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Last update 2008年03月16日

終わりに似ている  著者:時雨



 狂女に取り憑かれた旅人のように感じた。
 この道は何だか知らないが終わりも見えなくて、その上どこに向かってるのかも分からなくて。
 ただがむしゃらに、盲目的に信じさせられた「幸せ」なんかの為に走ってる。


 私達の歳はそういうものです。存在意義が知りたいの。そんなの自分の中に見つかるわけが無いじゃないですか。いずれ終わるのが怖いからって。
 どうせ終わったら自分には何も残らないのだから、目の前の手に入れられるものだけ手に入れて、永遠にそれを持って行けば良い。
 存在意義が欲しいなら他人の中に作れば良い。




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 冬の夕方は得てして冷え込む。それをどうしてこんな野外でこんな男と向き合っててこんな状況で。
「好きなんだよ。ずっとそう言ってるじゃんか。何で答えてくれねぇんだよ。」
 遠くに小学校の鐘が聞こえる。ああ、五時か。帰んなきゃ暗くなる。
 ……早く帰りたいのに、何でこいつは今更こんな話を。
 向かい合って真剣にこちらを見る男の視線が煩い。
 溜息。
「……前にも言ったけど。」
「そんな事考えてられる程暇じゃないって?何だよそれ。こっちは本気なんだ。」
 馬鹿な人だ。どうしてそれが拒絶だととれないのか。
「だから、私が言いたいのは、」
「とにかく」
 遮られた事に眉間の皺が一層深くなる。幼稚園で人の話を聞かないのは失礼だと習わなかったか、大学生にもなって。
「来週まで待つから。……ちゃんと考えてくれよ。」



 馬鹿な上にしつこいのか、こいつは。




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「ただいまー。」
 玄関のオレンジっぽい明かりが目に優しい。
 随分と疲れたような気がする。
 結局疲れないでいられるのは家だけか。ふわふわのスリッパも優しいし適度な温度も優しいし、ほのかに漂う匂いまで優しいと来た。同居人は優しくはないが一緒に居れれば嬉しい。

 世の中葵みたいな人ばかりだったら苦労しないのに。

 さっきまで顔を合わせていた男の顔を打ち消すように、同居人の葵を思い起こす。
 一緒に暮らしましょうか、ルームシェアってやつ。マンションの家賃軽くて済みますし。大学の講義でたまたま隣になって多少話しただけの葵に、いきなりそう持ちかけられたときはかなりびびったが、ルームシェアという青春っぽい響きと、葵の性格が気に入って結局承諾した。
 彼女は何にも囚われないで生きているように見えた。絶対の芯と、冷静さと、思考の早さ。ぐだぐだベタベタした世界の中で、その存在は明らかな異端だったが、同時に一種の憧れだとかを抱かせた。
 ああいう雲みたいな、風みたいな、綺麗で魅力的で絶対的な人はそうそう居ない。葵だけだ。
 ……何か恋でもしてるみたいだ。同性に対してこんな意識。


 ぼーっとしたまま、玄関からそう距離も無いリビングへと足を向ける。
 さっきから何となく甘い匂いがしている。
 何の匂いだっけ、これ。ハイチュウみたいな。
 ……瞬間的に思って自分で自分が馬鹿らしくなる。ハイチュウって何だ。そんな既成品の商品名。
 玄関に入ったときから続く、甘くて瑞々しい香り。
 リビングの扉を開けた途端、その芳香は一層鼻をついた。
「うわ。」
 埋もれている。
 何がって。
「……葵さーん?」
「はい。あ、お帰りなさい。」
「お帰りなさいじゃなくて。」
 何だコレ。
「何でこんなに葡萄があるのさ。」
 テーブルの上が見渡す限り葡萄だ。ていうかもう本当に葡萄だらけだ。山程葡萄。
「食べるので。」
「食べるので、じゃなくて……いや、これ全部?」
「まさか。」
「まさかだよねぇ。」
「たった3、4房ですよ。後は夜に。」
「あー。ふーん。へーえ。……馬鹿デスカ?」
 葡萄だけ3、4房なんて食えるか。
 葵はふふ、と笑ったきりで、せっせと手に持った房を片付けている。
 細い指が濡れて動く様が、いやに艶かしい。
 そういや前もこんな事あったな。あのときは何だっけ。飴?で、その前は金平糖とか……。
「葡萄、好き?」
「そうですね。」
「……飴とか、三ツ矢サイダーとか。」
「はい。」
「葛とか金平糖とか。同じもの沢山食べて、飽きない?」
 葵はそこでやっと、手の中の葡萄から顔を上げた。
 澄んだ目に射抜かれる心地がする。
 ……変な事言ったかなぁ。

「からだの中整理した気分で気持ち良いですよ。」

 違った、変なのはこの人だ。
「何それ。」
「綺麗でしょう、葡萄とか。」
「ん。……んん?」
 何の関係が。
 相当不思議そうな顔をしているだろう私に向かって、心底不思議そうな顔で葵は続ける。
「からだは食べたもので出来てるんですよ?」
 ……あ。
 そっか。
 そうだよな。
 食べ物ってそういうものか。てっきり電池みたいなものかなんかかと。
 てことはこの人は、透明で綺麗なものばっかりで出来ているからこうなのか。
「……凄いね!」
「凄いでしょう!」


 葵は、何にも執着しないで飄々としているかと思えば、ほんの時たま異常ともとれるこだわりを見せた。食事が良い例で、毎回そういった綺麗なものでからだを「整理」した。
 あとは髪だ。それも葵自身のじゃなくて、私の。腰まで届いたものを以前勝手に切ったら凄い勢いで怒られた。驚いたし怖かったので気をつけるようになった。
 葵のそういうこだわりが何なのか、興味はあったがよく分からなかった。「好きなのか」と聞けば「そうですね」とは答えるが、はっきり「好き」だと聞いたことがない。
 何だかなぁ。
 そういう変人相手に、望みの無い想いを抱える私も私だよなぁ。


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 ……どうしようか、これ。

 講義が終わって帰ろうとしたら呼び止められた。先週の約束かと気付くまでにしばらく掛かった。
 さっさと断ってさっさと帰ればよかったのだ。今更後悔しても遅いが。
 ああ、怒られるだろうな、これ。

 意を決して玄関に入った瞬間に、葵に見付かってしまった。
「……た、ただいま。」
 強張った笑顔など何の効果も無い事は分かってはいるが、それでも条件反射。
 異常に気付いた葵は、動きを止めてこちらを凝視している。
「何ですか、それ。」
「……すいません。」
 怒られるとは思っていたがやっぱり怖い。
 まずったなぁ。気をつけてたのに。
 顔の横で、一束だけ顎の高さまで短くなった髪がふらりと揺れる。
 しばらくの沈黙の末、葵は無表情のまま、どこからか鋏を取り出して一度シャキンと鳴らした。
「洗面所行きますよ。揃えます。」
 流石、対応が早い。ていうか感心してる場合か。


「誰かと痴話喧嘩でもしたんですか、あなた。」
「……痴話喧嘩じゃないけれど。」
「喧嘩はしたんですね。」
「まぁ。」
「さしずめあなたを妄信的に慕ってた男かなんかを面倒臭そうにあしらった末に、男がキレでもして、君が手に入らないならせめて身に着けていたものが欲しいだとか迫られて。」
「……え、どこかで見てた?」
「見てませんよ。で、そんなの気持ち悪いと一括したら完全にキレた男に髪を切り落とされたと。」
「……まぁ、大体そんな感じです。」
「嫌ですねぇその男性も。でもあなたもそういう人を逆上させるようなことばかりするからいけないんですよ。誠意です誠意。曖昧な態度を取る前に切り捨てる。それが誠意というものです。」
 そうだっけ。
「はぁ。」
「今度勝手に髪を切ったら怒りますよ。」
「……すみませんでした。」
 何でこんなにびくびくしてんだろ。自分の髪だ。どうしようと勝手な気が。彼氏とかならともかく、葵はルームメートで、ただの。
 ルームメート。そうルームメートだ。同室者。それだけ。でも青春のルームシェアってこんな感じなのか?もっとこう、若々しくて活気に満ち溢れてて、こんな訳分からない気持ちで悩む暇なんかないくらい。寧ろこの人に青春を求める方が間違ってるのか。てか同室者って信頼とかそんなものの上で結ばれてるんじゃないのか。何だ、こう、好意とか好意とか好意とかあるべきじゃないのか。……あれ、もしかしてあっ
「……あったりする?」
「主語を抜かすのはあなたの悪い癖です。」
「いや、ええと、好意とか信頼とか。私に。」
 あったりする?
「無かったら他人の髪なんて触りませんよ。」
 言葉と共に、耳元で鋏が鳴る。シャキン。……気の所為か、口調が
「私が好きでもないのにこんな面倒な事すると思います?」
 シャキン。
「……好きなの?」
「そうですね。」
「私を?」
「好きですよ。」
 口調が。
 この人はこんな声をしていたっけ。こんな、喋り方をしたんだっけ。
 からだが熱くて五月蝿い。どうしようか。どうしようか。
「どういう、意味で」
「くどいですね。」


 声が、すぐ近くに聞こえる。


 首に押し当てられた鋏の所為で、動けない。でも葵の顔が見えないのは近すぎる所為だ。思考が停止して、唇に触れた熱だけが恐ろしく熱い。
 ああもう本当にどうしようか。全部零れて、この綺麗な人を汚してしまいそうだ。

「……好きなんて言うの、初めて聞いた。」
「綺麗事じゃ済みませんから。」

 なんだ、この人はそんな事を気にしてたのか。
 決して揺らがないと思っていた瞳が、目の前で激情を孕んで光っている。
 もう、駄目だ。
「ねぇ、葵。」



「もっと汚い事、しようか。」



 これが許される事だろうかとか許されない事だろうかとか、心の中に想像を渦巻かせることに疲れ始めていた。
 こんなに簡単だとは思わなかった。この人を身近に感じる事が。
 何もかもがどろどろに歪んで、何もかもが分からなくなる瞬間を私は望んでいる。きっと。

 もっともっと汚れて、私を全て飲み込んでしまえば良い。
 あの綺麗な食べ物と同じように、この人のからだの一部だけでも、私で作られれば良い。

「……この髪は、私のものです。」
 そう言って、葵は手に持った鋏を置く。酷くゆっくりと。じれったくなる程ゆっくりと。
 首筋に当たった冷たくて鋭利なものの感触を私が覚えている間に、その鋏を少し引いてくれればよかったのに。そうすればすぐに手に入ったのに。
 鋏の当たっていたところに、伸ばされた指が熱を残す。




 早く触って。



 もっと。





 もっと。




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