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Last update 2008年03月16日

絵本 ~the children books~  著者:真紅



人が変わっていくのは救いであって、自分が変わらない世界なんて、私はごめんこうむりたい。

そんなのは、昔に書かれたような決まり事だらけの絵本の中だけにして欲しい。
本を開けばそこには必ず決まった世界があって、決まった登場人物がただ居るだけなのだから。
その世界で発せられる言葉だって、吹き出しの中でしか意味を持って存在できない。
私がこうして物を叩いても、そこは決まった音しか出ない何の面白味もない世界である。

ただ変わることがあるとすれば、そう、それは一つだけだ。
それは、その絵本を読む側の広い意味での認識である。

かの有名な「かぐや姫」だって、ある人が読めば「ああ、大好きなお爺さんとお婆さんと離れ離れになって、可哀想に」となるのだろう。

又ある人が読めば「故郷に帰れたじゃないか、良かった良かった」で終わってしまう。

更に此処に知識が加われば・・・と考えると、たかが絵本と言えど可能性は無限に広がってゆく。
だとしてもまぁ此処まで予想が容易いのだ、絵本の中の世界などたかが知れているに決まっている。
私は、機会があれば覗いて見たいなと呟いてみるが、すぐに馬鹿らしくなった。
子供の頃は、あれほど信じて止まなかった絵本の中の世界が、今ではその有様だ。
絵本の表紙とは正反対に、暖かさのカケラもないコンクリートの冷たい壁に背を預ける。

つ・・・と指でなぞる、子供の頃の自分が絵本にした落書きの線。

線は、まるで私の指を喰らっていくように黒く染める。
子供の頃の、絵本に落書きしていく自分の屈託の無い笑顔が頭にチラついた。
チラついて、チラついて、離れてくれないその気持ち悪さに私は思わず頭を掻き毟った。

"ねぇ、お母さんお父さん、この絵本面白いね"

私は、手にしていた本を、渾身の力を込めて床に叩きつけた。
その絵本を、買って貰った時の自分の屈託の無い笑顔を、私は砕いた。
小さな頃の自分が、傍で私を悲しそうに見上げているのが分かった。
埃に塗れた絵本が風で捲れて、ちょうど真ん中辺りで止まって私を待っていた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

思い出の品を片付け、私は居間へと向かった。
居間からは男と女の怒鳴り合いが、ドアを隔てて廊下にまで聞こえている。

「どうにかしてよ、貴方が言ったんじゃない。大丈夫だって」

「無理を言うな、取引先との接待なんだ、急に入った仕事なんだから」

「あの子はあんなに楽しみにしてたのよ?」

「俺だって必死なんだ、お前達の為なんだよ」

母が、私のために父と喧嘩している。
何もこれが初めてじゃない父の「約束の破綻」の言い訳と、母の「専業主婦」という隠れ蓑。

私は、いつだってその真ん中に居る。

二人に、もう何度か忘れるぐらい譲り合うように私は促した。
しかし二人はいつも、こう言って私の目に目を合わせようとしない。

「あれだけ意見が対立しているんだから、そんなことができるわけがないだろうが」

そういう問題では無い事ぐらい分かって欲しい、と叶わぬ願いをする。
願うが、神様は決して私のその願いに取り合ってくれようとはしないのだ。
だから果物ナイフで切り刻んだ、様々な呪文と共に神の名を書いた紙切れを私は勲章として壁に貼り付けた。
確か絵本の主人公も言っていた気がしたから。

"思ったら、すぐに行動に移す、それが大事なんだ。"

私は、それを覚えていたから行動に移した。
そして、母はその光景を見て私を酷く叱った。
あれほど「正しい」と信じていた絵本が、母にとっては間違っていたのだ。
私はショックで、それから絵本を手にしなくなった。
何故かそれからである、父と母が良くこうして喧嘩するようになったのは。

「大体あの子の事だってそうよ、貴方は何もしなかった」

「俺だってやったさ、絵本だって買ってやったろう」

「嘘、あれは私が買ってあげた」

「嘘だ、俺が買ったんだ」

「貴方は何時だってそうよ」

「お前は何時だってそうだ」

「「何も変わらない、何も変わろうとしない!!」」

「そうよ、貴方なんて」

「そうだ、お前なんて」

「「そんなに執着するなら、あの絵本の中へ消え去ってしまえ!!!!」」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

さっき投げ捨てた絵本は、とあるページが開いたままになって落ちていた。
私は立ち上がって、絵本を見る。
そのページはとても赤々とした景色に、男女の絵が描かれていた。
吹き出しも何も無いが、その二人の鬼気迫る表情からどういう状況かは読み取れる。
さっき投げ付けた拍子で、少し黒く汚れたそのページを布で拭う。

"貴方も、お前も、こっちへ来い"

そう聞こえた気がして、私は微笑んで「止めておくよ」と呟く。
呟いて、本を閉じて私は家を出た。

「・・・せっかく呪文を解いてあげようと思ったのにな」

私の後ろで、赤く赤く家が光って吹き飛んで燃え上がった。
全てを燃やし尽くすにはあれぐらいの灯油で良かったようだ。

「・・・私に一言だって謝らないんだから・・・。」

言葉というのは、きわめて乱暴なものである。




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