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Last update 2007年10月08日

闇に消えた死と 著者:松永 夏馬


 懐中電灯なんかつける余裕もなかった。

 ソレを見た瞬間に突如として照明が消え、漆黒の闇に落とされた僕は胸のポケットに差してあるペンライトの存在なんてすっかり忘れ、ただただおろおろと闇の中にへたりこんだ。ソレが暗闇の中蠢いて飛びかかってくるんじゃないかという妄想じみた思いに囚われてもおかしくない。仕事柄その描写は何度も何度もそれこそ数え切れないほど描いてはきたが、そのものを見たのは初めてだ。

 めった刺しにされた女性の他殺体。

 森の中に遺された廃ホテルだった。女性が一人その廃屋に消え、それとほぼ同時にホテル一階の照明が点いた。電気が生きていることには少々驚いたが、おそらく彼女が点けたとみて間違いないだろう。なにせその一週間近く前からその廃ホテルをずっと僕と相棒は見張っていたのだから。人の出入りはまったくないし、今になって初めて電気が通じていることを知ったくらいなのだ。当然その廃ホテルには彼女一人だけしかいなかったはず。
 その女性が建物内へと姿を消して数時間。とっぷりと日は暮れ、真っ暗になった森の中から、僕と相棒はその闇に乗じて正面から廃ホテルへと忍びこんだ。

 そして死体発見に至るわけだ。
「んー……まぁ落ち着け」
 相棒は相変わらず飄々とした態度で懐中電灯を点けて僕を照らす。いくら探偵だからってそうそう死体発見なぞしてるわけじゃなし、なのになんでコイツはこんな時までマイペースなんだ。光を向けられて目を細めた僕は、なんだかとても格好悪いような気がして無言で立ちあがるとポケットのペンライトを点けて相棒に向け返してやった。暗闇に浮かんだ相棒の顔はなんだか不気味だ。左手のライトをソレに向けてしゃがみこんだ相棒に僕は問う。
「彼女か?」
「ああ、間違いないな。……たぶん」
「どっちだよ」
 苦笑する。こういう時でもくだらないジョークを言うんだなコイツは。
「顔にも傷があるからな」
 ジョークじゃなかった。だいたいがコイツは真面目な時もくだらないジョークを言う時も基本的に同じ口調だからタチが悪い。
「まぁ、十中八九彼女やろけどな」
「……他殺体だよな?」
 こんな自殺は見たこともないし、事故でもないだろう。
「さすがミステリ作家の大御所」
「茶化すな」
「さすがミステリ作家を夢見て未だ目の出ないフリーター」
「うるさい」
 相棒は死体の脇にしゃがみこんだまま瞳孔や傷を調べながらまたくだらないことを言う。周囲に凶器となりうる刃物が見当たらないのだ、他殺である可能性が高いのは一目瞭然ではないか。それくらいは僕にだってわかる。
「まだ間も無いくらいやな。……さて、問題は、だ」
「凶器か?」
「さすがフリーター」
「そこ略すか」
 相棒は頭を掻くと立ちあがった。足元だけを照らすライトの光がぼんやりと僕と相棒を浮かびあがらせる。
「彼女がこの廃ホテルに入って約一時間。少なくとも俺達よりも犯人は先にこの中にいたのは確かやけど、いつから犯人はいたんやろう」
「密会の相手がいたんじゃないのか? 正面は僕達が見てたんだから裏口か窓か、そんなところから入ったんだろう。オンボロな廃ホテルなんだし、窓くらい割っても文句言われないだろうし」
「……そうやねん。その仮説が正しいとすると、その犯人は俺達がいることを知ってたってことになる」
「彼女の仲間ならオマエが来ることを予想しててもおかしくないだろ? それに一週間近くも張ってたんだ、見られた可能性だって無きにしもあらずだ」
 暗闇で見えないから少し気が楽だ。血まみれの死体が転がってるなんて考えたくない。
「さて、ココがポイントやな」
 まるで予備校の講師のようなそぶりで相棒が指を立てた。
「犯人は俺達がいることを知っている。そんならこの照明が消えたのも停電や配電盤がイカレたとかいう偶然よりも、犯人が消したと考えたほうが妥当や」
 僕は相棒が何を言わんとしているかわかった。すぅ、と背筋に悪寒が走る。
「犯人はまだこのホテル内に潜んでいる可能性が高い」
「それは……何故?」
「言わなわからんか?」
「いや、わかる」
 薄々、いや確信めいていることをわざわざ訊くまでもないか。僕はそこまでマゾヒストじゃない。
「あまつさえ凶器も持ってってることだし」
「そういうこと」
 そう言って相棒はニィと笑う。
「血の滴る大振りなナイフを片手に暗闇を徘徊する異形の男が、いまにもその扉を突き破って襲いかかってくる……なんてな」
「やめてくれ。僕でも書かない三文小説だ」

 不謹慎ながらも自分達のペースを取り戻し笑みをこぼしたまさにその時だった。
 静まりかえる闇夜の底からじわりじわりと響く音。少しづつ大きくなる、いや近づいてくる、それはパトカーのサイレン。

 ********************

 廃ホテルのあの夜から6日経ったある日、突然相棒に呼び出された僕は彼の事務所兼住居のある駅前の雑居ビルを訪れた。入居して三年弱で早くもすすけたように見えるガラス窓の付いたドアを開けると、来客用のソファに座りテイクアウトのハンバーガーをかじっている相棒が軽く手を挙げる。なにか言ったが口の中がいっぱいで聞き取れなかった。まぁ挨拶か皮肉のどちらかだろう。
 ゴクリとパンを飲みこんだ相棒が口についたケチャップを拭いながらいつもの笑みを浮かべた。
「呼び出してすぐ来れるくらいヒマな友人てのも貴重やな」
 後者か。
「人のこと言える立場か貧乏探偵。……で、なんの用だ?」
 彼の向いのソファに座ると、テーブルに置かれた封筒から写真を数枚取り出して並べて見せた。僕は絶句する。

 暗視カメラで撮られたらしいその写真は、暗闇に浮かぶあの廃ホテルと見間違うことのないくらいハッキリと僕と相棒の顔。ご丁寧に、3枚目は隠しておいた車のナンバまでがわかるように写されていた。

「コレは……?」
「迂闊やったな。そう来るとは思わなかった」

 何者か、おそらく彼女を殺した犯人だろうが、によって呼ばれたらしきパトカー。
人気の無い廃ホテルに、あのままいたら確実に重要参項人だってのはわかりきっていた。だから一先ず見つからないように逃げた僕達だったのだが。

「他には? 何か脅迫の手紙とか」
 僕の質問に軽く首を振り、壁に掛けられた洒落っけのない時計を指す。
「そろそろや。わざわざご足労くださるらしい。相手が何者なんかもわからへんてのはなんとも……」
 面白く無さそうな顔で貧乏探偵がそう言いかけた所でノックの音。見事なタイミングである。相棒は僕をチラリと見て「見られてたかもしれないな」と呟いてから、立ちあがりドアへと歩き出す。歩き出す、といったって数歩だが。
 家主の手がノブへと伸びるのを待たずしてドアは開いた。そして姿を見せた妙にひょろりとしたスーツの男。その男は僕と相棒の名前をそれぞれ確認すると、満足そうに頷いた。

「とりあえず、どうぞ」
 無表情に相棒がソファを手で示したので僕は慌てて立ちあがる。しかしスーツの男はそれを固辞した。
「これから私達と一緒に来ていただきます。もちろん貴方達に拒否する権利はありません」
 冷ややかな笑みを湛えその男はそう言った。アクセントに多少の乱れがあることからもしかしたら日本人ではないのかもしれない。『私達』というからにはこの男だけではないのだろう。

「OK」
 拍子抜けするほどあっさりと探偵は頷いた。
「ただ、ついていくにもキミ達が何者かくらいは教えてもらいたいもんやね。知らん人についてったらアカンというのがおかんの遺言やねん」
 たしか彼の両親は郷里で健在のはずだが、と思いつつ、ようやくいつもの相棒らしい言い回しに気付く。相手の登場でエンジンがかかってきたようだ。
 スーツの男はわずかな思案の後で、抑揚のない声を発した。
「……『幻惑の使徒』をご存知ですか?」
「知らん」
 即答。そんな探偵に苦笑いを浮かべ、男は続けた。
「地下で動くことが多かったですからね。わかりやすく言うと革命家の集団です。秘密組織とでも言いましょうか」
 秘密組織、そんな単語は娯楽小説にしか出て来ないと思っていたが、実際に目の当たりにするとは思わなかったな。
「秘密組織て。自分で言うててうさんくさいと思わんか?」
 僕の心中を代弁するかのように相棒が口を開いた。挑戦的なその言葉にスーツの男は小さく息を吐いた。

「そうですね、それでは…… “三津谷知史さん”が貴方に会いたがっています」

「……さ……知史?」
 相棒が呟く。
 誰? と僕が視線を送ったと同時に驚くべき光景が見られた。常にマイペースで自分の姿勢を崩さないあの探偵が、なんと床にへたりこんだのだ。まるで腰が抜けたかのように呆然とした顔で。スーツの男を見上げたその視線は、恐怖なのか、戸惑いなのか、あるいは……怒り。

 ただひとつ言えることは、とんでもなく格好悪い姿だ。

 まるで、それは、そう。あの廃ホテルで刺殺体を発見した時の。

 あのときの僕とそっくりだった。





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