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Last update 2008年04月12日

想い・・遥か  著者:rudo



赤色灯の赤
下半身の赤

青ざめていく菜織

「子どもさんはなんとか・・
 母体は・・ 出血が急で・・ 残念ですが・・ 」

それきりだった。

うそだっ うそだっ
うそだうそだっ

嘘だっ 菜織っ 菜織・・おいていくな・・・

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大切なものをなくした悲しみで手一杯なのに
僕に泣いている暇はなかった。

菜織が命とひきかえに残していった僕たちの子どもは
「先天性白皮症」という疾患を抱えていた。
髪も肌も目もなにもかもが白い あるいは透明の。
色素を持たない アルビノというのだそうだ。

これは疾患なんだろうか? 
珍しいはずなのに医者の説明は簡単だった。

「直射日光に気をつけてください・・」

菜織の両親が子どもを引き取ろうと申し出た。
あなたはまだ若い。
これからいくらでもやり直すことができる。
けれども子どもを抱えていてはそれだけでも不利なのに
手のかかるだろう子どもがいては・・

やり直すってなんですかっ
僕は菜織いがいと結婚なんてしません。


僕の両親もそれに賛成した。
そのほうがあなたのためよ。
それでもあなたの子どもには違いない
私たちの孫には違いない。
出来る援助はするから 預けるのだと思って
あちらのご両親に甘えたほうがいい・・

ほっといてくれっ
僕と菜織の子どもは僕が育てるんだ。

怒りに任せて家族の手を振り払った・・


子どもが病院にいる間に先のことを決めなければならない。

僕は毎日新生児室を覗きに行き
まっしろな天使のような子どもをガラス越しに見る。

きれいな子だと思う。

「きれいね」

いつの間にきたのかうしろにちょうど菜織と同じくらいの女性が立っていた。
ここの入院患者なのだろう花柄のパジャマを着ていた。

「育てるの大変ね」

なんだかひどく無責任な言い方に聞こえたのでむっとした。

「アルビノだからですか」

彼女は驚いたよう僕を見る。

「違うわ。 だっておかあさん亡くなってしまったんでしょう?」
最後の方は言いにくそうに声が小さくなる。

僕は気づく・・ここの入院患者なら知っていてもおかしくない。

子どもを残して死んでしまった母親のこと
その子どもが一目で普通と違うとわかること・・

「あ・・あぁすみません。 大きな声を出してしまって
 ・・そうですね 大変ですよね。 普通の子じゃないし」

申し訳なさも手伝って少し自嘲気味に言う。

「普通の子どもよ」

「えっ?」

「普通の子どもよ」 彼女はもう一度 ゆっくりと繰り返した。

なんだか新鮮な言葉だった。

ぼんやりしているうちに彼女はいつの間にかいなくなっていた。


次に彼女にあったのは翌日、屋上でだった。
毎日家に戻ると菜織の両親と僕の両親からの留守電が待っていて
同じことを何度も繰り返していた・・
「どうするつもりなの」
「強がっても一人では困るでしょう?」
「仕事はどうするの? ずっと休むわけにいかないでしょう?」

わかっている。
わかっているけれど 自分の子どものことだ
菜織の忘れ形見だ。
じゃあお願いしますですむ話じゃない。

それでも確かに仕事に行っているあいだ子どもはどうするのか? 
保育園に入れるにしても こういう子どもは受け入れてもらえるのか?
たぶんしなければならないことはたくさんあるのだろうに
何もする気になれず 日の暮れいく屋上でタバコを吸っていた。

「こんにちは・・もうこんばんは かな?」

「ああ 昨日はどうも・・」

「・・元気がないみたいですね」

「いや・・まあ・・そうですね。 
 やらなくちゃいけないこととか、調べなくちゃいけないこととか
 いろいろあるんだろうけど・・
 どこから手をつけていいのか途方にくれちゃいましてね」

「赤ちゃん・・抱いてあげてます?」

「えっ? あぁ いや あんまり・・」 彼女はいつも思いがけないことを言う・・

「まず抱いてあげないと・・見てるだけじゃなくて
 そして名前を呼んであげないと・・名前なんていうのかしら?」

「なまえ・・・?!」

そうだ名前。 
名前はたしか生後一週間くらいのあいだに届出を出すんじゃなかったか?
なにやってるんだ・・僕はすっかり忘れていた。

「まだ考え中?」


 ---名前はねぇ私の菜をとって 直弘さんの なおをとって「ななお」
 漢数字のなな 生まれるのお。
  「七生」 男の子でも女の子でもいいでしょう? どお?

「七生・・」

「ななお? 素敵ね」

「菜織が・・女房が考えたんです・・」

「じゃあ早く届けて呼んであげなきゃね」

彼女と話をしているとピリピリといらだった神経が柔らかく滑らかになる気がした。
もっと何か言って欲しかった。
一人でどうしていいかわからないことを こうしなさい ああしなさいじゃなく
問い詰められて追い詰められてじゃない。 聞いて欲しかった。
聞かれて考えて そうしたら僕は答えを出すことができる・・
思い出すことができる・・今、名前のことを思い出したように・・そう思った。

「じゃあ またね」

「まって・・まってくださいっ」

小首をかしげた彼女はなんだか菜織に似ていた。
菜織の 「なあに?」 と無言で問いかける時の顔・・

「もし あの迷惑でなければ話を聞いてもらえませんか・・
 できれば相談にのって欲しいというか・・その うまく言えないんですが」

彼女はそう言い出すとわかっていたとでもいうように
優しくほほえんで・・でも少し困った顔をした。

「いいですよ。 いいんですけど 明日でいいかしら・・
 明日のお昼が終わったくらいに・・もう薬の時間なんです」

「あ・・あぁ はい。 もちろんです。明日の昼ここにいますから
 すみません。 ありがとうございます」

「じゃあ 明日」

僕は深々と頭を下げて彼女を見送った・・

彼女は入院患者だった・・
自分のことばかりで彼女のことをちっとも考えてなかった。
    • 彼女はなんで入院しているんだろう?


約束の翌日、紙パックのコーヒー牛乳とオレンジジュースをもって
僕は屋上へ向かった。
少し早めにきたはずなのに彼女はもう すみっこのベンチにすわっていた。

「すみません。 待たせてしまいましたか?」

「いい天気だから 早く来たの。 まだ約束の時間じゃないわ」

僕は恐縮しながら彼女の隣に座りもってきた紙パックを両方示した。
「よかったら・・こんなものしかなくて・・」

「ありがとう」そういって 彼女はオレンジジュースを取った。

菜織もきっとオレンジを選ぶだろうな・・ふと思い出す。
彼女は菜織とちっとも似ていないのになぜか菜織を思い起こさせる。
雰囲気が似ているのかな・・

それから少し世間話や天気の話をしたあと
僕は彼女に愚痴めいたことをえんえんと語った。

菜織の両親が引き取ると言っていること
僕の両親がそうしたほうがいいと言っていること
自分で育てるんだと宣言しても具体的にどうしていいのかわからないこと
名前をつけることさえ忘れていた自分の情けなさのこと

けんかに負けて悔しさをわかってもらおうと母親に訴えるこどものように
話は前後し、支離滅裂な言葉はなだれこむように彼女にむかった。

「そんなに気負わなくても普通にすればいいじゃない?
 こういうときするだろう ごく普通のことよ」

「・・普通?」 普通って何だ?
母親が死んで子どもにはよくわからない疾患があって普通ってなんだ?

「あなたのしたいことを言って、して欲しいことをお願いすればいいのよ」

「引き取ってもらえってことか・・」

「違うわ・・
 自分で育てたいのだとちゃんと伝えて
その上で足りないところを助けてくださいって
 そういえばいいのよ」

「・・・・」

「まず、そこからよ。 自分だけでって囲い込まないで
 必要な手は貸してくださいって・・
 きっとみんなあなたから取り上げようと思ってるわけじゃないと思う。
 あなたが素直に聞いてないだけなんじゃないかな」

「ねっ」 そういって彼女は僕の手に小さな折り紙のようなものを載せた。
ストローの袋を折ったものだ。

「寒くなってきたから・・もう行くわ」

手のひらに載せられた小さな短冊のようなそれには見覚えがあった。
ストローの袋をみつけると菜織もよく作っていた・・


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僕はそれから自分がどうしたいのか整理し
できることと出来ないことを考えて
まず菜織の両親に会いに行った。

「自分の手元で出来る限り育てたいんです。
 でも知らないことや出来ないこと、仕事をしながらでは困ることが
 いくらも出てくると思います。 そういうところを助けてください」

そういって頭を下げた。
菜織の両親は快諾した。
一人でなにもかもやろうとしているようなので心配したと泣いていた。
しばらく一番いい形が出来るまで
「七生」といっしょに僕も同居させてもらうことになった。

自分の両親には電話で報告した。 
心配してくれたのにつっぱねて悪かったとあやまった。
母は泣きながら、手伝えることはなんでもするといい
菜織の両親にはあらためて挨拶に行くといい
最後に「七生」に会いに行ってもいいかと聞いた。

僕は孫に会いに行くのも躊躇わせるほど
みんなを遠ざけていたのかと今更ながらに驚いた。

翌日にはさっそくやってきた菜織の両親と僕の両親と
みんなでかわるがわる七生を抱き話かける。


そんな風になにもかもがいいほうに転がりだし
丸く収まりだして退院の日。

七生のことを菜織の両親にまかせ
僕は彼女にお見舞いとお礼をしようとして
病室がどこか彼女の名前が何なのか・・
何も知らないことに気がついた。

彼女のおかげでここまできたのになんてことだ・・
僕は本当に自分勝手だ。

まず産婦人科で聞けばわかるかな・・
彼女は新生児室をよく覗いていたはずだから・・

顔なじみの看護師に彼女の髪型や顔の感じを
説明しながら尋ねる。

「うーん・・誰かなぁ。 感じ的には思い当たる人がいるけどね
 でも屋上で話をしたりしてたんでしょう? だとすると違うしね・・」

「違うんですか?」

「うん。 その人は屋上になんてとても行けないから」

なんだか体がざわざわする・・

「その人は・・どこにいるんです?」

「婦人科だけどね・・もういないのよ」

「いない? 退院したんですか?」

「・・昨晩ね・・亡くなったの」


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彼女は池谷良子さんといい
一月ほど前から産婦人科に入院していた。

交通事故で彼女は脳死状態になり
人工呼吸器で何とか生きていたが昨晩・・
風邪をこじらせて亡くなったのだという。

外科ではなく産婦人科にいたのは
事故にあったとき彼女は妊娠八ヶ月目で
子どもだけでもと帝王切開で取り出したが
結局だめだったらしい・・

彼女が池谷さんだったかどうかは顔を確認できないので
もうわからない・・
だいちそんなことはありえない。

もっとちゃんと・・たとえば池谷さんの家族に頼んで写真を見せてもらうとか
もっと他の入院患者をひとりひとりあたって探すとか
調べる方法はあるだろう・・

だけど僕は何もしなかった。

きっと僕のあっていた彼女は池谷さんだ・・
いや・・池谷さんの体をかりた菜織だったに違いない。
そう思った。

そう思いたかった・・

「直弘さん・・行きましょうか」 菜織の母親が七生を抱いて迎えに来た。

僕は七生を受けとりまっしろな天使のようなその顔を覗き込む。

七生の瞳の奥はきれいなルビーのような赤。
僕と菜織のふたりの血の色なんだと思った。




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