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Last update 2008年03月16日

Desire  著者:Monica



あの女の甲高い笑い声が細く遠く響いたような気がした
あたしはあの女に負けたのだ。
修史はもう、あたしのもとへは帰らない。

欲しかったのは存在意義。
求められる事でしか
自分を確認できなくて
必要とされてる事
実感出来なくて
居場所が無くって
いつだって居場所を探してた。

家では出来のいい姉に比べられ
学校では存在感も無く
あたしなんかいても居なくても何も変わらない。
いつもそんな風に感じて生きてた。
だけど、あたしだって居場所を探し続けてた。
誰かに認めてほしかった。

修史はそんなあたしに居場所を与えてくれた。
友達には猛反対された。
あんな男に近づくべきじゃないって。
だけど、どうしようもない事わかってても
あの人にはあたしが必要だと思えてならなかった。
何ひとつ自分で出来ない人。
靴下さえあたしが履かせてあげなければ
裏表逆にはいてしまう。

それなりに恋愛してきた。
普通にデートを重ねて
普通にセックスして
そんなものだと思って生きてきた。
だけど、修史は何もかもが違った。

初めて会ったその日からうちに転がり込み
あたしの人生を彩り始めた。
修史はあたしの持つ何もかもを明け渡す代わりに
ちっぽけなあたしに存在意義を与えてくれたのだ。

誰かに必要とされている
その事実はあたしを恍惚とさせた。
なんの取柄もなく特別美しくも無い26の女。
毎日くだらない事務をこなすだけの仕事と
誰も待たない築15年のアパートの部屋との往復。
その日常を変えてくれたのは
無職の上に何一つ自分で出来ないヒモ。
利用されてると人は言う。
でも、いったい他の誰がこんなにも
あたしに生きている実感を与えてくれるだろう。

朝までゲームをしていて、さっき寝たばかりの彼を
起こさないよう、急いで目覚ましを消すと
静かに仕事の準備をする。
夕べのうちに準備しておいた食事をお皿に盛って
冷蔵庫へ入れておく。
鍋のままだと修史はめんどくさがって
食べずにあたしを待つ。
おなかが減っているとイライラして些細な事で
殴られるから、カレーのようなチンするだけで
いいものが好ましい。
ご飯くらいなら自分でよそってくれるので
タイマーで昼過ぎに炊けるようにセットして
書置きを残す。

「冷蔵庫にカレーをいれてあります。
チンして食べてください。
ご飯は1時に炊けます。
今日は残業は無いので6時前には帰ります。
何かあった時のため、いつもの場所に1万円入れてあります。」

お金を置いていくのは、盗まれるよりましだから。
一度は、おばあちゃんの形見に大事にしていた時計を
質に入れられた事がある。
当然そのお金は競馬に消えた。
それを長い事言わないので、気づかずにいたら
質流れしていて、もう、買い戻す事さえ出来なかった。

殴られても、お金を盗られても
それでも修史があたしを愛して必要としてくれていれば
あたしは幸せだった。

修史があたしを殴るのは、
本当は修史のジレンマなのを知ってた。
あたしを好きなのに
何も自分で出来ないふがいなさに
あたしを殴る事であたしより
自分が上だと誇示してるんだって。
それって、あたしへの愛だ。

男であろうとしてくれてる。
人には見えない心の中で
修史はあたしを守ろうと
必死にあがいてる。

お金や地位なんてくだらない。
あたしを幸せにするのは
必要としあう愛情のみ。

他人になんてわからなくていい。
抱きしめてくれるぬくもりが
あたしを愛してくれてる唯一の実感。
だけど、それこそが本物だわ。
なんの不純物も混じってない
純粋でひたむきな愛情を
それ以外にどうやって表せるというの。
プレゼントで愛が図れる?
生活保障をくれるからって愛があるの?
一見幸せに見える家庭だって
本当に愛し合ってるなんて限らない。
あたしたちはこんな風に見えたって
お互いに必要とし合い愛し合っていて
とても幸せだわ。

修史はあたしに出来ない事はねだらない。
あたしを破滅させようなんて思ってない。
ヒモはヒモでもあたしを借金させたり
風俗で働かせたりするようなヒモじゃない。
ちゃんとあたしへの思いやりがあって、
ただ、とても不器用で社会のルールに
自分を無理に当てはめる事が出来ないだけ。
とても素直で自分にまっすぐであるが故の事。
そんな修史をあたしは誇りにさえ思う。
誰もが仕方が無いとあきらめる事を
彼はあきらめない。
そういう彼の支えになる事が
あたしの幸せなのだから。

だけど、こんなにも幸せな日々が長く続くわけも無かった。

ある日、家に帰ると修史の姿が無かった。
パチンコにでも行ってるのかと思って
夕食を作って待っていたけど
夜の11時になっても帰ってこない。
終電が終わる頃になり
やっと帰宅した修史はせっけんの
いい香りがした。
女の勘ですぐにわかった。
だけど、あたしは何も問いたださなかった。
失うのが怖かった。
目をあわせようとしない修史に
気づかないフリをして
つとめて明るく振舞い話しかけ続けた。

「ねぇ、今日は秋刀魚の塩焼きなの。
シーズンだからすっごくおいしそうよ。」

「くってきた。おなかいっぱい。」
女に食べさせてもらったのね。と内心思う。

「そう、じゃぁ、明日のお昼にでも食べてね。
そうそう、あたし今日仕事でね、浅草橋の支店まで行かされたんだけど、そこの近所にすごくおいしい中華料理の店があるんだって、今度一緒に行こうね」
自分でもバカみたいにまくし立てる。
不安で何かしゃべっていないと落ち着かないのだ。

だけど、修史の返事は無い。

その日から女の影が消える事は無かった。
3日に一度は帰ってこないようになった。
それでもあたしは何も言わなかった。
正確にはいえなかった。
修史を失ってしまうのが怖かった。
疑問を肯定されてしまうのが怖かった。

だけど、ある日それは決定的になった。
仕事へ向かう途中、一人の女が待ち伏せしていた。
彼女は色白で大きな目が愛らしいキレイな人だった。
同い年くらいだろうか、それなりにいいものだと解る
スーツを着ていた。
あたしよりも稼いでいるんだろう。

「修史の彼女さんですよね?」
どきりとした。
人の男を呼び捨てにする事にもかちんときたが
なによりも呼びなれた響きがあって
胃が逆流するような不快感を覚えた。
何も答えずにいると表情で察したのか
彼女はかってに話し始めた。
「修史と別れてください。
あたし、修史と付き合っています。
修史は優しいから、言い出せないんです。
今まで良くしてくれた貴方に申し訳ないって
思ってるんです。」
血が頭に上っていくのが解る。
視界が歪み動悸が激しくなる。
「な、なんであなたにそんな事を言われなきゃ・・」
言葉をさえぎって女が続ける
「貴方と居たら修史はどんどんダメになる。甘やかされて、自分で生活する力をつけようとしないわ。だけど、そんなの修史だって望んでない。貴方はそうやって見えない檻の中に修史を閉じ込めて安心したいだけなんだわ」
図星だった。
見えない檻どころか、本当に檻に閉じ込めてしまいたいとさえ思っていた。修史に生活力なんてついたら困る。
あたしは存在意義を失ってしまう。
あたしは無言で足早にその場を立ち去った。
「あなたが今無視しても、遅かれ早かれ、その生活は今に壊れるのよ。自分からの方がダメージは少ないわ。修史と別れなさい。」
女は無視して走り出したあたしの背中に向かって叫んだ。

あたしはもう一度決意を改めた。
絶対に別れないと。
あんな女に絶対に修史は渡さない。絶対に。

だけど、修史のあたしを抱きしめる腕は
もう以前のものではなくなっていた。
遠くを見つめ考え事をしている事が多くなり
会話は減り3日に一度しか帰ってこなくなり
次第にそれは1週間と伸びていった。
あたしは修史がいつ帰ってきてもいいように
食事を作り続け、部屋を掃除して
新作のゲームを修史のために買い
修史の事を思い続けた。
とうとう、1ヶ月帰ってこなかった。
きっと、もう帰ってこない。
どんな風に引き止めたらいいのかさえ
解らなかった。
解っているのは責めたら逃げられるって事だけ。
何も言わず耐える事しか出来なかったあたしに
いったい何が出来たんだろう。

あたしは会社に行くのをやめた。
もう、なんのためにお金を稼ぐのかさえ解らなかったから。それに修史が少ない修史の荷物を取りにいつ帰ってくるか解らなかったから。
それでも、修史は帰ってこなかった。

会社に行くのをやめてから2週間経った頃、会社から荷物を引き取りに来るように連絡が入り出かけた。

帰りに偶然工事現場で働く修史の姿を見かけた。

あたしはあの女に負けたのだ。
甘やかして部屋に閉じこめる為に修史をダメにしたあたし。
女を守ろうとする本来の修史の姿に戻したあの女。

欲しかったのは存在意義。
修史もまた、誰かの為に戦う存在意義がほしかったのかもしれない。

あたしは思う。
人の幸せは傍から見れば解らない。
あたしの幸せも人から見れば解らなかったように
修史が幸せかどうかもあたしにはわからなかった。

だけど、一見ヒモに見えたどうしようもないその男は
あたしを幸せにする奇跡のような例外として存在していたのだ。




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