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Last update 2008年03月16日

あれは、オレのものだ!  著者:国見弥一



「近頃じゃテレビ・タレントも、嗚咽なんてことを知らないくらいだものな。」

 そう、オレはヴァラエティ番組を見ながら突っ込みを入れていた。

 返事はない。
 一人暮らしのオレに返事などありえない。

「嗚咽…。」

 オレが嗚咽したのは、一体、いつのことだったろう。

 そんなことさえ、まるで覚えていない。

 けれど、何かわだかまるものがあった。

 何かがあって、オレは…。

 そうだ、あれは親父の嗚咽だった!

 親父のそんな姿など、見たくなかったんだ。
 みっともないと思った。
 何故、嗚咽するほどに泣き崩れたのか理由がまるで理解できなかった。
 ただ、格好悪いと思った。

 だから、思い出したくなかったんだ。

 あの時、親父はどうして嗚咽したんだろう。

 傍にお袋がいたような気がする。
 お袋のことで泣いていたのか。

 いや、傍には妹がいたような気がする。
 妹のことで親父が泣いていた?
 もしかして嗚咽していたのは妹だったのか。

 分からない。
 よっぽどオレには思い出したくない場面だったのだろう。
 親父、何か仕出かしたんだっけ。

 当時、真相はオレには秘せられたままだった。
 オレが子供だったから?

 いや、オレはその頃は高校生になっていたように思う。

 そうだ、高校一年の夏の日だった!
 もう、二十年以上も昔のこと。

 オレは、その日、むしゃくしゃした気分をどうしようもなくて、家を飛び出し
、近くの河原へ走っていったのを覚えている。
 そう、土手に立ち、大きな河の対岸を眺めていた。川面が夕陽に染まって真っ赤になるまで立ち尽くしていた。

「あの子、オレの生まれ変わりだ…。」
 確か、親父がそんなことを言っていたような気がする。
 あれはどういう意味だったのか。

 ダメだ。どうしても思い出せない。
 そもそもオレは当事者じゃなかったからなのか?

 ただ、事情も分からないまま、親父が嗚咽する無様な姿だけ見てしまったからなのか。
 若いオレには弱い親父なんて見たくなかった?

 お袋が親父に向って歎いていたような。
 それとも、妹が親父を責めていた?

 オレは埒外にいたんだ。
 オレは除け者だったんだ。
 若いから、無理はない?

 じゃ、どうして妹が中に居たのか。
 妹が居たってことは、妹のことが問題だったのか。

 オレはもどかしかった。二十年という歳月を経てじゃ、どうにもできない。
 親父もお袋も、そして妹も、もう居ない。

 いや、居ないんじゃなくって、オレが高校卒業と同時に家を飛び出したのだ。今度は河原に立つためじゃなく、郷里から逃げ出すために。
 逃げ出した…のか、追い出されたのか…。


 あれからオレはずっと一人暮らしだ。
 時々、野良猫のように女と暮らすこともあったけど、すぐに女は去っていった。オレという奴に呆れ果てて。

 オレは一人が好きなんだ。
 誰人も相手にされないのが気楽なのだ。
 そう、嘯(うそぶ)くしかなかった。

 オレは何故、家を出てしまったのか。
 親父たちのことがムカムカして居たたまれなかったからか?
 いや、はっきり、追い出されたと認めるべきか?!

 お袋も妹も親父も真相は語ってくれなかった。そのことをオレは恨んでいた?
 違う。
 何かが違う。
 腫れ物だったのはオレだったのかもしれない。

 あれから、何度となく悪夢を見た。未明になると見る夢。吐き気を催すほどに気分の悪い夢。
 親父の大きな背中ばかりが見える。
 親父の大きな背中が闇の中でもぞもぞしている。

 オレは悪夢がないと生きていけない。オレは夢を糧(かて)に生きている。
 オレにはもう、悪夢以外に何も見えないのだ。

 オレは見たのだろうか?
 オレは何を見たのか?

 親父の体の下には何があった?

 夢の中では親父の体の下に居るのは必ずオレなのだった!
 押し潰されそうになり、息が苦しくって、もう窒息寸前になって目覚めるのだった。
 息も絶え絶えだった。

 親父はオレを?

 違う。オレの記憶をどう辿っても、そんな事実はないはずだ。

 闇の中で何があったのか。

 オレはあの日、親父の体を突き飛ばしたような気がする。
 オレは親父の蛮行をとめようとしたのだった?

 が、気がつくと、突き飛ばされ襖を破っていたのはオレだった。

 そういえば、オレも泣いたような気がする。背中をぶって、痛くて泣いたのか。

 違う! 何かが違う。

 違うことは分かるが、何がどう違うのかが分からない。

 テレビを消した。
 シーンと静まり返る部屋。
 闇の中にオレの呟きだけが魂のように浮んでは消えていく。

 オレは夏だろうが真冬だろうが、外出して不在の時も窓は少し開けておく。雨が吹き込もうが、ゴミや埃が舞い込もうが、そんなことはお構いなしだ。
 オレは、オレの魂の逃げ場所が欲しいのだった。窓を締め切ったら、抜け殻を置き去りにした魂が行き場所を失ってしまう。壁にぶつかって、部屋の中で立ち往生してしまう。

 オレから離脱した古い魂が部屋の中で朽ち果てるまで往生し続けることになる。

 窓を開けておけば、オレも平気で呟ける。
 返事などオレには要らない。オレはひたすら吐き続けることができればそれでいいのだ。

「テレビも嗚咽も、クソッ喰らえだ!」

 これがオレの眠る前の最後の呟きだった。ちゃんと、窓の透き間から外へ流れ出していったに違いない。
 きっと、オレから流れ出したオレの片割れどもが、夜の町の何処かで誰かに取り憑いているに違いない。

 ざまー見ろだ。

 そして今日もまた悪夢で目覚めたのだった。

 背中があった。オレの背中という直感があった。
 オレの下には妹が居た。
 隣の部屋に眠るはずの妹が、どうしてオレの部屋にいたのだろう。
 妹がオレの部屋に夜毎、忍び込んできていた?

 そんなことはどうでも良かった。
 痺れるような快感があった。喜悦する妹の顔があった。
 が、可愛い妹だったはずが、妙に体が膨張し始めて、気が付いたらお袋に変わっていた。
 お袋という脂肪の塊がオレを潰そうとしていた。

 お袋! と思った瞬間、オレは投げ飛ばされていた!
 いや、窒息せんばかりだったオレが助け出されたのかもしれない。

「あれは、オレのものだ!」
 誰かがそう叫んだ。

 倒れ破れた襖に突っ伏して、オレは嗚咽していた。

 いや、嗚咽しているのはやっぱり親父だ。

「あれは、オレのものだ!」
 そう、叫んだのはオレだったのか、親父だったのか。

 オレは何も覚えていない。全ては夢の中に押し込まれている。夢の中なら、何でもありだ。

 夢とはオレにとって不合理で不穏な混沌だ。
 どんな現実よりも現実的なオレの魂の揺り篭なのだ。




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