Mystery Circle 作品置き場

rudo

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nightstalker

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Last update 2008年06月01日

あなたのとなりの物語  著者:rudo



「林の向こうに春があるっていうんです。
 どういう意味なんでしょうか・・
 意味なんてないんでしょうか・・」

「モルヒネのせいで
 幻覚でも見てるんでしょうかねぇ」

病院の屋上で疲れきって
黒ずんでしなびた女が言う。

この黒ずんでしなびた女の夫は
すい臓がんの末期で
明日死んでもおかしくないと言われながら
もう二ヶ月も生きているらしい。

最初は泣いていたこの女も
看病に疲れたんだろう
いまや・・「早く死んでくれ・・もう死んでくれ・・」

全身で叫んでいるのが見える。

最近は少し動いても痛がって
気がつくと鼻から口から血が出てるんです。

本当にいくらでも出てくるんです。
ふいても ふいても・・
タオルなんてあっというまに血びたしになってしまって・・

枕カバーもシーツも・・
変えても変えても間に合わなくて・・

洗っても落ちなくて・・
茶色いしみになって残っているんです。

 ・・・テレビでもよく 癌で死ぬ場面とかありますけど・・
あれって 嘘ですよね。
あんなにきれいなわけないじゃないですか・・


癌はくさいって いうけど本当らしい。

血生臭さと
薬品と
消毒液と

そして どうにもできず腐っていく細胞の発する匂いだ。

「ちょっとかいでみたいな・・」

女は嫌悪感を丸出しにして私を睨む。
でもすぐに力なく肩を落として・・

「本当に見舞う気があるなら早いほうがいい・・
 もう今 戻って死んでいたっておかしくないんだから」
と涙声で言う。


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今日もね・・がまんしたよ。

もうね 7年たつよ。
それでも いますぐにだってやりたい気持ちはある。

そういって 少しくたびれたような男が笑う。
笑ったのかな・・
ちょっと口を歪めただけにしかみえない。

どこがどう・・ってわけではないけど

何か違う。
どこか違う。

それは・・たぶん一生消えないんだろう。

男は覚せい剤に手を出した。

一度やったらおしまいだ。
わかっていた。

なのにどうして手を出したのか・・

男は7年前まで大きな会社の重役で
奥さんも子供もいて・・
りっぱな家も車も持っていた。

一度くらいなら・・
そんなのが通用していたのはもう昔の話。

いまは・・今は一度で人生は終わるのだそうだ。
一度で骨の髄までしみこみ
けして消えることはないのだそうだ。


幻覚もあるし幻聴もある。

そういう悪い部分はそのままに
禁断症状がないため周りが気づきにくい。

そしてあいかわらず高い。

家も・・家族も 友達も もちろん親も
何もいらない 

たった一袋のために
家さえも差し出す。

自分でも驚くほどの言い訳が
湯水のように湧いてきて
金の無心をする。

やらないでいることが
肉体的に苦しいわけではないのに
買わずにはいられない。

そして どうにも金が手に入らなくなったとき
なにもかも失くした事に気づく。

禁断症状が出ないということはね。 こわいよ。
昔のように隔離するのが無意味になるんだ。
だって・・やらなくても ちっとも苦しくならないんだから。

男が言う。
強く強く やめたいと思う人はね だめなんだ・・
そういう気持ちがやりたくてたまらない気持ちに火をつけるんだ・・

今はやめよう・・って思うといいんだよ。
とにかく目の前の仕事をして
それからやるかどうか考えよう。

仕事の後・・もう一度 今はやめようって思うんだ。
夕飯を食べてからにしようって思うんだ。

そして少しづつ伸ばしていく。
今日はやめよう。
今日 一日だけ我慢しよう・・

そして明日になったら
また 今日はやめよう、今日一日だけ・・そう思うんだ。

そうして 一日一日をやり過ごしながら・・
7年たったよ。

でも 今すぐにだって 始められる。
ほんの軽いブレーキをかけているだけなんだ。
 「今はこの時だけやめよう」って・・・

「じゃあ 明日はやってるかもしれないんだね」

男はピクリと眉をあげ私を睨んだが
すぐに気弱に下を向き・・

「そういうことだ・・」
と独り言のように言う。

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上履きをはこうとしたらね
泥がつまってた。

中庭の池の底の泥だよ。
汚いよね。
だってあひるとか飼ってるんだ。
あひるのうんちとか おしっこも
混じってるよね。

でもさ 入れた奴らは その泥をとるのに
池の中に手を入れるかなんかしたんだよなって
そう思ったらなんかおかしくなっちゃってさ・・

ふでばこをあけたら鉛筆が全部折れてたなんて
毎日のことだから もう気にならないよ。
鉛筆削りもって歩いてるんだ。

一番辛いのはなにかって?

なにかなぁ・・
別にどれもなんとも思わないなぁ・・
慣れちゃったからなぁ。

あぁ・・そうだ。
妹がいるんだけどね。
今度 一年生になるんだ。
来年の春にね。

同じ学校にくるから・・
妹にみられるのは辛いかなぁ・・


「死にたくなる?」

ぶしつけな冷たい質問に少年は
驚いたように目を丸くして・・
でもすぐに またどんよりとした光のない目でいう・・

「ならない。
 ならないけど
 もし事故とかで死んでも
 別にいいよ」
と言った。
その唇は 荒れてガサガサで血が滲んでいた。


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その夜。 そられのメモをみながら
「どれにしようかなぁ・・」と考える。

明日はミステリー・サークルの発表会だ。
ミステリー・サークルというのは
別にミステリーでもなんでもなくて

月に一回 なにか面白い話や不思議な話や
なんでもいいから一人ひとつ話をするということをしている。
もちろん何もないときは何もありませんでいいんだけど・・

前回で面白かったのは守屋さんという女性会員の話で
秘密の飲み屋に行ってきたという話しだった。
そこは夫婦交換をする人のための場所で
会員制で紹介制で・・
でも別に夫婦じゃなくてもとにかくカップルならいいんだそうだ。

赤坂の駅をおりて・・
酔っていたから場所はさだかではないが
こんなところにと思うような住宅街で
普通の一軒やで・・
でもカウンターもあるし テーブル席もあるし
カラオケもあるし・・
ちょっと家庭的なスナックみたいなところだったのだそうだ。

そこのオーナーはもちろん夫婦で
もちろんそういう趣味で
奥さんはすごくボーイッシュで
聞いたら男も女もいけるらしく
もしご要望があればお相手しますよと言ったという。

二階にあがる細い階段があって
その上はどれくらいの広さなのか・・
とにかく ダブルベッドがずらっと並んでいて
一台一台の間はレースのカーテンだけなのだそうだ・・

なにもしないでただ飲んで帰るカップルもいるし
ベッドの部屋に上がるのも自由だ。

ただし階段を上がるのに条件が二つある。
カップルで行くこと。
二階にあがったらまずシャワーを浴びて
バスタオル以外持ち込み禁止のこと。

守屋さんが誰とどうしてそこに行き
何をして 何を見てきたかは話してくれなかった。
「まあ・・社会見学みたいなものかな」
そういって 照れ笑いをしながら話を〆た。

そんなわけで私はミステリー・サークルに入ってから
毎日 ネタ探しをしている。

みんな単発が多いけど
私はだいたいシリーズものを探すことにしている。

今はだから 膵臓癌の人の話と
薬物中毒に苦しむ人の話と
いじめにあっている小学校4年生の男の子の話だ。

だいたい順番にしているが
今回はやっぱり膵臓癌だな・・
もうそろそろクライマックスだし・・

「よしっ決めた。 明日は膵臓癌だ」

 ・・・でも みんな私が話すとき いやな顔をしている気がする。
やっぱり人の不幸をネタにするのはよくないかなぁ・・

でも たいていの人はいい話や笑える話が多いんだし・・
一人くらい嫌われ者がいたっていいよね・・

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発表会の開催される日。
行く前に買い物をしてから行こうと
夕方早めにアパートを出ると
下で なにやら揉め事のようだ・・

この近辺に最近出没するようになった豆腐屋のおにいさんと
アパートの前の一軒家で一人暮らしをしているおばあさんだった。

このおばあさんはちょっとボケていて
とにかく被害妄想が激しく
ちょっとした会話があとでとんでもない話にされていたりするので
誰も口を利かないものだから
このところ この豆腐屋がお気に入りだ。
何も知らない豆腐屋のおにいさんは
豆腐ください・・と呼び止められれば 足を止めるし
話かけられれば 客商売だから世間話にもつきあう。

いつもおばあさんが色気たっぷりに
一方的に親しげに話しをしていたが
今日はなにやら言い争っているので 
ちょっとアパートの影にかくれて盗み聞きをした。

おばあさんが甘ったれたような声で言う・・
「豆腐を食べたらねぇ 血糖値があがっちゃったのよお」

律儀で親切な若者の豆腐屋が言う・・
「豆腐を食べたらですか!?」

「そうなのよお・・どうしたもんかしらねぇ」

「それはよくありませんねぇ・・」

「ねっ どうしたらいいかしら?」

「豆腐で血糖値があがるなんて話は聞いたことないですけど・・」

「うそだって言うの? 本当よ。
 この豆腐であがったのよ」

「じゃあ・・もうやめたほうがいいんじゃないですか?」

「買わないって言ってるんじゃないのよ だから血糖値がね」

「はい あがったんですよね 豆腐で・・だったらやめた方が・・
 血糖値あがるのよくないですよね」

「違うって言ってるでしょっ 豆腐のせいじゃないのよっ」

「えっ? だって今 豆腐を食べたらって 言いましたよね?」

「そうじゃないのよっ 血糖値が高いって話なのよ」

豆腐屋のおにいさんは唖然としている・・


私はこの先の展開がなんとなく想像できたので
もう行くことにした。

心配して欲しいんだろうな・・きっと。
でも豆腐のせいにしちゃったから話がしっちゃかめっちゃかだ・・

でも豆腐屋のおにいさんはたかだか豆腐一丁に
毎度毎度30分近くも呼び止められてんじゃ面倒だもんねぇ・・

そうだ・・今度はこの豆腐屋シリーズもネタにしよう。
これはちょっとユーモアがあっていいんじゃないかな・・

私はなんだかうれしくなって 駅までスキップして行った。


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あちこちで 

あの人の・・
その人の・・

ひとりひとりの物語は進行中だ。

私は・・この断片が見えるその瞬間が楽しい。
ぞくぞくする。

そういう私の物語も進行中で
そういう私の物語の断片も
もしかすると・・・

 どこかの
誰かの
快感を刺激しているかもしれない・・




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