この時代、最大の節目と言えばニューイヤーである。人種も宗教もないSD体制下で人々に共通しているのは、変わらない地球への思慕と時の流れのみ。一年の暮れるを惜しみながらも新しい年を迎える、一年で最も厳かで華やかな祝日。
それだけではない、直前にあるイベントがニューイヤーを殊更際立たせていた。
起源はSD体制以前に遡るとされる古いお祭りで、SD体制の末期には市民を上げての一大イベントになっていた。ごちそうを食べ、皆の為に心を込めて贈り物を作る。加えて素材は雪、氷のみであり、一番の目抜き通りに並べられた力作を市民が見聞し一人ひとり投票していく。いわば一夜限りで皆が皆にプレゼントするそのお祭りはどんなに小さな集落でも、大きなステーションでも、首都星でも開催されていた。
この時ばかりは人類もミュウも一時休戦して、イベントを楽しむのだ。
その祭りをツクリマスという。
東洋の島国の言葉を語源とするそれは、時期的に冬の名物視としてニュースでも大々的に取り上げられていた。今年のノアでのイベントには国家騎士団チームとミュウチームが巨大雪像の建造に勤しんでいた。
「クレーン担当!何をやっている。そのブロックはもっと右だ」
「いや左だ!」
「どっちだよ!?」
真っ赤な軍服に黒いコートをなびかせて、メンバーズが駆ける。見上げるほどの大きさの像の天辺には大きな光る星型が今付けられようとしていた。
「あれだけのもの、本当に支えられるのか?」
「心配には及びません、閣下はどうぞ貴賓席で結果をお楽しみ下さい」
陣頭指揮を取るセルジュが、腕を組んで見守るキースに応えた。その視界の端でキースは部下の姿を見つけた。
「マツカ?」
「マツカもよくやっています。この寒さです、コーヒーの差し入れは何よりの励みになるでしょう」
ここで自分の為にコーヒーを入れろとは言いづらい。なにやらもたついているように見えたので助太刀するつもりでやってきたのだが、やんわりと追い返されてしまった。懐に隠し持ったスコップと厚手の手袋はついに出せないままキースは特別に作られた観覧席を見た。
対するミュウチームは氷の山を取り囲んで全員が手を突き出して、完成物をイメージする。
「テラのイメージにサイオンを統一させて!」
「誰だ恋人の顔を思い浮かべた奴ーーっ!」
「ソルジャー何を考えてんですか!」
「こらトオニィ、ジョミーを思い浮かべるな」
氷は確かに形作られていく、四方八方に。
「これじゃ金平糖だぜ・・・」
出現したとげとげに、セルジュが勢い欲腕を振り上げた。
「今こそメンバーズエリートの底力を見せるときだ。最終フェーズ開始!」
「最終フェーズ始め!」
吊り上げられる☆が安置される。メンバーズ達の喜びもつかの間、それはころんと。それはもう、ころんと横に転がった。そして落ちた。
数百メートルを、空気を唸らせて。
「ああぁぁぁぁぁ」
悲鳴が上がる。
見ている連中も、作っている連中もなんとも微妙な顔をしていた。何しろ最大の優勝候補が二組とも不発に終わっている。国家騎士団チームは途中まではできているが、最期のパーツが大きく破損してしまった。ミュウチームは製作過程こそ変幻自在に氷が形作られて面白かったが、出来上がったものは大きさを覗けば首を傾げるばかり。地上にあっては何の価値もない。
まさに期待はずれと言った所か。
今から新しく雪や氷を調達するにも、リミットはもう目前。
「ミュウのあれをメンバーズの天辺に飾ればいいのに」
誰かが言った。
両者の目が自然と相手の残骸に止まる。
お互い不本意であったし、何より、今日はミュウも人も関係無いめでたい日であった。歩み寄みよるメンバーズとミュウが腕を交わす。
メンバーズが作ろうとしていたのは、言わずもがなグランドマザーであった。しかしその姿を見たものはおらず、裾の広がったドレスを来た女性の頭に星を戴かせようとしていた。ミュウ達は消せない慕情の地球を作ろうとしたのだが、思念はまとまらず彼らの背後にあるのはウニ。
それらが組み合わさって出来上がった巨大な物体は。近くで見れば女性が頭にウニを載せているものだったが、あまりの巨大さゆえに遠目からは天に届きそうなほどの木に見えた。
太陽が暮れ始める前に市民の投票は締め切られた。
だが、誰もが優勝すると信じて疑わなかった国家騎士団&メンバーズの合作ではなく、優勝したのは通りの入り口にちまっと飾られた雪のナキネズミだった。マツカは作者を見てお盆を取り落としそうになった。どんな顔をしてこれを作っていたのだろうと想像する。
その夜、ミュウの老師の提案でツリーに煌びやかな電飾が灯された。赤や青、明減するオレンジの光は大層美しかった。その灯は一晩中ともされ、つかの間の平和を演出する。あの灯が消えればまた戦争が始まると誰もが知っていたけれど、ノアに雪は降り、夜の授賞式で人類とミュウは仲良く酒を酌み交わしたのだった。
おわり