「俺達も、もしかしたらこの物語の女の子みたいに、ただ社会の中で役割を演じてるだけなのかなって、不安になる」
「そんなもんかねぇ。あたしは別に、明日まで生きられるってことが分かってりゃそれで十分だと思うけどな」
「そりゃあ、それが第一だ。でもよ、ちょっとそういう俗っぽい世界から身を離してみると、俺達が毎日やってることってのは、なんだかそれを期待する見えない読者に向けたパフォーマンスとしか思えなくなってくるんだ。それって、すげー怖いことなんだよ」
 沈んだアイガルの声。メルはその声にまるで隠していた秘密を一気に暴かれるような鋭いものを感じ、顔をひきつらせた。彼女にはどうしてそんな気持ちになったのか、根底の理由は理解できなかったが、笑ってごまかせる様な話とは見ることが出来なくなった。
「じゃ、じゃあ、お前の言ってることがその通りだったとして、それでお前はどうしたいんだよ? んなこと知ったって、結局今の暮らし以外にあたし達が生きる術はない。どうしようもないだろ」
「……そうだな。でも、」
 少年は、不意に体を横に向け少女の腕を握った。あまりに突然の行為に、メルの顔は驚きと羞恥心が混じった複雑な表情を作っている。二人の視線が、薄暗い夜の空気を隔てて交錯した。
「さっきの物語の少女は、男と旅に出るんだ。もっと新しい世界を探したい、たとえ私の人生が、生まれてから死ぬまで、与えられた舞台で悲劇の少女を演じることでしかなくても、旅人のあなたともっと広い世界を見てみたいって」
「お前……まさかポロフェリアを出るつもりなのか」
 メルが、押し殺した声で聞いた。彼女の内に、言い様のない黒いもやが広がっていく。
「俺は――」
 アイガルの声を遮って、メルは彼の唇を塞いだ。抗いようのない不安から逃げるように、強く荒々しい口付けだった。
 冷たく、しかし温かい彼女がアイガルの中に入ってくる。しばらくそのままの格好でいた。音が消え、耳の後ろ側をくすぐるような不思議な感覚が襲ってきた。
「……あたしが女にならないから、嫌になったのか。あたしが馬鹿で、アイガルの言ってることちっとも分かってやれないから嫌になったのか」
「馬鹿、何勘違いしてんだよ」
「勘違いじゃねえだろ!」
 大気を切り裂く悲鳴に近い声が、辺りに響き渡った。凍りつく時間と彼の笑顔。
「今は、別に考えてない。お前らの毎日の生活は俺がいないと成り立たないし、ギリギリの暮らししてんだからこんなこと考えてる暇なんかないのも分かってる」
「でも、いつかはそういう暮らしをやめること、考えてんだろ?」
 喉が締まった、苦しげな声だった。
「……俺は待ってんだ。いつか、少女に旅人がやってきたように、この暮らしを変えてくれる出来事が起こるって。それさえも、お前は許さないか?」
 メルは、返答に困って彼から目をそらす。彼女には、綱渡りのような危ない生活だったとしても、それが全てだった。何故わざわざそれを壊したがるのか。疑問符は次から次へと増殖していく。
「俺みたいなのが、フィクションの物語みたいなことを夢見てるって、やっぱ可笑しいかな」
 自嘲した笑み。
「……別に」
 メルは小さな声で、ようやくそれだけ言った。頭の中で、まだ整理がついていなかった。
「俺だって、お前らを捨てて一人でここ出ようなんて、んな馬鹿なことは思ってない。ただ、そういうことが起こったら楽しいよなって思っただけだ。変な心配すんなって」
 アイガルの困ったような笑顔を、メルは見ようとしなかった。
「……」
 再びの沈黙。
 と、彼らのすぐ近くでごそごそと物音がした。動いていたのは、アイガルよりも大分年下に見える少年だった。お世辞にも気を使っているとは言えないぼさぼさの茶髪が、風で小さく揺れていた。
「ライ?」
「んん……どうしたんですか、アイガルの兄貴に……メル姐さん……。まだ夜中……です……よ」
 眠そうに目をこすりながら、だぶだぶの服を着た体をぐらぐらと揺らしている。
「(ほら、お前がさっき大声出したから、起こしちまったじゃねぇか)」
「(知らないよ、あれはあんたのせいだろ)」
 小声で責任のなすりつけをする二人の姿を遠目で見ながら、ライはかくんと首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
 彼の隣で静かに寝ている弟は、状況に全く気づいていないようだった。
「あ、ライ、ちょっと夜風が寒くて起きただけだから、気にしないで寝な。明日も早いよ」
 しどろもどろになって喋るメルの頭の中に、さきほどのアイガルとのキスシーンが浮かび上がった。途端に真っ赤になり、引きつった笑いを浮かべるしかなくなっていた。
「どうした。自分のミイラを作ってる夢でもみたか?」
 唐突に、何の脈絡もなく、アイガルはそう一言ライに向かって聞いた。
 ライはもちろん、傍にいたメルも一体アイガルが何を言ったのか分からず、困惑した表情を見せた。
「ん……よくわかんないけど、夢なら……みんなで腹いっぱい食ってるの……見てまし…た」
「そっか、じゃあ今寝ないと、続き見れないぞ」
「あ……はい、じゃあ……おやすみなさい」
 ライはほとんど聞こえないような声でもごもごと言って、小さな毛布を腹の辺りにかける。数十秒後、ランダムないびきが聞こえてきた。それを聞いて、二人はようやく安心して、ため息を一つつく。
「ま、気にすんなよ。俺達が出来ることは、一日を精一杯生きることだからな」
「ったく、都合よくまとめるねぇ。大体、ミイラって何だよ」
 言って、メルは笑みを浮かべた。照れ隠しのような笑い方だった。
「俺があの本の少女みたいな気持ちに初めて気づいたとき、見た夢」
「ふーん」
「さ、寝ようぜ」
 アイガルは言って、メルに顔を近づけた。メルは驚き、しかし彼の申し入れを受け入れる。
 やがて優しい静寂が、帰る家のない子供達に訪れた。空にばら撒かれた宝石が、巨大な都市を見下ろしていた。




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