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Last update 2008年03月16日

蛇  著者:rudo



「人が変わっていくのは救いであって
自分が変わらない世界なんて、私はごめんこうむりたい」

なにそれ・・誰が言ったんだっけ。
無理やりつれていかれた自己啓発の講義の中だったか
変な宗教かぶれの客が言ったんだったか・・

私はいやだ。
私はいまのままでいい。
自分が変わってしまう世界なんて それこそごめんこうむりたい。

誰が死のうが生きようが
そんなことは知ったこっちゃない。
それが私だ。

いままでも・・・これからも。

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激しい喉の渇きで目が覚めた。

「ちょっと 飲みすぎたかも・・」

のろのろと起き上がりふすまをあけたとたん
二日酔いも吹っ飛ぶほど腹が立った。

リビングに使用している台所続きの8畳間には
食べ残したポテトチップのかすがあちこちに飛び散り
ファッション誌やら 女性週刊誌やら まんがやらが
開きっぱなしのまま何冊も放り出してあった。

だからフィリピーナはいやなんだ。
むかむかしながら冷蔵庫をあける。

水がない。 ミネラルウォーターのペットボトル・・
ペットボトルは部屋の中にそのまま転がっていた。

「リリイ!!」 「リリイ いるんでしょっ」
乱暴に閉まっている方のふすまを開ける。

リリイは引きっぱなしの布団の上で寝そべって
足をぶらぶらさせながらお菓子を食べていた。

「オハヨ アキラちゃん オキルノオソイネ もうヒルよ」

「おはようじゃないよっ なんなの? この散らかりようは
 どうして片付けないの? なんでごみを捨てない?
 水も残ったならどうして冷蔵庫に入れておかないのよ?」

「アキラちゃん もスコシ ユックリシャベラないと ワカラナイヨ」

「いいからっ 片付けてよっ はやくっ」
食べているお菓子の袋をひったくる。

しぶしぶ部屋からでてきたリリイは雑誌をまとめて積み上げ
部屋の隅におしやり 空っぽのお菓子の袋をゴミ箱に突っ込むと
いたるところに落ちている お菓子のカスや粉を足で蹴散らした。

見ているだけで腹が立つ。

「なんなの? それは 片付けるっていうのはねっこうやんのよっ」

けっきょく アキラが全部片付け、掃除機をかけた。
なんだか納得がいかないが部屋の中が
すっきりと元に戻ると気持ちも少し穏やかになる。

「アキラちゃん ソウジ ジョウズね」
さっきまでなら 蹴り倒しているところだが
今なら睨み付けるくらいで許す。

だいたいフィリピーナってやつはだらしがない。
さらに言えば衛生観念もかなり怪しいと思う。

湯船の中で平気で下着を洗濯するのを見た時は鳥肌がたった。
やめてくれと怒ると なにをそんなに興奮しているのかわからないと言った顔で
「シタギ1マイにセンタクキなんて モタナイよお」 と言った。
日本人は細かい・・とぶつぶつ言いながら裸のまま部屋を歩き回り
今、洗った問題の下着を窓ガラスにくっつけた。

「リ・・リイ・・それは・・・なんなの?」

「ナニて? ホシテルヨ」

「そこは窓ガラスだよ?」

「カワクトオチルよ。 オチタラもうはいてもヘイキね。 カワイテルよ」

こういうことって・・フィリピーナの特性なんだろうか?
それともリリイ個人のものなんだろうか?

「ネエネエ アキラちゃん チョトだけソトイカナイ?」

リリイが甘ったるい匂いをさせながら近寄ってきた。
こいつはいつも 安っぽい匂いのガムを噛んでいる。

だめに決まってるだろう・・私は返事もしなかった。
だけどリリイはそんなこと少しも気にしない。

「アキラちゃん。 キノウね イバさんきたよ リリイ オカネもらたよ」

「伊庭さん来たの? いつ? なんだって?」

「アキラチャンが シゴトいって スグよ」
「ホントにオレのコかとか ホカにツキアテルヤツ イナイカ とかよ」

あーあ・・

「シツレイヨ デモ オコヅカイくれたからね ユルスヨ」

能天気な奴。最後の確認をされたんだよ・・

「ダカラネ アイスクリームタベイコウヨ ゴチソするよ」

「えっ?」 驚いた。
私は時々こんな風にフィリピーナを預かってきたけれど
部屋を提供している私に感謝を表した奴はひとりもいなかった。

いつもなら無視するところだが伊庭さんが来たのなら
もうあまり時間は残されてない。

「・・・わかった、行くよ。 でも私と一緒の時にはそのガム噛まないでよ。 
くさい」

リリイはちろっと舌を出して悪びれた風もなく
「ワカタヨ」 と言った。


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伊庭さんというのはフィリピンパブの経営者で
アキラのいるスナックの常連客だ。

一週間ばかり前 伊庭さんはリリイを連れて飲みに来た。
アキラが席に着いたとたんすぐに
「アキラ しばらくリリイを預かってくれ」

「いやだ。 私フィリピーナ だいっ嫌いだから」

「アキラー。 いきなりそれはないでしょう?
 どうしたのくらい聞いてくれよ」

「じゃ どうしたの?」

「あっちょっと待って」
そう言って伊庭さんはママを呼び何か食べさせてカラオケでも
やらせておいてとリリイをあずけた。

「あいつさ 子どもが出来たっていうんだよ」

「誰の?」

「俺の子・・・らしいよ・・本人は とにかくそうだって言ってる」

「伊庭さんが孕ませるとはまた 珍しいこともあるもんですね」
 ・・バカなフィリピーナ・・話をあわせながらちょっと同情した。

「まあ 寝るのには寝たんだけどね」

陽気に変なアクセントで歌うリリイの細い腰をみる。

「本当にできてるの?」

「さあね。もうどっちでもいいよ
 ちょうど打診が来てたところなんだ」

「打診があったならあずからなくてもいいんじゃないの?」

「普通はね。すぐ送っちゃうけどね。
 ただ今回はいくつか問題がある。 健の店のピナなんだ」

「健ちゃんの店の子に手を出したの?」

「知らなかったんだよ。 寝た後で聞いたらそうだったのっ」

「うちの店にスカウトしてもいいと思ってたけどね・・
 あんなこと言い出すようじゃね。 オレ怒っちゃうよね」

健ちゃんの店と伊庭さんの店はフィリピンパブ同士だが
仲良く共存していて困った時は女の子をトレードすることもある。
そして健ちゃんも伊庭さんも裏の顔を持っている。

ただ健ちゃんの店は「お春さん」をやらせる。 いわゆる売春だ。
裏は裏でも周知の裏だ。

伊庭さんはそういうことはしない。
どちらかと言えば店の外で客に会うことを嫌う。
だけどみんな伊庭さんのお手つきだ。
伊庭さんはまず入店前に自分で味見をする。
そして伊庭さんの裏は・・

「健ちゃん・・知ってるの?」

「なんとなく・・ね・・健とはさ その件に関しては対立してるから・・
 この先も分かり合えることはないだろうな」

「もう決まったんだね」

「たださ。もしかして健の店の客が相手かもしれないでしょ?
 それはそれで金になるし・・
 客じゃなくて誰か付き合ってる奴がいたら面倒だからね
 ちょっと調べる間 隔離したいんだよね」

「できれば うまくその辺も聞き出してくれると
 預ける期間が短くなるよ?」

「わかった。あずかるのはいいよ。
 でも そっちのほうは約束できない」

「なんでよ」

「フィリピーナ嫌いだから 口利きたくないもん」

「ふん。まあ いいや。どっちでも」

そう言って伊庭さんはタバコに手を伸ばし
「オレ・・嘘つかれるのって許せないんだよね」 と言った。

アキラのつけた火に顔を近づける伊庭さんの目は
へびのように ただ黒くなんの光も放たない。

その夜からリリイはアキラの家に来ることになったが
荷物は紙袋がひとつとぺらぺらのピンクのポーチひとつだった。

使っていない四畳半を示してアキラはリリイに宣言した。

私がいない時はなるべくここにいること。
そっちの六畳は私の寝室だから絶対に開けないこと。
朝は私が起きてくるまでなにがっあっても起こさないこと。
部屋の電話には絶対に出ないこと。
ここにいる間は誰とも連絡をとらないこと。

リリイは神妙な顔をして「ワカタ」 と言った。

「アキラちゃんホントはなんていうの?」

「なにが?」

「アキラはオミセのナマエでしょう
 オトモダチは ホントのナマエをオシエアウよ」

「私はあんたと友達になる気はないっ
 だから教えない、どうしてかっていうとね。
 フィリピーナがだぁーいっ嫌いだからっ」

リリイはちろっと舌を出して 「ワカタ」 と言った。

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「ハヤクハヤク アキラちゃん」

あずかりものを外に連れ出すのは初めてのことだ。
今回の私はちょっとおかしい。
普通あずかるといっても 一日か二日か・・
リリイとはちょっと長すぎたのかもしれない。

駅前の大型スーパーに入っているアイスクリーム屋。

「アキラちゃん ドレいい? ドレでもいいよ」

「チョコチップとマロンクリームとラズベリーのトリプル」

リリイがポーチを握り締めて唖然としている。

「嘘だよ。 チョコチップ。 カップで」

「ナンデ イイヨイイヨ ワタシ ドレでもいいって イッタよ」

「本当にいいよ。 そんなに食べれないから」
そう言っているのに リリイはもう注文している。

三段重ねのアイスクリームを二つ持って
ニコニコと寄ってくるリリイを見ていてなんだか
不思議な気持ちになった。

怒られても文句を言われても どこ吹く風。
おおらかで 細かいことを気にしなくて
だけどお金にシビアでしたたかで・・・

「オイシソね。 ワタシもトリプルにシタヨ」

手渡された今にも倒れそうなアイスをもてあまし気味になめながら
私はこの娘を助けてあげたいとおもった。

「リリイ 妊娠したって嘘でしょう?」

嬉しそうにアイスをあちこちの方向からなめていたリリイが
固まった。

「リリイ 伊庭さんはね 嘘がすごく嫌いなんだよ」

「ウソジャナイヨ。 イバさんのコ。 マチガイない」

「・・・イバさんのコよ」

「伊庭さんは・・子ども作れないんだよ・・」

リリイの目が泳ぐ。
「・・ジャ オキャクさんのコかも・・」

「リリイ 逃がしてあげるよ」

「ニガスて? なんで?」

「・・殺されちゃうよ」

「・・・・・」

「昨日伊庭さんが来たなら 早ければ今晩・・」

「よくワカラナイよ」

「生きていたい?」

「アタリマエヨ フィリピンにカゾクいるよ ワタシのおカネ マテルよ」

「じゃあ よく聞いて。私の言うとおりにして? いい?」


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いつもより長く感じる時間。
まだ8時、まだ10時・・

リリイはちゃんと言ったとおりにしただろうか・・
いつもの調子で「ワカタ」 そう言ったけど
どこまで真剣なのかがよくわからない。

どうか うまくいきますように・・・

きっと今晩ってことはないと思う。
私のいないときには連れて行かないと思う。
今までそんなことは一度もなかった。
きっと明日の朝だ。
だから 私が店に出ている間に出て行かせて
部屋にもどったらリリイがいなくなったと伊庭さんに連絡する。

伊庭さんはきっとあちこち探すだろうけど
大丈夫 見つからない。
リリイを匿ってもらう場所は私の古い友達だ。
伊庭さんには私が裏切ったなんてわからない。

大丈夫・・大丈夫・・
そればかり念じているうちに何が大丈夫なのかも
わからなくなった。

午前2時 家に戻る。 電気はついていない。
「よかった・・間に合ったんだ・・」

玄関をあけたとたん 切ないあえぎ声が聞こえた・・
私は固まったまま動けなくなった。
しばらくしてふすまを開けたのは伊庭さんだ。

リリイ・・どうして。
私は立っていられないほど震えていた。

伊庭さんが近づいてくる・・蛇のような目をして。
逸らしたくてもそれを許さない蛇の目。

「・・アキラ。 フィリピーナは嫌いじゃなかったのか?」

「・・・」

「隆一が見てたんだ。 仲良くアイスクリーム食べてたって?」

隆一・・隆一は伊庭さんの店のバーテンだ。
「ご・・ごめんな・・さ・・」

いきなり胸倉をつかまれた。 
「あやまるなっ 最初からあやまるようなことをするなっ」

上気した顔のリリイが顔を覗かせた。
「ドシタノ? アッ アキラちゃんカエテキタ?」

伊庭さんはリリイに向かってことさら優しげに声をかける。
「じゃあ 車で待ってるから支度ができたらおいで」

そして私に向き直り言った・・
「アキラ 今回は許してやる。 次はいくらお前でも
 牧場送りだ・・・」

ドアが閉まる音と同時に私はそのままへたり込んだ。

リリイが心配そうにかけよってくる
「アキラちゃんドシタノ? グアイワルイノ?」
大きな目・・まず目を取られる。角膜・・

「リリイ どうして行かなかったの?」
それから・・順番に・・腎臓も肺もすい臓も小腸も肝臓も・・

「イコウトしたら イバさんキタヨ。 
 でも アキラちゃんのカンチガイヨ。 イバさんオレのコならケッコンするって」
東南アジアのどこか・・

「でもアキラちゃんのイウトオリ ニンシン ウソ。  
 ワタシ ちゃんとイッテ アヤマタよ。 ユルシテクレタ これからツクレバ
 イイよって」
死ぬまでそこから出られない。

とろけそうなリリイ・・

「アシタ イッショにフィリピン カエルよ」
家族がいるっていってたね・・リリイ。

「キュー デショ でも ドシテも モイッカイ アキラちゃんにアイタカタの
 イバサンもソウシナサイて」

「そうなんだ・・・」

「アヤマロとオモタよ イウトオリシナカッタ から」

「うん、もういいよ」 

「・・・アキラちゃん ナイテル? ワラテるけど ナイテルよ ヘンよ」

そういってリリイも笑う。

「アキラちゃん もうイクよ イバさん マテルから」

「・・・リリイ アイスありがとう。 ごちそうさま」

「アキラちゃんジャア・・」
玄関を出ようとしてリリイが振り向く。

「バイバイ リリイ」
永遠に・・バイバイ。

「アキラちゃん ホントはナマエなんてゆうの?」

私は背中を向けたまま返事をする。
「教えないよ。 友達じゃないから・・前もそう言ったでしょう」

「くすくすくす・・アキラちゃんラシね。 バイバイ」
バタン・・と永遠のドアが閉まる。

 ・・ばいばい。

言葉はいつだって乱暴に どちらかに分ける。
途中の気持の動きも・・
そこにいたる経過も無視して・・

結果だけをつきつける。

yesか noか・・
好きか 嫌いか・・

友達か 友達じゃないか・・


リリイは友達じゃない。
助けられなかったあの娘は・・

友達じゃない。




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