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Last update 2008年06月01日

ゴーストライター  著者:night_stalker



 鉄格子は錆びてざらざらし、冷たい雨の感触はぞっとしなかった。まだ昼を過ぎて間もない時刻だと言うのに、中を覗けば陰湿と言うような表現が一番しっくり来るかのように暗く翳っていた。僕はその死体のような建築物を外から舐めるようにして一周し、それから覚悟を決めて、錆びて重くなった鉄の門扉を蹴るようにして押し開け、霧雨そぼ降る視界の悪い園内へと踏み込んだ。
 そこはまさに、死体の如き廃屋だった。かつては人の息吹きがそこにはあったであろう建築物の死骸だった。僕は、至る所に散らばる得たいの知れない瓦礫を迂回しながら奥へと進む。遥か向こうから見える崩れた窓の明かりが妙に寒く感じられ、僕の足取りをさらに重くさせた。

 僕はそこまで書き進め、ふとキーボードを打つ手を止める。果たしてこの物語の決着のシーンは、こんな書き出しでしっかりと重さを表現出来ているのだろうかと不安になりながら、何度も何度も読み返してみた。
 もっと長く細々と書き込むべきだろうか。いや、これ以上の長さだとくどくなりがちな気がするかなとさんざ自問自答した挙句、僕は一つ大きな溜め息を吐きながらそこまでを保存してファイルを閉じた。どうせ時間はまだ沢山残っている。少しはゆとりを持って書こうかなと思いつつ、僕はそのままネットを立ち上げ、管理者掲示板と言うタイトルのリンクをブックマークの一覧から拾い上げた。
 緩慢なスピードで画面が開く。そして僕は、途端に顔が緩む。今夜も掲示板はチャット状態のような雰囲気で会話が盛り上がっていたからだ。どうやら今夜の話題のネタは、先日にサイトへとアップされた、今月の《須藤加代子》の事らしい。確か今月の須藤加代子当番は、《BB令嬢》の筈。そして彼女は原稿を提出してすぐに、約一ヶ月の実家帰省旅行へと出掛けていた。恐らくは、本人がいない以上は好き勝手に言っても構わないだろうと言う意識の表れか、ログインしている管理者の面々は、勝手気ままに作品批評をして楽しんでいた。
 そこは、ネット創作小説のサークル、《MysteryCircle》の管理者専用掲示板。そしてそこに集う管理者達は、自分達だけの秘密なる遊びに興じながらコメントの応酬をしている。
 いつものように、少し辛口なる批評をするのは、この遊びに一番乗り気な《パトス大尉》 彼は辛辣に今回の須藤加代子の作品を評しながら、それでもそのミスマッチさをどこか楽しんでいるかのようにコメントをしていた。
 そして、それに相手しながら大人な意見を並べるのは《七狼子(チーロゥツ)》さん。彼はいつも穏やかに、皆のムードメイカー的な納め方をする人だった。パトス大尉が今回の原稿は少し飛び過ぎじゃないかと意見をし、それを七狼子さんが苦笑的なイメージでたしなめる。だがそこに、いつもパトス大尉とは反対な意見を持つ女性管理者の《平芳ケイ》が同じぐらいの反論的な辛口なるコメントをする。どうやら今夜も相当に荒れるだろうなと思いつつ、僕は笑った。
 我々が管理するこの創作小説サイト《MysteryCircle》だが、早いもので、後数ヶ月で創立三周年を迎える事となる。本当ならばもっとその記念すべき日に向けての企画会議等をすべきなのだろうが、どうにも最近の我々にとっては、目下の遊び道具である《須藤加代子》への興味が上らしく、企画の進行は遅々として進まない。尤も、ここの統括管理をしている僕であってもそんな気分なのだから仕方が無い。それほどまでに、僕らだけの遊び道具である《須藤加代子》には魅力があった。

《須藤加代子》とは、誰が発案したのかはもう既に忘れてしまったが、我々が一年近く前から始めた管理者達だけの余興的キャラクターだった。
 それがどんな遊びかと言うと、我々だけが秘密を握る《須藤加代子》と言う架空のネットキャラクターを作り、そしてそれを《MysteryCircle》内部に措いて普通の参加者として振る舞わせ、その実状は一ヶ月交代で管理者達が中身となって入れ替わる、ゴーストライター操るマリオネット。つまりは、月毎に性格やら作品のイメージが入れ替わってしまうと言う、傍目にも不思議な女性キャラクターを演じると言う遊びだった。
 勿論、総勢六人(尤も、正式な管理者として存在はしていないものの、システム面でバックアップしてくれるメンバーがもう一人いるのだが)の管理者達は、個々に性格も違えば紡ぎ出す作品も違う物書き達である。いくら須藤加代子のイメージを統一させようとして努力しても、それは無駄な事であった。
 いやむしろ、統一させる努力すらも考えなかった。何故ならば、毎回イメージの違う彼女を見て違和感を感じるメンバーを見るのも面白かったし、そこまで性格の違う作品を書いて、いつ他のメンバーにバレるかと言う興奮も手伝い、誰もその須藤加代子の無軌道性を修正しようなどと考える者などいなかった。
 そしてそれは成功し、須藤加代子の作品を読むMCメンバー達の中には彼女の異常とも思える多重性を見て、違和感を感じている者も少なくはなかっただろう。しかし、パトス大尉が管理する須藤加代子のブログが立ち上がると、彼女を一人の人間として認め接触をして来るメンバーも案外と多くいた。こうして須藤加代子がMCの参加者として動き出し一年が過ぎた頃には、そのキャラクターはメンバーの一人として確立し、認知された。こんな嘘ならバレても誰も文句は言わないだろうと言う安心感もあり、管理者の間ではその遊びがエスカレートして行く一方だった。
 僕はモニターに意識を戻す。もはや完全にチャット状態となった掲示板では《BB令嬢》の書いたファンタジック・ホラーへの賛否両論意見で大きく賑わい、悪乗りしているかのような極論を並べるパトス大尉に、平芳ケイが食い下がる。僕はそれを見ながら苦笑をし、そろそろやめさせようかとコメントを入れようとした所に、いつも純朴で物静かな男子高校生管理人である《緋鎖》が、先にコメントを書き込んだ。
「こんばんは。今、MCを覗いたんですが、今回のあの須藤加代子のコメントはちょっと行き過ぎじゃないでしょうか? 俺的には、あれはちょっと失礼なように見えるんですけど」
 全員のコメントが止まる。瞬間、僕もピンと来る。
(また、例のコメントか?)
 恐らくは、緋鎖君のそのコメントを見てMCを覗きに行ったのだろう。僕もまた、挨拶も返さずに別窓を開く。
 自然、僕の口から言葉が漏れた。 「何だよ、これ……」
 すぐにコメントが更新される。パトス大尉だ。
「又かよ。誰だよ、このコメント。別に誰が彼女を使ってコメントしてもいいけどさ、少しは他人に気を使って書き込み出来ねぇ?」
 誰も何も言わない。恐らくは、いつもの通りに誰にもその心当たりが無いのだろう。僕は最新のMC記事に付いた他のメンバー作品を笑いながら貶すようなコメントを見て、少しだけこの遊びの未来に不安を覚えた。
(この中の誰かは、このキャラクターに悪意持っているな) 僕はそう思いながら、そのコメントを削除すべくログイン画面を探し出す。
 これは完全に、須藤加代子と言う人間が存在していない事を知っている者の嫌がらせか、もしくはこの遊びに対し悪意か過激なるエスカレートを望む管理者の誰かの陰謀が感じられた。その時の僕は、その程度の認識しか持てなかった。まさかそれが悪意ではなく殺意だったなど、その時の中傷に近いコメントの中から拾い上げるには、僕達の想像力では足りなかったのだ。


 翌日の朝。僕はあまり興味も惹かないテレビのニュースを流しっぱなしにしながら、焦げて乾いたトーストをだらだらとした態度のまま珈琲で喉の奥へと流し込む。いつもの孤独なる平日の朝だった。
 時計を見ながら今日は少しだけペースが早いなとか思いつつ、僕は空になった皿を流しに置いてマグカップに珈琲を継ぎ足し、そしてテレビの前へと移動する。ソファーに腰掛け落ち着くと、ニュースは朝から陰惨なる話題を垂れ流していた。
 テレビ画面はブルーシートに囲まれた小さな公園を映し出す。八王子市の某所にて、二十代の男性が鋭利な刃物で滅多刺しにされると言う事件を報道する。どうやら男性は、致命的なる箇所をいくつも刺され、ほぼ即死のような失命をしたらしいとレポーターは報じていた。
(嫌な話だな) 僕はそんな事を思いながら、熱い珈琲を啜る。それと同時に、自分とは関係の無いと言う事実にどこか安堵をしている自分を感じる。人間とはいかに自分本位なものだろうと軽い嫌悪を感じながら、次の瞬間にはそれは大きな間違いだった事に気付く。
「殺されたのはこの現場である公園近くに住む織江新一さん二十三歳と見られ、現場周辺では事件の目撃者を……」
 それは、ほんの数秒の事だった。どこかで聞いた名前だなと思った次の瞬間には、それは昨夜に同じ掲示板の中で言葉を交わした管理者の一人と同じ名前である事を思い出していた。
(パトス大尉と同じ本名……?)
 僕は知っている。彼の本名を知っている。単なる同じ管理者でネットだけの付き合いなのは判っていても、僕は過去に一度だけ彼に郵便物を送った事がある。それはMCメンバー同士で作った同人誌。それを一度だけ、彼に送った記憶があるのだ。
 僕はすぐに携帯電話を取り上げて名前を検索する。すぐにそこにパトス大尉と言うネットの中の名前を発見し、僕はメモ書きを確認する。織江新一。八王子の住所。間違い無く、先程報じられた被害者と同じ名前だ。僕は嫌な気持ちを振り払おうとすべく、その検索された名前に添えられている携帯電話へのメールアドレスを選択し、メール本文を書き入れる。
 なるべく普通の話題。なるべくどうでもいい話。僕はそう思いながら、最近の須藤加代子を名乗る正体不明のコメントへの非難を並べて送信した。
 彼からのメールは、結局夜まで待っても返っては来なかった。


「パスワードの変更を考えようか」
 そうコメントしたのは、七狼子さんだった。
 僕はパトス大尉の件を誰にも話す事無くその夜を迎える。思い悩んではいたのだが、管理者掲示板の中ではもっと他の事件にて揉めていたのだ。それは、我々の遊び道具である《須藤加代子》の事だった。その晩に書き込まれた掲示板の第一声は、七狼子さんの書き込んだ、「須藤加代子は独り歩きしているぞ」だった。
 先日アップされた、最新号のMC原稿に手が加えられていた。内容が勝手に編集されていたのだ。
 だがそれは、一見すれば大した事の無い事でもあった。メンバーの側から見れば、普段から目にする程度の事でしかなかったからだ。しかしそれは同時に、我々管理者側から見れば恐るべき事だった。有り得ない事実が、そこからは読み取れたからだ。
 書き加えられたのは、BB令嬢の書いた須藤加代子の原稿。作品文中に一行だけどうにも浮いている意味の成さない文字が挿入されている。勿論その記事には須藤加代子の名前の入ったコメントがあり、その問題である一文を挿入してくれと言う依頼がその内容である。これがメンバー側からみればどうでも良い当たり前な事でしかない。だが、我々管理者側から見れば、これが問題でなければなんであると言うぐらいの問題だった。なにしろその問題である一文を、コメント通りに挿入をした管理者が自分であると名乗り出る者が誰一人としていなかったからである。
 つまりはこうだ。管理者全員の意見を信用するとすれば、このコメントを書いた須藤加代子と名乗る人物はここにいる管理者の誰でも無い上に、勝手にMC管理画面へとログインが出来て、勝手に作品やら記事をいじれる者となる。勿論、いつもの如くにプロキシの入ったそのコメントからは、意味の成さないIPしか拾えない。
「もしかしてこれ、システム担当の荒木君じゃないの?」
 唯一、正式なる管理者ではない者の名前が挙がった。必然的にそんな声が出るのは既に予感されてはいた。実際僕もそれは先に思い、事前に彼には連絡を取った。だが彼は、この記事が上がっている頃は大学にいたと主張しているし、僕はリアルで彼を知っている上に良く僕のアパートにも遊びに来る。それが信用へと繋がるかと言えば全く根拠の無い願望に近いのだが、僕にはどうにも彼がそんな事をするような人間には見えないのである。
 荒木君とは、この《MysteryCircle》内部に措いては少々特異な位置にいる管理者だった。特に管理者掲示板などでの交流は求めず顔も出す事無く、時々インしてはシステム面での強化やリンク更新などをしてサポートしてくれる青年である。従って彼は、この《須藤加代子》の遊びを知っているかどうかも怪しく、普段からその実体を目にしている以上、彼はパソコンをいじる事と論理的で哲学的な小説を書く以外の興味を見た事すらない。そしてたまたま彼が僕の部屋に遊びに来ている時に、僕から管理者へと誘った。彼が非常にパソコンの知識、サイト構築の知識が豊富だと言うのを間近に見たからである。
「なんとなく、彼じゃないと思う」
 僕がそうコメントすると、自然に皆も同意見のようなコメントを続けた。皆も彼の人柄やその性格はある程度知っているし、知っているからこそ疑えない。何しろ彼は、彼が持つ知識と趣味以外には本当に何の興味も示さない人だったからだ。
「これは是非、パトス大尉にも意見を聞きたいんだけどね。珍しく彼はまだインしてないようだ」
 そうコメントしたのは七狼子さん。それを聞いて僕は言い澱む。果たして今朝のニュースの事は、全員に話すべき事なのかと。
 そう思っている内に、「大尉は須藤加代子のブログの方を更新してますね」と、緋鎖君がコメントする。僕はそのコメントを見て内心ホッとした。何だ、今朝の事件は同姓同名の別の人の事であって、全ては僕の杞憂だったのかと言うような考えがすぐに湧いて出た。
 そして僕は、胸のモヤモヤが一気に晴れて行くような気分でそちらのブログへと飛ぶ。そして、つい先程更新されたばかりの記事を読む。
 スっと、血の気が退くような感じだった。僕はその瞬間から、これは完全にMCと言う創作サークルを中心として何かの異変が起きている事を感じ取る。
 僕はそのまますぐに、MCブログの管理画面へと飛んだ。そしてすぐに、パスワード変更の画面を呼び出す。そうしてから、管理者掲示板にパスワードを変更した旨を書き込み、その内容は全て各個人の携帯電話へとメールで送る事を伝えた。
「どうしたの?」 思った通り、そこにいた全員が僕の取ったいきなりな行動に疑問の声をぶつける。
 僕はやはり話しておこうと心に決め、さてどこから話すべきかとそちらの方で悩んだ。
 須藤加代子のブログが、モニターの端に映る。そこにある最新の記事は、今朝僕がニュースで観た東京都多摩地区の八王子某所で起こったパトス大尉と同姓同名の青年の殺害のニュースを取り上げる、社会風刺な記事だった。

「そんなバカな!」
 そう言ったのは、七狼子さん。他の管理者はと言えば、朝から連絡の取れないパトス大尉と帰省中でイン出来ないBB令嬢の二人以外全員が来ている筈だが、無口で知られる緋鎖君は元より、普段からパトス大尉と同じぐらいにお喋りな平芳ケイのコメントもあまり目立たない。どこか何か、そこに違和感を感じた。だが彼女にしてみれば好敵手とも言うべき人間の生死が賭かっているような話題なのだ。口数が少なくなるのは必然なのかも知れない。
「信じられない事でしょうが、僕はありのままを語っていますよ」 僕は七狼子さんのコメントに返事をかえす。
「そのニュースで報道された犠牲者が彼なのかまでは判りません。ですが、彼と連絡が取れなくなっているのは事実なんです。そして同時に須藤加代子を名乗る人間に勝手にMCのサイトを操作された。更には連絡が取れない筈の大尉が管理する須藤加代子のブログまでもが操作されている。しかも内容は、大尉と同姓同名の男性が刺し殺される事件への風刺記事。そんな訳で、勝手ですが僕はその時点でブログのログインパスワード変更を行使しました。それで僕の行動の説明は理解出来ますか?」
 僕のコメントに七狼子さんは一言、判ったとだけ返事をくれた。他の管理者からは、何のコメントも無い。
「それは本当に事実なのかい? 君は時々、本当に間の抜けた間違いをするからなぁ。前にも平芳君から聞いたが、君は彼女に送った郵便物の宛て先の名前を間違えてたらしいしね。とりあえず今回も、その手の間違いである事を願うよ」
 七狼子さんはそう言って、ログアウトをしたようだった。
 僕はと言うと、とてもではないがまだ眠る気にもなれず、パトス大尉がMCメンバーの書き手として名乗る彼のブログを開き、過去の記事を読んでみる事にした。
 知的で高飛車。強気だがインテリ。常識性やら道徳性について厳しい事を言う反面、自分の言動にはあまり頓着しなかったネット上の彼。余暇には貯まったビデオを観る以外の趣味は無さそうな部屋だったと伝えられるリアルの彼。そんな性格の彼が残した記事の群れは、リアルでの彼とネットでの彼との大きな隔たりを証拠付けていた。
 テレビで報道された同姓同名のその青年は、別の場所に住む父親に援助をしてもらい、定職にも就かずに引籠もり同然な暮らしをしていて、他人との交流もあまりない引っ込み思案な性格の青年だったと伝えていた。だが、彼が書くその記事の群れには、某ソフト会社のプログラマーで年収もそこそこあり、いかにも人望に長けた人付き合いの良い人間が自分であると主張しているような内容のものが多かった。自分には、自分とは全く性格も能力も違う出来の悪い兄が一人いて、時々面倒を見てやっているとも書いていた事があった。これが、リアルとネットとの大きな差なのか。彼でさえもこの世界では誇張のある別人格で振舞っていたのか。僕はそう言う事を考えながら、少しだけ悲しくなっていた。
 そして僕は、今度は最新のMC作品の記事を別窓で開いてみる。そして、BB令嬢振舞う須藤加代子の作品の中にある問題の箇所を探し出す。
 僕にとっての問題は、そこにあった。例え同じ管理者と言えども、誰にも相談出来ない問題がそこにはあった。僕は親の仇と思えるような目でその箇所を見詰め、この一文には一体どんな意味があるのだろうと思い悩んだ。
 BB令嬢の書いた作品の一部分にある、「そうして私は、公園の一角で躓き転んでしまった」の後に続く、「そしてインディアンは五人になった」の追加の一文。これを管理者達が見れば、まんま殺人予告のように取れる。だが、僕だけは違った。僕はその一文を見て、心底凍り付くような心地になった。
 僕は書き掛けの作品を収納しているフォルダを開く。そしてその中から《ゴーストライター》と銘打たれたアイコンを探し出し、クリックする。大量のテキストが並び始める。僕はその文章をスクロールさせながら、気になる一文を拾い出す。
 良く似ていると思った。僕が、有名なる某女流作家の作品を拝借して書いたその作品の一部分、その最初の殺人が起こった時の描写が、そのままそれに当て嵌まるような気までした。
 最初の管理人は、深夜の公園で殺された。
 そして管理人は五人になった。


「とんでもない記事を上げている人がいますよ」
 そんなメールが緋鎖君から僕の携帯に届いたのは、会社での昼休みの時だった。僕はすぐに返事をする。一体何事だと。
「メンバーの十六夜雷羅さんが、御自分のブログに二人きりのオフ会を開いたと言う記事を上げています。問題は、そこで逢った人の名前です。誰だと思いますか?」
 僕は少しだけ苛立つ。昼休みにメールをして来るぐらいなのだから、相当な事な筈だろう。そして今は、どう言う訳かMCを中心とした何かの異変が起こり始めている。そんな時に、わざと疑問を投げて返事を待つような真似なんかしないで、その内容の中心を早く話せと言う気分で返事を打つ。だがもしかしたら、その相手はパトス大尉だと言うならば、彼も勿体ぶる価値はあるだろうとも考えた。僕は、そんな希望的観測も交えて返事をした。
 だが、そこから返って来た返答は、更に予想を上回る。僕はそのメールの文面を読みながら、吐き気に似た不快感を感じていた。
「オフで逢ったのは、須藤加代子だと書いています。そして、須藤加代子のブログにも同じ事が書かれていますよ」
 息を吐くのを忘れる。同時に思考も停止する。理解の範囲を超えた事実がそこにはあった。
 ネットの中で須藤加代子が独り歩きするまでならば、まだただの疑問で済む問題だろう。そこにはまだ何かのマジックの種が伺えるからだ。だが、リアルに須藤加代子が現れる以上、それは悪意の混じった何かの意図か、そうでなければ単なる出来の悪いホラーだ。まるで数年前に流行した、呪いのビデオの幽霊だ。バカげている。僕はそう思いながら、メールへの返事はせずに携帯電話を閉じた。
 だがすぐに、再び彼からのメールが届く。僕はまだ麻痺した思考のままで、そのメールを開いてみた。
「信じられない話でしょうが、一応証拠らしきものを送ります。十六夜さんが撮ったと言う、須藤加代子の顔写真です」
 僕はほんの少しだけ躊躇したものの、その次の瞬間にはその添付ファイルを開く操作を指が行っていた。
 じわりじわりと緩慢な動作で開いたその写真には、確かに女性らしき顔写真が載っていた。どこの店内かは知らないが、露光のミスで顔の上半分が霞み掛かって消えているその姿は、まるで口だけが笑う白いのっぺらぼうの仮面のようで、まるで僕には幽霊以上に幽霊掛かって目に映った。

 結局、一週間が過ぎてもパトス大尉が掲示板にインする事は無かった。彼と同姓同名の青年が殺された事件についても、犯人へと結び付く有力な手掛かりは無い様子だった。
 但し、彼の事件を報道するレポーター達の言葉には辟易した。これだけ人付き合いが悪く、趣味らしい趣味も無い人間が殺される以上、恨みの原因の方が疑問であると言うような言い草にである。
 それには僕に限らず他の管理者達も憤慨をした様子だった。確かに彼は口は悪かったが、ただちょっとだけ熱くなったり他人を嘲るような表現をする以外、実に社交的で多趣味な人間だった。決して……そう、変な表現にはなるが、決して他人から恨みを買わないような人間ではなかった筈だ。だが、そんな事を考えながら、自分で自分に嫌悪する。これではまるで、殺された青年はパトス大尉であると確信しているような言い方ではないかと。
 依然、管理をしている人間が不在のままで、須藤加代子のブログは地味にも更新を続けていた。あれ以来特に大きな事は無かったのだが、須藤加代子と言うキャラクターが我々の手を離れて行動しているのを見ている以上、もはや僕達の間でも、前のように彼女の中身の一人としてコメントをしたりする事も無くなっていた。
 そうしている間にも、《MysteryCircle》は次の回を迎える。皮肉にも、その月の須藤加代子の当番はパトス大尉だった。一応出題には須藤加代子の名前はあったが、彼が不在な以上はきっと原稿も載らないだろうと予想していたし、むしろ今の須藤加代子を語っている人間に対し、「彼と同等の原稿を書けるならば書いてみろ」と、煽りたくなるような気持ちさえあった。
 だがはやり、受け付けたメールフォームの中には彼女名義の原稿は無かった。僕は少しの落胆と、大いなる安心とで編集作業に入り、その締め切りの夜には須藤加代子の欄だけ空白のままで作品の載った記事をアップした。
 翌日の朝、僕が起きる直前に見た悪夢が現実となっている事をそこで知る。
 須藤加代子が著者名となっている欄には、パトス大尉顔負けなサスペンス小説が掲載されており、その文中には一箇所だけ、完全にその作品から浮き上がって見える一文までもが挿入されていた。
「そうして泥酔して足取りも不確かな彼女は、ビルとビルの隙間の暗がりで、背後から忍び寄る足音にも気付けないままに殴り倒される」
(そして、インディアンは四人になった……か)
 既に全て書き終わり、後は推敲を残すのみとなった僕の原稿に、二つ目の符合が生まれた。
 但し僕の原稿の中では、ビルとビルとの間の暗がりで鈍器にて頭の原型が無くなる程に殴り殺されている描写である。その点だけは、まだ彼女の方が優しい。
「そして管理人は四人になった」
 僕が小声でそう呟くと、朝のニュースの中に平芳ケイの本名を読み上げるレポーターの声を聞いたような気がした。


「俺、彼女と接触して来ます」
 高校生の緋鎖君は、その晩の掲示板にそうコメントをした。
 僕は止めた。当然、七狼子さんも同じだった。だが普段は大人しくて遠慮がちな彼が一旦そうやって何かを決断した場合には、決して誰にも止められないぐらいに意思が固い事を知っていた。
「いや、もう既に彼女にはメールを送っているし、デートの約束も取り付けています。でも、御安心を。いくら何でも用心して接触する俺に対し、女性の腕力で下手な真似をしてくるとは思えませんから」
 どうやら彼は、完全にその行動に対し決心を固めている様子だった。しかも、聞けばその約束は明日の午後だと言う。先程と同様に僕と七狼子さんは必死で止めるが、どうにも彼は聞く耳を持たない。
「大丈夫です。とにかく俺は、彼女が一体どんな意図で須藤加代子を名乗っているかを知りたいだけなんですから」
 その日の夕刻には、東京の吉祥寺で起こった女性会社員の暴行事件を取り上げた記事が、須藤加代子のブログに掲載されていた。
 ビルの暗がりで殴り倒された女性の名は、平芳ケイの本名と同じだった。一応その女性は死亡してはいないが、未だに意識不明の重態だとニュースは報じている。七狼子さんは、どんな用心があってもそれは危険だと再三忠告はするのだが、恐らくは少年の持つ義侠心に似た正義感がそうさせるのだろう。彼は頑なに、「俺は行きますよ」としか返事をしない。
 僕はこっそりと、彼に直接メールを打った。もしも何かあったなら、すぐに連絡を寄越せと。そして彼は、「はい」と返事を寄越す。そしてそのメールは、彼から届く最後から二通目のメールとなってしまった。
 翌日の夕方、彼から来る最後のメールは本文の無い空のメールだった。僕はすぐに彼へと電話を掛けるが、非情にも電子音のような無機質なるアナウンスが返って来るばかりだった。
 夜には、苗字だけしか名前を読み上げられない男子高校生が、何者かに駅の階段から突き落とされて首の骨を折り即死すると言うニュースが流れた。
 そしてそれはきっと緋鎖君なのだろうと僕は思った。何故ならば、何のコメントも入らずにこっそりと、彼がMCメンバーとして書いた原稿の一部に例の一文が挿入されていたからだ。
「僕は自由を掴み取る為に、思いっきり羽根を開いて空へと舞った」
(そして彼は自由を掴もうとするかのように、思いっきり腕を広げて宙へと跳ねた)
 少しだけ、ニュース関連の内容が気になった。死ぬ間際だっただろう彼が僕へと届けた空のメール、果たして警察はそれを見て僕へと連絡はして来ないのだろうかと。
「そしてインディアンは三人になった」
(そして管理人は三人になった)
 緋鎖君が消える前に上げた記事に、須藤加代子からのコメントが入っていた。僕は瞬時に頭に血が上るの感じつつ、そのコメントを読む。それはMC三周年を祝うコメントで、それと同時に出題指名を受けた彼女がお題となる文章を送ったので確認してくれと言う内容だった。
 僕はそのまま管理者用のフリーメールを開く。そしてそこの新着一覧の一番上に、その問題のメールはあった。
「次のお題は、この本からの出題でお願いします」
 僕の背中がざわりと波打つ。すぐに気付く程に知っている一文がお題として並ぶ。僕はつい最近、必要に迫られてこの本を何度も再読していた。どのお題の文章も、とあるシーンに掛かる重要な役割を果たした不吉な一文だ。
 お題となったのは、僕が書く《ゴーストライター》が元となる、アガサ・クリスティーの、「Ten Little Indians -そして誰もいなくなった-」だった。
 そして僕は更に愕然とするものを見付ける。僕に割り振られたお題には、まるで僕の書き上げた作品がそのまま当て嵌まってしまうようなお題が押し付けられていた。
 その号のラストを締めるのは僕の名前。そしてそのお題の最後には、「後には誰もいなくなった」と言う一文が添えられていた。


「うん、君の原稿は読んだよ」
 七狼子さんは、インするなりそう言った。
 僕は、あまりにも自分の書いた作品の内容に一連の殺人が酷似している事を伝え、そして彼に原稿を送って読んでもらったのだ。
「正直言えば、これは酷似していると言うよりも、これになぞらえて起こしている殺人だとしか思えない。君はこの原稿を私以外の誰かに見せた事はあるのかい?」
「いいえ、ありません。むしろ僕は、MC三周年の企画までは誰にも見せる予定も無かったし、その原稿の存在を語った事も……えぇ、ありませんでした」
 僕は一つだけ何かに引っ掛かったが、特に何も支障は無いだろうと思いながら素直にそう答える。しばらく時間を置いてから、ようやく彼からのコメントが入る。
「もう、こうして原稿が出来上がっているいる以上、君がこれを書き直したり消去したりしてもあまり意味を成さない行為になるだろうな。だが、こうして殺人の経緯が判った以上、こっちにも打つ手は存在する事になる。一応私的には君に感謝だよ。これで私が殺される確率はぐっと低くなった訳だからね」
 彼はそんなジョークを飛ばして、コメントの最後には笑い顔の顔文字までをも入れていた。彼は伊達に人生を経験して生きてはいない。そんな貫禄が彼には見受けられた。
 僕がそんな彼を頼もしいなと思った時に、思いも寄らない人からのコメントがそこに入る。それは、実家へと帰省すると言ったまま何ヶ月もインをしないで姿をくらましていた、BB令嬢だった。
「一体……何?ここで何が起こっているの?」
 どうやら彼女は、全く何も知らずにログインをした様子だった。そう言えば僕も、彼女はネットへと繋げる環境では無い以上、無用な連絡は控えておこうとして何も教えてはいなかった事を思い出す。僕は一部始終を教えようかと思ったが、どうやら彼女は掲示板の過去ログを遡って読んでいるらしい。僕達が呼び掛けても何の返事もなかった。
 そうして彼女を置き去りに僕と七狼子さんとの会話を優先させていると、ようやく彼女は全てを読み終わったらしく僕達の間に割り込むような形でコメントを入れて来た。
「私……もしかしたら幽霊を見たかも知れない」
 彼女の謎のコメントに、僕と七狼子さんは聞き返す。だが、一向に彼女からの返答は来ない。
 見ればインはしている。見ている筈なのに、全く返事がかえる様子が無い。一体何を悩んでいるのかと思った瞬間、七狼子さんからのコメントが入る。
「手遅れかもね。ここの彼女の原稿、読んでみるといいよ」
 彼が提示するURLへと飛ぶ。それはBB令嬢が前々回の須藤加代子の原稿と平行して書き上げた、彼女の本来のハンドルネームの作品だった。
「何となく、ぼんやりと読んでいた。まさか、ここで書き変わっているとは予想出来なかった」
 彼は言う。確かにそうだろう。彼がそれを指摘してから、それに遅れて白々しい須藤加代子のコメントが付いたのだから。
「彼を見掛けたわと、私はウキウキしながらそう言った。まさかその彼が、そこに一緒にいたとは知らないままで」
(お化けを見掛けたわと、私は背後にいる人に向かってそう言った。まさかその背後の人物こそがその人だとは思いもせずに)
 出来過ぎている。そして最後の生き残り二人は、僕と七狼子さん、彼だけだ。これはあまりにも白々しく、そしてあまりにも単調過ぎる展開だ。
「そしてインディアンは二人になった」
(そして管理人は、残る二人となってしまった)
 君は私が犯人だと思っているんだろうと七狼子さんは言う。僕は正直に、そうとしか思えないからこそ余計に全てが信じられないと答えた。
「そうだろうね。そして私は、君こそが犯人だと今の瞬間確信したよ。だってそうだろう? 君以外にこの原稿通りの殺人は起こせない。そしてもう一つ。管理者全員の名前と住所を知っているのは、過去に皆に同人誌を送った事のある君だけだ」
 僕はそれを聞いて、自らの呼吸が止まるのを感じた。同時に、激しい頭痛のような眩暈と痛みも感じた。
 反論は不可能だった。むしろ僕こそが、その意見に納得し、賛同していた。それはあまりにも盲点で、僕だからこそ思い付かなかった事実だった。
 だが、どうして? どうやって? 僕には僕が、「やっていない」と言う事実は知っているし、その手段すらも判らない上に動機も無い。そして僕には分裂症の気こそはあるが、夢遊病の類は持っていない筈だと思い浮かべていた。
「では、これにて。私も自分の命は惜しい。私はこれから警察へと出向いて全てを話す事にするよ。でも、今まで君達とこのサークルをやってこれた事には感謝しているよ。とても楽しかった。これは嘘じゃない」
 それは僕もですよと彼へと返す。きっとお互いに本心と尊敬には嘘は無いと感じた。
 だがそれでも、きっと彼は言った通りに警察へと出向く事だろう。そして僕はきっと、最有力なる容疑者として任意同行を求められるのだろう。さようならと来るコメントに、僕も同じ返事をかえす。そしてその晩は、久し振りにゆっくりと眠れる夜となった。
 何しろ、生き残りはたった二人なのだ。そして、犯人だろうと思えるのは僕自身なのだ。ならば僕は殺されない。そんな麻痺した結論のまま迎えた朝は、僕がとうとう孤独になってしまったと言う悪夢たる事実だった。
 思った通り、その夜の内に七狼子さんの作品には例の一文が書き加えられていた。
 彼が実ハンドルネームで書いたアダルトな恋愛ストーリー。恋人である女性に首を絞められ、それを拒む事無く受け入れて次第に薄れて行く意識。その後に、例の台詞は続いていた。
「そしてインディアンは独りになった……か」
 そして今度は、僕の台詞の番だった。
 だが僕には、まだ一人このゲームの参加者がいる事を知っている。そして誰もいなくなったと語るにはまだ早いと、僕の頭脳は雄弁に語っていた。
 僕は自分の書いた原稿を反芻しながら考える。そして答えは、須藤加代子。彼女のブログにあった。
 それは、都内某所にあるかつての小さな遊園地の廃屋。取り壊しも決まらないまま放置され続けて来た建築物の死骸。そんな存在が、僕の書いた作品のイメージ通りな様相で、彼女のブログに写真が掲載されていた。
 呼ばれているのだと思った。そして、これこそが最後のゲームなのだと、そこで僕の思考は確信に変わった。


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