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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:カラス


 私は何かしらゾッとして、前のガラスに映る人の姿を見た。
 盆休みを返上して取材に出ていた私の行動は、ついにその成果をなしたといってもいいだろう。
 古き良き時代。その街並みが今も色濃く残る場所。
 綺麗に舗装されたアスファルトの通りに違和感を覚える。
 それもそのはずである。脇を飾る瓦屋根の木造住宅。ブリキの看板が淡い色でアクセントを添える。
 強い日差しを忘れそうになる。
 見つけた。
 その想いが私を少年に帰らせる。
 年季の入った木戸に嵌め殺しにされたガラス。その向こうでは規則正しく本棚が並んでおり、奥に見える帳場には和服姿の女性が座っている。
「りさいくる網捨」
 この店の名前のようだ。
 ここがうわさになっている古書店に間違いない。
「ごめんください」
 知らず知らずのうちに、言葉遣いが古風になってしまう自分に少し笑ってしまう。

 結構な大きさの声で挨拶したはずなのだが、主人はこちらを見向きもしない。
 なるほど。確かに筋金入りの無愛想。これもまたうわさどおりだ。
 しかしこっちとしてはそのほうが好都合というもの。なにせ、好きに本を見て回れるのだから。
 本当は取材として彼女のインタビューなんかも添えてみたかったのだが、そんなものがなくたってこの雰囲気をもってすれば面白い記事が書けないはずがない。むしろあれこれと下手に脚色しないほうがうわさの力も手伝って、読者の興味を惹くはずだ。長年の私の経験がそういっている。
 それにもうひとつ。私にはそれとはまた違った目的があった。
 ここには著名人が出版した書物のほかにも、なんとも不思議なペンネームの作家の本が並んでいる。
 私はこれまでこの業界で様々な作家と接してきた。はっきりいって聞いた事のない作家はいないと思っていたのだが、この古書店の一角にある本棚に並ぶ本の作者は全てが初めて見る名前だった。
 ここにいると、すでに仕事としてここを訪れたことなど、どうでもよくなってきている。
 ありきたりな表現だが、これがまさに本の虫が騒ぐというものであろう。
 私がどうしてそういった思いに駆られるのか、思い返してみることにした。
 実は今の出版業界にはどこか辟易しているのだ。売れればそれでいい、というような風潮がある。ビジネスとしてそれは当然であって、むしろそうでなければ成り立ちはしないのだろうが、そこばかりに目をつける輩が多いのではないか。
 文学というものは、もっと自由な発想で描かれてしかるべきではないのか。多くの本を読み漁っていると、どうしてもそう思わないわけにはいかない。
 せっかく金を払っているのだ。金太郎飴のようなエンターテイメントばかりを求めている人種を大切にするのもいいが、私のような少数派の雑食な虫にも喜びを感じさせるのもいいのではないか。
 そう考え出すと私の思いは膨らむ一方だ。いてもたってもいられなくなる。
 最近ではインターネットで素人作家の作品を貪欲に模索するのだが、これが意外に当たりが潜んでいる。小説作法の初歩も知らないような人が創り出した物語が、私のような虫を感動させる事実がある。
 そうしているうちに、あるコミュニティで密かにささやかれているうわさに、私は背筋の冷たくなるような興奮を覚えた。
 そのうわさというのが、なんでもプロ顔負けの名も無き小説家たちの作品を販売している店があるというものだ。
 つまりは、現在いる店がどうやらそれのようなのだ。
 私はその店をついに見つけ出したという優越感と、いったいここにはどのような物語が潜んでいるのだろうかという期待に、胸を躍らせずにはいられない。
 適当に三冊ほどを本棚から抜き取ると、帳場で扇子を扇いでいる女主人に差し出した。
「お客はんも物好きですなあ」
 彼女は私が台に置いた本をまじまじと眺めながら答えた。線の細い顔立ちとは裏腹に間延びのした声である。
 こうして面と向かってみると、意外に話しやすい人なのかもしれない。いや、もしかすると私の選んだ本で、彼女が私と共通した価値観を見出したからなのか。
「ご主人はここにある全ての本に目を通してらっしゃるのですか?」
「ええ。祖母から受け継いだこの古書たち。それに今でも亡き祖母を慕ってくだはってる作家さんたちの作品。どれも私は大好きですから」
 主人の話を聞いていると、一刻も早く目の前に並べられた本を読まなければならないような、強迫観念にも似た焦燥が私に襲い掛かる。なんとも心地よいものだ。
「でも」
「はい?」
「お客はんがこの子たちを読んでどう思われはるか。それは誰にもわかりまへんのえ」
 私はその言葉に漠然とした当惑を覚えた。
 そして次に沸きあがってきたのは、本を読み始めた当初の何の混じりけもない純然たる気持ちだ。
「なるほど」
 このとき、私は初めて彼女の顔を直視した。
 そうして話をしてみると、彼女の美しさは一段と風情を増してくるのであった。





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