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Last update 2008年04月12日

櫻散り、鬼が舞う  著者:Clown



 その目は、悪魔でも見るような、最悪の目つきだった。
 いや、それこそが【悪魔の目】か。
 俺の前に立ちはだかる男……その、金と銀の一対となった瞳は縦に長く縮瞳し、一分の隙もなく俺を見つめていた。
 黒の山高帽の後ろに流した黒髪は、無風のはずの空間でも怪しく揺らめき、真一文字に引き絞られた口唇からは白い吐息がわずかに漏れている。闇色のコートに身を包み、無造作にポケットに手を突っ込む男の気配には、しかし一分の隙も感じられない。彼我の距離は十メートルにもなるのに、その存在感はまるですぐ隣にいるかのようだ。
 相変わらずだな。
 他が見れば視線だけで魂を殺がれそうな鋭い眼光は、百年前と何ら変わらずに俺を射抜いている。出で立ちとは真逆の名を持つ漆黒の男。

 エーデルワイス(高貴なる白)。

 百年の年月をまるで感じさせない風貌は、逆に俺を不安にさせた。不変でいると言うことほど難しいものはない。それは年月が経てば経つほど、加速度的に難しくなっていく。
 しかし、目の前の相手は、あの頃と全く変わっていない。
 百年という月日を経てもなお、だ。
 様々な変化を経験してきた俺にとって、その様は畏怖ですらある。まるであの時の亡霊が、逃れられぬ運命を目の前にちらつかせているようで、俺は思わず顔をしかめた。

「……何しに来た」

 自分でも驚くほどかすれた声が、俺の口から漏れだす。相当なるプレッシャーは、口中が渇いていることすら気づかせないほど感覚を鈍感にさせていたらしい。
 男は聞こえなかったのか、それとも聞こうとすらしなかったのか、全くの無反応で俺の様子をうかがっている。無機物を見るような、そんな目だ。
 嘗ては、戦友とまで呼べた男が。
 瞬きする間をおいて、男の姿が初めて動いた。ほんのわずかな動きではあるが、俺にとっては致命的とも言える動き。
 指弾。
 極限まで圧縮された空気が、俺の左肩に突き刺さった。ぼず、という音を引き連れ、肩の肉がパチンコ玉大に抉り取られる。遅れて噴き出した血液が、白いカッターシャツを深紅に染め上げた。
 強烈なパルスが痛覚を駆け上がってくるのを、必死で押さえる。筋肉を極限まで収縮させ、何とか血流の遮断を試みるが、それでもじわりと上腕を赤が伝っていく。どうやら動脈の一部も持って行かれているらしい。止血のコントロールだけで精一杯だ。
 男はその体勢から動かず、再び俺を見つめていた。先ほどとは違い、かすかに挑発めいた視線。縦に絞られていた瞳孔は正円となり、街灯の明かりを反射しててらてらと光っている。
 反撃を、期待している。
 だからこそ、敢えて俺はその視線を受け流した。ここで相手の挑発を買えば、相手の思う壺に嵌ってしまう。それだけは避けねばならない。それだけは。
 だが、男はそれを予期していたかのように、更に指弾を放ってきた。今度はしっかりとその様を捉え、俺は右に跳躍する。空を切った圧塊は歪んだ金属音のような音を立てて俺の横をすり抜け、コンクリートの壁を破壊した。分厚いコンクリートが、まるで豆腐のように砕け散る。
 ただ指を弾くだけで、この威力。まともにやり合えば、並の人間なら5秒と保たない。
 並の人間なら。

「…………」

 じっと、俺が動いた軌跡を目で追う男。反撃の手がないことを確認するや、次の指弾の体制に入る。俺は構えることもなく、全身の力を抜いて相手の方を見た。徹底してこちらからは反撃しないことを示さねばならない。さもなくば、彼は嬉々として更なる追撃を仕掛けてくるだろう。
 彼は、それを望んでいる。
 闘争を。
 俺との戦いを。
 『あの頃』のように。破壊の鎚を打ち下ろし、何もかもを鈍色に塗り替える、純然たる暴力の嵐を。
 次の指弾が来る。二連発で穿たれたそれは、確実に致命傷を強いる場所──心臓と脳を目指して牙をむいていた。反撃か死か、二択を迫るように、軌道をわずかに違えた弾丸は俺の生命を掠め取るべく顎を開く。
 一秒。
 瞬きをするほんのわずかな時間が、俺に猶予された刻限。
 全ての時間が、その一瞬だけ酷く緩慢になった。視野が極限まで広がり、電柱の明かりに集る羽虫の群れまではっきりと見える。その中で、螺旋状の軌跡を描きながら疾る凶弾は周囲の景色を歪め、異質な世界を作り出していた。
 恐らく、反射的に、だったのだろう。
 右手が、頭を狙っていた指弾をはじき飛ばした。急激にベクトルを変更された弾丸は自身の形を保つ事が出来ず、心臓を狙っていた同類を巻き込んで爆散する。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。一呼吸遅れてやってきた衝撃波が目の前を覆うより早く、俺は後方へ目一杯跳躍した。アスファルトの大地が抉れ、破片が飛び散る。
 その奥から、突き刺さるような巨大な圧力。
 砂煙の向こうで、一対の光が揺らめく。同時に、漆黒の構造物が俺の心臓めがけて伸びてきた。今度は躊躇することなく、それを打ち払う。重い金属音を残して動きを止めたそれは、舌なめずりするかのようにテラテラと輝いた。
 5つの鉤爪を備えた、暗黒の腕が。
 エナメルのような黒髪が、夜空に乱舞する。月明かりを反射して輝くその奔流の中に、純白に聳え立つ2つの巨塔が、姿を現した。
 エーデルワイス。
 その象徴たる、2本の白き角。
 磨かれた象牙のように美しいそれは、千年の長きに渡り畏怖の象徴であった。圧倒的な力を持ち、完膚無きまでの破壊をもたらすモノ。混沌を好み、秩序を忌む、ヒトの形をしながらも異形の構造物をその頭上に戴くモノ。

 鬼。

 最早異形の証を隠そうともしないエーデルワイスに、俺は深く後悔した。もしあのまま俺が死んでいれば、きっと彼は二度とヒトの世に現れ出でなかっただろう。二度と再び、その破壊の力を振るわなかっただろう。
 何故なら、その力を振るう相手がいないから。
 己と同じ異形を、狩ることが出来ないから。

「……始めようか、『闇夜ノ櫻』」

 ざわ、と総毛立った。その名が──その言葉が、俺を『異形のモノ』に引き戻す。
 鬼。狩猟者。破壊の徒。混沌の従者。
 全て、捨て去ったはずの全てが、嘲笑いながら俺に囁きかける。それでもお前は異端なのだと。ヒトと同じくして過ごせるモノではないのだと。己の血に抗うことは、出来ぬのだと。
 体液が沸騰するような感触を、俺は失意のうちに感じた。
 ヒトとして過ごしてきた幸せな時間は、これで終わり。
 再びまた、俺は破壊と混沌の世界にて無限の円還を描き続けねばならないのだろう。畏怖と、畏敬と、そして嫌悪の目をもって、ヒトの世から排斥されるのだろう。
 闇夜ノ櫻。
 そう呼ばれた、2本の黒き角をもって。
 百年前、ヒトの世で暮らす決意をした俺に向けて、エーデルワイスが呟いた言葉が、今更ながらに思い出された。

『有限の生しか持ち合わせぬ者達と、積んでは壊し積んでは壊し、未来永劫、遊び続けるがいい。だが、覚えておけ。その時点から、お前は俺の獲物だ』

 幸せな遊びの時間は、これで終わりだ。




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