Mystery Circle 作品置き場

AR1

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nightstalker

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Last update 2007年10月08日

SideGuitar Story 著者:AR1


 わたしは神・・・と呟きかけてそれをやめた。
 なぜかと言えば、それは恥も外聞もないからだ。7弦のギターを抱えて悩む。手持ち無沙汰になってチューニングなんか適当にしてみる。
 再びピックを持つ。爪弾く、鳴らす、そして手を止める。
 延々とループする無限の回廊。時間と胆力――ついでに弦――は有限なのに、必要のないところに潜むアリ地獄の罠。
 アイバニーズの7弦。〈心の師匠〉と敬うスティーブ・ヴァイのレプリカモデルだ。一年ほど前、バイトで得た資金を全力投下したモデルだ。確かに、入手できた時は嬉しかった。感激だった。
 ………まあ、バンドとバイトの両立は、韻を踏んでいる風なのは素晴らしく素敵ではあるが、意外にこたえるコンビネーションではある。
「あれ? まだいたのか、浅山」
 同じ軽音部で、別のバンドでギターを担当している同学年の男子が音楽室を覗き込んでいる。青のジャージ姿で呆けている浅山を見つけたらしい。
「もう6時だぞ。下校時間」
「そうだったね。うん、そういえば、そうだったね」
 心ここにあらず、といった様子で返す。しばらくして振り向くと、そこに少年の姿はなかった。いつものパターン。ここでも無限地獄だ。
 いつまでもここにいても仕方がないだろう。行くしかないだろう。
 少女はギターと機材の入ったリュックを背負い、学校から飛び出した。

 駅前の広場。
 立地条件のよい場所の学校に通えたものだ、と感謝せずにはいられない。こんな格好の野外ライブ場所があるのだから。爆音じゃなければどうにか………なるかは分からないが、とりあえずこれまでは音沙汰なし、犯罪や騒音被害というものからは無縁のはずだ。
 いつもここに来るたび、逡巡する。今日はなにを弾こうか頭がぐるぐる、意図も理由もなしに360度回転し続ける。
 今日はなにを弾く? MR.BIG? ディープ・パープル? ヴァン・ヘイレン? インギー? いや、ここはやはりヴァイ?
 選曲が多い訳ではない。むしろ、それを弾けるかどうかの問題だった。
 コピーだけならほぼ完璧だ。しかし、そこに魂を込められたことがほとんどなかった。ただ上手いだけ、自分で納得できない感情の入魂。
 音楽のことをよく知らない人達に、エディ譲りのライトハンド奏法を見せつけてやったら驚くだろうか?しかし、それでは意味がない。見せ付けて驚かせているだけでは、ただの見世物でしかないだろう。
 上手いだけのバンドなら恐らく、世界にごまんといるだろう。しかし、下手でも魂を込められるバンドというのは、なかなか成立し得ない。
 今まで必死に技術だけを磨いて来た彼女にとって、入魂の成否の境界線が曖昧だった。
 わたしは神になりたかった。人に言われなくていい。自己満足でもいい。ただ、ギタリストとして神と同格に上がりたい。
 けれど、わたしの口からそれを吐き出すのははばかられた。ただ上手いだけのひよっこがつけ上がったところで、真の神が冷たい目で見下ろすだろうから。
 なんだろうか、この無情は。今夜は余計にそれを強くそれを感じていた。それもこれも、あいつに遭遇してしまったからだ。同学年の彼。
 あの少年は、浅山よりギタリストとしては数段下手だった。しかも基本的に単純なフレーズで構成されるパンクロックを生業としている。基本的にある程度の技術が要求されるハードロックとは土台が違う。
 しかし、彼のライブはいつ見ても、自身のライブより激しく、荒々しく、観客を沸かせていた。その一人に浅山も含まれている。
 結局、自分は物真似師(フェイカー)でしかないことに気づかされたのも、半年前のライブを経験からだった。反応も、盛り上がり方も、ライブとしての全ての印象で負けていた。
「お前は固過ぎるんだよ。もっとハチャメチャなことやれよ。型にはまらず。せっかくの凄腕なのに」
 言われなくとも分かっている。しかし、いつまで経ってもそれが出来ず、もう半年だ。もう三年生が卒業してしまったのだ。一年を棒に振ったも同然だろう?
 ピックを持つ手が震える。屈辱にではなく、情けなさにむなしく、寒い。
 今日、わたしは帰りたがる小学生に似ていた。





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