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Last update 2008年04月19日


松永の言葉がきっかけだったのかどうか、それ自体は定かではないが、彼の存在というものが自分の中で想像以上に大きなものになっているのだと思い知らされ。
そうなると、彼に会えない週末になると途端に、どうしようもなく会いたくなってしまう。
家族以外の人間関係においては、それほどの我慢を強いられた事のなかった俺は、そんな己の中に生まれた感情をコントロールできずに、その週末初めて、彼に会う為だけに行動を起こしていた。

自宅から車で20分ほどの会社に出向き、当然休日の今日、それでも数台の車が停まる地下駐車場へと乗り入れる。
そこに車を置き去りに俺が向かった先。いつもの公園と、ちょうど道路を挟んで真向かいに立つビルの1階にある、彼の家族が営む小さな花屋。
少し離れた場所から覗いた店内に、淡いグリーンのエプロンを着け忙しく動き回る姿を見つけ、自然と笑みが零れだした。

彼が俺に気付く事など当然なくて。こそこそと覗いているなんて、ストーカーみたいじゃないか…と、自分の変質者っぷりに自嘲が漏れる。
特に花屋などには用はないが、彼の傍に行きたいと、ただそれだけの理由で今まで自分で買い求めた事などない花を買ってみようかという気持ちになる。

俺が突然訪ねたら、やはり彼は驚くだろうか。その驚きに見開かれるであろう、瞳と表情を想像するだけで、胸に温かな風が吹き心を包み込んでくれる。
と、店に近づきかけた俺の足は、次の瞬間その動きを完全に止めていた。

俺の視界に飛び込んできたのは、もちろん俺に向けられたものではない、彼のキラキラと輝く笑顔。その笑顔が、店頭に立つ俺以外の人物に向けられたものなのだと理解した途端、内側から信じられないくらいにどす黒い感情が沸き起こる。
なんとも形容し難いその感情は、これまでに感じた事がないくらいに、苦々しく胸を締め付け。どうしようもない怒りの感情が突き上げてくる。

この謎めいた、意味もないくせに胸を締め付けられるような奇妙な感情に、なぜこんなにも心をかき乱されるのだろう。

「あ…浅葉さん…!?」

そして、彼の驚きに見開かれた瞳を目の前にした時、俺は店へと足を踏み入れ彼の腕を鷲掴んでいた事に初めて気がついたんだ。
俺の行動に驚いたのは、何も彼だけではないようで。彼が応対していた、おそらくは20代半ばであろうと思われる女性も、店内にいたスタッフと思われる2人の女性も、そこにいる全ての人物の視線が痛いくらいに俺に集められていた。

「どうしたの?あんたが店に来るなんて珍しいじゃん。それに、今日って休みの日じゃないの?」

すぐにいつもの笑顔を浮かべた彼が、何故か何もかもを見透かしているような気がして、そんなはずはないと思いながらも、どうにもバツが悪く慌てて掴んだ腕を解く。

「俺に何か用事?だったら少し待っててよ。今接客中なんだ」

いつもと変わらない笑顔を浮かべながらも、何故かひどく不機嫌にも思える彼の口調に、一瞬怯んだ俺は大人しくそれに従い、このまま店内にいるのも気まずくてそっと戸口を出た。

ただ立って待っているだけというのもなにやら居心地が悪くて、コートのポケットに突っ込んでいたタバコを取り出し火を付ける。別にそれ自体は悪い事をしているわけではないはずなのに、ジッポライターの立てるカチッというその物音ですら、やたらと大きく響いている気がして。

「何を緊張しているんだ俺は…」

自嘲を漏らしながら、ふぅ~っと吐き出した白い煙が、ゆっくりと揺らめきながら天へと昇り。それを追うようにして見上げた空の青さに、自然と笑みが零れだす。
そういえば、こうして空を見上げる事も多くなったか。

彼は、俺と過ごす時間の中で、何度となく空を見上げては、真っ青な空に浮かぶ真っ白な雲が好きなのだと言った。
青空が好きだと言うのは耳にした事があっても、雲が好きだなんて、そうそう聞かないものだから、どうして雲なんだって聞いた俺に、やはり彼はキラキラと輝く笑顔でこう言ったんだ。

『形を変えるものって好きなんだ。そこからいろいろな想像の世界を広げられるだろ?これって決まった枠の中にはめ込まれてるわけじゃなくてさ、こ~んなにも広い空の中、雲は自在にその形を変える。これが本当の自由なんだな~…ってさ、そんな事を考えちゃうわけよ』

彼のその言葉に、今俺が実際に身を置く世界とは、まるで正反対に位置する世界を思い描かされ。改めて自分がいる場所の窮屈さを思い知らされた気分だった。
そして、彼のそんな言葉を聞かされたその日から、俺もつられるようにして空を見上げる事が多くなった。自分には叶わない自由の存在を、必死に伸ばした手で掴み取りたいと…そんな思いがあったのかもしれない。

「ポイ捨て禁止!ってか、人の店の前にそんなもん捨ててんなっての」

そんな事を考えながら、短くなったタバコを地面へと投げ捨てた時、ムスッとした不機嫌な声が耳に届き。
今まさに踏みつけようとしていた吸殻を、慌てて拾い上げる。
と、声同様不機嫌を露わにした表情の彼が、俺の手から吸殻を奪い取り、店の戸口付近に設置されてあった灰皿へと放り込んだ。
そこから微かに聞こえた、水に触れジュッ…と音を立て消えた火種の音。

「外で吸うなら、灰皿の位置くらい確認しろよな。だいたい、携帯灰皿も持ってないの?喫煙者の最低限のマナーだろ」
「あ、ああ…申し訳ない」

やはり不機嫌に言い放つ彼に、その怒りの意味するところがわからず、ただオロオロとする俺を、今度はどこか笑みを含んだ瞳が見据えてきて。
今の今まで怒っているかと思ったら、次の瞬間には笑みを浮かべる彼の表情に惹き込まれ、バカみたいに見つめてしまっていた自分に気がつき、やはり胸に湧き上がる形容し難い感情に慌てて視線を逸らした。

「で?何の用?」
「いや…花を買おうと…」
「休みの日に、わざわざここまで買いに来たの?それとも、誰かに贈るための花を、途中立ち寄って買いにでも来た?」

そう問いかけながらも、その言葉の端々には、やはり何もかもを見透かすような意味が浮かび上がっているような気がして。

「あ、ああ…そうだね。人に贈りたいから……」
「嘘つき」
「え?」
「何で俺に会いに来たって、本当の事言わないの?」

ドキン…と、心臓が跳ねた。

「だいたいさあ、俺がお客さんと話してるだけで嫉妬するなんて、ホント浅葉さんって大人げないよね」
「嫉妬……?」

思ってもみなかった彼の突っ込みに、一瞬何を言われているのかわからず、呆然とする俺に、呆れたようなため息を漏らし。

「まさか、自覚ないとか言わないでよ?」
「自覚って…きみが言いたい事がよくわからないんだが」
「本気で言ってんの!?あんたいくつだよ」

今の話に、俺の年など関係ないじゃないか。
と、そんな気持ちを読み取ったのか、彼の眉間に深い皺が刻まれ。

「あ──っ、もうっ!こっち来て!」
「え?一体どこに…」
「こんなとこで話す事じゃないだろ!?いいからこっち!」

急に声を荒げる彼に、やはり俺は何かまずい事をしてしまったのだろうかと、問いただす暇も与えられず、腕を掴まれ引きずられるようにして連れてこられたのは、ちょうど店の裏口にあたる扉の前だった。

ビルとビルの間に挟まれたその場所は、当然だが人目も感じられず。休日のオフィス街という事も手伝ってか、すぐそこに見える通りにも、人影が見られない。
内緒話をするにはうってつけの場所かもしれないが、生憎と俺には彼と内緒話をするような事柄は持ち合わせていない。

「何か俺に話しでも?」
「何かって…俺に話しがあんのはあんたの方でしょ?」
「いや…俺の方にはこれといって…。ただ俺は、休みで家にいても暇だから、きみは何をしているのかと思って」

彼が働く花屋は、オフィス街に建っているせいか休日はあまり売り上げを見込めない為、日曜日は定休日だがそれでも土曜日は営業しているのだと、以前そう聞いた事があった。
だから、何をしているもなにも、土曜日の今日、彼が店に出て働いている事などわかりきった事だったのだが。だからこそ俺は店を訪ねたわけだし。

「やっぱり俺に会いに来たんじゃないか」
「え?ああ…確かにそうだな」
「で?」
「で…って?」

「俺に何の用で会いに来たのかって、さっきから何回もそれを聞いてんだろ?まさか本当に誰かに贈る為の花を俺に見繕えって、そんな用事?」
「いや…それは思わず言ってしまっただけで」

ただきみに会いに来ただけなのだと、正直にそれを言ってしまう事がひどく躊躇われた。
今更かもしれないが、ただそれだけの為に訪れただなんて、何だか特別っぽいじゃないか。

「特別……?」
「は?何それ?」

その時になってようやく、昨日松永に言われた台詞が脳裏を掠め。直後に自分が呟いた言葉の裏で、思い浮かべていたのが彼の姿だったということに、今更ながら気がついた。
そして呆然と呟く俺を覗き込んできた彼を、真っ直ぐに見つめる事などできなくて。

「すまない…やっぱり帰るよ」
「え?え、え、え?ちょっと待てよ、浅葉さん!?」

突然そんな事を言い出した俺を、訳がわからないままに引きとめ腕を掴んでくる。

「忙しい時に申し訳なかったね。もう仕事の邪魔はしないから」
「別に忙しくないし。あんたも見ただろ?土曜日はほとんど開店休業状態なんだよ。だから、いくらでも話す時間はある」

あんまり歓迎できる事じゃないけどね、と笑う彼の笑顔に、今までに感じた事がないくらいに胸が高鳴り。

なんだ?なんだなんだ?急にこんな…俺は一体どうしたっていうんだ?

自分で自分がわからなくなり、思考を埋め尽くす戸惑いの大きな影に、この時の俺は内心かなりの比率でパニック状態に陥っていたと言っても過言ではない。
そして、そんな状態の俺がとった行動といえば、やはり掴まれた腕を振り解こうとする以外にはなくて。

「ここで逃げたら、もう2度とあんたには会わないから」

この言葉に、今度は思考から身体の機能から…全てが完全に停止してしまった。

彼に会えなくなるという事は、またあの空虚に満ちた日々が戻ってくると、そういう事だろうか?
そして、その生まれた隙間を埋める為に、名前も知らない顔もロクに記憶に残らないような女達と、快楽を得るためだけに一夜限りの関係を持つ事を繰り返していた日々が戻ってくると、そういう事だろうか?

ほんの一月ほど前までは、たいした疑問を感じる事もなく、当たり前だったそんな過ごし方を、今の俺は思い出すことができなかった。
いや──…思い出したくもなかった。

「それは……困るな」
「何で?」
「何でって…」
「あ──っ、もう!はっきりしない人だな!」

俺の態度が彼をイラつかせ、次第に不機嫌に拍車がかかる彼を前に、オロオロと焦りだす思考は、そこに含まれた意味を考える余裕などなくしてしまっていて。
だから、次の瞬間その唇から紡ぎだされた言葉を、本当に唖然とした気持ちで聞いていたんだ。

「休みの日にわざわざ、用もないのに俺に会いに来たんでしょ?俺に会いたかったから、ここに来たんでしょ?俺が2度と会わないって言った事がショックだったんでしょ?それってさ、好きだって言ってるようなもんじゃん」

「好き──…?俺がきみを?」
「そうだよ!あんたは俺の事が好きなの!」
「いや…まあ確かにきみの事は、好感が持てる青年だとは思っているが。その…きみが言う好きっていうのは、恋愛感情を取り入れた感情だと、そういう事だろうか?」

まさか!そんなはずがないだろう?
俺は男で、彼も男なんだぞ?そこにいくら好意の感情があるからといって、恋愛感情になど成りえるはずがないではないか。

「俺には、きみが男性に見えるんだが。きみには俺が女に見えるとでも?」
「……へ?あんた何言ってんの?こんなゴツイ奴、女に見えるわけないだろう?俺だって間違いなく男だ!」

一気に捲くし立てた彼が、今度は深い深いため息を吐き出して。

「ねえ、あんた今まで誰かを好きになった事がないの?30過ぎてんでしょ?今まで一体どんな恋愛してきたってのさ」

これにはさすがに閉口してしまった。
彼が言うように、俺は30を超えたいい大人の男だぞ。恋愛経験が全くないはずなどないではないか。
さすがにそこまでバカにされて、黙っていられるほど、俺はプライドのない人間じゃない。

「抱いた女の数なら、もうわからないよ。それに、それなりに付き合った女だっている。きみは一体俺を何だと思っているんだ?」
「抱いた女の数って……それを今、このタイミングで俺に言うかなあ。ありえない!どんな神経してんの?」

「きみがおかしな事を言うからだろう」
「どっちがだよ。自分が何言ってるか…それがどれだけ俺の事傷付けてるかわかって言ってんの?」

辛そうに歪んだその表情に一瞬息を飲んだ俺へと、その細くしなやかな指先が伸びてきて。
不意に胸元へと触れてきた感触に、ビクリと身を震わせ後ずさった俺を、思わず見とれずにはいられないほどの穏やかな笑みが包み込む。
と、そのまま首筋へと回された手の温もりに、全身を甘い痺れが駆け抜けた。

「女を抱いた数と、ときめきが比例するわけじゃない事くらい、あんたもわかってんでしょ。どれだけの女をこの腕で抱いてきたのかなんて知らないし、そんなの聞きたくもないけどさ……あんたが本気で人を愛した事がないんだって、それは俺が保証してあげる」

何故?俺ではない赤の他人の彼が、そんな事を保証できるんだ?
あまりにもはっきりと言い切られたその言葉に、やはり失礼な奴だと思うのに、不思議なくらい不快感など感じられなくて。

「だってさ、あんた今すっげえドキドキしてんの…自分でわかってる?」
「何…を…」
「俺とこうして触れ合って、ありえないくらい心臓ドキドキしてんじゃん」

それはさすがに気付いていた。
彼の体温が触れたその場所から、徐々に全身が心臓になってしまったのではないかという錯覚を起こしそうなくらい、己の胸がたてる鼓動の存在が耳に煩くて仕方がないんだ。

これが、誰かを愛しいと…そう想う感情だというのか──…?

この世に生を受けて33年。こんなにも苦しいくらい、胸を締め付けられる感情に全てを支配されるのは初めてだ。
こんな感覚、俺は知らない。

「まだわかんない?」
「………」
「だったら、教えてあげる。キス…してよ」

「え……?」
「キス。やり方がわかんないなんて言わないだろ?俺にキスしてみて。そしたらきっと、ここにある感情の意味がわかるから」

首筋へと回されていた手が不意に解かれ、そのまま細い指先がなぞるように俺の胸元へと這わされる。
そんな一見なんでもないはずの指の動きが、これまたおかしいくらいに俺の中の何かを掻きたて、それが心の奥深くに潜む欲望なのだと気付いた時、自然に呪文のような言葉を繰り返す唇を求めていた。

「……っん…」

そっとそっと触れた唇は、甘い花の香りに包まれるような、そんな脳髄から溶かしだされるような錯覚を呼び覚まし。
触れるだけでは足りない。もっと──…彼の奥まで侵し貪りつくしたいと。
少しずつ牙を向き始めた雄の本能が、耳元を掠める喘ぎににも似た吐息に触れ、完全に行き場を見失ってしまっていた。

「…っふ…ぁ…」

口付けの合間に漏れ出す吐息でさえも、一滴だって取り零したくなくて。
こんなにもキスだけで興奮した事など、かつてあっただろうか。
こんなにも、何もかもを飲み込むほどの激情に突き上げられる口付けを、これまでに交わした事があっただろうか。

どれほどの時間そうしていたのだろう。
お互いの唾液が混ざり合い、喉を鳴らし溜飲できない液体が彼の白く細い喉元を濡らし、微かな力で胸元を押し戻される感覚に、ようやく我に返った俺は貪り続けた彼の唇を解放した。

「信じ…らんな…っ…」

はぁはぁ…と乱れた吐息を紡ぎだす濡れた唇が、憎々しげに言葉を繋げ。
睨みつけてくる潤んだ瞳が、抑え切れない欲望の渦を巻き起こす。

「ちょ…ちょっ…!待てよ!」

再びその腰を抱き寄せ口付けようとした俺の唇を、甘い香りを纏った指先が塞ぎ。

「いきなりこんなキス…反則だ」
「きみがしろと言ったんだろう?」
「そう…だけどっ!誰もこんなドギツイのをしろとは言ってない!」

潤んだ瞳で睨まれても、その上気しきった表情では、余計に俺を煽るだけなのに。
そう──…俺は、こんなキスひとつで、間違いなく彼に対して欲望を感じていた。

「俺は…本気できみの事が好きなんだろうか」
「はぁぁあああ!?この期に及んで、まだそんな事言ってんの?いい加減ぶっ飛ばすよ!?」

それは勘弁して欲しいなと、苦笑を漏らした俺に、不意にぶつかるような不器用なキスを仕掛けてきて。

「いいよ、こうなったら意地でもはっきり自覚させてやるから」

俺の胸へと顔を埋めながら吐き出された、とても可愛いとは思えない台詞。

「あんたが、本当はどうしようもないくらい俺にメロメロなんだって、絶対に自覚させてやる」
「すごい自信だな…だいたい、さっきから俺の事をボロクソに言ってくれるが、きみはどうなんだ?きみは…俺の事が好きなのか?」

こんなキスを受け入れといて、今更好きではありませんなんて言われても納得できるはずがないし、何よりもそんな事実は受け入れたくはないぞ?

「言わない」
「言わないって…」
「あんたが俺の事好きだって、ちゃんとそれを自覚して、ちゃんとした告白をしてくるまでは、絶対に言わない」

そんな捻くれた台詞を吐きながらも、ぎゅっとしがみ付いてくる腕の力は、まるで俺の事を好きなのだと言ってくれているように思えて。
それにまた広がる温もりに、思わず緩んでしまう頬を引き締める事が叶わないまま、与えられた温もりごと全部、そっとそっと包み込むように抱き締めた。

「きみが自覚させてくれるんだろう?」
「甘えるなよ!自分で努力しろってんだ!」
「だったら…もう1度キスしてもいいかな?」

「……っな!!冗談じゃない!あんなキス何度もされたら、こっちの身がもたないよ!」
「それは…気持ちいいと思ってもらえたって事かな?」

クスクスと笑みを零す俺に、ますます顔を真っ赤に染めた彼が、ドンドンと回した拳で背中を何度も叩きつけてきて。
そんな行動ひとつを、可愛くて仕方がないと思ってしまっている自分に気付いた。

「俺に早く自覚させたいんだろう?どうやら俺は、いくら頭で考えてもなかなかわからない…身体で確かめるタイプのようだ。だから、許しを得られると嬉しいんだが」
「自覚させたいって…それじゃあ、俺の方があんたに惚れてるみたいじゃんか」

「違うのか?」
「───…っ!!!最っ低!あんたみたいのを、無駄に経験だけ重ねてきた大人子供って言うんだ!」
「初めて聞く言葉だな。覚えておくよ」

フッと笑みを漏らし、囁きながら仕掛けるキス。
あれだけ文句を並べながらも、重ね合わせた唇に抵抗など少しも感じられなくて。
それでも、ここで足腰立たなくしてしまい、この後の仕事に差し支えるようでは、後でまた何を言われるかわかったものではない。

角度を変えながら、触れ合うだけのキスを何度も繰り返し、そうして解放したその瞳に浮かべられた、明らかな不満の色に思わず小さく吹き出した。

「何笑ってんのさ」
「いや…満足させられなかったみたいだなと思って」
「誰もそんな事…っ!」
「そんな顔をさせたままでは申し訳ないからね」

こんな俺の台詞に、文句を並べようとしたのか、僅かに開かれたその唇が何か音を紡ぎだすより少し早く、そっとそっと塞いだその場所は、やはり甘い香りに満たされていて。
飽きることなく口付けを繰り返す。そんな慣れたはずの行為で、あり得ないくらいに高鳴るこの胸は、どうやら完全に彼に囚われてしまったらしい。




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