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Last update 2007年10月07日

タイトルなし 著者:塵子


「またそんなシュールな冗談を」

 俺は思わずそうつぶやいていた。
 目の前のアパートから、女性の叫び声が聞こえたのだ。
「あたし、本当は河童なのよ!」と。
「いくらなんでも、河童はねぇだろ……」
 思わず突っ込みを入れてしまう俺。
 夕暮れ時、周りに人っ子一人いない通学路。高校からの帰り道、本当はこれから予備校へ行かなくちゃならない俺だったが、聞こえてくる会話が気になってアパートの前で足を止めてしまった。よくよく聞いてみると、どうやら痴話ゲンカのようだ。
「ザビエルだの河童だの、電波系かよ」
 誰も聞いてないとは知りつつも、突っ込まずにはいられない素直な俺。
「はっは、電波とは失礼なヤツだな!」
「うおっ!?」
 突然後ろから聞こえる声。
 びびりながら振り向くと、そこには女が一人立っていた。
 ――しかも、メイド服を着た女が。
「ああ、驚いたかい? まあ、驚かせるためにわざわざ後ろに匍匐前進で忍び寄ってみたんだがな。これで驚かれなかったら、商売上がったりだ! ちなみにこの衣装も自前だぞ! はっはっは!」
 仁王立ちで話し始める女。そろそろ日も落ちて周囲は薄暗くなっていたが、一般的に見て彼女が「美人」だということはすぐわかった。ただ、服装と口調と性格にものすごく問題がありそうだが……変なのと関わっちゃったなぁ。
「あのさ、あんた誰?」
 突っ込みどころ満載な彼女だが、とりあえず素性を聞いてみることにした。冷静な俺に乾杯。
 すると彼女は、ニヤリと笑った。そして……
「バカモノーーー! 人に名を聞くときは、まず己の名を名乗れ!!」
「ぐおおっ!?」
 思いっきり脳天に振り下ろされるハリセン。俺はあまりの痛みに道路にうずくまり、頭を押さえるしかなかった。
「てっめぇ! いきなり殴るこたねぇだろうが!」
 痛みをこらえつつ、何とか女に文句を言うことに成功。ああ、我慢強い俺に乾杯。
「失敬失敬。あまりにも貴様が無礼だったものでな。だがそんなに知りたければ教えてやろう! エッヘン!」
 結局俺の自己紹介はいらんのかよ! ホントえらそうな女だな、コンチクショウ。
「まああたしは、貴様らが言うところの神ってやつだ」
 ……真性の電波さんか?
「ズバシッ!!」
 再びハリセンでぶっ飛ばされる俺。
「貴様、今失礼なことを考えただろう。あたしにはお見通しだ! 成敗!」
 ホント、何なんだよこの女……。


 で、なんの因果か知らないが、俺は彼女にコーラをおごるハメになっていた。メイド服を着てハリセンを持った奇妙な女と公園で飲むコーラ。……通行人の視線が痛い。下手にキレイな顔してるだけに、余計目立つんだよなぁ、この女は。
「……で? あんたが神だったとして、こんなとこで何してんの?」
 彼女はニヤリと笑って答えた。
「さっき、自分は河童だって叫んでた女性がいただろう? あのカップルが試練を越えられるかどうか、見届けに来た」
「ふーん……」
 適当に相槌を打つ。こんな女が神だなんて言われても、信じられるわけないだろ? とりあえず電波さんには、適当に合わせておくに限る。
「あのカップルはな、まあお互いに言えない秘密を持ってたわけだ。で、言ったらこの関係が終わるかも……と2人とも保守的になっていたのさ。でも、隠せば隠すほど自分の中で罪悪感は深まっていく。それに、本当の自分を見せたら嫌われるのではないか、という不安も募る。今の関係を守ろうとして、2人とも無理してたわけだな。そんなんじゃ、関係もいつか壊れるさ」
「へぇ……」
 電波女の言う事もわからんではない。俺だって、友達に言えないことのひとつやふたつあるもんな。言っちまったら、何か壊れるような気がして。
「だが、あの2人は無事に試練を乗り越えたよ。やっと本音をさらけ出したんだ、今後はうまくいくんじゃないかね。最初か
ら素直になればいいのに、まったく人間というものは不思議だな」
 電波だと思ってたが、言うことはなかなか説得力があった。まぁ、変な女なのは相変わらずだけど。
「んじゃ、オネエサンの仕事も終わったんだろ? なんでまだこんなとこにいるんだよ。てかなんで俺があんたにコーラおごってるんだ?」
 女は、さもうれしそう笑った。
「次の試練は貴様の番なんだよ」
「はあっ!?」
 試練って言われても、何も思い浮かばない。今悩んでることといったら、せいぜい受験勉強ぐらい……あ、そうだ予備校!
「俺、予備校行かガボゴボゴブッ!?」
 アゴを掴まれ、コーラを無理矢理口に流し込まれる俺。
「ゲホッ!……て、てめぇ! こんなとこで溺死するとこだったじゃねぇかよ!」
 怒る俺を尻目に、彼女は済ました顔で言った。
「やる気のないやつがどこに行ったところで、しょうがないだろう? やったつもりになってるだけじゃ、結局何にもならんぞ」
 ――図星だった。
 俺には目標ってもんがなかった。周りに合わせて、なんとなく進学を目指して予備校に通ってただけだ。でも、今時の高校生なんてみんなそんなもんだろ?
「"みんな"は関係ない。貴様の問題だ」
 そんな気持ちを見透かしたように、彼女は言った。
「貴様は、本当はやりたいことがあるんだよ。気付いてないだけで。だから、それに気付くための"試練"というわけだ。さあ気付け! ズビシッ!!」
 またも飛び出すハリセン。だんだん白いハリセンに赤い水玉が増えてきてるのは、俺の目の錯覚だろうか。錯覚だと思いたい。
「そんなこと言われてもなぁ……俺、やりたいことなんかねぇよ?」
「はっはっは、ふざけるな殺すぞ! 5年前を思い出せ! ドバシッ!!」
 腰の入った見事なスウィングでハリセンが振るわれ、俺はベンチから転げ落ちた。地面には俺の血だまりができている……まさか自分の血だまりをこの目で見るとは思わなかったぜ。
「……ご、5年前……?」
「思い出さんとまた殴るぞ! ショック療法だ!」
 それは勘弁してもらいたい。仕方なく俺は、額からドクドクと血を垂れ流しながら地面に突っ伏した格好で、5年前を思い
出すことにした。5年前っていうと……中1のときか。でも、何かあったっけ?
「運命の出会いがあっただろうが! ドビシッ!!」
 もう何度殴られているかわからない。さすがにそろそろ俺の意識もやばくなってきた。ああ、なんだか過去の映像が流れてくるよ。ははーん、これが走馬灯ってやつか……って、あれ?
「……マリコ?」
 一瞬、脳裏をよぎった影。その姿を見た瞬間、俺の思考は急速に動き出した。
 マリコと出遭ったのは、5年前の夏だった。家族旅行で出かけた北海道で、偶然見かけたんだ。白い肌がキレイで、思わず凝視してしまったことを覚えている。すると、マリコはゆっくりと俺の方に近づいてきて、俺のことをじっと見つめた。ただ何も言わずに、優しい目で。
「マリコ……そうだ、マリコだ!!」
 俺は駆け出していた。予備校も電波女も関係ない。今頭にあるのは、ただマリコのことだけ。俺は今人生で初めて、自分の"やりたいこと"を見つけた。

「――牛が見たい」





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