Mystery Circle 作品置き場

誰何(すいか)

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nightstalker

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Last update 2008年04月19日

棋士道精神  著者:誰何(すいか)



 この謎めいた、意味もないくせに胸を締め付けられるような奇妙な感情に、なぜこんなにも心をかき乱されるのだろう。樹(いつき)はキレイだ。和人(かずと)はつくづくそう思う。今年度始め、樹とともに入った将棋部の部室にて。和室の窓を背に対座している樹を見るたび、最近の和人はいつもその、奇妙な感情に襲われるのだった。端正な顔に漆黒の髪が、さらさらと額にかかる様は、男ながらにいつも見とれてしまう。切れ長で睫毛の長い瞳が、射る様な眼差しで将棋盤を見つめる、その瞬間が和人には堪らなかった。一手先を考える真剣な表情が、樹に憂えているかのような雰囲気を与え、尚一層艶っぽい。うつむき加減の樹をチラチラと盗み見るのが、ここ最近の和人の常だった。



「和人、お前の番だぞ」

ふいに名前を呼ばれて、和人は慌てて眼前の人物から盤の上へと視線を移した。「わるいわるい」、と誤魔化すように笑いながら、手元にあった銀将を深く考えもせずに進める。と、二人きりの部室に、案外に低めな樹の声が響いた。

「王手」

和人は再び慌てて将棋盤を見直した。

『しまった…』

守りのつもりで置いていた銀将を失った下手の王将は、上手である樹の角行から一直線であった。

「お前は対局は本当に、性格がよく出るな…詰めは甘いし、すぐに集中力を失くす」

詰んだ王将を指先で玩びながら、樹はニヤリとして和人を見た。図星を突かれた和人はそれに憮然としながら答える。

「うるさいな…仕方ないだろ、考え事してたんだから」

それを聞いて、樹は美しい顔を更に艶めかせるように口の端をあげて言った。

「だいたい、俺との対局中に考え事などしているからだ。今日も罰ゲーム決定だな」





 樹と和人は、近所に住む幼馴染だった。大人しく聞き分けの良い、根っからの優等生な樹と、大雑把な性格で子供たちのガキ大将だった和人とは全く正反対の存在だったが、唯一の共通点といえば、お互いの祖父が、町内にある神社の寄り合い所で将棋を指していた、というただそれだけの事だった。休日に祖父に連れられて将棋を指しに行く老人達の集まりの中、同い年の二人が見よう見まねで対局を始めるまでにそう時間はかからなかった。最も、和人が勝ったのは樹が風邪をひいている時ぐらいのものだったが。

 中学で樹は文芸部へ、和人はサッカー部へと入部したが、集会所に祖父達へ将棋を教えに来ていた先生が、高校で教鞭を取っていたとは二人とも予想していなかった。もちろん教師は二人を覚えていて、有無を言わさず入部届けを押し付けてきたのだった。

 最初は頭数合わせ、と理由をこじつけられていたが、特に熱心な生徒が居るわけでもなく、秋が終わる頃には将棋部の部室は樹と和人のものも同然となっていた。



 「最近寒いからな…今日の罰ゲームはホットコーヒーだ」

嫌な笑いを浮かべながら樹が和人を横目で見る。それでも樹はキレイだ。

「わかったよ…ったく。何でこういつも俺が奢る羽目になるんだ…」

ブツブツと文句を言いながらも、そのキレイな樹を少しでも眺めていたくて、和人は渋々財布を持って立ち上がる。大抵、罰ゲームとは言え校内にある自販機の缶ジュース一本だった。

「悔しかったら、1度くらい俺に勝ってみることだな」

「なっ…」

その反応にフフンと鼻を鳴らしながら樹がまた笑う。和人はそれを見て胸がギュッとなるような感覚になる。『ああ、やっぱり俺…』気付かれたくなくて、急いでドアへと向かうと、背後から樹の声が追いかけてきた。

「ブラックで頼む!!!」

和人は一目散に走り出した。





 すでに暗い校舎に人影はなく、自販機の明かりが淡く存在を主張していた。その光源に突っ伏して、和人は深くため息をついた。

 本当はもうだいぶ前から分かっていた。自分が樹を好きだということを。ガサツで、ひょうきん者の自分と間逆な、キレイで落ち着き過ぎる程落ち着き払っている樹が好きで好きで、だからこそそれを壊したくないのと同時に、それが崩れる様を見てみたい、というのも本当だった。

 和人はコインケースを開くと、自販機に小銭を投入してリクエストされたコーヒーのボタンを押しながら、アレの事を考えた。いつか、使ってやろうとコインケースに忍ばせていたアレのことを。

「樹、今日のお前はちょっとムカついたぞ…」

和人はアレを、今日使うことに決定した。





 部室へ戻ると、既に星も出ようかというのに電気も点けず、樹は外を眺めていた。漆黒の髪が夜空へと溶けてしまいそうで、どこかからの光に照らされた樹のシルエットは、寒気がするほど美しかった。和人はそっと、手に持った缶のプルタブをひくと、樹へと近付いた。

「ほら、開けてやったぞ」

声の震えに気付かれまいと、精一杯の陽気な声でコーヒーを差し出した。

「なんだ…気持ち悪いな」

怪訝そうな顔で、しかし小さく礼を言いながら樹はそれを受け取り、口へと運ぶ。和人は、樹の喉がコーヒーを飲み下す為に上下するのを凝視していた。

「お前、どうかしたのか?」

樹が視線に気が付いたのか、和人を振り返った。和人は「いや…」と首を振ると、「まぁ飲めよ」と先を促した。人を小馬鹿にするわりに結構素直な樹は、「そうか」と、一気にコーヒーを飲み干した。

「いくら罰ゲームとは言え、頂いたもんは冷める前に飲まなくちゃな、やっぱり」

樹は息をつきながらそう言い、将棋盤の横へと缶を置いた。

「さて、もう1局…」樹が盤へと正座するのを見て、「おう」とそれに倣って和人も正座した。再開した対局を、普段どおりの静かな時間が流れていく。盤上へと打たれる駒が鳴る音がやけに耳につく。和人は耳を澄ませていた。普段どおりの時間に、いつもと違う音が混じるのを、一瞬感じたような気がしたからだ。



 「和人、熱くないか?」

滅多に対局中は口を開かない樹が、珍しく和人に話しかけてきた。

「そうか?俺は寒いくらいだけど」

和人は知らぬフリで答えた。次の手を考えている、という風にしながらそっと樹を盗み見る。暗い中でも分かるほど蒸気したような顔で、樹は先程から溜息をついている。いや、吐息と言った方がいいだろうか。いつもと違うといえば、その樹の呼吸だけだった。

「そうか?何だかやけに熱いような気がするんだが…」

「お前、熱でもあるんじゃないのか?」

樹のその台詞を受けて『そろそろだな』と、和人はさり気無く樹に近寄った。額に手を当てて、わざとらしく「本当だ」などと呟きながら、樹の制服に手をかける。

「汗かいてるな、熱があるのかもしれないぞお前。体冷えたらまずいし、とりあえず着替えろよ」

そういいながら、ブレザーを脱がせ、ネクタイに手をかけた。



 先刻渡したコーヒーが原因であることは和人には分かっていた。ネットで見かけた催淫剤…安価で手に入れられる、巷で流行の軽いドラッグを和人は購入していた。いつか、樹に使って自分のものにしてやろうと企んでいた。それが人道に反しているとは分かっていても、キレイな樹への欲求には変えられなかった。それを、コーヒーの中に落としておいたのだ。



 すでに解かれたネクタイは、和人が脱がせたブレザーの上に打ち捨てられていた。ワイシャツのボタンを外そうとする和人の指先は緊張と喜びがない交ぜになって震えていたが、樹によってその手首が掴まれた。

「お前…さっきのコーヒー…何か入れ…たな?」

熱い息で途切れる声を絞り出すように、樹が鋭い眼差しで和人を睨みつけた。だが、その視線も普段ほど勢いがなく、むしろ濡れた瞳は和人を扇情するオプションにしかならなかった。

「今頃気付いたのか?」

いつも樹がするように、和人はフフンと鼻を鳴らして笑ってみせた。

「この…っ」

樹の端正な顔が怒りで更に赤くなったような気がした。



 あっという間に樹を見下ろしていた視界が、樹を見上げる形に変わっていた。

「え?」

急に和人の唇が熱いもので塞がれた。樹の唇だった。状況を飲み込めず、条件反射的に異物を拒む和人の唇を、樹の舌が無理矢理に割って押し入る。貪るような長いキスの後、その行為の意味が分からずに和人はぼうっとする焦点を樹に合わせていく。和人が脱がせかけたワイシャツの前がはだけて、細い見た目に反して意外と逞しい樹の体は壮絶なほどの色香が漂っていた。

「俺に…変…なもん、飲ませやがって…」

半分理性が飛んでいるのか、普段なら絶対に口にしないであろう言葉遣いだった。

「王手…だ、和人。相変わらず…詰めが甘い」

ニヤリと笑う樹のキレイな顔がいつもよりも凄味を増していた。





 後は流れるままだった。樹は和人の体中に浴びせるようにキスをしながら制服を脱がせていった。運動神経だけは誰にも負けなかった和人の引き締まった体は、キスを受けるたびにビクビクと波打った。そのキスが焦らすように胸の突起に当たる。

「やっ……」

口をついて出た女のような声に、和人は思わず口を押さえた。その様子に気分を良くしたのか、樹は集中的にその箇所へと唇を押し当てた。指の間から漏れ出る嗚咽のような声が、だんだんと艶かしい喘ぎへと変わっていくのを楽しむように、樹のキスは和人の下腹部へと降りて行った。

「何だ……お前の方が、されたくて仕方なかったんじゃないか…」

樹は和人の大きくなったソコを、服の上から甘噛みするようにしながら刺激した。

「あっ……嫌、だっ…」

和人は予定の狂った自分の体に対処しきれずに、されるがままだった。それすら樹には楽しみでしかないらしい。ベルトを外すと、ズボンも下着も一気に下ろし、樹は和人のモノを口に含む。

「ひっ!……んぅっ!」

他人の体内を経験したことのない和人のソレは、樹の舌に蹂躙されて激しく踊る。樹は丁寧に、時に激しく和人を甚振った。樹のキレイな顔が、和人を吸い上げる度に歪むのを、和人はただ見つめているだけで。

「だ…だめ……っ、も…やっ!」

もうダメだ、そう思った瞬間、樹は狙ったように体を離した。

「…ふっ……な、何でっ…」

和人はもう、このままであればどうでもよくなっていた。もう、今すぐにでもイケると思ったのに。ただ、それだけで頭が一杯になっていた。

「まだ、ダメだ」

樹はいつもの美しいほどに冷たい笑みを浮かべて、耳元に顔を寄せて吐息で擽るようにしながら和人をうつぶせにする。その吐息に肌を泡立てられ、更に激しく起立しているモノが畳みにこすり付き、和人は更に切ない声をあげた。

「あはぁっ……」

樹はいつも駒でそうするように、手を伸ばして和人のモノを玩びながら囁いた。

「こうなったら良いって、俺はいつも思ってたのに……薬に頼るなんて、やっぱり馬鹿だな、和人…」



 途中までワイシャツが落ちた和人の肩口を、触れるか触れないかくらいの微妙な位置を舌で移動しながら、樹は手早く残った服を脱ぎ捨てた。和人はそれを背中に感じながら、まだ快感の中に残る羞恥と屈辱を樹にぶつけずには済まなかった。

「ふざ…けるなっ!こ、こんなの…禁じ手だろっ」

いつの間にかワイシャツは、腕だけを残して脱がされていた。「あっ?」その残った腕の部分を後ろ手に縛りつけられているのに気が付いたのは、体を起こそうとした時だった。



もう、和人の意思がどうあれ、樹の思うがままにされるしかなかった。

「ふざけるなだって?先に禁じ手を使ったのはお前じゃないか。これは罰ゲームだ」

樹は少し怒気を含んだ声で和人へ返す。しかし、そう言っている樹の姿は、もう和人からは見えない。和人は膝を立てて前傾したまま、畳に押し付けられているのだから。

 その瞬間、今まで『出す』ということしかしてこなかった器官へ、『入って』来る異物を感じた。

「ひゃっ……!!!ああああぁぁっ」

樹の指だった。先程まで弄っていた和人のモノから滴る先走りで、樹の指は難なく和人の難関を突破したのだ。

「まさか、薬を使わないとセックスできないなんて思うふざけたお前のことだ、こういう事は初めてなんだろ?」

背後で、樹がいつもの顔で笑っているのが目に浮かぶようだ………

「あっ、あっ、い…いやっ…」

粘膜の奥の敏感な部分を断続的に刺激され、和人の残り少なかった理性は完全に欠如していた。樹はそれを待っていたと言わんばかりに、指をゆっくりと動かし始めた。そして、同時にそこへ、濡れた舌を伸ばす。圧迫されるような、擦り上げられて体内で電気を発しているような、そんな初めての感触全てに、和人は反応しはじめた。

「あっ、んあっ……やだっ…」

「そうでもないくせに…お前意外とヤらしいなぁ」

「あぁっ、はぁっ…」

既に焦点の合わなくなった和人の空ろになった瞳を確認するように覗き込むと、樹はゆっくりと指を引き抜き、代わりに樹自身を、少しは柔らかくなった和人の入り口へと無言で押し付けた。

「あぁっ?」

和人がそれに反応するより早く、樹は一気に腰を突き出す。

「あっ…痛っ!あぁぁっ!!」



 和人は指などとは比べ物にならないその痛みを伴う圧迫感に、水から揚げられた魚が空気を求めてするように口をパクパクとさせる。

「うっ……キツっ…」

樹は、押し入る異物を押し出そうとする和人の粘膜の動きに合わせて少しずつ、スライドさせ始めた。その動きも、樹から溢れ出した先走りと和人の奥から滲む粘液とで、だんだんとスピードを上げていく。樹の腰は的確に和人の前立腺を内から攻め立て、それに合わせて、声も出ないかと思われた和人の口から、嬌声が上がり始めた。

「んっ、んぁっ……あっ、あぁっ!!」

樹はそれに煽られるように、更に激しく突き上げながら和人を背中越しに抱き寄せた。

「あぁっ、もっと…気持ちイっ、……はぁっ!」

情欲に身を委ねた和人を見て、樹はもう限界だった。

「ああっ、和人っ……俺、も、イクっ…」

「いつきっ……熱っ…!!」

樹が想いを注いだのと同時に、和人も白濁を迸らせて果てた。





 静寂を取り戻した部室内で、和人は暗く沈んでいた。アレほどまでに欲していた樹との時間が、思わず逆転してしまったことへの後悔は計り知れなかった。



「ほら、飲めよ」

珍しく樹が買って来てくれたカフェ・オレは、こんな事の後に飲もうという気には全然なれなかった。

「何だ、飲まないのか?薬なんて入ってないから大丈夫だぞ?」

樹がニヤっと笑う。和人はその厭味ったらしい言葉にムッとして言い返した。

「うるさい、お前なんか上品ぶってたって中身は野獣だ!」

それを聞いた樹は一頻り大笑いした後、続けた。

「やはり棋士たる者、目の前に駒があれば愛を持って指してやらねば」

和人は、意味深に自分を見やるその顔に、多少の腹立たしさを感じつつも、相変わらずキレイだと思わずにはいられない。



この奇妙な感情は、自分だけではなかった。結局、負け続けな自分に溜息をつきながらも、この先も続くであろう樹との罰ゲームを思うと、和人は自然と笑みがこぼれるのだった。




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