Mystery Circle 作品置き場

シーメル

最終更新:

nightstalker

- view
メンバー限定 登録/ログイン
Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:シーメル


涙はあとからあとからと、ふくれあがってきては、止めどもなく流れるのだ。
たまねぎを炒める事がこんなにも苦しい事だとは。
そして水中眼鏡をしても涙が出てくる事を今日初めて知った。
美味しいカレーを食べる。
たまねぎをキツネ色に炒めあげるのだ。
私の悩ましい欲望は、油を注がれたように、恐ろしい勢いで燃え上がったのである。

冗談です(クスクス
以下本物w

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


涙はあとからあとからと、ふくれあがってきては、止めどもなく流れるのだ。

これが『死』というものかと、眼前の生き物を見て私は思う。
愛して繋がったものとその分かれた血達が、動かなくなった抜け殻に哀悼の意を示している。

黒い帳簿に必要事項を記載して、私はそれを胸元に仕舞い込んだ。
後で上司に決定印を押してもらう必要がある。
肩に立て掛けていた獲物を軽く持ち直して、私は右手を前に差し出した。

「見えますか。あなたの為に泣いているようですよ」

中身が空洞になった硝子玉に、私はささやきかける。
何もなかったはずの空間に、青い光が静かに点滅した。
応えてくれているらしい。
『こちら側』の人間が『魂』と呼ぶものを回収する、それが私の仕事だ。
回収された魂は、再度振るいにかけられ…その先は詳しくは知らない。
『終わり』を迎えるもの、再びこの『試し場』に来るもの、それこそ先に控えた道は数知れないらしい。
しかし、先がある。
終わりがある故に。
私たちには、上から時間と場所だけが通達される。
つまり、その時間に『魂』が『こちら側』での役目を一度終えるのだ。
しかし『魂』は回収し損ねると『こちら側』に根付いてしまう。
そして事故というものは起こりうるもので、通達されたもの以外の異常事態も必ず起こってしまう。
自殺した女子高生。
車にはねられたサラリーマン。
彼らは当然のことだが、私たちすら想定外の『死』。
こういった場合、回収が間に合わない場合がある。
そして根付いた『魂』は、至極引き剥がしにくい。
『悪霊』『怨霊』などと言われ、『試し場』に悪影響を与える存在にもなりうる。
故に私たちは迅速な回収を心がけている。

そんな私が、『抜け殻』でしかないものを囲んで涙するこの儀式にまで残っている必要はなかった。
他の役人も、仕事を終えた後はおおよそのものがすぐに『あちら側』へ帰る。
私が今ここにいるのは一種の趣味といったものだ。
こうして『死』というものに向き合ってみる。
そうすればそれが実感できるのではないかと思って。

時に思う。
『こちら側』に根付き、行く先も終わることもなくしたもの。
『死』を知らない、今をのみ生きるもの。
この二つに一体どんな違いがあると言うのか。

くだらない悩みだと友人には笑われた。
我々は使命をのみ全うすればよいと上司には諭された。

しかしこうして、どこか今と違う場所へ向かおうとする『魂』を目の当たりにすると、自分の中に抑えがたい感情が溢れてくるのを感じる。
『死』を迎える事を『試し場』のものたちは苦しみと考えている。
では、『死』すら迎えられない自分は喜びに溢れているというのか?

「いや、私のどこが幸せだというのだ」

多くの『死』というものを羨望の眼差しで見つめ続けてきた私は、それが決して自分の手に入らないものだという事もわかってしまった。
それは絶望という形で私の心を覆い、一つの結論を私に与えた。
手に入らないのならば望むまい。
しかし私が手に入らないものを与えもしまい。

右手をくるりと返す。
当然抱えられた硝子玉は地面へと落ちていき、砕け散った。
生み落とされた種子の如く、『魂』はこの地に根付くだろう。
そして終わりを迎えることのない今を与えられる。
私のように。

禁忌とされていた。
回収され得る『魂』を取りこぼすな。
自ら捨てることなどは考えられもしていなかっただろうが。
私は禁忌を犯す。
私と同じものがこれから生まれると考えると、何ともいえない恍惚感が生まれた。
あぁ、これが幸せというものか。

握られた大鎌は、『そいつ』の妻というものにピタリと当てた。
仲間を増やそう。
今を生きる仲間を。

私の悩ましい欲望は、油を注がれたように、恐ろしい勢いで燃え上がったのである。





コメント

名前:
コメント:
目安箱バナー