Mystery Circle 作品置き場

久遠コミネ02

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nightstalker

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Last update 2008年04月19日

なんだかそう言われると、ヒカリが金でしか男を見ていないように聞こえる。でも実際、今まで付き合った人はみんなそうなのだから、そう思われても仕方がないのかもしれない。家が金持ちのぼんぼんだったり、会社の役員や経営者だったり、お医者さんだったり。そうじゃなきゃイヤ、と言ったことは一度もないけど、それに慣れて、甘やかしてくれることが前提で男の人を見ていたことは否定できない。
「言ってなかったけど、俺も一応社長なんだぜ?ヒカリ」
「え……なんのですか?」
「もちろんペンキ屋のだ。俺らはな、造船所の作業員でも、下請けになんだよ。それで去年独立して、会社作った。だからちっさくても会社で、俺は一応社長。つってもまぁ、そこまで俺が儲けてるわけでもねーけどな。でもこれくらいのマンションに住める程度には社長なんだよ」
 確かにヒカリは、1LDKとはいえきれいなこのマンションに、志波が1人で住んでいるのを不思議に思ったことがある。造船所って給料いいのかな、と思っていたけど、社長なら納得もいく。
「社長なのは、すごいです。でも俺、志波さんがお金なくても、気にしないのに……」
 お金がなくちゃヒカリが好きにならない、と思われているのなら、それはとても悲しい。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。でもな、もし俺が最初からこんな感じで、作業服でナンパしてたらお前、ついてきたか?」
「…………そ、それは、わかりません」
「な?そうだろ?」
 とても、痛いところをつかれてしまった。今だからこそ、お金がなくてもちゃんとしてなくても、それでもいいと思うけれど、最初からこれだったら、付き合っていたかすら危うい。
「だから俺は、最初はお前の好みに合わせて自分を作った。惚れさせて完全に手に入れるまでは、自分を隠そうと思ったんだ。すぐ一緒に住みたいって言ったのは、お前を逃がさないためだ。でもまぁ、あそこまで汚ねぇ部屋に呼ぶのは、俺にとっちゃ賭けだったけどな。お前が俺のために我慢して掃除するか、それか完全に嫌われるかどっちかだろうってよ」
「完全に嫌ってたら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃおめぇ、そのまま監禁して閉じ込めるつもりだったさ」
「………うそだ」
「はは、そう冗談でもねーけど。しかしよぉ、掃除の時に女の下着が出てきた時は、死ぬほど焦ったな……お前、今までのやつら全員、女と浮気されたから別れてるだろ?だから血の気が引く思いだったな……」
「そう、でしたね……それも、頼ちゃんに?」
「ああ……」
 確かに、ヒカリは今までの彼氏全員に、女の人と浮気されている。頼人だってそうだ。そしてそれが原因で、ヒカリが別れを切り出す形で終わっている。恋愛自体に『うまくいかない』と悩んだことはないけれど、なぜか浮気はされるのだ。実のところ、今まで付き合った人の中に、ゲイの男はいない。皆バイかノーマルで、だからヒカリは、女の人と関係してしまった彼らを怒ることはしたくなかった。浮気されたことが悩みにならないなんて、ちょっとおかしいとは自分でも思う。でも、嫉妬心よりも、やっぱり、という諦念の方が先に湧いてくる。男が女を好きになることは、自然なことだと思うから。
不自然なのはヒカリの方。男なのに、男の人しか好きになれなくて、男の人に付き合ってもらっている。だからヒカリは、彼らを責められない。女の人と同じ土俵に、立てるはずがないではないか。
(そっか……だから、志波さんがゲイじゃないって知って、ショックだったんだ……)
 志波がゲイなら、少なくとも女の人と浮気されることはない。もし浮気されても、相手が男なら勝負することはできると思う。でも、女の人には戦う前から負けていると思うから、ヒカリはいつも逃げていたのだ。
「ヒカリは、俺のこと信じられるか?」
「……どういう、意味ですか……?」
「お前は女相手に勝負するのが怖いんだ。だから逃げる。俺は絶対浮気をしねぇ。おめぇを、逃がさねぇってことだ。それを信じられるか?」
「……信じて、裏切られたらつらいです……」
「そうか……じゃあ、おめぇが信じるまで、俺はずっと一緒にいる。信じさせてやるさ。俺を今までの男と一緒だと思うなよ。お前を、絶対離してやらねぇからな」
「………ほんとですか?」
「ああ、だから……覚悟しとけよ」
 元ストーカーはヒカリに熱烈な告白をしたあと、後ろから抱き締めて耳元にキスをした。
 今までの男と一緒だと思うな、と志波は言うが、そもそも同じところがあんまりないんだけど、とヒカリは可笑しく思った。でも、そういう意味じゃないのはわかっているから、はい、と素直に返事をした。
「さて、そろそろ出るか。のぼせそうだな」
 立ち上がった志波に続いて、ヒカリも風呂場を出た。バスタオルで体を拭いていると、志波が言いにくそうに呟く。
「ところでヒカリちゃん、俺はさっきから君の裸に立ちっぱなしなんだけどな……どうしよう?」
なにが、なんて、わからないほどヒカリは無垢でもない。
ヒカリは志波の股間を見て、それから顔を見上げて言った。
「はい、知ってます。さっきもずっと、背中に当たってましたから」
「………お前って、何気なくアレだよなぁ……まぁ、そういうところもツボなんだけどよ。で、今日の晩飯なに?先にヒカリ食っちまっていーか?」
「今日は……手抜きです……だって!昨日、せっかくぶり大根作ったのに、なんにも言ってくれなかったから!」
 思い出したヒカリは、ぷくっと頬を膨らませた。志波もしまったと思ったのか、慌ててごめん、を連発し、機嫌をとるようにヒカリをぎゅーっと抱き締めてくる。
「う、うまかったぞ!でも、もうちょっと煮込んだらもっとうまかったかも……味はよかったんだけどな……はは、ヒカリちゃん、機嫌直して?」
「……もう作りません」
「そう言わないで、な……?」
 ヒカリの拗ねた言い方に、志波は顔を覗きこんできて、チュッと唇にキスした。チュッチュッと何回も軽くキスされて、それが次第に深くねっとりと口の中を舐められる頃には、ヒカリの股の間も志波と同じ状態になっていた。
「……ベッド行くか?」
志波に言われて、ヒカリはうっすら赤くなった顔でこくんと頷いた。
バスタオルに包まれ横抱きにされて、寝室に運ばれる間にもキスをされて、いつもなら痛いから少しイヤだと思う無精髭も、なぜか今日はあまり気にならなかった。
部屋の灯りをつけ、ヒカリをベッドに下ろしながら、志波はそのままヒカリの上に跨り、顔中にキスをする。首も耳も全部キスされて舐められながら、志波の右手がヒカリの小振りな性器を握った。
「あっ……ん、ん」
ゆるりと、先走りを塗りこむように大きな手で弄られて、自然に腰が浮き上がってしまう。もう片方の手はヒカリの小さな乳首を押したり摘んだりして、それだけでもイけそうだと思った。
「ヒカリいい匂い……くらくらすんなぁ……いつもいい匂いだけど、風呂上りは特にすげぇな……やべぇよ」
 首元に顔をうめながら、志波はうっとりと呟いた。その言葉にヒカリは嬉しくて興奮して、もっと、もっと、と腰を浮かせる。
「あ、あ、志波さ、ん……もっと、強く、して……」
「どこだよ。こっち?それともこっちか?」
「あぁ……!」
 性器と乳首を同時に強く弄られて、ヒカリは呆気なく射精してしまった。
「気持ちよかったか?昨日1日してねぇだけなのにな。やらしいなぁヒカリは……」
 いつもみたいに意地悪なことを言われて、ヒカリはゾクリと背中が震えるのを感じた。
(なに、今の……)
 いつもならひどい、と思うようなセリフだったのに、今日はどうしたのだろう。ちくちくする無精髭もイヤじゃないし、ひどい言葉もイヤじゃない。あんな、志波の過去の話を聞いたから、ヒカリの中で何かが変わったのだろうか。
 志波は、胸に腹にと、舐めるようにキスしながら下りていき、おへそを吸いながらヒカリの脚を大きく開いて持ち上げた。
「あ……」
 ヒカリはシーツをぎゅっと握った。志波はヒカリの性器を口に含み、舌で舐めながら唇で擦り上げる。
「ああ……!あ、あ、……ンっ……」
 気持ちよくて、さっき出したばかりだというのに、またイきそうになった。ヒカリばかりが何回もなんて、そんなのは恥ずかしくてイヤだ。
「志波さん、俺も、する……」
「そっか?じゃあ俺の顔跨いで、しゃぶってくれよ」
 しゃぶってくれ、だなんて、そんな直接的な言葉でオーラルを要求してくるのも、志波が初めてだ。でもそれにも不快さを感じることはなく、ヒカリは素直に志波の顔を跨いで、大きく屹立している彼の性器を舐めた。
「う……」
志波が呻くような声を上げた。まだぺろっと、ちょっと舐めただけなのに。
ヒカリは嬉しくなって、小さい口には含みきれない志波のものを、横からぺろぺろと一生懸命舐めた。でもそのうち、志波がヒカリの性器だけじゃなくお尻まで舐め始めたので、ヒカリの愛撫はおろそかになってしまった。
「……あっ……っん……志波さ、ん……」
「どうした、ヒカリ。ほら、しゃぶってくれよ」
 後ろの孔をしつこく舐めしゃぶり、舌を挿しいれてくる志波を、ずるいと思う。こんなことされたら、ヒカリは何もできなくなってしまうではないか。
「あ、ん……あ……っ…」
「ヒカリ、ここ、どうなってるか言ってやろーか?」
 ここ、と言いながら、志波はヒカリの濡れているあそこを、指でつんつんとつついた。
「やだ、そんなの、言わなくていい……!」
「えー?やめてって言われたらやりたくなるもんだからなぁ。ヒカリ自分で見たことねーだろ?どんだけエロいか教えてやるよ」
「いら、ない……!」
 自分の尻の孔のことなど、知りたいわけなどない。それなのに意地悪な彼氏は、いらないと言うのに勝手に説明し始める。
「まずそうだな。周りは白くて、つるつるすべすべ。柔らかくて気持ちいい」
 そう言うと、お尻の柔らかいお肉の部分を手で撫で回し、噛みつくみたいに吸い付いた。
「イヤ……!もう、いいです……」
肉体労働者の志波の手の平は、大きくて固くて、そして少し痛い。でもその痛さにすら感じてしまう自分が恥かしくて、やめてほしいと言うのに、志波はとても楽しそうに解説を続ける。
「んでここ」
 真ん中の孔の周りを指の腹ですーっと擦って、ヒカリの先走りに精液、そして志波の唾液、それらが混ざったものを塗りつけるみたいにしながら、志波はゆっくりとヒカリの中に指を入れてきた。
「あぁ……!あ、あ、ん……っ……」
 ゆるゆると入れたり抜いたり、志波はまるで観察でもするかのように、とてもゆっくりと指を動かす。
「色はピンク色、孔の形もきれいだなぁ。毛なんか一本もねーし。ヒクヒクしながら俺の指を吸い込もうとしてるのは、どうしてかな、ヒカリちゃん」
「知ら、ない……!ね、ね、志波さ、ん、お願い、もっと、ちゃんと、して……!」
 ヒカリの後ろの説明なんかもういいから、もっと、すごいことしてほしい。自然に揺れる腰が、まだ足りないと志波を誘う。
「しょうがねぇな、ヒカリは。せっかく俺が教えてやってんのによ」
 わざとらしくため息なんかついて、志波はヒカリの中から指を引き抜いた。
「あん、ダメ……!」
「待てよ。これだけじゃ痛いだろ?」
 志波は体を起こすと、ベッドの頭の引き出しに入れてあるローションのボトルを取り出した。
「ほら、横んなれって」
 ヒカリは言われた通りベッドに仰向けになり、志波がローションを手の平に出す姿をじっと見つめた。反対の手でヒカリの脚をぐいっと持ち上げて、部屋の灯りに後孔がさらされる。志波は手の平でローションを少し暖め、さっきまで指を入れていたヒカリの孔に押し込むようにして塗りつけ、そして固くて太い指を再び挿入した。
「あ、ん………」
 やはりローションがあると、格段に動きは滑らかで、ヒカリはなんの痛みもなく快感だけを得られる。志波はヒカリの様子を見ながら徐々に指の数を増やしていき、3本になると最初は少しきついけれど、毎日していることだからすぐに慣れてくる。
「あ、あ……んっ!あん……!そ、こ……!」
「ここだろ?わかってるって……ヒカリ、気持ちいいのか?たまんねぇツラしやがって……」
 もう志波が何を言ってるのかわからない。ぐちゅぐちゅと指で突かれているそこがとても気持ちよくて、もっともっと、とシーツを握りしめながら志波にお願いする。
「あ……んっ……あ……!ねぇ、そこもっと……志波さん、もう、お願い……!」
 何を言っているのか自分でもわからないが、ヒカリはそろそろ志波の大きなのが欲しくて、そうお願いした。
「ああ?ヒカリ、なにがお願いなんだ?どうしたいんだよ」
「ん、ん……欲し、いの、それ……志波さんの……ひゃ……!」
 ぐりっと、指で感じるところを強く押されて、ヒカリの腰が浮いた。同時に、触られていないヒカリの性器から、ぴゅっと白い液体が出て、ヒカリの下腹部に落ちた。志波はそれを見てニヤニヤと笑い、脚を持ち上げていた手を離すと、ヒカリの腹に落ちた精液をぬるぬると指でかき回し、ぺろりとその指を舐めた。
「あーあ、ヒカリちゃん、お漏らししちまったのか?悪い子だなぁ……お仕置きしてほしいか?ん?」
 お漏らし、なんて言い方をされ、まるで粗相して怒られている子供みたいな気分になった。ひどい、なんて思いながらも、今入れられている指だけでは足りなくなっているヒカリのはしたないあそこは、志波の凶暴なあれを欲しいと疼いている。お仕置きでもなんでもいい、とにかく早く。
「入れて、ください……お仕置き、して、ください……」
涙目でヒカリが言うと、志波の目の色が変わった。
ヒカリの尻から指を引き抜くと、乱暴にのしかかってきて、レイプされているかのような錯覚を覚えるくらい、片手で頬を掴まれて強引にキスされる。
「ん、ん……!」
 呼吸ができないくらいの乱暴なキスの後、ぐいっとヒカリの脚を持ち上げる。腰の下に枕を置いて、脚をいっぱいに開かされた。濡れてすでに柔らかく開ききったいやらしい孔に、志波は大きく張りつめた性器をあてがい、乱暴だったくせにいきなり突き刺すようなことはせず、ゆっくりと入ってくる。
「あぁ……!ん、あ、あん、あぁ……!」
 ゆっくりと全部、根元まで彼を飲み込むと、志波はヒカリの体を抱き締め、キスをしてくれた。ヒカリは涙を流しながら、志波の首に腕を回した。
「痛くねーか?」
 お仕置きだなんて言ったくせに、常にヒカリの体を気遣う優しい彼氏。ヒカリを天使だと言い、ストーカー行為までしていた男は、結局とことんまでの苛め役にはなりきれないのかもしれない。
「痛くない、です」
「動いていいか?」
「はい……あ、あ……!」
 ゆっくり抜いて、また入れて。それを繰り返す志波の額に汗が浮く頃には、激しく音がするくらい律動は早く、強いものになっていた。
「ああ……!あ、あん!ダメ、もう、死んじゃう……!」
「ヒカリ、ヒカリ……!なんだよ、お前、なんで、んなにかわいいんだよ!わりぃ、壊しそうだ……!」
 感情的、生理的、どちらともいえる涙がぽろぽろと流れて、志波はそれを舐め取るようにキスして、唇も、呼吸も逃がさないと、夢中でヒカリにくちづけを続ける。
「も、いく、出る、いっちゃう……!」
「出せよヒカリ……俺も、イくから、よ……!」
 がんがん突き上げてくる志波に、ひぃ、と悲鳴のような嬌声を上げて、ヒカリは3回目の絶頂を迎えた。
「う、くぅ……」
 その後に、志波も小さく呻いて、ヒカリの中に熱い迸りを放った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 胸を上下させ、ヒカリは短い呼吸を繰り返す。ぐったりと四肢を投げ出し、横を向いて目を閉じるヒカリの頬に、志波はくちづけをする。
「ヒカリ……愛してる。本気だぜ?」
ヒカリは目を開け、じっと見つめてくる志波の顔を見つめ返した。
志波は決して、美形な男ではない。いつも無精髭を生やしていて、髪は滅多に切りにも行かないし、伸ばしっぱなしの放ったらかしだ。でも今、ヒカリを見つめる優しい眼差しは、今までヒカリが出会ったどんな男よりも美しく、そしてときめくものだった。
きゅん、と胸が縮みこむように苦しくなった。ドキドキと鼓動が早く打ち、なにも今始めて会ったわけでもないのに、急にたまらなく愛しくなった。
最初は、なにもかも理想通りの、完璧な男だと思っていた。すぐ好きになって、でも本当の志波を知り、理想は崩壊してしまった。それでも一緒にいるのは、他に行くところがないからだ、そう思っていたのは、プライドの高いヒカリが男につくしていることへの、自分に対する言い訳だったのだろうか。
志波が死んだかもしれないと思った時の気持ちは、言葉になど決して表せるようなものじゃなかった。いつもムカつくのに、ケンカしたら不安でしょうがなくて、ひどい抱かれ方は嫌いなのに、でも感じてしまって。心がめちゃくちゃになって、心配で不安で、ヒカリは志波に振り回されてばかりなのに、離れようとは思わない。この謎めいた、意味もないくせに胸を締め付けられるような奇妙な感情に、どうしていつも心をかき乱されていたんだろう。
こんな気持ちに、今までヒカリはなったことがない。そしてこの気持ちに名前があるとしたら、それはきっと、1つしかない。
(恋、だよね……?今までのは、恋じゃなかったのかな……)
 だから浮気されても怒りが湧かなかったのだろうか。でも志波が浮気したら……そう考えるだけで泣きそうになる。
「ヒカリ……?」
 何も言わないヒカリに、志波は不安げに声をかける。そんな顔、しないでほしいのに。
「俺も、好きです。志波さん、好き。大好きです」
 目を見つめて真剣に言うと、志波は目を見開いた。どうしてか信じられないという顔をして、それから、嬉しそうに笑った。
「ヒカリ、ほんとか?お前に好きって言われたの、初めてだ……」
 本当に嬉しそうに、照れたみたいに笑う目の前のごつい男に、ヒカリの胸はやっぱりきゅんとする。
「もう1回してもいい……?」
 そう、遠慮がちに聞いてくることにも愛しさを感じ、こくんと頷いたヒカリは、志波の首に腕を回した。
「好きです……。ずっと、俺だけにしてください……」
「お前………あぁ、もう!」
それから、何かが切れてしまった志波に、ヒカリはめちゃくちゃにされてしまって。
そして日付が変わる頃。
動けなくなったヒカリに、謝りたおす志波の姿があった。ヒカリは、やっぱりこの人に恋してるなんて間違いであってほしい、と願ったが、結局許してしまうヒカリは、間違いなく恋しているんだろう。
(こんなの一生続いたら、いつか死んじゃうかも……でも、志波さんとえっちしながら死ねたら、それでもいいかな……)
 でもこれは、悔しいから言ってやらないけど。
 ――おめぇが信じるまで、俺はずっと一緒にいる。信じさせてやるさ。俺を今までの男と一緒だと思うなよ。お前を、絶対離してやらねぇからな。
 だから覚悟しておけ、と言った志波に、ヒカリは心の中で反論する。
(俺だって、志波さんのこと離してやんないから。覚悟しててくださいね)
 くすっと微笑むと、ヒカリはそのまま目を閉じた。
 眠りへと沈んでいく意識の中、優しく頭を撫でる手の感触と、甘く低い声が聞こえた。
 ――おやすみ、ヒカリ。俺の、天使……
またそんなこと言って、そうツっこもうとしたけど、深い睡魔には勝てず。
ヒカリは大好きな人の側で、幸せな眠りについたのだった。


翌日。
ヒカリはいつものように、洗濯機を回している間に晩ご飯の支度をしていた。といっても、昨日は結局晩ご飯を食べなかったので、今日は手抜きのそれに何か加えて、少し見栄え良くして出すつもりだ。
今日ヒカリは、昨日の激しいセックスのおかげで、朝寝坊をしてしまった。いつもはヒカリが先に起きて朝ご飯の用意をするのだが、やり過ぎて悪いと思っていたのか、志波が先に起きてパンを焼いてくれていた。半熟に失敗した固い目玉焼きと、レタスとハムのサラダ、それにホットミルク。ごめんなさい、と言って起きてきたヒカリがテーブルにつくと、志波はそれらを目の前に並べてくれた。
 ご飯も食べずに激しい運動をして眠ったせいで、とてもお腹が空いていたヒカリは、ありがとうございますと言って素直にいただいた。その時に、昨日あれだけ過去の話を全部聞かせてくれたのだから、とかねてより気になっていたことを、思い切って聞いてみた。それは、志波のベッドに転がっていた、うさぎのぬいぐるみのこと。
掃除の時に扱いに困って、絶対過去の彼女の物だと思って志波に聞いたら、女の忘れ物じゃないから捨てないでくれ、と言うので、ずっとベッドの上に飾ってある。それぞれ顔も大きさも手触りも違う、3体のうさぎのぬいぐるみ。唯一の共通点は、みんな白うさぎだということだった。
 彼女の忘れ物じゃないなら誰かにもらったのかとも考えたが、しかし志波のような男に誰がぬいぐるみなど送るだろう。だから出所がわからなくて、今更怒りませんから、と尋問すると、志波は聞く方が恥ずかしいような理由を言った。
 ――あれは、俺が自分で買ったんだ………ほれ、お前ってさ、イメージが白いうさぎみたいだったから、ストーカーしてる時期にな、なんとなく、店で見てお前に似てるなぁ、なんて思ってたらよ、気付いたら買ってたんだ……それが3回……ってヒカリちゃん、引かねーでくれよ……
 正直、なんと言っていいか困ってしまった。ヒカリを天使だと言ったりうさぎだと言ったり、どうにも神聖化されすぎていて、どうしたらいいかわからなくなる。ヒカリは普通の人間で、志波が初めてヒカリを見た12歳の時ほど、清浄潔白なわけじゃない。
『……志波さん、俺は人間です。そんなに、きれいな生きものじゃないんです。ちゃんと、俺のことを見てください』
 ヒカリがそう言ったら、志波は笑って、わかってる、と言った。
 ――俺はお前のことちゃんと見てるさ。昔みたいにきれいなフィルター通して見てるわけじゃねぇ。お前が人並みに泣いたり怒ったり……セックスするのだって知ってんだ。それでも、お前は俺にとってずっとうさぎで天使なのよ。エロくて可愛いうさぎの天使、略してエロうさ天使だな。ガハハ。
 などとしょうもないことを言って、自分でげらげら笑っていた。しかし、ちゃんとヒカリを人間として見てくれてるというのはわかったので、つまんないこと言ってないで仕事行ってください、と追い出した。でも、昨日の事故のことが怖かったので、気をつけてください、と付け加えて。
するとあの無神経男は、『まぁ、死んでも俺はヒカリの側から離れねぇからな。ヒカリちゃんは幽霊の俺ともエッチしてくれるか?なぁ?』なんてことを笑いながら言うものだから、ヒカリはバカ!と叫んで大きな背中を叩いてやった。
 あんなにデリカシーのない人間、なんで好きなんだろう、とまだ不思議で仕方がないが、最初はヒカリの好みで近づいて惚れさせる、という志波の策略に、まんまとヒカリはハマってしまったから、それこそもう、仕方のないことなのかもしれない。
「さて、洗濯終わったかな」
 汚れた作業服を毎日洗うことに苦痛を感じなくなっているのは、単なる慣れなのか、それとも。
 ベランダで洗濯物を干し終えキッチンに戻った時、ちょうど玄関のドアが開き、志波が帰ってきた。
「ただいまヒカリ~」
「あれ?早くないですか?」
「ああ、今日は残業しなかったんだ。それよりおかえりのチューは?」
 そう言ってまたいつものように汚れたままキッチンに入ってきて、ヒカリをぎゅうぎゅう抱き締める。
「また、もう!昨日は言うこと聞いてくれたのにー!シンナーくさいです!」
「ヒカリ俺のこと好きだろ?だからまずは熱い抱擁をだな」
 昨日のヒカリの告白を理由に、髭をじょりじょり頬に擦りつけてくる。ヒカリは少し考えて、志波の顔を両手で挟みこむと、唇にチュッと軽くキスした。
「志波さん、お願い。玄関でつなぎ脱いで、すぐお風呂入ってきて?」
 小首をかしげて、ヒカリお得意のふんわりスマイルで“お願い”したら、志波は顔を赤くして、わかったよ、とおとなしく従った。風呂に行く途中振り返って、やるなヒカリ、と呟く志波に、ナニが?ととぼけて見せ、ヒカリはご飯の準備をする。
(怒るからおもしろい、って言ってたもんね。だから怒らなければいいってことだ。へへ、俺の勝ち!)
 目には目を。策士には策を。志波と付き合いだして、ヒカリは少し、たくましくなったのかもしれない。
 初めてヒカリが恋した男は、部屋は片付けられない、デリカシーもない、そのうえ元ストーカーという過去を持つ、無精なウドの大木だった。
どこが好きなの?何がいいの?本当にあれでいいの……?
自問すればきりがないが、しかしそれが恋というものなのだろう。理屈などなく、その人が好き、ただそれだけ。そしてその愛する人のためにご飯を作ることは、この上なく幸せなことなのだと思うヒカリは、自然に頬を緩ませる。
(明日はもう1回、ぶり大根作ってみようかな……)
 一昨日より、煮込む時間を長くしてみよう。そうすればきっとあの大きな恋人は、うまいと言ってヒカリを抱き締めてくれるはずだから。
 ヒカリはそうして、お風呂から出てきた愛する恋人に、天使のような笑顔を向けたのだった。




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