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Last update 2008年06月01日


 《奇譚の円環》と言う名の連続殺人事件の全貌について


 皆さん初めまして。《MysteryCircle》の孤独なる管理人、荒木と申します。
 まず最初に、この手紙は誰宛てと言う意味での手紙ではありません。もしかしたら誰にも読まれないままに消えてしまう、ただの無駄なる手紙かも知れません。
 ですが僕は、この手紙が誰かの元へと届き、読まれるものだと仮定して書きます。勿論僕の願いは、あの忌まわしき事件を知る全ての人々にこれを読んでもらいたい。そんな意図で書く事です。
 今この手紙を読んでいるであろう日本中のほとんどの皆さんがテレビや新聞の報道などで知る通り、僕こそがあの、《MysteryCircle》と言う名前の創作小説サークルの管理人の、たった一人の生き残りです。どうやら僕だけは、あの狂人的連続殺人事件から逃れる事が出来た幸運なる人間だったようです。
 そして僕だけが生き残れたお陰で、日本中の注目を浴びながらも我がMCが三周年を迎え、そして無事に終了する事が出来ました。
 感無量です。これで、亡くなった管理者の方々も喜んでくれる事でしょう。これでようやく、僕の管理者としての務めも終わったような気がします。

 さて、この手紙を書くに当たって、僕は一つの賭けをする事にしました。
 それは、あの舞台をたった一人で作り上げ、そしてそれを書き上げた内藤さんの心情を評し、僕はこの一部始終の顛末を書いた手紙を、内藤さんの作品と同様に瓶へと詰めて海に流す事に決めました。そうする事で、この事件の全ては終了し、補完が成される事だと思っています。
 そしてそれと同様に、これは僕の中にあるほんの少しの良心。そして申し訳なさがそうさせています。
 全ての罪を被り、そして何の謎も知らず、裏にも気付けなかった哀れな作者に対し、僕の一握りの良心がこれを書かせました。
 今では彼、night_stalkerさんに対しての申し訳なさで一杯です。そして、何も気付けないままに僕の策略、計画に沿って自らの命を終わらせた彼に対し、あまりにも哀れで滑稽過ぎると感じたので、僕がその彼の愚鈍さを世間に知らせなければ誰も笑うに笑えないと危惧したからこそこの手紙を書くに至りました。
 世間では、彼は恐るべき倒錯的殺人者と認知され、それと同時に今世紀最大のリアルミステリー創設者と呼んでいるようですが、そんなもの全く大嘘であると言わなければなりません。
 彼は、何もしていません。無実どころか、僕の描いたシナリオに対し、僕自身がうろたえるぐらいにそのまま動いてくれただけのマリオネットでした。
 彼の功績は、《ゴーストライター》と言うタイトルの陳腐なるミステリー小説を書き上げただけです。後は何も出来ずに何も気付けずに動いただけの無能なる管理人でしかありません。又、彼のトリックが素晴らしいと思えてしまうのは、ただ単に既に書き上げられた小説に沿って、人が不可思議な死に方をしただけの事です。そして、未だネットの犯罪には素人ばかりな無能なる日本警察がいるからこそ成り立った、奇跡的なる犯罪でしかありません。
 全てを動かしたのは、僕、荒木です。しかもそのトリックは、最初の殺人が起こった後に考え出した無計画なる穴だらけなミステリーでしかありません。従ってこの事件は何も凄くは無い。ただ、踊らされた人と、それを捜査した人と、その全てを鵜呑みにして凄いと勘違いしてしまった事件の聴衆客が愚かなだけの真実があるだけです。
 では、改めて全貌をお話ししましょう。

 まず最初に人の目が錯覚を起こしこの事件を特異に感じてしまったのは、僕と内藤氏を除く全ての管理人が、「MC参加者」としてのメンバーと、「MC管理者」としての存在とでは、全員性別がそっくり入れ替わってしまっていると言う所です。そう、男の書き手は女の管理人に。女の書き手は男の管理人として行動していると言う事です。
 全員が全員、書き手としての名前に酷似した管理者名を名乗っているにも関わらず、どう言う訳か全員が性別を変えている。僕はそれにどんな意味があるのかと思っていましたが、僕が内藤氏に誘われて管理者になりその意味が初めて判りました。管理者の方達全ては、先に参加者として存在した書き手としてのハンドルネームとその性別。そちらの方が嘘だったのです。
 例えば、管理者の中ではムードメイカー的な存在の七狼子さん。MCのメンバーであれば誰でもその正体を知っているであろう七対子さんです。彼女は書き手としてはいかにも女性らしい視点での恋愛物を得意としていました。ですがその実は、凄く柔和で穏やかな男性でした。そして彼は、書き手としては女性のままで、管理者としては男性としての記事を書きました。それによる効果は様々ですが、大抵はそれを見れば、七対子さんは女性であって、管理者の時だけは男性の振りをしているのだと感じた事でしょう。ですがそれは大間違いでした。内藤氏は何故か、性別を偽っている書き手ばかりを管理者として選び、誘いました。そしてそうやって集まった管理者達は、ようやく自分の素顔をそのままに発言出来る場所に辿り着きます。それこそが、MC管理者掲示板なのです。
 これが後に、そう言う悪戯心を盛り込んだ内藤氏の作品に影響が出て来る事になりますし、そして実在する事の無いもう一人の内藤氏の登場にて彼自身は狂います。これは単に、この物語を色付けるだけの奇話でしかありませんが、この前提があるからこそ捜査陣はこの人物トリックへと迫る事が難しかったのでしょう。お陰で、偶然やら計画的なるもう一つの人物トリックは、最後まで触れられる事無く過ぎました。奇妙ですが、私にとっては実に都合の良い事実でした。

 さてそれでは、起こった事件を裏の方から順番に追ってみましょう。
 まず最初にその舞台から姿を消したのは、パトス大尉さん。メンバー名は、エロス大佐。ネットの中に措いては少し強気なタイプの女性で、アダルト系恋愛ストーリー書きさんでした。
 まず、彼が消えました。それによって、《須藤加代子》と言う架空のキャラクターが管理するブログが宙に浮きました。そのキャラクターを操っていたのは誰かと言うのは後にして、これによって須藤加代子の主導権はMC管理者の方々から、謎の第三者へと移りました。そして、須藤加代子は独り歩きを始めます。そしてそれはとうとう、管理者の人達の遊びではなくなりました。
 次に消えたのは、平芳ケイさん。メンバー名は、平良原さんでした。書き手の場合はファンタジー系の恋愛ものを得意とする男性でしたが、実際は辛口で強気な作品評論をする、生真面目な女性でした。
 まずはここで、最初のトリックが起こります。彼女は、会社の飲み会の帰りに暴漢に襲われて致命傷を負います。未だ亡くなってはいませんが、意識が戻るのは絶望と言われています。
 ですが、ある意味彼女は全くの無傷なのです。本来は病院のベッドで寝ている筈なのに、実際の彼女は元気に動いて数々の犯行を繰り返します。
 まずはここで一つ、種明かしをしましょう。彼女こそがリアルに出現した須藤加代子であり、遊園地の廃墟で自決をした白いスーツの女性であり、そしてその実態は、管理者の平芳ケイ。MCメンバーの平良原さんなのです。そして、偶然ながらもこのトリックを作ってしまったのは他でもない、内藤氏なのです。
 もしも皆さんがMC管理者掲示板の過去ログを見る事が出来ましたら、是非に七狼子さんの意味深な発言を探してみて下さい。彼は掲示板にてこう指摘している筈です。過去に内藤氏が平芳ケイさんの宛名を間違えて書き送ってしまったと言う事を。
 内藤氏は、昔作ったMC同人誌をメンバーの皆さんに送る際、非常に些細ですがミスを犯しました。それは、宛て先の下に書いた、自身だけが判ればいい程度の走り書きなメンバー名。七狼子さんは、「宛て先の名前を間違えた」と書いていますが、実際はそれは正確ではない。実際に内藤氏が間違えたのは、そのメンバー名でした。内藤氏は、普段から仲が良くそして住所が非常に近い、BB令嬢と平芳ケイさんのハンドルネームを書き間違えて送ってしまった事に拠るのです。
 勿論それは実際の本名ではないし、大判の封筒の端に書かれたメモ書きである以上、郵便物としては全く問題は無い為に、普通に届きます。ですが彼女達は、内藤氏が二人の本名を取り違えている事に気付きました。勿論その間違いを指摘する必要性もありません。ネットの世界に措いてのリアルの本名など、全く意味もない名前でしかないからです。そんな間違いを指摘などしなくても、ネットでの付き合いには全く支障が無いからです。
 ですが、そんな些細なミスが綺麗に平芳ケイの存在を隠します。普段から仲の良いBB令嬢と平芳ケイは、家も近い事から当たり前のように連絡を取り合っていました。そしてBB令嬢は一ヶ月留守にすると言って実家へと帰り、帰って来たその晩に彼女は会社の同僚達と酒を飲み、その帰りに逢おうと連絡をして彼女を誘い出した平芳ケイは、問題の雑居ビルの裏手で犯行を起こします。ずっと嫉妬と恨みを隠し通し、そのキッカケを与えられるその瞬間まで我慢をしていた平芳ケイは、その場でBB令嬢を殴り倒します。
 本来ならば内藤氏の原稿の通りに、頭の原型が無くなるぐらいに鈍器で殴打する指令でしたが、やはりそれは古くからの友人でもあり、かつてはそれなりの情もあり、そして女性としての腕力の無さか、その一発は彼女の意識が永久になくなる程度のものでしかありませんでした。
 そして、BB令嬢の中身の女性は、ネットとリアルからその存在を消します。ですが、ネットとリアルの関連性を知る唯一の存在である内藤氏は、暴行を受けたその女性の名前を聞いて掲示板にこう書きます。二人の本名を取り違えたままに、第二の犠牲者は平芳ケイさんだったと。
 これで平芳ケイさんは、例えネットでの関係を探られたとしても疑いの掛かる事の無い位置へと移動出来ました。何しろ、その存在を知る内藤氏と原稿に挿入された犯行文によって、犠牲者は平芳ケイだと告げられてしまったからです。必然的に、彼女は透明人間へと変身出来たのです。

 後の犯行は、非常に楽でした。何しろ、疑いが掛かる事のない僕と、平芳ケイさん。この二人がいる以上、《須藤加代子》と言う架空のキャラクターが犯行に及んでいるように見せ掛けて、同時に複数の事をやってのける事が可能になったからです。
 それは、緋鎖君を殺す際に最大の効力を発揮しました。彼は僕達の口の中に飛び込む餌のようでありながら、その分僕達の懐に飛び込む剣客のようでもありました。僕はそれ以前に彼の姿を見た事はなかったのですが、ああしてリアルの彼を見て、僕は本当に用心をして本当に良かったと思いました。まさかあれ程までに上背高く、筋肉質な高校生だとは思ってもいなかったのです。MCの中で見る綺麗な絵を描く玖さんとはまるでイメージも出来ない程にいかつく、とても僕程度では襲ってなんとかなるようなタイプではなかったのです。
 そこで僕は咄嗟に計画を立てました。なるべく人通りが少ない埼玉の田舎の駅を待ち合わせに使ったのは幸いでしたが、あのままでは僕が掴み掛かっても倒せないと踏み、待ち合わせ場所にて彼の容姿を確認した後、平芳ケイを中継として彼の携帯へとメールをしました。待ち合わせ場所を変えてくれと。反対側の出口で待っていると。
 そこから先は賭けでした。僕の運が勝つか、彼の運が勝つか。僕は連絡通路を挟んだ階段の上の一角に姿を隠す。幸いにもそこは、かつての旧階段があったのでしょう。僕一人の姿が隠れるには最適な場所がありました。そして僕はそこで平芳ケイにメールを打つ。須藤加代子の振りをしながら、そこから私が見えないかと送ってくれと送信しました。そしてすぐにそのメールは転送されたのでしょう。彼はその文面通り、階段の上からあちこちを探します。そして彼が階段を降りかけた瞬間に、僕は背後から近付き全身で体当たりをしました。
 運は、僕に分があった様子です。彼は受け身も取れないままに階段を落ち、ほんの僅かな時間でその苦痛は終わったようです。
 更に運が良かったのは、僕の背後側、連絡通路側から人が来なかった事。そして彼が持つ携帯電話が、体当たりと同時に僕のすぐ傍に落ちた事です。彼の携帯電話がそこにあると、僕にはあまり都合は良くなかった。何しろ僕が送ったメールがそのままそこにある以上、どうしても犯行後にそれを回収する必要があったからです。
 ですが全ては僕の側に有利に働きました。僕はその携帯電話を拾って逃げる。後は平芳ケイにメールを送り、素早くMC原稿の中に犯行予告の一文を混ぜるだけです。そして、緋鎖君の犯行は終わりです。こうして、管理者達だけが知る緋鎖君と須藤加代子との逢瀬は、須藤加代子がそこにオンしているのが確認されながら行われた犯行へと見せる事に成功しました。勿論、僕がその直後に内藤氏に空のメールを緋鎖君の携帯電話から送信したのは、ただの演出と犯行文が載るまでのタイムラグの短縮です。それ以上の意味はありません。

 次は、BB令嬢の消失です。勿論、タネは判る事でしょう。なにしろ既に彼女は病院のベッドです。最初から彼女はいないのです。
 まず平芳ケイが、プロキシを入れた状態のパソコンで管理者掲示板にインします。そしてそのまま犯行予告をMC作品に挿入し、更にそのまま掲示板に何も書かないだけです。それで消失が成功するのです。これほど楽な事はありません。
 後は、ロムに徹した平芳ケイが僕に逐一報告をくれます。僕は、最後の締めの為に七狼子さんの自宅前で待機をしています。そして平芳ケイからの報告で二人がログアウトしたと言う知らせを聞き、僕は彼の家の玄関先に潜みます。後は彼が予告した通り、警察へと出向く為に外へと出て来るのを待つだけでした。
 僕はきっと、緋鎖君を殺害した事で気持ちにも余裕が出たのでしょう。待つ時間は気にならなかったし、彼が出て来た所を背後から襲って紐で扼殺した時も、以前よりも度胸が据わっていたように思います。そして僕はそのまま彼の死体を家の中へと戻し、風呂桶にそれを放り込んで水を貯めました。
 さて、恐らくは内藤氏は知らなかったでしょう事がここで起こります。何しろ内藤氏は七狼子さんが亡くなった事は、MC作品に犯行予告が載っている事を見て初めて知ったのだと思います。こればかりはリアルタイムにテレビで報道もされていません。何しろ七狼子さんの遺体が発見されたのは、事件の一週間後だったのですから。
 つまり内藤氏は、七狼子さんの死因も、BB令嬢の消失も、全く何も知らないままで須藤加代子の待つ廃屋へと誘われる訳です。
 もしも彼が二人の状況を知ったならば、少なからずその異常性を感じた事でしょう。何しろ片方は姿も見えないままに犯行予告をされていて、もう一人は冷凍庫の氷は元よりそこにあった冷凍食品からアイスクリームの類までもが放り込まれた風呂桶の中にいたのです。これは一体何を示す事かと言えば、僕はただ単に七狼子さんの死亡時刻をほんの少し曖昧にしたかっただけなのです。実際は一週間も経って発見された以上死亡時刻の特定は極めて困難だったのですが、僕はにはもっと早く発見されるであろう想像も予想していた。だからこその行動でした。
 そして、そんな不可解な行動が意味する事はただ一つ。僕はほんの少しだけ犯行時刻を狂わせるだけで良かった。つまり僕は、内藤氏には絶対に不可能とされる時刻を外す事だけが出来ればそれで良かったのです。可能かも知れない時間を作り出す事さえ出来ればそれで良かったのです。
 何故ならば、管理者のみならずメンバー達の住所と氏名を知っているのは、事実上内藤氏を除けば誰もいないから。ネット上での付き合いをリアルへと持ち込めるのは、内藤氏以外は誰もいなかったのですから。
 つまり僕は、「内藤氏にも可能」と言う殺人を作り出すだけで、後は何も考えなくて良かったのです。それに成功するだけで良かったのです。何しろこの世界には、小説へと登場するようなどんな犯罪も突き崩してしまうような探偵など存在していません。地味な努力で犯罪を突き詰める刑事もおりません。全く動機の判らない殺人を連続して起こし、それと同様な小説を書いている人間がネットの中の知り合いをその登場人物として殺して歩いていると言う設定をポンと与えるだけで、全ての人間は安心するのです。もうそれ以上の事実は必要無いのですよ。
 そしてそれは僕の読み通りでした。誰一人として内藤氏以外にも可能なのではとは考えませんでした。いえ、もしかしたらそう考えた刑事や、この事件を知ろうとして調べた第三者の方々の中には、そう言う疑問を持つ人もいたでしょう。だが決して、その全貌を掴みその結末を僕の計画まで辿り着かせるなど誰にも無理だった事でしょうし、例えそんな異論を唱えたとしても誰も耳など貸さなかった事でしょう。
 だって、そうじゃないですか。不可解で理由も見当たらない、そしてどこが接点になっているのかも判らない殺人事件が起こり、犯人は見付からない。そこへひょっこりと関連性が出て来て、全ては内藤氏の仕業と取れる証拠や想像に行き付く。それなら警察は何も困る事なく彼の犯行として断定するでしょうし、それをメディアで追い掛ける暇な人間達なんかもっと鈍感さは上でしょう。自分の書いた小説通りに意味もなく友人達を殺して回り、そして最後は自分自身すら小説の中の駒として自殺する狂人がいるのですよ。その筋書きに興味を持つのは当然で、それ以外の陳腐なる視点なんか提示されたってそんなの誰も見向きもしません。こう言う類の事件とは、真実よりも異常性の方が好まれるのですから。
 さて、最後の幕へと移る前に、どうしてもこれだけは先に述べておかなければなりません。それは、僕、「荒木」が、どうしてMC管理人の全てを殺してその全てを内藤氏にかぶせてしまったかと言う事です。
 僕は、内藤氏とは非常に仲が良かった人間だったと思います。そう、ネットではなくリアルの世界での事です。
 知り合ったのは、ネットの中のMCが最初です。僕は孤独に創作と趣味のブログをやっていましたが、偶然にもそれを内藤氏が見付け僕を誘って下さり、それからの付き合いとなりました。そして偶然にも彼とは家が非常に近く、電車も使わずに行き来出来るぐらいの距離と知った後には、同性と言う安心感もあって度々逢って話しをするぐらいになりました。その内僕は彼のアパートメントにも招待され、それからは良くお邪魔させてもらうようにもなりました。僕もまた内藤氏には信頼もあったし、会話もそこそこ弾むようになったと言う事もあり、いつしか僕は彼の部屋には入り浸りになっていた時期までがありました。そして彼もまた僕と言う人間を信頼してくれてたのでしょう。彼の苦手なパソコンのメンテナンスやトラブル処理。そんなプライバシーに関わるようなものまで僕に任せてくれてたのですから、それなりの信頼は勝ち得ていたのだと自負しています。
 ですがある日、僕にとってはそれまでの信頼関係が完全に崩れてしまうような事件が起きました。僕が彼の部屋へと遊びに行くと、彼は飲んだばかりの精神病の薬の効き目なのか、それとも一緒に飲んだであろうアルコールのせいか、半覚醒状態のような、俗な言い方で言えばラリっているかのような陽気さでベッドの上でへらへらとしていました。僕は大丈夫かと聞きましたが、彼はいつもよりも大きく陽気な声で、大丈夫だと返事をしました。
 その時、僕はやめておけば良かったのです。彼はまともじゃなかったと気付いていたなら、話すのをやめておけば良かったのです。
 しかし僕は言ってしまった。自分の閃いたアイディアの斬新さがあまりにも自分自身で気に入ってしまい、更にはその内容に興奮をしていたのでしょう。僕は半分寝ているような彼に向かってそのアイディアを話してしまった。僕の話はとりとめもなく、最初は漠然としただけのイメージが、聞いているのかいないのかと疑ってしまうような内藤氏がうんうんと頷いていてくれるだけで僕の想像はどんどん話と共に膨らみ、そしてそれはいつしか荒削りながらも完全に一本のストーリーとなってしまったのです。
 僕は彼に一通りの話をしてから家へと戻り、そのストーリーをもう一度検証しながらプロットへと変えて行きます。気に入らない部分はざっくりと削り、人が読んで退屈しないであろうスピード感を重視した話へと変えて行きます。そして僕のそんな地味なる努力は一週間にも及びました。これなら充分だと書き始められる所まで終わり、僕はその事を話そうとしばらく立ち寄っていない内藤氏の部屋へと出向きます。
 すると内藤氏は、パソコンのモニターに向かいながら、一心不乱に何かを書いています。僕は一体何を書いているのだと彼に聞くと、彼はただ、「天啓のように思い付いた話を書いている」と言う。僕はそれに興味を持つと、彼は照れたようにしながら僕にそのストーリーを語って聞かせてくれました。
 僕が初めて彼に憎しみを覚えたのは、その瞬間です。むしろ、憎しみと言うよりも殺意だったのではないかとすら思います。なにしろ、彼がパソコンに向かって一生懸命に書いているのは、僕が彼に語って聞かせたそのストーリーでした。僕が彼に話した、僕の考え付いたミステリー小説のアイディアでした。しかもそれを、彼は何の悪びれた素振りも見せずに、「閃いたのは天啓だ」と言って笑ったのです。更に彼はそんなショックを受けている僕に向かって、まるで追い討ちを駆けるかのようにして、「でも、あまり面白くもない話なんだけどね」と付け足しました。
 確かに彼の書いている話は面白くなかった。ただ単に、一緒にMCを管理している人達の名前を使った殺人事件。その小説の中で主人公の内藤氏は一本のミステリーを書き上げる。だが、そのストーリー通りに仲間が殺されて行くと言うだけの単調なるつまらないミステリー。僕が抱いた殺意は、ここにあるのです。
 僕が考え付いたストーリーは、三重に張られた描写のトリックでした。最初に一本の書き上がったミステリー小説があり、それに沿って殺される仲間の管理者達。だがそれすらもまだ小説の中の話であって、僕が書きたかったのはそんな二重の世界の連続殺人事件の外にいながら、その内容と同じように人を殺して行く、正体の見えないゴーストライターの話でした。それは仲間の誰かでありながら、誰もその正体を掴む事の出来ない人間であり、その小説の続きが書かれると人が死ぬ。そして結局最後は皆、その狂気と共に一人残らず殺されると言うそんなストーリーでした。
 だがそんな手の込んだトリックとストーリーを、内藤氏は愚弄した。三重に張った世界を彼は二重にまで落とし、僕があれだけ苦心して考え抜いた話を彼は呑気にも、「閃いた」と笑いながら適当に書いているだけだった。僕は、許せなかった。それは僕が貴方の寝ている時に、貴方に向かって語って聞かせた僕の話だと、食って掛かりたかった。
 でも結局、僕は彼に何も話さず帰りました。何故それを話さなかったかと言うと、僕自身が凄く哀れだったから。言えば彼は信じてくれたかも知れない。だがそれはただの希望的観測に過ぎず、もしかしたら一笑にふされて馬鹿にされたかも知れなかった可能性もあるからです。いえ、哀れはもっと他にもあります。僕は、自らが興奮して必死にて作り上げようとした原稿をあんな記憶すら曖昧な人間に汚されてしまった事。ちっとも話を面白く出来ない能力の無い男に、僕のアイディアを堂々と盗まれて蹴落とされた事。それがどれだけ哀れで悔しい事だったか、今これを読むあなた方には、同意や理解は可能でしょうか。
 僕と言う人間は、性格をわざと作ってこうしている以上その本性など誰も気付かないでしょう。実際には僕と言う人間は自分でも驚く程にプライドが高く、自信過剰で威圧的な人間なのです。普段は全くそんな素振りは見せませんが、ネットのように片側が閉じられている空間等の場合には、その本性も出て来ます。そんな人間が、一度汚された原稿を返してくれなんて言える筈もなく、例え返してもらっても僕がそれを一から書き始めるとも思えません。しかしただ奪われただけでは更に自尊心が傷付くし、相手を罵った所で得がある訳でも無い。しかし彼の事だけは決して許せるものではなかった。
 果たして内藤氏に対してはどんな仕打ちで仇を成そうと考えていた矢先でした。僕の目の前で、偶然たる幸福が降って湧いたような場面が繰り広げられました。
 僕はその目の前で起こった惨劇を見ながら、ふと思いました。何と簡単に人は死ぬのだろうと。そしてそれと同時に、奇妙なる興奮すら感じてしまいました。そうか、どうしようもないのに相手への恨みばかりあるのなら、殺してしまえばいいんだと。
 僕は、思いました。内藤こそは僕の中では最上級の罪人である以上、最高の絶望の中で殺すに相応しい相手だと。

 さて、平芳ケイさんは、実に気の毒な女性だと思いました。僕なんかに犯行の現場を見られ、それをネタに強請られて次から次へと犯行を犯したり、その幇助をしていたのですから。
 ですが、最後の内藤氏との接触は見事なものだと思いました。いくら最初からシナリオがあったとしても、あそこまでリアルに《須藤加代子》を演じ切る事が出来るとは、僕すらも予想しておりませんでした。脅迫と言えどもたかが携帯電話からのメールの指示だけで、あそこまで素晴らしい演技が出来る方だとは思ってもいませんでした。
 正直に言えば、僕はあのシーンぐらいは全部アドリブでも良かったとすら思っての接触の計画だったのです。どちらかが殺されるでも、両方死ぬでも良かった。もしくはそこで全ての計画が暴かれて、逆に僕が追い詰まるでも良かった。だが、皮肉な事に計画は僕が想像していた以上の効果を持って終了しました。平芳ケイは僕に見付かり発狂して自殺。内藤氏も平芳ケイの言葉に翻弄されて、いつのまにか小説と現実の世界の区別の曖昧さに大いなる疑問を持ったのでしょうか。最後は僕がアップしておいたMC原稿を読み、そして僕が忍び込んであらかじめ用意しておいた絞首刑用の仕掛けで命を絶った。
 これで、狂気なる連続殺人犯の二人は死んだのです。そしてその真実など目もくれない愚かな人間達の思考によって、僕の計画したエンターティナー的ミステリー事件の方へと目が向き、それが事実だとされて終了しました。
 ですが、僕は内藤氏の誇りに掛けて一つだけ言わせてもらいます。
 彼には、こんな犯行は無理です。こんな計画も、こんな殺人も無理です。彼はただ、人が語ったストーリーを夢うつつの中で聞いたままに、稚拙なる表現でそれを再現して行くぐらいしか脳の無い、「カボチャ」のような人間でしかなかったのです。世間は彼を持て囃し、恐るべき殺人者だとか、一種の美学を持った狂人だとか評していますが、実際はそうではない。どこかの局の女性レポーターがその近所の聞き込みから伝えた、彼は社交的で穏やかなとてもこんな事件を起こしそうにはない無害な人だったと言う表現のままな、無能なる人間でしかありません。
 それが証拠に、僕が勝手に彼のパソコンを操作して、各個人のデータや住所録、少しずつ書き進めている陳腐なる小説など、好きなように抜き取っていても全く気付かないぐらいの鈍感さ。そんな僕を、疑いもしない愚鈍さ。そんな人間性が、こんな大胆なる犯行など基本的に無理がある事を物語っています。
 つまり、彼は、「シロ」です。無実です。彼こそは、僕の仕返しの中で一番激しく踊ってくれただけの駒にしか過ぎず、僕と彼との間にある実力の差がここにあります。つまり彼は、僕から奪い取った小説が元は三重だったと言う事実に気付かないまま自分は二重のミステリーを書いた。もうそこで既に彼は、二重目に存在するミステリー小説の登場人物に成り下っていたのです。だからこそ彼は、僕の描いた三重トリックの中で息絶えました。気分が爽快な事、この上ない気持ち良さです。

 それでは最後に、少しだけ僕の事をお話ししましょう。
 僕、荒木には、もう一つの顔があります。一つはこの地味なハンドルネームである大学生の、「荒木」 そしてもう一つは、某ソフト会社から個人的に仕事を請け負っている、その筋では案外と有名なるプログラマーと言う肩書きな僕。
 そのもう一人の僕は、何を隠そう平芳ケイさんとは恋人同士でした。いえ、恋人と言うような対等な立場ではなかったかも知れません。僕にとっては、都合の良い時に僕に合わせて時間を取ってくれる、都合の良いだけの女でしかありませんでした。
 僕には、一卵性の双子の兄がおります。兄の家も、さほど離れてはいない八王子市にあります。兄と僕は小さい頃に別れた両親のお陰で、どちらも苗字が違います。そして僕は、いつも兄の名前を語って行動しています。何故なら、都合の良い女と付き合うには、そう言うワンクッションを置いておくのが一番楽な方法だからです。
 さて僕は、平芳ケイとの付き合いも同様に、兄の名にての交際をしておりました。時々彼女と逢う際も、兄の部屋を使わせてもらう事がありました。勿論兄は、僕には何の文句も言わずにその我が侭を聞き入れます。何しろ彼は、定職にも着かず親からの少ない仕送りだけで生活しなければならないニートである以上、僕からの資金援助は絶対的なる服従の為の契約みたいなものだったのですから。
 ある日、僕と平芳ケイは些細な事で口論となります。たかが、仲間であるBB令嬢と何度か寝た事があると言う事実を見付けただけで、ヒステリックに僕に非難をくれたからです。
 僕はそんな電話には取り合わず、兄の所に届く僕の郵便物を受け取りに、夜の街をそちらの方へと向かって歩いていました。そこで偶然にも、近道をしようとして横切った公園の中、一方的に非難を浴びせる平芳ケイと、僕そっくりな顔の兄が対峙しているのを発見します。平芳ケイは狂気染みた勢いで兄へと食って掛かり、兄は全く何の事かも判らないまま、いつもの人付き合いの下手さが滲み出るかのようなぶっきらぼうさで、「何の事だから判らない」と返答します。僕は、何て面白い光景だと笑いながら見ていたのですが、まさかそこで逆上した平芳ケイが、ナイフで兄を滅多刺しにするなどとは思いも寄りませんでした。
 ショッキングでした。僕の目の前で、僕そっくりな人間が、僕の女に刺し殺されているのですから。
 そして、それと同時にその光景は、僕のインスピレーションを掻き立てるのは最高のスパイスでした。その瞬間に、僕の脳は有り得ないぐらいの速さで走り出し、そしてこの事件の目撃を、全ての犯行の出発点にする事を決めたのです。
 彼女が立ち去った後、僕は兄の様子を見に行きました。しかし彼は虚ろな目で僕を見るだけで、完全に手遅れだと確信できました。
 これでこの世から、「織江新一」と言う名前の人間は、完全に消え去りました。そしてそれと同時に、その名前が繋がる、「パトス大尉」と言うハンドルネームの僕も消失したのです。
 僕は感動で打ち震えました。これほどの感激が、僕にも感じられるのだと驚きました。僕はそんな震える手で、すぐに平芳ケイへとメールを送ります。一部始終を見ていたぞと、死んだ織江新一の携帯電話を拾った、どこかの誰かの仕業のようにして。
 この瞬間、僕は名実共に、正真正銘の、「ゴーストライター」となれたのです。

 僕は昔から、「パトス大尉(エロス大佐)」と言う名前で内藤氏とは付き合いがありました。ですがそれとは又別に、「荒木」と名乗って別の創作活動をしていて、それを彼に見付かりMCへと参加したのは偶然です。彼に対して同じ人間だと名乗らなかったのは、僕的には完全に違う人間を演じるのだと言う意識と、名乗らなくても特に問題はないと言う意識からでした。でも流石に、二つの名前で同時に二つの原稿を毎月提出するのはかなり厳しい現実でしたが。
 そして、平芳ケイとBB令嬢の事は、痛ましい死だったと思います。二人の死や巻き込まれた事実は、僕と言う人間のせいだと言う自覚はあります。申し訳無い事でした。
 ですが、僕が哀しいのは、やはりこの世には小説に登場するような天才無比なる探偵の存在などいないと言う事実です。日本の警察は相変わらず事務的で、犯人であろうと言う人物が発見されて、その人物は何も否定しない……そう、既に死体であった場合など、それ以上の追求はしないと言う事実にです。
 果たしてこの日本に、死んだ「織江新一」と言う人間がネットではどんなサイトを開いていて、そこに書かれている記事と、僕の兄である「織江新一」とのギャップがどれ程のものか等、誰か気にした者はいたのでしょうか。携帯電話の存在どころか、パソコンも無い兄の部屋を警察に見られ僕は相当慌ててはいたのですが、どうやら全ては杞憂だった様子です。僕はどこかこの全ての矛盾を指摘して、真の犯人である僕を逮捕しに来る事を夢想していたのですが、全ては希望でしかなかったようです。犯行は、偶然と大胆さによっては完全なる事実の摩り替えに成り得ると言う事を知りました。リアルの人間とは、案外に盲目なるものだと言う事を改めて知りました。

 さて、僕はここに僕の知る一部始終を載せました。中には、まだ語られていない謎の部分を指摘する方もおりますでしょうが、僕達の表と裏の相関図を考えれば、残りの全ては自然に解ける筈です。
 それでは最後になりますが、僕の敬愛するアガサ女史の最高傑作小説になぞらえて、僕はこの事件の全てを小さな硝子の小瓶に詰めて海へと流しましょう。
 これは、ゲームです。僕自身の運命すらも賭けたゲームです。この小瓶が誰かの手に届き、そしてその全貌を知った人がマスメディアへと訴え出て事実の全てをひっくり返すか。それともこの小瓶は誰の手元にも届かず、最後まであの愚鈍なる内藤氏の栄光で幕を閉じるか。
 これは、僕と彼との最後のゲーム。僕のオッズは低いけれども、これに賭けない手は無い。僕は今、この全てをメールに載せて、ネットワークと言う電子の海へと流します。良い世の中ですね。この広い海を見渡せば、時間も場所もランダムにメールが届くボトルメールなるものまでもが存在するのですから。
 これが届くのは、明日かも知れない。もしかしたら二十年後かも知れない。そして誰へと届くか判らない。もしかしたら誰かの迷惑メールのフォルダの中へと紛れ込み、そのまま消えてしまうメールなのかも知れない。
 ですが僕は、このメールに僕の残りの希望を託します。全ての読者を欺いた、本物のゴーストライターはここにいます。
 小説通り、残った最後の一人も今この世から消えますが、これは僕にとっての逃避でもなければ責任逃れでもありません。言うなれば、完全を望んだ結果だとでもなりますでしょうか。
 これにて、《MysteryCircle》と言う創作サイトの管理者は全て消えますが、きっと大丈夫でしょう。僕が検討を付けて送ったIDとパスワードがある限り、きっと誰かが存続させる事でしょう。

 僕の愛した、《MysteryCircle》とそのメンバーの方々に。
 そして、めでたく迎えた記念日に、感謝とお礼を。亡くなった管理者達の想いを乗せて。

 ――ようこそ。我々の、MC三周年記念の宴へ。



 2008.4.27 MC管理者 荒木光二




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