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Last update 2008年03月16日

無題  著者:櫻朔夜



 数え切れない程の抵抗を試みた。非道と言われようと、甲斐性無しと言われようと、こればかりはどうしようもない。それなのに、いつの間に入り込んでいたのだろう、僕の生活に。



 時は夕刻、下校の時間だ。僕は隣でニコニコとしながら歩いているマイコをちらりと盗み見て、ため息をついた。どうしてこういうことになるんだろうか。そもそもの発端は、少し前にマイコからもらった手紙だ。そこには長々とマイコの気持ちが綴られ、締めくくりはこうだった。
『もし良かったら、今度一緒に帰ろ』
 別にそれを快諾したわけではないが、かと言って無碍にもできず、仕方なしに“1度だけ”を条件に、僕は重い腰を上げたのだ。僕は自転車通学、彼女はバスと電車通学。駅までバスでも2~30分はかかる道を、自転車を押しながら彼女の歩調に合わせて歩くのは長い道のりだった。こういうとき、面倒を見なくては気が済まない自分の性格が嫌になる。何かと街の景色にいちいち反応するマイコを、遅くなるからと引っ張って帰るのも骨の折れる仕事だった。

 内股でゆっくりと歩くマイコは、僕の友人達の中には1人として同じタイプは居ないだろうと思えるほどの、絵に描いたような天然少女だった。前髪のそろった顎までの髪は、細くて栗色。クリスマスも近い寒空の下、白いマフラーと白い手袋。肌の色の白さも手伝って、どこか童話の中から抜け出てきたような気さえする。対する僕は全身黒尽くめの赤いツンツン頭。正に赤頭巾と狼。美女と野獣。正直、彼女は僕と一緒に歩くタイプの人間ではない…そんなことを思いながら、彼女特有の天然ボケ満載のとぼけたような質問に適当に答えていると、ふいに彼女の歩が止まった。気がついて僕も顔を上げると、いつの間にか駅は目前だった。

 駅前のロータリーは、それぞれのイルミネーションに彩られた、林立するビル群を一目で見渡せる。彼女はそれに目を奪われていた。目を輝かせてそれらを見つめている彼女の横顔に、何となく間が保たなくなり、そっと自転車に跨り「じゃあ」と離れようとすると、彼女がコートの裾を掴んだ。そして、イルミネーションを映した大きな眼を僕の目に合わせて言った。
「今日、楽しかった。付き合ってください」



 それから僕の抵抗の日々が始まった。授業中は狸寝入り、休み時間は他の教室、昼食は部室で、放課後は鐘とともにダッシュ。何気なく探りを入れてくる彼女の友人、あっと言う間に広まった噂の対処…どれを取っても疲れる事ばかりだった。気の置けないと思っていた部活の仲間にさえ冷やかされる始末。こういう事は初めてではなかったが、彼女の根気強さに、もう絶望を感じるくらいだった。何となくで押し切られ、何故か彼女と居る時間が増えた。何で釣ったのかは知らないが、唯一逃げ切れていた部室でも、他の部員も交えて一緒に昼食を取るようになっていた。もうすぐ来る冬休みはどうするだの、クリスマスに欲しいものは何だの…皆に顔を蒸気させながら話すマイコは、普通の恋をしている女の子だった。

 クリスマス・イヴ、またしても何故かマイコと会うことになった。「映画を観たい」と言うのだ。恋愛物が嫌いな僕に合わせて、このクリスマスという時期女の子は絶対見たがらないであろうSFアクション物の映画のタイトルを口にし、一生懸命電話口で話すマイコに僕は再び根負けしたのだ。
 当日のマイコは赤いコートが可愛らしかった。常時黒尽くめの僕からすれば、有り得ない女の子女の子したその風体に弱冠気圧されながら観た映画はロクに頭に入りはしなかったが、どちらにしても映画館から出た瞬間の寒さで、頭に入っていたとしても全て吹っ飛んでいただろう。
 僕は寒さでポケットに手を突っ込んで歩いていた。映画の感想をマイコと言い合いながら、駅への道をゆっくりと。街路樹がライトアップされて綺麗だった。そのうち、マイコがそわそわとし始め、僕の手をポケットから出すように言うと、自分のしていた白い手袋を片方僕に嵌め、空いた手で僕の手を握ってきた。
「ちょっとは、温かい?」
 少しだけ僕より低い身長のマイコが、僕を見上げるようにして笑った。
「そうかもしれないねぇ」
 僕はこの光景を客観的に思い浮かべて、可笑しくなった。何やってんだ、僕は。
 駅までの道は、手を繋いだまま歩いていった。改札での別れ際、彼女は僕にプレゼントだと言って真っ黒な長い手編みのマフラーをくれた。皆が部室で何が欲しいか騒いでいた際、ぽつりと言った「長いマフラー…自転車寒いから」と言った僕の言葉を聞いていたらしい。何も考えていなかった僕は逆に恐縮して1度は返そうとしたが、やはりここでも『折角作ってくれたのに、悪いな』という気持ちが湧いて、素直に受け取る事にした。
「じゃあまた、休み明けに学校でね!!電話するから!」
 マイコは僕がマフラーを手にしているのを確認するように、何度も振り返りながら改札へと消えていった。



 あれから10年近く経った。その間、僕が何度引越そうとマイコは必ず手紙を送って寄越した。僕は高校を卒業してすぐ東京の大学へと進み、彼女は地元で専門学校に進学した。携帯が普及したこの時代、ある意味ポップな彼女の文字は、相変わらずで何度読んでも笑えた。新しい彼氏が出来た話、学校の話、卒業してからは仕事の話…地元に帰省すれば、必ずと言って良いほど肩を並べて飲んでいた。話をしている時の彼女の目は、いつでも誰かに恋をしている女性の目だった。唯一連絡が途切れたのは、彼女が実家に連れ戻された時だろうか。再会した時、彼女は手首に大きな傷を作っていた。
 その理由を、僕は特に聞こうともせず、マイコも話そうとはしなかった。ただ、人づてに聞いたのは、良くない男に捕まって、騙されたように別れたということだった。僕が地元へ居を落ち着けるほんの少し前の事だったそうだ。
 それから何度か、彼女は僕の家へ泊りに来た。そして、彼氏ができると必ず紹介しにもやって来た。その度に、僕は彼女に幸せになって欲しいと心の中で思っていた。泣きながら電話が来れば、また何かしでかすのではないかと慌てて会いにも行った。相談されれば必ず最後まで付き合った。連絡が無い時は、それが良い便りだと自分を妙に納得させたりもしていた。

 それもまた久しぶりな連絡だった。『話したい事がある』と。深刻な風ではなかったし、僕も忙しさにかまけていた。『なかなか時間が取れないから、何なら今夜電話するけど』と言えば、『直接言いたいから』の一点張り。しばらく時間の合わない無意味なやり取りをした後、懐かしいあの文字で、手紙が届いた。
『大好きな人へ』
 ハートマーク付きのその始まりの文と共に、一枚の写真。
『結婚することになりました』
『できたら、大好きな人にスピーチをお願いしたくて』
 彼女が好きだと言っていたピンク色のドレスに包まれたマイコは、とても幸せそうだった。



 結婚式の当日は、生憎の曇り空だった。けれど、誰よりも晴れやかな顔をしたマイコは、とても綺麗だった。恋多き彼女の話を聞くたび、愛に飢えた狂女に取り付かれた旅人のように感じた時もあった。それでも、やっとの思いでマイコが掴んだ幸せを、自分の事のように嬉しく感じた。


 今日、私は初めて貴女に対して“女友達”として言葉を送ります。
「本当におめでとう」
 あの時くれたマフラーは、多分家のどこかにまだあるんじゃないかな…スピーチの間、そんな事を思った。どこに行ったかは、分からないけれど。



 披露宴が開き、列席者が会場を立つまでの間、新郎新婦の歴史ある写真が順に映写されていた。その中にあった、二人で撮った修学旅行の写真。どう見ても男女にしか見えないそのシチュエーションで、自分が自分で思っていたほど嫌そうな顔をしていないことに、何だか笑えたのだった。




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