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Last update 2008年03月16日

いらない子ども。。  著者:rudo



ぐったりした 小さなからだ。
もうすぐ3つになる 私の子ども。

不自然に捩れた腕。

「また、大変な騒ぎになりそうだな・・」
 ・・・と麻里さんはボンヤリと思う。

散乱したオモチャの上で
つっぷして動かない その柔らかな頬に

涙のあとが 白い。
口の周りに 鮮やかな赤。

鼻血かな・・
口を切ったのかな・・

どっちでもいいか
どっちでも同じ。

血が出ていることには変わりない。


今度はどうなるんだろう
もう 許してもらえないだろうな。
2度目だから・・

腕が折れてるみたいだし・・
病院に連れて行くだろうな。

そしたら体中のあざを見つけて 
お医者さんは顔色を変えるだろう。

赤や黄色や青や紫のあざ・・
日常的に暴力を振るわれていると判断するだろう。




一度目の大変な騒ぎは
子どもが6ヶ月くらいだったかな。

なんだか はっきりしないな。
あまり憶えていない。

お風呂に入れようとしていて
子どもがものすごい声で
泣いたから・・・

こわくなってタオルにくるんで
床に置いたのだったかな。。

壮太さんが何かわめきちらして
子どもの体が真っ赤だったような気がする。

またあんな風に
壮太さんが怒って
子どもが泣き叫んで・・・


そういえば・・この子
どうして泣かないのかしら?
さっきはあんなに癇癪をおこしていたのに。

眠っちゃったからかな・・


いいな 私も眠りたい。
そうだ薬があった。
飲まなかった薬。

ヤケドさせちゃった時
お医者さんが私にくれた。


あれ?
ヤケドをしたのは子どもなのに
どうして薬は私に出たのだったかしら?

いろんな種類の薬。
ちゃんと飲んでるふりして
飲まなかったんだよね。

だって あの薬 飲むと
ぼんやりしちゃって
なんだかすごく疲れるし
体もむくんじゃうんだもの。。

飲まなくたって大丈夫だったし
大丈夫だったのかな・・?

やっぱり飲まなきゃいけないものだったのかな・・
みんなは飲んでると思ってたんだよね。

今更そんな事いっても 遅いか・・

ほら・・あった。
全部残ってる これ・・

 私も眠りたい。
もう眠りたい。

いま飲むから 
全部のむから・・

起きたくないよ・・・


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その電話を受けたのは
もうそろそろ帰ろうかと帰り支度を
始めたところだった。

「保健婦の工藤さんはいらっしゃいますか?」

「はい。工藤は私ですが・・」

「その節はお世話になりました。はやた まりです」

工藤さんは記憶をさぐる。
はやた・・
はやた。
 はやた まり?


「・・・あっ」

早田麻里 28歳

2歳6ヶ月の息子に頭蓋骨亀裂骨折・左上腕骨折を負わせて
傷害罪で逮捕。

判決 実刑2年 執行猶予5年。

ただ心神耗弱が激しくそのまま精神科に入院した。





あれから3年たっている。


彼女の件には関わったけれど
もう何もできることはなかった。
結局、彼女とは話しをすることもなかった。


なのに・・どうして彼女は私を知っているんだろう?
私に用事があるとは思えないけど・・


すぐ近くに来ているというので
駅前の喫茶店で会うことにした。


「お帰りのところをわざわざすみません」」
そう挨拶する彼女に病的なものは
もう、感じられない。

何から話せばいいのか悩む。
事件には触れられたくないかもしれない
でもそれ以外に話すこともない気もする。

「いいえ。いろいろと大変でしたね」
「もう大丈夫なの?」

「はい。半年くらい前に退院したんです」
「まだ通院してますけど・・」


1分・・ 3分・・ 5分・・
10分

気詰まりな沈黙。

「今日はお礼を言いに伺ったんです」

「・・お礼?」


「はい。あの日 私のために泣いてくれてたのは工藤さんですよね」

「・・えっ・・?」


「病室で目が覚めた時 工藤さん来てくれてましたよね」
「そばにいて 泣いてくれてましたよね」
「かわいそうに・・って・・」


かわいそうに・・?
会いにはいったけど
そんな事言ったんだっけ?

かわいそう
かわいそう

かわい・・そう。
 ああ 思い出した。

顔を見て驚いたんだった。
見覚えのある母親だったから。



一度目は麻里さんが
生後6ヶ月の赤ん坊に
ヤケドを負わせた時だ。

あの時にもっと もっと強く
思った事を主張すれば
こんなにひどくならなかったんじゃないかって・・
後悔したんだった。


私は保健婦になったばかりで
自分の感覚に自信も・・
裏付ける経験もないひよっこだった。

不注意でお湯の温度に気がつかなかったって話しだったけど
母親の問題かもしれないと病院からの依頼で先輩と一緒に行ったのだ。

ご主人の話しや他に傷もない事から
軽い育児ノイローゼだろうから
一度 精神科医に見てもらって
カウンセリングをすれば問題ない。
先輩はそう言った。

私は処置室の前に座ってうなだれた彼女を見ながら
いやな感じがした。
一時的にも子どもを乳児院に離した方が
いいんじゃないかと思ったのだ。

先輩にも言ってはみたが
ただ嫌な感じがするだけでは説得力に欠けた。
乳児院はいつも満杯なのだ。
本当に重症でなければ推薦できないと言われた。

確かに診断は軽い育児ノイローゼで
少し鬱になっているが精神安定剤と抗鬱剤で
大丈夫だろうとの事だった。


だけど それではだめだったのだ。

二度目の事件は起きた。
薬を大量に飲んだ彼女が目覚めた時
とても話しができる状態じゃなかった。

あれ以後2年近くもどれだけ苦しんだんだろう・・
この時の彼女はすっかり壊れていた。

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「お礼だなんて・・私は何もできなかったのに・・」


麻里さんはちょっと困った顔をして
言葉に迷いながら話しだす。


病院の時も
警察が話を聞きに来た時も
裁判の時も

良く憶えていないんです。

記憶がとんでいたり
思い違いだったり

みんな深刻な 怖い顔してた気がします。

怖い顔をして・・
知らない言葉を投げつけられてた気がします。

どうでもよかったんです。
死んだほうがいいと思ってました。
刑務所でも精神病院でも
どこに行く事になってもどうでもいいって。


病院に入ってからも
死ぬことばかり考えてました。

そんな事ばかり思っているから
ちっともよくならなくて・・

カウンセラーの人がある時言ったんです。
何かしたい事はないの? って・・

会いたい人とか
やりたいこととか・・

死にたい死にたいっていいながら
死ねないのは本当は死にたくないからだ。

何か目標を決めて
そしたらきっと良くなるから

ここを出て それでもまだ死にたかったら
今度こそ本当に死ねばいいって・・
ここにいる限り
私は絶対にあなたを死なせないから
死にたい・・死にたいと言いながら
ここで一生を終えるのよ。



そう言われたんです。

やりたい事もない 会いたい人もいない
私には何もない・・

絶望的になった時 思い出したんです。


みんなが私を怒っている中で
私のために泣いてくれていた人がいた。
かわいそうに・・と泣いてくれた人。

私はその記憶にすがりつきました。
今はその人のために生きよう。


そしていつかその人に会いに行こう。
会ってありがとうと言おう・・そう思ったんです。



でも 誰だったのか全然思い出せなくて・・

時間がかかってしまいましたけど
やっと会いにこれました。

今こうしているのは工藤さんのおかげなんです・・

「ありがとうございました」

麻里さんは深く深く 頭を下げた。

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二人で駅に向かいながら
麻里さんはぽつぽつと
話しをしてれた。

あの事件の後すぐ離婚が決まった事。
近所の本屋で働いている事。
もう「死にたい」とは思わなくなった事。

今は横浜に住んでいて
でも近々叔母さんの所へ行くと言う。

「どちらに行かれるんですか?」

「沖縄です」
「叔母さんが一人で民宿をやっているんです
 手伝いをしながらのんびり暮らそうと思って」

「そうなの・・」

聞いては悪いかと思いながら
もう会う事もないだろうと思うと気になった。

「お子さんは・・・ご主人が?」

「はい。親権ももちろん彼の方です」

くったくなくさらさらと麻里さんは答える。

「沖縄に行く事は知っているの?」

「言ってないです。たぶんもう会うこともないと思うし
 離婚する時に約束したんです。 会わないって」

「子どもにはお母さんは死んだって事にするからって」

「そんな・・それで納得したんですか?」

「はい」


「死んだ事にするなんて・・本当にいいの?」

「はい」

 ・・・
「健太にはひどい事をしてしまいました」

「あっ健太って言うんです。子ども・・
 私、子どもの名前もわからくなってたんです」


「会いたいなぁって思うこともあります。
 会って謝りたいなぁって・・」

「でも・・私がいるために、笑いたい時にも笑えない
 なんて事になったらいやじゃないですか」

「それなら死んだ事にしちゃったほうがいいかなって」


そう言って麻里さんは笑った・・
素直で柔らかな笑顔だ。




でも・・工藤さんにはどうしても
泣いているように見えて仕方なかった。




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