Mystery Circle 作品置き場

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nightstalker

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Last update 2007年10月08日

プロローグもしくは…… 著者:晴


 あの青い空の波の音が聞こえるあたりに、何かとんでもない落し物を、僕はしてきてしまったらしい。熱い砂がシャツ越しにあたるざらっとした感触も、打ち上げられた海藻の赤茶けた色も鮮明に覚えているのに、それだけが遠くかすんでいるような気がするのだ。

 日本中がバブルに浮かれている頃に計画され、崩壊とともに中途半端なきらびやかさのまま打ち捨てられた街に僕は今日来ていた。海沿いの町は整備された大きな道路によってきれいに区分されている。広い歩道と街路樹が、区画を縁取りするようにまっすぐに伸びている。けれど、平日の昼間だというのに、見渡す範囲で歩いているのは僕一人だ。死に絶えた街にひとりという気分になる。
 そういえば、いつも空間を贅沢に使ったビルを見ると、そんな想像ばかりしている気がする。流行のショッピングモールへ行き、人ごみの中、はしゃぐ彼女の笑顔に笑い返したときも確かそう思っていたのだ。

 この吹き抜けの中、ひとり。
 喧騒は思い出。耳鳴りがひけば、静寂の中誰もいない。風も、吹かない。

 そんなことを思い出しながら歩く僕を、ブルーメタリックの車が追い越していった。

     ★

「うあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!」
 隣の部屋でうなり声。
「もーいやだーーーーー」
 またか……。私はため息をついて、ドアをノックした。
「なんだよっ」
「いや、なんかうなってたでしょ。どしたの?」
「……別に」
 別にのはずあるかい。机の上を見ると、案の定ハルオミのノートPCの電源が入っている。
「で、仕事のトラブルメールでも来たの? それとも『信長の野望』でセーブしそこね?
 まさか『フリーセル』やって失敗しただけなんて言わないでしょうね」
「違う……」
「何?」
「……いや、ごめん。放っておいて……」
 ハルオミはさりげなくノートPCを閉じようとするけど、夜中にうなり声で起こされるのは何日目だと思っているんだろう。いい加減むかついている私は無理矢理奪い取る。
「あぁぁ、なにを、なにすっ、するんだよぅ!」
「なにこれ。報告書?」
 違うな。
「『あの青い空の波の音が聞こえるあたりに、何かとんでもない落し物を、僕はしてきてしまったらしい』」
「うわぁぁぁぁぁ、読むなぁぁぁぁぁ」
「大声出さない。近所迷惑」
「だっ」
「うるさい」
 睨みつけながら低い声で一喝するとハルオミはおとなしくなった。ふふん、よろしい♪
 涙目になっているハルオミをそのままにし、メーラーに表示された文章を読みすすめた。正直、ラブレターかとドキドキしていたんだけど、違うようで二重の意味でほっとする。浮気はやっぱり嫌だ。それ以上に、あんな詩みたいな書き出しのラブレターを書くポエムな男は嫌だ。でも、
 なんだろう、これ?
「……Million Circleっていうサークルがあってさ」
「ミリオンサークル、宝くじの共同購入するサークル?」
「いや……小説とか、の、サークルなんだ」
 小説。ああ、確かにハルオミのオタクな生活の中に読書は含まれている。
「それの、締め切りが、今日で」
「締め切りって、えええ? 読む方じゃなくて書く方なの? っていうか、ハルオミ小説なんて書いてたのっ」
「書いてたっていうか、昔、ちょっとだけ。ネットで知り合った奴らでさ、今まで俺参加してなかったんだけど、これまでのログ見せてもらったら、すっげぇ楽しそうで。なんか昔の血がうずいたって言うか、小説初めて書きましたっていう奴もいたりして、お前らみんなウェルカムっつーか、そういうところとかすげーよくて」
 言っていることのわりに、顔がどんどん暗くなってきてますよ、おにーさん。
「書けないんだよ」
「へ?」
「なーんにも思いつかないんだよ。っつーか思いつくんだけど、どれもこれもつまんなくてつまんなくて。俺自分に才能あるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、才能無いと言うよりマイナス? 凸じゃなくて凹? 泳げないっていうより水に溶けちゃう?」
 何言ってるのかわかりませんが。
「締め切りはどんどん近づくし、遅くなればなるほど『はーん、こんな時間かかってこの程度か、はっ』って受け取った奴が苦笑するんじゃないかとか、もう勝手にハードルはあがるし。いやわかってんだよハードルあげてるのは俺自身だし、夏道さん、はいい人だから、あ、この人主催者ね、こんなこと言わないだろうし、というか思うし! というか、言わないで欲しいと信じてるし!」
 あーあー、テンパっちゃってるよこの人。
「もうさぁ、ごめんなさいしたら。わかってくれるよ」
「……嫌だ」
「じゃあさ、昔の作品とりあえず出したら」
「ルールがあってさ、最初の文章が決められてる。だから無理」
「ああ、さっき読んだところか」
「そう。あのさぁ、『青い空の波の音が聞こえるあたり』の『何かとんでもない落し物』ってなんだと思う? オチが思い浮かばなくてさぁ」
 かわいそうと思えばいいのか、馬鹿みたいと呆れればいいのか、複雑な気分だけど、目の下にうっすらクマが出来ている半べそハルオミを見て、私も一緒にうーんと考える。
「……オチを落としてきた、じゃダメ?」
「ハルカにアイディア期待するのが間違ってるか」
 カチーン。
「人を夜中叩き起こして、わけのわかんない話につき合わせて、もう」
 お前なんかお前なんかー。
「逃げるなー」
「ち、ちがう、トイレ。ちょっと腹が……」
 ちっ、逃げられた。と思ったらトイレからうなり声が聞こえてきた。どうやらホントにお腹を壊したみたい。
 そうだ。

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 あの青い空の波の音が聞こえるあたりに、何かとんでもない落し物を、僕はしてきてしまったらしい。夕暮れ時にそう気づいた僕は、地平線あたりのオレンジに連なる群青色の空を眺めながら呆然としていた。
 もう遅い。物語は終わらない。
 オチを落としてきた僕は、書きかけの小説をテキストエディタで開いたまま、273回目のため息をついた。
 スクリーンセーバーの中で黒いキャラクターが、冬眠しそこなったクマのように不機嫌そうにウロウロしていた。
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「『送信』っと♪」
 ふわぁぁぁぁ。満足した私は、トイレの主と化したハルオミをおいてお布団に戻る。
 トイレから出たハルオミは、メールが勝手に送信されたことに気づいていないようだ。
 うふふふ♪ おやすみなさい。
 いい気分で寝た私の夢の中で、ハルオミは冬眠しそこなったクマのように不機嫌そうにウロウロしていた。





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