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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:絵空ひろ


「問題は冷蔵庫ね」
彼女は、困ったように小さなため息をついた。
そう言われて指折り数えると、もう6年も使っている。
小さい冷蔵庫だけれど、僕と彼女の二人暮しにはこれで充分。ほんの少しグレーがかったピンクは彼女のお気に入りで、カントリー調でまとめられたカップボードや木製のカラトリーとよく似合っている。
「ねぇ!いよいよ今夜がハロウィンだよ!」
彼女がキッチンから嬉しそうに声をかけてきた。
昨日からの様子を見ていると、どうも彼女にとってハロウィンとは、万聖節の前夜祭ではなく、ただのお菓子食べ放題祭りのようである。

「えっと、作ったのはミルフィーユに、秋だからモンブラン、ミルクプリン シフォンケーキ、くるみのポンデケージョと抹茶クッキー、パウンドケーキとスコーンとチョコブレッドとシュークリームと杏仁豆腐と栗ようかん・・・。で、今、メインのパンプキンパイが出来たんだけど、冷蔵庫に入らないの!夜まで外に置いてて大丈夫かな?」
甘いものが苦手な僕は、聞いているだけで胸焼けがして胃をおさえた。

二日前、飼い猫のモモが死んだ。冷蔵庫を買った同じ日にうちにやってきて、6年間を共に過ごした。
僕は庭にモモのお墓を作った。彼女は一滴も涙を流さず、えさ皿やモモのお気に入りだったクッションをさっさとダンボールにしまい込み、まるで、最初からモモがいなかったかのように綺麗に部屋を片付けた。
僕らの部屋からモモの匂いは消えてしまった。
それから彼女は、何も言わずお菓子を作りつづけた。
夜明けから真夜中まで、機械のようにひとつ作って冷蔵庫に入れて、ひとつ完成させては冷蔵庫に入れて、そうして迎えた二回目の朝、とうとうお菓子は冷蔵庫に入りきれないほどの量になった。

「さて、ではカンパーイ!」
夜が来て、彼女は嬉しそうに紅茶を飲んだ。テーブルに所狭しと並んだお菓子たち。
これが今日の夕食だ。
僕は抹茶とクッキーが大嫌いだ。だから抹茶クッキーだけは死んでも食べられない。
そう彼女に伝えると、一番甘くなさそうなポンデケージョを口にほおりこんだ。

「Trick or treat?」
突然、開いた窓から風にのって、今日の夜にとてもピッタリな言葉が聞こえてきた。
振り返っても窓の外は真っ暗で何も見えない。ふわふわとカーテンだけが揺れている。
顔を見合わせ耳を澄ましていると、もう一度聞こえてきた。
「Trick or treat?」
彼女は暗闇を見つめ、立ち上がって窓際にゆっくりと近づいていった。夜風を受けて彼女のスカートが大きく膨らみ、長い髪が宙を泳いだ。
「誰かのいたずらじゃないか?」
少し警戒した僕が立ち上がると、彼女は黙ってと言うように人差し指を口にそっと当てた。
風と一緒に不可思議な空気が僕らの部屋に流れこんでくる。
「Trick or treat?」
今度は少し遠い。僕は近所の子供がハロウィンごっこしているのだと勝手に見当をつけた。

すっかり興味を無くして、僕は再びお菓子を食べ始めた。しかし、彼女は窓際からなかなか離れなかった。
うつむいた後姿に声をかけようとして、僕は、はっと、その窓の下にモモのお墓がある事を思い出した。
冷たい空気が風にのってやってくる。今日はハロウィン、万聖節の前夜祭・・・。
「あははは」
突然彼女が照れたように笑って、体をひるがえすとテーブルに戻ってきた。
「そんなことあるわけないよね!ハロウィンの夜には、死んだものの霊があの世から戻ってくる、なんて、そんな伝説・・・」
思い出をダンボールにしまい込んでから、初めてモモのことにふれた彼女。
何かがプツンと切れたように、うつむいて大声で泣き出してしまった。
僕は、モモが死んでからの彼女の様子を思い返し、テーブルの上をじっと見つめて後悔した。
      • 意地っ張りもほどほどにしないと、誤解するじゃないか。
冷蔵庫からあふれ出した物言わぬお菓子たち。本当はこんなにも悲しかったのに・・・。

彼女の為に、今、僕が出来ることはなんだろう?
僕の目の前にある抹茶クッキー。なんて甘くて苦そうなんだろう。

時計が22時を知らせた。僕は泣き疲れてテーブルにつっぷした彼女の頭をなでた。
「モモはね、ここに来てお菓子を食べてったよ。僕は見てた」
「あはは、何子供みたいなこと言ってるの?」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、彼女がようやく顔を上げた。
「だってさ、ホラ見て」
言いながら指差す、僕の大嫌いな抹茶クッキー。今まで食わず嫌いだったんだな。

「さっきと数が違ってるじゃないか」





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