Mystery Circle 作品置き場

なずな

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nightstalker

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Last update 2008年07月06日

笑うソーセージ  著者:なずな


「魚肉ソーセージの値札じゃない、これ」
拭いてもすっきり曇りの取れない陳列棚の隅に、小さなシールが貼り付いていた。
最近付いたものだろうか、すっと簡単に剥がれたシールを顔の高さまで持ち上げて、しげしげと見ながら理子は呟いた。
「何だって?」
レジ台で新聞を広げていたハルさんが ずらした老眼鏡越しに見る。
「値札シール。ばあちゃん こんな所に付いてるよ」
「ああ そんな所に付いてたか。一枚足りないと思ったんだよね、個数分だけシール作ったのにさ。」
コンコンと背中を孫の手で叩きながら、ハルさんはそう言うと、もっと大事な事を忘れてたという顔をして振り返り、店の隅にある小型TVのスイッチを付けた。
聞きなれた推理ドラマのシリーズのオープニング曲が流れる。再放送だけど、ハルさんはいつも始めて観るような様子だ。
「新聞のTV欄にさ、3番目に名前が出てる人、ほれ、ここ、この人がが犯人なんだよね、大抵」
「解ってたら 面白くないじゃん」
「馬鹿だねぇ。その推理が当たるかどうかが見ものってもんじゃないか」
ハルさんの言うことはよく解らない。

客は来ないし、特にすることもなくなったので、結局理子も一緒にTVを観る。
得々として繰り広げるハルさんの的を得ない推理や、そりゃ、作り手の意図ではないだろうという俳優の小さな仕草や小道具の配置など
を挙げての「怪しさ」の指摘は 聞いているだけでも、結構面白かった。


 *


理子の祖母ハルさんは、昔ながらの商店街の中で小さな食料品店をやっている。
駅前に大手のスーパーが進出し客足はさっぱりだから もう店を閉めてもいいんじゃない?と言っても、
ハルさんは頑固にこの店を続けている。言っても聞かないんだから、倒れるまで放っておけ、と理子の母は言う。
この頑固ばあさんと理子は結構気が合って、時々覗きに来ては店番を手伝い、そのまま泊まることも多かった。
冷蔵棚も古臭いし、品揃えもばらばら。レジときたら骨董品のようなもの。
ショーウィンドウや飾りだなくらいは自分ののセンスで変えてみたいと思うのだけれど、
ハルさんが自分の店に口を出されるのが一番嫌いなのが解っているので 理子も軽く埃を拭くくらいしかしたことがなかった。
暇な店番をしながら壁の広告ポスターをぼんやり眺め、鑑定に出したら「お宝」ものかもしれないなぁ、と思う。

小さいシールに数字の回転印で判子を押した手作りの値札は、ハルさんがいちいち商品に貼り付けている。
レジを打つたびに剥がせるものなら剥がして回収するというとんでもない店だ。
(もちろんその値札は使い回す)
今日珍しいな、と思ったのは、超のつくような旧式のレジスターが、少し進化したタイプ(それですら時代遅れには違いないのだが)に代わっていたこと。
「何だ、レジ替えたの?」
理子が言うと、ハルさんはニヤリと笑って
「あたしと同じで年寄りだったからね、どうにもこうにも言うことを聞かなくなっちまってさ、
古くてもいいから安いの持って来いっつったら これもって来た」
レジのメンテナンスをやってくれるのは昔馴染みの会社だが、今度の営業の若い男子社員はハルさんの時間つぶしの絶好の相手で、
たまに理子がやってくる時も、ハルさんの愚痴や昔話にいつも不器用な相槌を打っている。
「最近のは、バーコードでピピッってやるんだよ。おつりなんかも勝手にじゃラジャラって出て来るんだよ。
つり銭間違いがなくていいし、どうせなら そういうのにすりゃ良かったのに」
理子が言うと、ハルさんはケケッと笑って、
「繁盛しないこんなばあさんの店にそんなハイカラなもん置いたってさ・・アンタももう店閉めろとか言ったくせに」
「まぁ、そうなんだけど」
新しいのか古いのかよく解らないそのレジを眺めていると
「でもさ、これ、よく出来てるんだよ。ほら例えばさ・・・」
ハルさんは、新しいオモチャを自慢する子どもみたいに、そのレジについて述べ出した。
レシートに品物の値段だけでなく、設定済みの商品名が打ち込まれるらしい。
「商品管理に最適、なんちってさ、店は売れ筋の把握と計画的な仕入れだよ。商売はアタマを使わなきゃねぇ」
「それ、あのレジ屋の兄ちゃんの受け売り?」
理子が聞くと、ハルさんはカカカと笑って、ほれ、食べな、と冷蔵棚から魚肉ソーセージを一本、理子に差し出した。
「小さい頃から、あんたはこれが好きだったねぇ」
「おやつって言ってもこれしか食べさせてくれなかったの ばあちゃんじゃない」
「魚肉ソーセージを馬鹿にすんじゃないよ、なんなら今日のおかずは魚肉ソーセージ料理のフルコースにしてやろうか?」
「結構です。」
ハルさんは腰に手を当てもう一度 カカカと笑った。そしてちょっと勿体つけて理子に言う。
「茶箪笥の中にある頂き物のお菓子、開けていいよ。取ってあるんだ、あんたが喜ぶだろうと思ってさ」
「何でも取っておかなくていいよぉ。いつ来るか解らないんだし」
理子はそういいながら茶の間に上がり、言われた通りに茶箪笥を開けた。
観光名所の絵のついた包装紙そのまま、いくつもの食品らしき箱が積まれ、他にもお中元 お歳暮のおすそ分けらしきもの
商店街の福引の景品、粗品類が目の前にぎっちりと並んでいた。
「ばあちゃん、消費期限って・・・知ってるよね?」
箱の裏をひっくり返して見ながら、理子は ふぅとため息をつく。


 *

レジを打ちかけて、理子の手が止まる。
いつもの品揃えでは見かけない 贈答用のような高級ハムの塊に付いていたのは「魚肉ソーセージの値段」シールだ。
中年の女の客は 迷う風もなくレジの台にスッと差し出した。
このあたりではあまり見かけない、一見高級住宅街の奥様風情。淡い色のニットのアンサンブルにブランド風の柄物のスカーフ。
全てがまがい物くさいのは品のいいとは言い難い化粧のせいかもしれない。何だかひとを見下したような視線がちょっとカンに触る。
その買い物がハム一品だというのも変な感じだ。

「あー、すみません、これはですね」
貼り間違えにしても、この値段じゃ客だって間違いだと気づくだろ、理子があからさまに嫌な声出して値札違いを説明しかけると、
「ああ、値札間違ってましたか、どうもすみませんねぇ」
ハルさんが続きの茶の間から つっかけ履くのももどかしげに パタパタと飛び出してきた。
年寄りのくせにこういう動きがすばやい。
女はツンとした表情を変えずに理子とハルさんの顔を見比べ、文句でも言いたげに口を開いた。
「うっかりして 貼りまちがえることがたまにあるんですよ。これだから年取るのは嫌だねぇ。
ええ、ええ。もちろんこちら側の失敗ですから そのお値段にさせて頂きます」
営業用のスマイルを顔いっぱいに広げ、ハルさんはハムを女の手から奪うように取り上げ
値札シールを手馴れた手つきでぺっと剥がすと、自慢のレジスターをガチャンガチャンいわせて、
「魚肉ソーセージ 一点」を打ち込んだ。
あっけにとられて見ている理子を肘で押しやりながら、ハルさんはいつになく愛想のいい声で
「ありがとうございました、また宜しくお願いしますねぇ」
と更に腰を曲げてお辞儀し、ご丁寧にもスタスタと引き戸の前にまで行って、女を送り出した。


「一体どういうこと?」
理子が聞くと、ハルさんはは女が行ってしまったことを確認してから、神妙な声で言った。
「あの女、値札付け替えの常習犯だよ、いつもは駅前のスーパーの夕方の値引きシールを勝手に剥がして貼り変えるんだ」
「へぇ、スーパーの人、知ってるの?有名なの?」
「知ってるさぁ。勇気あるお客がね、この間も見かねて注意したんだけどもさ。
逆切れされてそりゃあ怖かったらしいよ」
「逆切れって・・」
「店長呼べ、訴える、名誉毀損だって、もう大騒ぎ。棚は壊すわ、店員突き飛ばすわ」
「でも警察来たら、不利なんじゃないの、あの人」
「だろうね、立場が悪くなってきたら、このへんで許しといてやるとか言って、そそくさ逃げるんだ、いつも」
「また、どっかの新喜劇のような」
「面の皮の厚い女だよ、全く反省の色もないし」
「で、調子乗っちゃってここみたいなセコい店にまで来るんだ?」
「セコくて悪かったね。たまに来るよ。魚肉ソーセージまとめて買って行ったことがある、その時なんか本数誤魔化そうとしたんだよ
万引きさえしなきゃいいとでも思ってんだろうかね」
ハルさんはふんっと鼻の穴を膨らませて理子に言い返し、
「あきれたねぇ、今度はその魚肉ソーセージの値札だよ、全く・・」
「本当に貼り間違えじゃなかったの?」
「ちゃんと数えたさ、今回は間違いない」
「じゃ、売ることなんかなかったのに」
「いいんだよ、その内痛い目見るのはあの女だよ。お天道様は正直者の味方でござるっつうもんだ」
ハルさんは横目で理子を見て、ニヤリと笑った。


 *

商店街の中で長年開業している「ヤブ医者」がやって来て ハルさんと座り込んで長話をしている。
どうやら昨夜 痛む腹を抱えて駆け込んだ女がいたらしい。
ヤブだけど気だけはいいんだ、とハルさん太鼓判の老先生は 夜間子どもの発熱とかで駆け込んでも、嫌な顔一つせず、寝巻き姿で診察してくれる。
理子も小さい頃何度もハルさんに連れられて診察してもらったのを覚えている。
店番をしながら茶の間の方に二人の声に聞き耳を立て、どんな女だったのか理子は想像を膨らます。



昨日店を閉めた後、巻き取ったレジの記録紙を帳面に貼り付けながら、
「今日の売り上げ記録、○時○分、『ギョニクソーセージ ○○円』」
大した品数も記録されてない細長い紙を 歌みたいに節付けて ハルさんは大声で読み上げた。 
「あの女が買ったのは、高級ハムの塊じゃなく 魚肉ソーセージだっていう これは揺ぎ無い証拠だねぇ」
鼻歌まじりのハルさんは機嫌のいいことこの上ない。


ヤブ先生とハルさんの会話を漏れ聞く内に解ったことだが、スーパーで女に逆切れされた「勇気ある客」というのはどうもハルさんだったらしい。
点けっぱなしのTVでは 推理ドラマの再放送が流れている。丁度、素人探偵が名推理で犯人を名指しするシーンだ。
「あの女の腹痛の原因はですね・・」
探偵の口の動きに合わせ、理子は目を細め人差し指を左右に振りながら 小さな声で言ってみる。
「大変申し上げにくいのですが身近な人間の犯行ですな」
同じ言葉を画面に合わせて 理子は口にした時、茶の間からハルさんの高らかな笑い声が聞こえた。
一旦俯いて肩を落とした画面上の「犯人」は全てを認めた上、クックッと笑い出す。
TV欄で4番目に名前が載ってた俳優だった。




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