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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:松永 夏馬


 そうして話をしてみると、彼女の美しさは一段と風情を増してくるのであった。

「えーと。要は素行調査ってことでいいんですね」
 彼女は妖艶に微笑んでみせると頷いた。ああ、美人だ。何をやっても美人だ。年齢は私よりもよっぽど上なのに女としての魅力を十ニ分に漂わせている。見のこなしもしゃべりかたも、観客を常に意識している女優のようだ。近代的なビル郡の隙間に建つ古ぼけたビルの地下1階。そんな場末の住居兼探偵事務所に来る客にしては場違い感甚だしい。

 それにしても不思議な依頼がきたものだ。『自分の素行調査をしろ』だなんて。
 正直彼女、酒井奈々穂が私の事務所に来てこの話を持ちかけたとき、意味がわからなかった。自分を尾行して欲しい、と言われてもな。
 たまたまここ数年ロクな依頼が無くて困っていた私には選択する自由なんてなかったわけで、即飛びついてしまったわけだが未だに理由は教えてくれない。

 社長婦人であり専業主婦とは名ばかりのセレブ生活をしている彼女の気まぐれ、もしくはお金をかけたただのお遊び、と言ってしまえばそれまでなのだが、それにしても何もしないのだ。普通に買い物へと出かけ、カルチャースクールのようなサークルに出かけ、友達とランチへと出かける。ただそれだけである。おまけに起床・就寝さらには外出の際には私の携帯電話に連絡をくれるありがたいオプションまで付いているのだ。
 尾行の2日目まではさすがに私もその不思議な依頼に不安で、徹夜で家を見張っていた。別事務所から借りた派遣のスタッフと交代して仮眠を取っていたら、電話で優しく怒られた。『夜出かけるようなことがあれば呼ぶから貴方一人でやりなさい』と。

 ということで、尾行される対象者が「出かけます」と連絡をくれるとても気楽な尾行を続けているわけだ。これ、何がラクだって、まず尾行者が逃げない。本人が知っているのだから気付かれて逃げられるなんてことはありえないわけで、普通の尾行と違って神経張りつめる必要がない。
 彼女の行く先をチェックし、出会った相手を記録する。写真も定期的に撮っておく。すべて彼女の仰せのまま。なにも隠し撮りまでしなくてもいいのにとは思うが、従っていればお金になるのだから従うまでである。

 しかし、だ。頭を使わない単調な仕事を続けているというのもつまらない。 明日で約束の一週間になる。これですでに貰っている前金に加え成功報酬までもらえるんだから、深くは詮索しないほうがいいだろう。しかし、私の知的好奇心は思いきり鎌首をもたげて頭の中を這いずり回っているような状態だ。さて、困った。気になる。彼女は何故こんな依頼をしているのだ。

 というわけで、このままただボーっと尾行をしているだけでは脳みそが腐りそうなので、少しは頭を働かせながら仕事をしよう。

 まず考えられるのは……自分の素行がよろしいということを誰かに示す為、といのはどうだろう。たとえば夫が妻の浮気を懸念しているので、その潔白を晴らす為(実際にしているかどうかは別として)であるとか。
 いや、それはおかしい。夫が妻の、もしくは妻が夫の素行調査をするのならわかるが、結果だけを見せて納得してしまうような相手ならばわざわざ一週間も実際に調査する必要はない。だいたいが費用さえ払ってくれれば調査書類の一枚や二枚捏造するってもんだ。
 続いて第二案……ストーカーに付き纏わられているのでボディガードの代わり。
 ……コレもナイな。それならそういう依頼内容でいいじゃないか。ただ用心棒でも雇えばいい。それこそ場末の貧相な貧乏探偵(自分で言ってて悲しくなるな)に頼む必要がない。
 そうなのだ。繰り返すようだが私ははっきり言って売れていない。事務所だって一人で事務もお茶汲みも兼ねているそんなチンピラ探偵に、何故こんなセレブな社長婦人が依頼に現れるのだ。それが不可解だ。

 あ。

 と、思いついて苦笑する。
 ミステリの読みすぎか、ちょっと妄想気味な第三案。アリバイ確保の為。貧乏なチンピラ探偵にアリバイを作らせてなんらかの犯罪、たとえば夫の殺害を……。言ってて馬鹿らしい。双子でもない限り彼女が別の誰かと入れ替わっているなんて考えられない。マスクやサングラスだってしていない。断言する、彼女のアリバイはある。アリバイがある以上犯罪を犯す為の偽アリバイ作りではない。当然だ。

 結局、浮気相手が現れることもなく、ストーカーが現れることもなく、旦那が殺されることももちろんなく、契約通りの仕事は幕を下ろした。帰りに彼女の家に寄り成功報酬を受け取り、彼女に別れを告げて踵を返す。やっぱり魅力的な笑顔で私に会釈すると、なんの未練もない様子で屋敷へと消えていった。

 なんだったんだろうな、と思いつつも懐の封筒の厚みを確認して笑みをこぼす。これで滞納していた家賃も払えるし、車のローンも払える。明日はちょっと奮発して寿司でも食いに行こう。

 帰り道やけにパトカー、消防車、救急車が追い越して行く。ふと気付いて見上げたその先には、黒煙を上げ隣のビル二つを巻きこんで斜めに倒れこむ古ビルの姿。
 野次馬を押し留める警官を有無を言わさぬ力で引っ張り何があったのか訊ねてみると「1時間程前にビルの地下で大きな爆発があった」というのだ。……地下にあるのは私の住居兼事務所だけだ。爆発するものなんてコンロのガスくらいなもので、料理なんてロクにしないから常に元栓だって閉まっているはずなのに。
「爆発物の疑い」
「過激派」
「無差別テロではないか」
 そんな声も聞こえてくる。
 私はくらくらと倒れそうになるのを堪えつつ、野次馬から抜け出た。ドイルの「赤毛連盟」を思い出した。彼女がまさかな。

 さすがにこの爆破事件の補償うんぬんなんて言われないとは思うが、新しい事務所を探す必要があるだろう。もらった報酬だけじゃ到底足りる金額じゃないな。

 まぁ、なんにせよこういう星の元に生まれたわけだ。

 結局。

 私は貧乏だった。





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