Mystery Circle 作品置き場

癒月ハルナ

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nightstalker

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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:癒月ハルナ


「この建物が本来的にラヴホテルではなくても、誰かがそういう目的で勝手に使用している、というのはあり得ることじゃないかと思って」

宇田川美朔はそう呟くと、柳眉を寄せて微かに眉間に皺を寄せた。

世間で言う所の警察なんてものを生業としている俺と宇田川は今、今回のヤマ…最近横行している麻薬取引の現場と思しきその少し寂れたホテルの前に立っている。
このホテルから何らかの証拠を掴む為に出向いて来たのだが、現場に着くや否や忌々しげに眉を顰めて双眸を軽蔑するかの如く細めた宇田川に如何したんだと問いかければ、先程の返事が返ってきたというわけだ。
確かに宇田川の言う様に、煤けた目の前のホテルは何時の時代の流行だと言いたくなる様な趣味の悪いピンク色をしていて、表向きには一般の宿泊ホテルと銘打ってはいるものの、如何にもな下品な雰囲気が漂っていた。

「まあ…そう文句を垂れるな。さっさと終わらせて帰るぞ」

「分かってますよ。…そう簡単に確たる証拠が見つかればいいけど」

宇田川は溜息を吐き出すと、ホテルの硝子扉を開いて中に入って行く俺の後に続いた。

捜査の為に今日は休業させているので、中はがらんどうで閑散としている。
少し埃っぽい、薄汚い店内の壁は其処等中に黒いシミが付着していた。
俺と宇田川の跫だけが広い店内に虚しく響き渡る。

「外装も去る事乍ら…内装も又汚いですね。ちゃんと掃除してるのかしら」

「利用客も殆ど居ないらしいからな…する必要も無いんじゃねえのか?」

それにしたって限度ってものがある。背後で相変わらずブツブツとそう嘯く部下に苦笑を漏らしつつ、エレベーターのボタンを押した。
この宇田川美朔という女は、若くして腕利きの女刑事で上からも期待されているのだが、完璧主義で妥協をしない彼女は中々に手厳しく、周囲にも自分と同じ成果を求めてしまう為、本部でも扱い辛い女として皆取っ付き難そうにしている。
…黙ってりゃあ美人なんだがなぁ。そんな事を胸中零している内に、エレベーターは目的の階へと着き、小さな電子音が到着の合図を送った。
相変わらずがらんどうとしていて、ロビーよりも幾分散らかっている感じだ。何処と無く黴と埃の混じった様な空気が鼻腔を擽る。

「こんなとこに泊まる人の気が知れないわ」

宇田川はそうぼやき乍ら彼方此方に塵の散らばっている廊下を見回した。
『404号室』と辛うじて読み取る事の出来る金色の表示の付いた目的の部屋を見つけてドアを開くと、ギィィ…と古さと年期を物語る様な音を立てて俺達を招き入れた。

「うわあ…」

どちらからとも無く、思わず不快感を顕著に表した呻きを上げて渋々部屋に入室する。

歩く度に、足元の床がミシミシと厭な音を立てた。
部屋の中もやっぱり埃っぽくて、壁の隅等に蜘蛛の巣が己の縄張りを誇張するかの如く張り巡らされている。
床の上は薄く埃が盛っていて、本来はベージュ色をしている筈の床がくすんだ灰色に見えた。

「汚い部屋…」

宇田川は再び眉を顰めて、ハンカチを口に当て乍ら部屋の中を観察して回った。

「おい、宇田川、ちゃんと手袋を――」

「言われなくても分かってますよ。現場の物を触る時は必ず手袋を嵌めろ、でしょう?」

「…分かればいんだよ」

「私だってそろそろ入社して一年になるんですよ?其れ位の事は心得てます。全く…丞ヶ崎先輩てば妙に神経質なんだから」

「五月蝿いほっとけ。無駄口叩いてる暇あったらさっさと仕事しろ」

宇田川の言葉に苦笑しつつ、俺はコートのポケットから手袋を取り出し両手に嵌めた。

部屋の中は意外と殺風景で、必要最低限の物しか置かれていない。テーブルに椅子が二つ、埃塗れのベッドが二つ、硝子の割れたテレビが一つにコンセントの抜けた小さな冷蔵庫が一つ。
長い間使われていないと見受けられるこの部屋だが、にも関わらず埃塗れのベッドとは裏腹に余り埃の付いていないテーブルを見るに、矢張り近い内に誰かが使用したというのは間違いないだろう。
だが、之だけでは未だ足りない。奴等が此処でヤクの取引をしたと云う十分な確たる証拠を得なければ…。
捕らえた容疑者の一人は、このホテルの近辺をラリった状態で数件先のコンビニを急襲していた処を見つけた。何処でヤクの取引をしたのか、他の面子は誰なのか等は一切口を割らなかったが、此処のホテルにそいつが数人の男達と入って行く目撃証言も取れているし、何よりもそいつが警察に身柄を確保される当時ヤクでラリっていたとなれば、数時間以内にヤクを遣ったという事になるので、このホテル内に何らかの証拠が残っている可能性が高いのだ。何処かに…何処かに必ず何か残っている筈なんだ。

「先輩、ちょっと…」

俺が彼是と逡巡していると、トイレを調べていた宇田川が、如何いうわけかトイレットペーパーを片手に此方に遣って来た。

「さっき、そこで見つけたんだけど、トイレットペーパーで……」





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