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Last update 2008年03月16日

女王の島  著者:宇津木



「盲人の国では、片眼の者が王様ということを知っているか?」
 ニヤっと笑って、彼女はそう問いかける。
「はい。存じ上げません」
 軍隊にはアホみたいなしきたりがいくつもあるが、上官にNOを言えないのもその一つ。だからこんな文法的に間違った答えを、俺は口にする。
 そんな文法なんぞ考えたことも無いような目の前の司令官殿は、執務室の机に足を乗せてふんぞり返ったまま、満足げに言った。
「知らないなら覚えておけ。こんなクソみたいな軍隊でも、星の数が多い者が王って意味だ」
 いや、違うだろ。
 突っ込みたいが、話がややこしくなるのは嫌なので、俺は直立の姿勢を崩さない。クソみたいな軍隊、と思っていることが唯一彼女と俺との共通点だろう。皮肉なことだ。
「つまり、この基地では私がその王だ。言うことをきけ。命令は遂行しろ。異議を申し立てるな。いいな」
「はっ! 以後気をつけます」
 俺はもはや条件反射で無意識に取れるようになった敬礼とうわべだけの返事で、その場を離れようとする。が、今日は機嫌がいいのか、悪いのか、彼女は下がって良しとは言わなかった。
「おまえ、今日でこの基地に来て一ヶ月になるな」
「はい」
 もうそんなになったのかと、ため息の一つもつきたくなる。左遷されて一ヶ月、まだ中央復帰のめどは立たない。
「着任時に三つ、命令を下したはずだ。覚えてるか?」
「はい」
「どうなっている?」
「努力を続けてはおりますが、司令官殿のご命令は小官の技能ではとても……」
「聞きたいのは口答えじゃない。てめぇの仕事だろ。出すもんはしっかり耳そろえて出しやがれ! つべこべ抜かすとばらして沈めるぞ!!」
「はっ!」
「下がってよろしい」
「はっ」
 司令官執務室を出て、俺はようやく一息ついた。
 あの口が悪くて態度も悪いのが、残念なところこの辺境孤島の基地の司令であり、彼女の言い方を借りるならさしずめ女王だ。ちなみにどうでもいいが、彼女は名前をエリザベスというらしい。うってつけだと思う。

 命令Ⅰ 大規模な演習及び、軍の宿舎を大改装するので資金を分捕れ。とりあえず最低でも昨年の予算の30倍は必要だ。

 そんなの無理に決まっている。軍の年間予算だって限りがあるわけで、その中から各基地に配分する。確かに施設の改装の必要があれば多少多くまわしてもらうことは可能だが、30倍とは常識の範囲をはるかに超えている。
 無理だ、と正直に即答した俺に、あの司令官殿は酷薄な笑みを浮かべた。
「おまえ、つい先日までは中央の会計中佐殿なんていわれて、軍予算を一手に握っていたんじゃなかったのか? その腕を見込んでヘッドハンティングしたんだ。出来ないとは言わせないぞ」
 確かに俺は後方実務のエキスパートとして、中央総司令部で軍予算案を作成する部署にいたことは事実だ。その予算案作成の過程で、毎年巧妙に支出されていた使途不明金の調査を進めるうち、幕僚の半分を軍法会議送りにしてしまい、勲章受章と引き換えに体よくこの辺境の孤島基地に左遷された。
 間違っても、俺の赴任は司令官殿のヘッドハンティングではないはずだった。
 俺は自分の執務室で軍予算のデータを出して検討を始めた。いかに馬鹿らしい命令であっても、命令は命令。少しでも予算獲得が出来ないかを調べるのは、俺の責務だ。
 皮肉なことに、俺が暴いた使途不明金をそっくりこの基地にまわせたら司令官殿の言う昨年の30倍の基地予算を分捕ることも出来るのだが、何か小細工をするにしても、中央にいなければ無理だ。この基地からできることといえば、なるべく多くの支出予定を書いた計画書を添付して、予算計上を陳情するくらいだろう。
 とはいえ、何故そんなにも金が必要なのか。
 俺は基地の後方実務を取り仕切る中佐としての権限で、出来る限りの会計データを引き出した。

 何の因果か、俺と司令官は士官学校の同期だ。おかげで何かと彼女に目をつけられては、毎日執務室に呼び出されている。そのことで司令官に心酔しているマッチョムキムキ兵士たちからは、憎悪と妬みのこもった視線でにらまれる日々だ。もし俺の階級が彼らより低ければ、今頃ミンチになって海に撒かれていたに違いない。
 俺と司令官は共に今年で30歳になろうかというところ。同期の中では二人とも佐官クラスに昇進した、出世頭といえるだろう。俺は中央の会計中佐として、彼女は前線バリバリの野戦指揮官として。
 まあ、こんな僻地に飛ばされた時点で出世を閉ざされたのは明白だけどな。俺と違って彼女の場合は、上官の命令に反発したことが原因らしい。
 外からは兵隊達のランニングをする野太い歌声が聞こえてくる。
 そういえば、この基地の兵士は皆訓練好きだ。朝でも夜でも非番でも、暇さえあれば訓練をしているように見える。
 まあ、孤島だし、歓楽街もほとんど無い小さな島だし、他にすることも無いのだろう。それに、あの司令官の影響もある。何より彼女が訓練好きで、しょっちゅう特殊部隊の連中と徒手空拳の模擬戦をしているのを見かける。
 そういえば、士官学校でもそうだった。在学中はさして交流のなかった彼女だが、ある日、課業を終えて校舎裏を歩いていたときだ。でかい丸太が浮いていた。目を凝らしてみれば、ある女子生徒が丸太を抱えて走っていたのだ。数十キロの重さのそれを、軽々と担ぎ上げて全力疾走する姿に俺は恐れをなした。それが、今のこの基地の司令官だったのだ。先にも後にも、男でも女でも、あんなに嬉々として丸太を担いで走る人間を彼女以外、俺は士官学校で目にすることはなかった。
 思い出すのも恐ろしい。
 だが、この基地では丸太を担いで走る兵士の姿をよく目にする。発信源がどこかは、考えるまでもない。ここはまさに、彼女の治める城であるのだから。

 命令Ⅱ ステルスを20機、銃爆撃機を5機、中距離ミサイルと長距離ミサイルをそれぞれ100ずつ配備しろ。

 俺は翌日、自ら司令官を訪ねた。
「どうだ、任務は完了したか?」
「はい。まだであります。任務遂行にあたり、司令官殿にお尋ねしたいことがあります」
「上官命令に異議を唱えることが軍ではご法度だと知ってのことか?」
 相変わらず、執務机に足を投げ出している。態度のでかい上官だ。いや、上官は態度がでかいと相場が決まってはいるのだが……。
「異議ではなく、何故この期に及んでこのような軍備拡張を計画されたのか、お伺いいたしたく……」
「軍機だ」
 俺のささやかな要望は一蹴された。だが、ここで引き下がる俺ではない。
「中央の命令による軍機であれば、私を通さずとも上からそれなりの配備があるはずです。自分には司令官殿の一存と受け取れるのですが」
「知りたいのか? 話してもいいが、知ったら後戻りは出来ない。その覚悟が貴様にあるか?」
 俺は、答えを躊躇した。
 その間を見逃すほど彼女は馬鹿ではない。現場指揮で名を上げた、認めたくは無いが有能な上官なのだ。ただの脳みそ筋肉マッチョムキムキではない。
「貴様に話す時期ではない。下がれ」
 俺は執務室を辞して、そのまま武器科へと直行した。幸い武器科の担当官とは赴任以来無茶な命令のせいで何かと相談することが多く、顔なじみとなっている。用件を聞くでもなく、すぐに執務室に通してくれた。
「人払いをしますか?」
 そう問う中年の大尉に、俺は首を振る。
「この基地に配備されている武器のリストが欲しい。この10年で廃棄したものと配備されたもののデータもあわせて、今日中にもらえないか?」
「了解しました。2時間後に執務室にお届けにあがります」
「助かる」
 武器科の担当官は、やはりいつものように同情の視線で俺を見た。
「司令官殿ですか。中佐殿も苦労されますね」
「まったくだ」
 俺は力なく笑い、その場を辞した。その後、需品科でも同じやり取りを繰り返す。

「この軍隊は、クソだとは思わんか」
 一度だけ基地の酒保で司令官と鉢合わせたとき、彼女は酒を煽りながらそう言っていた。
「自分はクソだと思っておりますが、それでも軍人でありますから」
 そんな、あいまいな答えをしたような気がする。司令官も俺も、軍隊のくだらない事情で左遷されたのは同じだ。戦闘を何よりも好むあの女王が、戦争の無い僻地に左遷されたら何を企むか、もっとよく考えておけばよかった。
 今手元にある資料は、明確にそれを裏付けている。彼女の赴任から三年間で巧妙に蓄えられた資金と兵器。これだけあれば、中央の軍隊とも奇襲攻撃ならば数時間は優勢を保てる。それだけあれば、総本部に的を絞って陥落させることも、不可能では無いだろう。
 そう、彼らはクーデターを企てていたのだ。彼らの訓練好きも、それならば納得できる。この日のためだけを考え、彼らは訓練を続けて来たに違いない。
 中央はこの事態に全く感づいてはいない。
 それでもまだ遅くはないはずだ。
 俺はデータ一式を入れた記録媒体を持ち、通信科の秘匿通信ルームにいた。
 震える手で中央司令部へと通信を要請する。
 大丈夫。まだばれてはいない。ばれているなら、すぐに俺を拘束するはずだからだ。
 が、いつまでたっても通信は開かない。
 何度試しても駄目だ。
 血の気が引いていくのがわかった。もう俺の行動が、筒抜けなのかもしれない。武器科や需品科の担当官が司令官とグルだったとしたら。いや、グルでないはずがない。あれだけ同情的だったのは、ただ司令官に振り回されているからではなく、一人だけ事情を知らないままに連れてこられたからだったのだろう。
 俺はそう考えるといてもたってもいられなくなって、通信室を飛び出す。視界の端に、武装した兵の姿が見えた。俺の姿を確認し、追って来る。やはりばれていたのだ。
 畜生!
 訓練好きのマッチョムキムキ兵士達が追ってくるってのは心臓に悪い。こんなことになるなら、もうちょっと走り込みをしておくべきだった。
 逃げ込んだ先は、格納庫。待機していた偵察機にそのまま飛び乗った。
 通信で停止命令が繰り返されるが、俺は無視して一直線に空へと舞い上がる。
 蒼い、どこまでも蒼い空。紺碧の海。こんなにきれいな景色を、俺は忘れていたのか。
 背後から基地の戦闘機が次々と飛び立つ。レーダーでそれを確認しながら、俺は最寄の基地目指して操縦艦を握りなおした。
 何度目かの通信。停止命令。
「止まれといっている。聞こえんのか!」
 その声が司令官のものであることを確認して、俺は無線のスイッチをオンにした。
「司令官殿、何故こんなにもわかりやすい真似をしたんですか。基地費用の増額要請、兵器の配備要請。通るはずの無い要請と命令を出し、俺に疑問を持たせてその調査をさせた。予想してたんでしょう。俺があなたの思惑に気づくと」
「ああ、予想してた。だからおまえに命令を出した」
 無線で聞く彼女の声は、いつもより心なしか落ち着いて聞こえる。
「だったら何故!? あなた方のクーデター計画に、自分が加担しないことはわかっていたはずだ。なのに何故!!」
「おまえの能力を必要としていたからだ。これは戦争だ。クソみたいな軍隊を、クソじゃない軍隊に変える為のな。おまえの能力は、役に立つ」
 そう、彼女は言い切った。
「自分はこのクーデターには加担しない。クソみたいな軍隊でも、自分は軍人です! これが戦争なら、最後まで戦う!!」
「だから、ここから逃げられないように命令したのだ」

 命令Ⅲ 私と結婚しろ。

「承諾できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「攻撃許可!」
 強い衝撃のあと、飛行機は旋回をしながら水面に激突した。寸でのところで押した緊急避難スイッチが、幸か不幸かわき腹に破片の突き刺さった俺をゴムボートの上に浮かしている。そこに、高速艇が近づいてきた。
 甲板で機関銃を手にしているのは、司令官その人だ。彼女はボートの上で起き上がることも出来ずに血を吐く俺を見下ろして、フッと笑った。
「いい加減諦めて、私の婿になれ。おまえの後方実務能力は目を見張る。どうしても部下に欲しいが、クーデターを承諾しないだろう。でも血縁関係になってしまえば、逃げることも出来ないからな。それに丁度、私も30歳。婚期を逃したくはない」
 馬鹿が。俺は文字通り血反吐を吐きながら、それでも首を横に振る。
「戦争だと、あなたは言った。だったら俺は……投降する。国際条約に照らして、捕虜としての待遇を、要求する……」
 だが彼女はニヤっと笑った。
「馬鹿。戦争に約束や義務があるか。だいいち逃げ場がない」
 確かに、ここは女王の島だった……。




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