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Last update 2008年04月19日

レンアイスキル  著者:藍戸碧



 後悔はしてない。…多分。




 どうやら岩佐が出してくれたアイスコーヒーの中に、なにか薬物が入っていたらしい。一気に呷って、しばらく他愛もない普通の会話をしていたら急に眠気が襲ってきた。
 おかしい。昨日はたっぷり九時間も寝たのに。こんな急速に眠気が訪れるなんて、絶対に変だ。
 おれが目蓋を懸命に開こうと必死になっているのに気づいたのか、岩佐が小さいテーブルを挟んだ向こう側で、訝しげに声を掛けてきた。
「あれ、智秋…?どうしたんだよ、急に…」
 岩佐の声が遠くなる。目蓋が急速に下りていく。視界が暗くなる。体を支えようにも、力が入らず、そのままフローリングの床に横になる。
「え!嘘!?智秋!?」
 うろたえたような岩佐の声がする。それから、部屋の扉が開けられた音と、聞き慣れない低い声。
「あ、効いた?よし、運ぶから手伝え、准」
「兄ちゃん?兄ちゃんがなんかしたのか?!」
「うるさいなあ。早く、そっち、持てよ」
 どうやら現われたのは、岩佐の兄貴らしい。ていうか兄貴いたんだ。そんな話聞いてない。二人の言い争う声がする。それを遠くに聞いて、おれの意識は途切れた。








 頭が痛い。ものすごく体が重い気がする。ゆっくり覚醒する。寝返りを打とうとして、それが叶わないことに気がついて、ようやく目をゆっくり開いた。
「…ん?」
 腕が痛い。どうやらおれは腕を頭の方へ上げて寝ていたようだ。道理で体が凝る訳だ。なんか腕も痺れてるし。その腕を下ろそうとして、それは不可能であることを知った。
 腕が、動かない。
「え…なんで…」
 ぐっと、手を自分の胸元に引き寄せようとするが、頭上でなにかに固定されてるらしく、まったく動かなかった。右も、左も。
 ぞくっとして、思わず首を仰け反らせて顎を天井に突き出す形で、頭を上げてみた。限界があるので、目だけで自分の腕の行方を追う。右手は、ベッドのヘッドボードの端のパイプに紐で縛られて固定されていた。慌てて左手も確認する。まったく同じ状態だった。
「え、マジで!?なんで!?」
 衝撃的な事実に、おれは内心焦った。なんか嫌な予感がめちゃめちゃする。
 というか、ここどこだ!?まだ岩佐の家なのか?
 慌てて中途半端に頭を起こして、自分の居場所を確認する。さっきまでいた岩佐の部屋とは違う。客室のようだった。おれは顔を少し起こして、ベッドから少し離れた足元側の壁を見つめた。左側はクローゼット。その右側に扉が見える。おれの右手は壁一面で、今現在おれが拘束されているベッドは、その右側の壁に密接する形で設置されている。左側の壁には青い無地のカーテンが引かれた窓がある。その窓の下には、パソコン一台置けるくらいの大きさの机があった。至ってシンプルな部屋だ。
 しかし、岩佐はどこ行った?客をこんな目に遭わせていいのか!?
「岩佐!!どこだよ!なにこれ!!外せよ早く」
 ベッドに仰向けに腕を固定されて寝かされるという間抜けな状態のまま、声を張ってみた。近くにいるのなら、早く来てこれを外してほしい。冗談にも程がある。
 いや、岩佐は冗談でこんなことをする男ではない。もし冗談でこんなことをしようものなら、おれにこっぴどく叱られるのは目に見えているからだ。それにこんな大胆なことを仕出かす胆の持ち主ではないことは、おれがいちばんよく知っている。
「い~わ~さ~!!」
 返事がないことに、苛々して、更に声を張る。すると、ようやく扉が開いた。ほっとして、そちらに目を遣ると、扉の隙間から少し怯えたような顔をちらっと出してこちらを窺う岩佐の長身が見えた。
「お前!!覚えてろよ!三発くらい殴るからな!!」
「元気、いいねえ」
 ぎくっとして、口を閉ざした。意識の途切れる寸前に聞いた、低い声。それが、岩佐の影に隠れる形で聞こえてきた。姿は見えない。岩佐を見遣ると、彼は非常に困ったような複雑な表情で、部屋には入らずに廊下からこちらを見つめている。
「智秋…」
「お前、なんだよこれどういうつもりだよ、お前の家は客に睡眠薬飲ませて縛るしきたりがあんのか!」
「ないよ」
「わかってるわ!真面目に返すなぼけ!!」
「いつも、こんな感じなのかい、准」
 再び低い声が、岩佐の背中から聞こえた。岩佐が背後を振り返り、困ったように頷く。おれは眉を寄せた。
「…誰?お兄さん?」
 岩佐が頷く。
「うん。たまたま帰省してて…大学生なんだ」
「初めまして、大倉智秋くん。准から、君のことは聞いてます。どうやらうちの准が、君に惚れてるらしいですね」
 初めましてと挨拶したくせに、その兄とやらは岩佐の背に隠れたままで、姿を見せない。おれは苛々した。そのおれの様子に気づいたのか、岩佐が慌てたように説明する。
「あの、兄は極度の人見知りなんだ!対人恐怖症っていうか、でも、俺が智秋の話をしたら、是非会ってみたいって」
「………すみません、こんな格好でぇ。大倉です」
 嫌味たっぷりに言ってみたものの、効かないらしい。兄は無言だった。おれが舌打ちすると、ようやく岩佐兄が声を発した。
「さあ、准。じゃあたっぷりと楽しんでおいで」
 怪しげで意味不明な台詞を残して、岩佐兄の去る気配がした。岩佐が複雑な表情で頷く。そして、ようやく扉を閉めて岩佐本人が部屋の中に入ってきた。ベッド脇に近づく。程よい距離まで来るのを見計らうと、おれは自由のきく足を振り上げて、岩佐の腹めがけて蹴った。
「あいたっ!」
「てめえ!」
「げほっ、なにするんだよ…、今、鳩尾に…」
「こっちの台詞だっ!なんだよなんなんだよ、早く外せこれ!もう痺れて手首の感覚ないし!」
「ああ…」
 低く呻いて、岩佐がおれの手首をちらっと見る。ベッドの端に腰掛ける。外そうとする気配がないので、おれは岩佐を睨み付けた。
「岩佐」
「ごめん、外しちゃ駄目なんだ。…約束だから」
「はああ?」
 約束?人の腕を縛るなんて、どんな約束だっ。
「約束って、誰とだよ。おれの言うことより、そいつとの約束優先すんのか」
「うん」
 あっさり頷く岩佐に、おれは自分でも驚く程、ショックを受けた。思わぬ精神的ダメージに、無言でいると、岩佐が静かにおれを覗き込んで尋ねる。
「…ごめん、怒った、よな?」
「今死ね」
「今俺が死んだら、智秋、兄ちゃんに食われちゃうかもしれないよ」
 物騒な台詞に、思わず目を瞠る。岩佐が、相変わらずそんな物騒な台詞とは無縁のような穏やかな表情で続ける。
「兄ちゃんに、智秋の話したらさ、すごい興味持っちゃって…。あの人、昔っからなんかわかんないんだけど俺のもの欲しがる癖があったんだ。おもちゃとかお菓子とかさ。俺の持ってる物の方が良く見えるらしくって。お菓子やおもちゃなら、別にいいかってあげてたんだけど、流石に智秋は絶対あげられないから、やだって言ったら、会わせろって言ってきて…。会わせるくらいならいかなって思ったんだけど。兄ちゃん対人恐怖症だし、どうするのって聞いたら、俺たちの隣の部屋で過ごすだけでいい、それ以外に変なことはしないっていうから…」
「ちょっと、待て!」
 おれは腕を上げた間抜けポーズのまま、慌てて尋ねた。
「じゃあ、さっきまで、隣の部屋に兄貴がいたのか!?おれたちの会話、聞いてたのか!?」
 人の気配、まったくしなかったぞ!?てか、よかった!!変な話しなくて!!マジで!!
 …いや、というか盗み聞きしてたってわけか!?
「おまえ!言えよ、そういうこと!」
「ごめん。だって、自然な感じの二人が知りたいっていうから」
「……そんで?なんでおれがこんなポーズ取らされてるんですか」
 他にも色々と言いたいことはあったが、話が進まない気がしたので、別の質問をしてみた。
「うん。それが、さっき珍しく自分からお茶淹れるって言い出したと思ったら、いつの間にやら睡眠薬入れちゃっててびっくりしたんだよ俺も。んで、眠った智秋をここまで運ぶように言われて…、その腕は」
 岩佐が目を逸らす。ふと、おれではなく、パイプに固定されたおれの手首を一瞬見遣る。それから、右側の壁を見遣る。物凄く言い難そうだ。
「逃がさないためっていうか、その……」
 それから身を屈ませて、声を潜める。
「スムーズに抱くため?」






 目を限界まで見開く。同時に、全身が火で撫でられたかのように瞬時に熱くなった。岩佐の顔が近い。
「な、な、なに言ってんだ、お前!いきなりっ」
「兄ちゃんに取られる前に、俺のものにしたいから」
「いや、取る取られる以前におれは」
 物じゃないし!大体あんな得たいのしれない兄の餌食になるつもりもない。
「嫌?」
 岩佐の真面目な表情に、こいつが本気でいることを悟って、益々全身が火照る。
「嫌っていうか、だってほら、兄ちゃんいるんだろ!?」
「うん。多分、隣の部屋で聞いてると思う。弟のベッドシーンは直視できないから、音声で楽しむって言ってた」
 そう言って、岩佐がまたちらりと右側の壁を見つめる。
「益々できるか!!アホかお前は!」
「なんで?前はいいって言ってくれたじゃん。そろそろしてもいいって」
 羞恥の余り、おれは涙目になった。過去の出来事を、今この場で持ち出すなあ!
「言ってないっ」
「言ったよ、ほら。金曜の体育の後に更衣室で」
 覚えてる。嫌でも覚えている。だって、すっげえ勇気振り絞って言ったもん。今日だって、本当は多少覚悟して来たのだ。まさか、兄貴と言う伏兵がいたとは思わなかったけど。
「うるさいっ!とにかく嫌!今は絶対に嫌!」
「…そう言うと思ったからさ」
 岩佐が溜息を吐く。体を伸ばして、俺の上に伸し掛かってきた。穏やかな表情が、至近距離に迫る。
「い、岩佐…!」
「俺たちのコレ、聞いたら兄貴も諦めると思うんだ。だから…我慢して?」
「いや、あ…」
 岩佐の手が、あっさりおれのシャツの釦を外してゆく。制服のズボンからシャツを引っこ抜かれる。固定された手首辺りでシャツが絡まる。素肌に、岩佐の熱を帯びた手の平が、丁寧に這ってゆく。
「やだっ、岩佐…」
「俺、智秋だけは誰にもやらないから。俺だけのものだから」
 熱い手が、脇腹や背中を伝う。感触を確かめるように、隈なく撫でられる。甘く囁かれて、一瞬、くらりとする。
「兄ちゃんには、絶対に渡さない」
「……っ、ん…」
 岩佐の手が、制服越しに下腹部を撫で付けた。強く、握りこまれる。
「あっ」
 そのまま、強い力で揺すられる。思わず、片膝を立てる。踵で、シーツを蹴る。
「あっ、あっ」
「智秋…」
 色っぽい声。岩佐の手が、躊躇いがちにベルトを緩めて中に侵入してくる。そのまま、昂ぶったおれ自身を外に引っ張り出して扱く。腰が、浮きそうになる。濡れた音が室内に響く。この音を、隣の部屋で岩佐の兄貴が聞いてるのかと思うと、死にたくなった。
「…は、あ……岩佐…ぁ」
「智秋?」
 手の動きは止めずに、岩佐が息の荒いおれを見下ろす。おれは快感に耐え切れずに無意識に潤んだ瞳を岩佐に向けた。
「キス、してて……、そしたら、んっ、声は…聞こえない、だろ…」
 岩佐が、目を瞠る。その後になって、急速に岩佐の顔が赤く染まる。
「う、うん…」
 岩佐が戸惑ったように頷いて、ゆっくり唇を寄せてきた。柔らかくて熱い感触がおれの唇を覆ってくれる。声が漏れない代わりに、口付けの音が狭い部屋を満たした。その音の合間に、粘液の擦れる音が紛れる。異常に聴覚を刺激する。隣で、岩佐の兄貴が聞いてるかもしれないと思うだけで、やけに音に敏感になる。声を抑えなきゃ、堪えなきゃと思う分、興奮する。腰が、無意識に揺れる。
「…っう、……んっ、ン…っ!」
 あっという間に追い上げられる。岩佐の手の中に吐き出すと、岩佐が傍のティッシュを引き寄せて拭う。それからしばらく口付けに没頭した。
 やがて唇を離すと、岩佐が気づいたように、おれの手首を解放してくれた。岩佐が擦れて赤くなった傷跡に舌を這わせる。
「…ごめん、痛かったよな」
 岩佐の低い謝罪の声に、おれは息を荒げたまま、目を上げた。軽く首を振る。
「…平気」
「痛いの、平気?」
 岩佐がいやらしくにやつく。おれは自由になった右手で、奴の右頬を思いっきり捻ってやった。
「いででっ」
「へんたい」
「だって、縛った方が、より興奮するというか…」
「真の変態だ。称号をくれてやるっ」
「ごめんね、こんなのが彼氏で」
 思わず睨みつけると、岩佐がまた右側の壁を見つめた。兄貴がいるはずの。
 岩佐の目線を追ってそちらを見つめる。何の変哲もない白い壁だ。なるべく声は押し殺したつもりだけれども、隣に人がいるというだけで、意識せずにはいられない。気になってしょうがない。壁に耳ひっつけて聞かれてたらと想像するだけで、恐らく羞恥心で死ねると思った。…どうにかならないものだろうか?
 すると岩佐が、壁を見つめたまま唐突に言い放った。
「後さ、言い忘れてたけど」
「なに?まだなんかあるのか?」
 腰に腕を回される。
「兄ちゃんに飲ませた睡眠薬、そろそろ効いてると思うから」
 平然と言い放った岩佐の台詞に、目が点になる。
「――はい?」
「智秋が来る前に、兄ちゃんに飲ませたの。オレンジジュース。その中に、ぽちゃりと。遅効性だからそろそろだと思う」
 おれが思わぬ展開に、瞬きを繰り返すと、岩佐がにっこり笑った。
「だって、嫌じゃん。智秋のアノ声、聞かせるの。せっかく、今日チャンスなのに、兄ちゃんに邪魔されるのもアレだしと思ったからさ。いや、ほんとよかった。先に飲ませといて。まさか兄ちゃんも薬使うとは思わなかったし」
 おれが唖然としていると、岩佐が腰を引き寄せる。密着する。
「――あ…っ」
「だから、おもいっきし絶叫しても平気だからね」
 岩佐が、にやりと笑っておれの足を抱えた。




 …意味もないくせに胸を締め付けられるような奇妙な感情に、心をかき乱される。
 ――その理由は、今なら分かる。





 おれの恋人は変人だということが、嫌と言うほど、分かったから。
 そして、おれはどうやら、岩佐にだったら、縛られても許せるらしい。





 後悔と諦めと自己開拓。
 それら全部がぶつかって、おれは声を殺せなくなって、岩佐の術中に嵌ってしまった。




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