※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

Last update 2008年03月16日

Motor Drive  著者:篠原まひる



 エイジからのお誘いは、翌日の昼過ぎに来た。
 私はすぐに、「行くよ」と返す。 それからアルバイト先に休む為の電話をして、大いに嫌がられた。
 そのすぐ後にウェインから、「今から逢わないか」と言うメールが来るが、「今日は無理」と返事をして、いつものように服のセレクトに入る。 私は少し可笑しくなって、後でウェインに、「案外ウエダ君はいい人なんだね」とでもメールをしようと思った。 間違い無く彼は、不満気な顔をするだろうが。
 夜の八時。 私は約束の場所へと出向く。 どう言う訳か、エイジの指定して来た待ち合わせ場所は、駅でもなければどこかの店でもなく、大通りの高速道路下の路肩だった。
 こんな場所に呼び出されたのも初めてだなと思いながら、私はエイジを目で探す。 すると、少し先に止まる赤いスポーツカーの前で手を振る一人の女性の姿が見えた。 私も手を振り返しながら、その場所へと駆け寄る。
「お待たせ」と私が言うと、ユウリは昨夜と同じ笑顔のままで、「そうだね」と嫌味を言った。
 私が彼女の車のサイドシートへと乗り込むと、車はすぐに発進をした。
 車は如才無く大通りの車の群れへと流れ出ると、すぐに近場の高速道路の入り口の中へと滑り込む。 どこまでもスマートな人だなと感じ、少しだけムっとする。
「本当に嫌味な人だね」 私が言うと、ユウリは、「どこが?」と、笑いながら聞き返す。
「席に着けば頼んでもいないカクテルが出て来たり、車に乗れば行き先も言わずにエスコートしてくれたり、何だか私はあなたの手の上で遊ばされているようで、実に悔しいわ」
 私の言葉に、ユウリは無言で車を走らせる。 ユウリの運転するスポーツカーは、ゆっくりと首都高速道路の内側を回り始める。 街の灯りを下に見下ろす窓からの景色は、大きくうねり蛇行しながら、凄い勢いで後方へと流れ去って行く。
 所々でユウリが、真下の街の名前を言うが、どう言う訳かどれもこれも私にはピンと来ない。 電車から見る街と、遠くから見る灯り。 そしてその場に立って感じる街の雰囲気。 どれも私の知っているその場の名前ではないような気分だったからだ。
「そんなもんだよ」 ユウリは言う。
「意味が無ければ、どれもこれもイミテーション。 そこに何も求めていなければ、何を見ても欲しいものだとは思えない。 漠然と何かを求めている人達って、結局は何を手に入れても満足出来ないんだよ。 だって、そうでしょう? 欲しいものは自分の満足だけなんだから。 満足の意味が判らない以上、虚ろなんだよ。 誰であれ・・・ね」
 遠くに東京タワーのイルミネィションが見えて来た頃、私はどうして、「エイジ」なんて名前で男の振りをしていたのかをユウリに聞いた。 するとユウリは、「アカルが勝手に間違えただけ」と笑う。
 どうやら私は、意識が朦朧としたままユウリとメールアドレスの交換をして、彼女の名前の代わりに、店の名前を中途半端に登録してしまったらしい。 そしてその時の事を全く覚えていない私の為に、その時の事の説明をして不審がられるよりも、間違ったままでもいいからメールの交換をする事を考えたらしかった。
「気が長いのね。 ユウリって」
「そりゃあ、気に入った女の子の為ならね」
 どこが気に入ったのよと私が聞くと、ユウリは、「覚えてないんでしょ?」と聞き返す。
「意識の無かったアカルは凄かったよ。 しっかりと自分の不満や考えを言葉に出せる、凄い子だと思った。 仲間内の怠惰な所や、実の無い会話の下らなさ、思ったままに全部あの男の子にぶつけてた。 あの子は気の毒なぐらいだったよ。 でもしょうがない、あなたがその仲間内で浮いてしまっているなら、それこそはあなた本来の性格のせいでしょうよ」
 ユウリは、前方の車のテールランプを追いながら、ゆっくりと語る。
「友人って、ある意味自分の鏡みたいなものだから。 自分の友人を見て、下らないとか下品だとか思えてしまうならば、それは自分も同じ事。 同じようなタイプだからこそ、つるんでいるのよ。 皆が、浮いてしまったあなたを見て笑うならば、それは下卑た自分を見て笑っているのと同じ事。 そして、笑われたあなたは変化を望んだ。 ただそれだけの事ね。 笑われて初めてあなたは自由を感じたと言うならば、それはとっても誇らしい事だと私は思うんだけどな」
 ユウリはステアリングをその波から弾かせ、輪を描くその列から分岐をさせた。 少し行くとその真下に、私がいつもたむろしていた街の灯りが見えて来た。
「狭い街じゃん。 ここに集まる人達は、たったこれだけの灯りの中で、一体何を自分の手の中に入れたいと思うのかな」 ユウリはそう言いながら、その街の灯りから一刻も早く逃げ出そうとするかのように、一気にアクセルを踏み込んだ。
「アカル。 あなたの家からこの街までは、一体何時間掛かる訳?」
 ユウリの言葉に、私は咄嗟に計算をする。
「そうね・・・乗り継ぎのタイミングもあるけど、大体一時間ちょっとかなぁ・・・」
 ユウリはそれを聞いて、「じゃあ、その一時間ちょっとで、どこまで行けるか試してみようか」と笑う。
「どこまで行くのよ!?」
 踏み込んでスピードを上げた車の内側に、私は必死でしがみつきながら、ユウリに叫ぶようにして聞き返す。
「その時間内で、アカルに星の夜空を見せてあげるよ」
 あぁ、この人は私の欲しいものは何でも知っているんだ。 その時ようやく、私は素直に彼女に憧れる事が出来た。



 週末の夜は不思議だ。 ポンと飛び込んで来たメール一つで、途端に私の胸が躍り出す。
 そこには、羨望や願望、快楽と喜びと好奇心。 そして昔まだ私が小さかった頃に、曖昧なままに忘れてしまった胸躍らせる夢などが渦を巻き、そして私を待っているかののような、そんな感覚をいつも兼ね備えていた。
 私は急いで店のエプロンを外しながら、メールの文面は見なくても判る、「エイジ」と言う名のフォルダに、「これから行くよ」と返事をかえして、アルバイト先のタイムカードを裏返す。
 数え切れない程に憧れた、「何か」は、長い抵抗を飛び越えて、ようやく私の中に形を作って生まれ出て来ようとしているかのように思えた。
 週末の夜は、本当に不思議だ。 私は込み上げて来る高揚を隠せないまま、店長に向かって、「お先に失礼します!」と声を張り上げ、店を飛び出す。 背後ではドアを押さえた店長が、一体どこまで行くんだと聞いて来るのに対して、私は愛用のサイクルのチェーンを外しながら、行き先を告げる。
「それはちょっと遠くないか? ここからだと二時間は掛かると思うけど」
 私はそれに対して、「一時間ちょっとで行けますよ」と笑顔で返し、上着を腰に巻いたスタイルのままでサドルに跨る。
 驚いたままの店長に片手を上げて走り出す。
 空の無い夜空の下、私はワクワクする方向へと向かって勢い良くペダルを漕ぐ。
 そこにはきっと、想像もつかないような、もっとワクワクするものがある筈だ。 星すらも姿を隠す光の渦に向かって、私は一直線に走り続ける。
 胸の躍る方向へ。 夜が止まない、私を待っているその場所へ。

 私を待ってくれている、私の大事な大事な、愛する友人のいる場所へ。




コメント

名前:
コメント:
| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
|ログイン|