Mystery Circle 作品置き場

松永 夏馬

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nightstalker

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Last update 2008年06月01日

深き蒼色の海を  著者:松永夏馬



『不完全犯罪』

著者:蒼


 闇の中から引きずり出してみたら、色あせてしまうものなのかもしれない。雨宮一子はそう感じていた。心の奥底に潜むそれに光を当て、言葉に表そうとしても無駄なのだ。自分でさえも上手く説明できないものはどう言い繕おうとも表現しきれるものではない。引きずり出したところで自分にとってもはや別物となるのだ。
 だからこそ動機については言及するつもりもない。愛憎の果てであろうと、仇討ちであろうと、欲深い金品の奪い合いであろうと、いっそのこと狂人による通り魔的犯行であろうと、結局のところ結果に変わりは無いのだから。

 一子は深く考えないことにした。考えなければならない問題はこれから。全て計画どおりになどいくわけがないとわかっているから、あらかじめ立てておく計画は完全ではいけない。常にその時の状態を加味できるよう、ある程度自由に柔らかくしておく必要がある。大事なのは絵ではなくむしろ額縁。

 青年画家、三上靖彦は背中から包丁の柄を生やして床に倒れていた。一撃で済んだことに一子はホッとしていた。いくら不意をついても男と女、単純な力比べではさすがに不安だったからだ。多少悲鳴を上げられたが大丈夫であろう、この男の住居兼アトリエのマンションは防音もしっかりしている。
 美大を出てコンクールで3番手くらいの成績を得た程度の十羽一絡げの画家がこのような比較的高級な部類のマンションに住んでいるのは親の遺産の賜物である。わかりやすく言えば単なる道楽者だ。

 いくらか血のついた手袋を予備と替え、踵を返した一子はアトリエ代わりの洋間から書斎へ向かう。途中のキッチンでタオルと大きな栓抜きを拝借する。書斎に入り唯一の窓を開けた。雪こそ降らないものの真冬の突き刺すような冷気が入り込んで一子の足元から冷やしていく。
 窓の外は手を伸ばせば届きそうなくらいに壁がある。デザイン性を重視しすぎたいりくんだ外観は好都合だ。暗いうえに表通りからは見えない場所だから多少異変があっても見つかりにくいだろう。窓を開け、内側には消音の為のタオルをあてがい、外側から栓抜きを叩きつけて窓ガラスに小さな穴をあけた。けして大きな音ではないはずなのに、体がビクリと反応した。
(大丈夫)
 一子は落ち着かせるように深く息を吸い、吐く。やけに熱い体の中へと冷気が染み込んでいき、心拍数が落ち着くのを助けた。
 割れた穴の位置も問題はない。タオルについたガラス片はできるだけ掃って床にこぼしておいた。
「これでいい、大丈夫」
 運を引き寄せるのは力を持った言葉だ。一子は言い聞かせるようにあえて言葉に出した。
 自分の行動をひとつひとつ思い起こして確認していく。指紋に関しては心配ない。真冬だからこそ手袋は必需品で、手袋をしたまま部屋に上がっても三上に不審がられることはなかった。
 書斎、寝室、LDKの順で、引出し等を適当にあけて金目の物を物色した形跡を作る。もちろん貰って帰るつもりはない。必要なのはこの部屋の合鍵と荒らされた痕跡だ。用意しておいた男物の靴で足跡を残しておいた。
 一子が予定するストーリィに照らし合わせるとこうなる。書斎の窓から侵入した強盗が部屋を漁り、アトリエで三上と遭遇、脅し用もしくは護身用に持っていた包丁で犯行が行なわれ、動転した強盗は金品を放り出して逃亡する。
 単純ではあるが、単純なもののほうが見落としが少ない。それに、計画性を感じさせない犯行はそれだけ容疑の枠を広めるはずだ。

 必要な工作を済ませた一子は、もう一度アトリエに戻ることにした。見落としが無いか確認する為だ。この時ばかりは神経を張り巡らせ慎重にならなければならない。
 アトリエを覗いた一子は愕然とした。イーゼルが倒れ1枚の大きな油絵が床に落ちているのだ。漂う異臭はその拍子に脇に転がるパレットからこぼれた油。カーペットに染みができている。
 三上の体は這うように少し移動していて、筆を握り締めた手が絵にかかり停止していた。さっきはまだ死んではいなかったのだと一子は足が竦み、しばらくアトリエに踏み込むことができなかった。思考が停止しそうになる。

 彼の携帯電話はキッチンに置かれていて使われた形跡はない。遮音性の高いマンションだから声を出しても誰かに届くことはないだろうし、どうやら外部に助けを求めたようには思えない。

「大丈夫」
 呪文を唱えるように呟いて気力を振り絞るとアトリエに踏み出す。
 カンバスに大きく殴りつけるように絵の具で記されたモノ。わずかに残された命を賭して三上が残したダイイングメッセージに、一子は驚きを隠せなかった。強張る体を折りたたむようにして彼の脇にしゃがみ、確認する。もうこの体に命の欠片も残っていない。
 一子は幾分青ざめた顔で笑みを作った。
 証拠の残るこの絵をどうするか。持ち出す? 持ち出したらこの絵に何かがあると感づかれてしまうだろう。ダイイングメッセージ、犯人の名前が書かれたという予測が立てられる可能性は高い。そうなれば疑惑が三上の周辺に集中してしまう。それは避けるべきだ。ということは、残る選択肢。

 一子は手近にあった絵の具を適当にとり、おもむろにそれを塗り潰した。そこに描かれた真冬の海の絵に丁度良いだろう深い青色の絵の具で。
「さよなら」
 そうして簡素に別れの言葉を述べアトリエを出ていった。


 発見されたのはその2日後の2月1日。発見者は大学受験の為に田舎から出てきた従妹だという。事件は一子の思惑通り強盗殺人事件として処理されている。
 別の窃盗で逮捕されたなんとかという男のアパートの、自転車置き場脇の側溝に三上のマンションの合鍵を落としておいたが、どうなっただろうか。そんなことは一子にはどうでもいいことだ。
 大きな手がかりとなるべき凶器の包丁も、靴跡を残した男物のスニーカーも、全国展開する量販店で購入した品だからその方面から足がつくこともない。事件直後に刑事が来て被害者周辺の人間関係などを聞かれたくらいで、一子は容疑者の一人にすらならなっていない。運も味方をしているのだと彼女は思う。

 あれから二ヶ月以上が過ぎた。一子が作り上げた虚像は完全となったのか。
 今はもう桜の舞い散る季節。通勤ラッシュの電車の中で、初々しい学生達の姿を見る度に一子は思う。不運にも事件の発見者となってしまった受験生はどうしているだろうか。無事に志望校に合格しているのだろうか。
 それだけが彼女の心残りだ。



 ●《自己批評》

『闇センセ(言っちゃった!)の影響でミステリに初挑戦……のはずが(汗
ひぃぃ。ごめんなさいごめんなさい』

《 ~限りなく透明に近い蒼~ 蒼 》


 ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜



 ********************

蒼さんが入室しました。(22:29)

蒼 「ぼんそわ」(22:30)

蒼 「来るかな?」(22:32)

夏馬さんが入室しました。(22:36)

夏馬 「ども」(22:37)

蒼 「来たー」(22:37)

夏馬 「ぼんそわ」(22:37)

蒼 「言い直さなくても(笑)」(22:38)

夏馬 「今月のMCもお疲れ様でした」(22:39)

蒼 「お疲れ様でした。あ、遅ればせながら、先月末のオフ会超楽しかったですねぇ」(22:40)

夏馬 「オフ会初酸化、めっさ緊張しました」(22:41)

夏馬 「酸化違う、参加(苦笑)」(22:42)

蒼 「“生”夏馬さんは出没率低いですから皆感動モノですよ。私も初めてお会いしましたけどびっくりです」(22:42)

夏馬 「何、人を珍獣みたいに(笑)」(22:42)

蒼 「希少動物(笑)」(22:43)

夏馬 「メタルスライム」(22:43)

夏馬 「逃げ足は速い(笑)」(22:44)

蒼 「また参加してくださいよぅ」(22:45)

夏馬 「参加したいけども。……みんな若いんだもんなぁ。浮いてない僕?」(22:46)

蒼 「またまたぁ。闇センセ若いッスよ」(22:46)

夏馬 「闇センセて(苦笑)」(22:47)

蒼 「あ、イヤですか? 闇センセっての。ドキドキしながら使ってみました」(22:48)

蒼 「イヤだったら止めます」(22:48)

夏馬 「別にイヤというわけじゃないですけども……」(22:50)

夏馬 「なんとなくバカにされてる感じもしたりしなかったり(笑)」(22:50)

蒼 「何を言ってるんですかー。尊敬ですよ尊敬! ソンケー!」(22:51)

夏馬 「うーん、それはそれでなんとも言えないむずがゆさ」(22:52)

蒼 「じゃぁ、夏っちゃん」(22:52)

蒼 「オレンジジュースみたい」(22:53)

夏馬 「人の名で遊ぶな(笑)」(22:53)

夏馬 「で、話したいことがあると?」(22:54)

蒼 「えーまぁ。単刀直入ですね」(22:55)

夏馬 「チャットあんまり特異じゃないから。コミュニケーション能力低いんですよ(涙)」(22:56)

夏馬 「……特異て(涙)」(22:56)

蒼 「うあ。すんませんお呼びたてして(汗)」(22:56)

夏馬 「いえいえ(笑)」(22:57)

蒼 「今月の私の作品なんですけど。推理物の代名詞闇センセは読んでいただけたでしょうか?(おどおど)」(22:59)

夏馬 「代名詞て(汗)」(23:00)

夏馬 「もちろん読みましたよ。導入部から引き込まれる感じが味出てるよねぇ。好みの雰囲気。犯人視点ていうパターンも僕は好きだな」(23:02)

蒼 「そう言ってもらえると嬉しいです」(23:02)

蒼 「さらにツッコミを」(23:03)

夏馬 「ツッコミ?(汗)」(23:03)

蒼 「どーんと」(23:04)

夏馬 「ど。どーん」(23:04)

夏馬 「えと……僕自身の好みってことでよければ」(23:05)

蒼 「もちろん。ミステリーを書いて闇センセにツッコまれるのが至福の喜び」(23:06)

夏馬 「うへぇ」(23:06)

蒼 「どきどき」(23:06)

夏馬 「ていうか、登場人物に僕の名前使いましたな」(23:07)

蒼 「闇センセリスペクトです(笑)」(23:08)

夏馬 「わからん人多いだろうに」(23:08)

蒼 「闇センセにお会いした人ならわかります。インパクトありますし」(23:09)

夏馬 「わかりにくいッ(笑)」(23:10)

夏馬 「えーっとね。ミステリの雰囲気は出てるんだけど、個人的な好みでは読み終えての印象がもやっとする。続きは!?みたいな」(23:13)

蒼 「ふむふむ」(23:14)

夏馬 「まず、動機の面が完全にぼかされている点。結局靖彦はなんで殺されたの? それに最後まで読んでも犯人と被害者の関係もハッキリしないし」(23:17)

夏馬 「お題を上手く使って暴投から動機の謎に注目させて一気に読者を引き込むのに成功してるけど、それが結局解明されていないから、なんというか」(23:18)

蒼 「スッキリしない?」(23:19)

夏馬 「そう。そこがキモだと思って(これは僕が勝手に思い込んでただけかな?)読んでたんだけど」(23:20)

蒼 「私もそこ悩んでたんですけどね。一子がどういう人間で何故靖彦を殺したか、こればっかりは一子でないとわからないだろうし」(23:21)

蒼 「……闇センセ?」(23:25)

夏馬 「ごめん、お茶煎れてきた」(23:25)

夏馬 「なんだかまるで犯人がホントにいるみたいな言い分だね」(23:26)

蒼 「書くのにハマると登場人物が勝手に動き出すってのもあるんですけどね」(23:27)

夏馬 「まぁ、そうだね」(23:27)

夏馬 「どこかで晴彦の言動で悪辣さというか、言い方悪いけど殺される原因を臭わせておけばいいかな。ああでも初っ端から死んでるか」(23:29)

夏馬 「うーん……たとえば動機が痴情のもつれなら、飾られていた晴彦と恋人の写真を犯人が忌々しそうに見る、とか」(23:30)

蒼 「おお。なるほど。さすがセンセ」(23:31)

夏馬 「……やっぱセンセは止めない?」(23:31)

蒼 「却下(笑) そんな調子でどんどんツッコミお願いします」(23:32)

夏馬 「えーと。結局さ、犯人の完全犯罪成立しちゃったってこと? 斬新といえば斬新だけど、ミステリとしては斬新すぎない?」(23:35)

蒼 「斬新すぎますか」(23:35)

夏馬 「普通のミステリならここで探偵役やら刑事役やらが出てきて、犯人に推理を突きつけるんだけど。古畑任三郎とか」(23:36)

蒼 「古畑任三郎?」(23:38)

夏馬 「時代を感じるなぁ……女子高生」(23:39)

蒼 「この春から女子大生ですわよ(笑)」(23:40)

夏馬 「ああ、そうでした。ピチピチの女子大生」(23:40)

蒼 「死語ー(爆)」(23:41)

夏馬 「えーっと。……問題編、という風に閉じているのならまだわかるんだけど、完全犯罪でおしまい、となるとなんとも消化不良というか。ミステリスキーの悪い癖だ」(23:43)

夏馬 「ていうか、タイトルは『不完全犯罪』なんだ」(23:43)

蒼 「うふふ」(23:34)

夏馬 「……何その笑い」(23:36)

蒼 「いえいえ(笑) 闇センセならこの先の展開、どうしますか?」(23:37)

夏馬 「先の展開? やっぱり続きがあるのかな。でもそれは僕が考えることじゃないでしょ」(23:28)

蒼 「やっぱり探偵なり刑事なりが一子を捕まえに来るんでしょうね」(23:39)

夏馬 「そうかもね」(23:41)

蒼 「となると、一子の完全犯罪には穴があったってことでしょう」(23:41)

夏馬 「そうだね」(23:44)

蒼 「何だと思います?」(23:44)

蒼 「おーい? どこいった?」(23:48)

夏馬 「……わかるわけないじゃない。これだけの描写で」(23:48)

蒼 「これだけの描写では断定できない、と」(23:49)

夏馬 「そう。もしかしたら犯人が気付かない目撃者がいたのかもしれないし」(23:50)

蒼 「それじゃミステリとして成り立たないでしょ? それに、すでに事件から二ヶ月以上経っているんですよ」(23:50)

蒼 「目撃者がいたらもっと早く事が進むんじゃないでしょうか」(23:51)

夏馬 「……よくわからないな。蒼ちゃんの口ぶり(チャットだけど)だと、ホントにあった事件みたいに言うよね」(23:54)

蒼 「被害者は自分の最期の力を振り絞って犯人の名を書き遺したんです」(23:54)

夏馬 「しかしそれは犯人が塗り潰してしまった」(23:55)

蒼 「そう、一子が」(23:55)

蒼 「発見者は被害者の従妹です。被害者の両親はすでに他界しているので、遺品のいくつかは彼女にも託されました。それは予想できる展開ですよね」(23:56)

夏馬 「そうだね。それは」(23:57)

蒼 「問題の油絵も彼女の手に渡ったのです」(23:57)

蒼 「闇センセ、聞いてますか?」(00:01)

夏馬 「聞いてます」(00:02)

蒼 「一子は油絵に関する知識に乏しかった」(00:02)

蒼 「油絵の絵の具は化学物質の塊なんだそうです。エメラルドグリーンは酢酸亜比酸銅。ウルトラマリーンは珪酸アルミナナトリウム。ヴァーミリオンは硫化水銀」(00:04)

蒼 「そういう絵の具には混ぜると化学変化で変色を起こすことのある組み合わせがあるんです。禁忌色というそうです」(00:05)

蒼 「闇センセー?」(00:07)

夏馬 「禁忌色か。知らなかったな」(00:08)

蒼 「そう、それが一子のミス」(00:08)

蒼 「被害者の本当の名前は南晴彦」(00:09)

蒼 「私は晴兄さんの遺品としてその絵をもらいました。真冬の海が描かれた絵です」(00:10)

蒼 「絵の下半分くらい塗り潰された、緑がかった深い海の青。そこからじんわりと二ヶ月の時をかけ、滲むような黒褐色で文字が浮き出てきました。最初は文字だなんて思わなかった」(00:11)

蒼 「ぼやけたような、でも、だんだん形作られるメッセージを見て驚きましたよ。オフ会でお会いした方の名前なんですもん」(00:12)

蒼 「ね。闇センセこと松永夏馬さん」(00:14)

蒼 「それとも本名で呼んだほうが良いですか? 雨宮一子さん」(00:15)

夏馬 「雨宮も、一子も、ありふれたというほどでもないにしろ、同名異人だっていう可能性もあるでしょ?」(00:15)

蒼 「じゃぁ何故晴彦さんの名前を知ってるんですか」(00:16)

夏馬 「名前?」(00:17)

夏馬 「蒼ちゃんが書いた小説に出てるじゃない」(00:18)

蒼 「いいえ。私の作品の中での被害者の名前は“靖彦”です。YASUとHARU。まさか誤変換だなんて言い訳しないですよね」(00:19)

蒼 「別に闇センセが同名の別人だと言うのならそれでも良いですけど。どっちにしろこれから警察は晴彦さんの関係者の『雨宮一子』に目を向けるでしょうし」(00:20)

蒼 「たまたま選んだ色がたまたま反応したんですよ。なんて運が悪かったんでしょうね」(00:21)

蒼 「聞いてます?」(00:25)

蒼 「ねぇ?」(00:28)

蒼 「闇センセ?」(00:30)

夏馬さんが退室しました。(00:30)

 ********************

 間もなくチャット場からHN『蒼』が退出した。それと同時にログが消去される。

 暗く深い蒼色の海から浮かび上がった言葉の数々は渦を巻き、そして儚く消えうせた。モニタの中だけは全てが白紙である。




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