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Last update 2008年03月16日

number  著者:Jun



会社では威張り散らしている彼も、ここでは嘲笑の対象でしかなかった。

彼は子供の頃からいわゆる優等生だった。
テストでいい点を取って親や先生にほめられ、同級生たちに羨望のまなざしで見られることが快感だった。自分の前に敷かれたレールを踏み外さないように、慎重に慎重に進んでいって、気がついたときには人よりもいい会社に入り、少しだけ上の地位と富をを得て、少しだけ美人の妻、かわいい娘を手に入れていた。
そのレールの終着点の名は『成功』

のはずだった。

永田のデスクは部下のデスクより45センチ幅広だ。
この45センチを手に入れることが、ひとつのステイタスのあかし。
少しばかり急勾配の長いレールを上った先に、この45センチがある。
たいていのやつは途中で疲れてしまってブレーキをかける。
そんなやつらを尻目に、いや、嘲笑いながら永田はレールを一気に駆け上った。
そして45センチを手に入れた。
生きるということは、生まれてから『成功』という終着点へのレールを進んでいくことだと信じていた。

しかし45センチの先に、レールはなかった。

これまで歩んできたレールよりもはるかに短いその先に『成功』の二文字が見える。
これまでのレールは二本、しかしその二文字までには所々綻んだ今にも切れてしまいそうな一本のタイトロープ。下を見ると底の見えない闇。これまで経験したことのない緊張感。
一歩ロープに足をかけてはみたものの、あまりの不安定さに戸惑い、足を引っ込めた。

自分というルート音。幸せな家庭という完全5度。部下という長3度。完全なるメジャートライアド。
(もう十分だろう。俺はがんばった)
足を止め、振り返った。

繰り返しの日々。平和な日々。
繰り返しの日々。それなりの幸せ。
繰り返しの日々。散文なる日常への埋没。
繰り返しの日々。迷い。
繰り返しの日々。焦り。

焦りが永田の心をいらつかせ、永田のチュウニングをくるわせる。
(まずはチュウニングを合わせなくては)

自分のチュウニングを合わせるのはそんなに難しくなかった。
寝る前にウイスキーを一杯だけ飲み、これまで嫌っていたタバコを週に二本だけ吸い、若い女の体を年に三回だけ買った。

しかし、家庭と部下のチュウニングはどうにもならなかった。
部下の短3度への堕落、家庭のクオーターチョーキング。
生まれてはじめて響く不協和音。

耳をふさぎ、振り返る。
すぐ先に見える『成功』の二文字へのタイトロープ。

焦り。恐怖。逡巡。

決断。

タイトロープに右足を乗せる。慎重に左足を乗せる。揺れが収まるのをじっくり待つ。
再び右足を乗せる。慎重に左足を乗せる。揺れが収まるのをじっくり待つ。
その繰り返し。
『成功』まであと45センチ。

(いける)

希望。喜び。安堵。

油断。

底なしの闇への転落。
落ちる。落ちる。落ちる。

逆らえない9.80619920m/(sec×2)のグラビティ。

放心。悲嘆。喪失。

快感。

永田はレールという拘束からの開放という快感をはじめて知った。

多くの人が永田を嘲笑った。
しかし堕落というグラビティは、嘲笑すら永田に快感をおぼえさせた。

彼はゆっくりと待ち続ける。
『崩壊』という名の安楽。

それは静かに、こちらに近づいてきていた。




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