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ファンタジード 31

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最後の戦い



 ギルバートに向かうはずだったコーディネータの攻撃が、捻じ曲げられる。表情など闇に埋没したコーディネータのフードの中から高笑いが聞こえるようだった。空間を捻じ曲げ、バチバチと稲妻を放出するエネルギーの奔流が石舞台に降り立ったシン達に向かう。

「ミーアっ! 防御魔法っ!」
「間に合わないっ」



 ラクスもキラも一斉にシードを集め魔法を放つが、目前に迫った攻撃に時間の流れを見る。シンは押し迫る圧縮された空気に潜む牙を睨み、剣を構えたが踏み出す時間はなかった。

 やられる!

 これが死の影なのだと気づく間もなく、視界が黒く染まる。今まで感じていた衝撃や、叩きつける風が自分を避けていく。この場から取り残されたように感じた。死ぬ瞬間には今まであったことを思い出すと言うけれど、シンは去っていく兄の背中を見つめていた。

 黒いローブの切れ端が風と共に流れて、それが現実なのだと気が付いた。
 死への旅ではなく、目の前で起こっている攻防。

「・・・あ、兄上!?」

 黒い盾が攻撃を防いでいる。飛び散る黒い破片、届かない攻撃。シン達は割り込んできたギルバートにかばわれていた。目を瞠るその異様、顔に伸びる無数の筋、変質した人ならざるものが彼らの目の前にいる。その姿はまるで、今攻撃をしているコーディネータと何も変わらない。
 マルキオ教の本山で人工種石の力を見せたフェイスマスターのレイよりも、ヴォルテールと共に散ったイザークよりも、さらに融合が進んでいた。もはや人と呼べないほどに。ギルバートの一撃に攻撃が止んで、空気を震撼させて白いローブのコーディネータが動きを止めた。ゆらりと石舞台に落下して広がったローブの端は怨嗟と憤怒に震えている。

「何たることだ、このような事あってはならぬ・・・」

 腕を振り上げてあるかないかの指が石にめり込んだ。ひび割れる石舞台からシードの青い光が弱弱しく走る。けれど、シン達の所までは届かない。

「兄上・・・その姿は一体・・・」
「人工種石とラウの力を借りて、ね。だが、困ったな」

 パキパキと音を立てて黒いローブの端が細かい塵となって崩れていた。その様子に気づいたアスランとキラが眉を顰めた。

「私も、もう少し鍛錬しておくべきだったよ」
「何を言って、まさか」

 シンだって気づいてしまった。
 しかし問いただす余裕はなかった。目の前の最後のコーディネータが、亀裂から溢れるシードを吸収して立ち上がりかけている。

「まさかこの大陸、シードの力で浮いてるの?」
「それにしたってでか過ぎる。これが全部奴のエネルギー源になるのか?」

 ミーアの疑問にカガリが答えたが、確かに弱っていたコーディネータに今はその影がない。これは時間がかかればかかるほどシン達に不利だった。

「一刻も早くあいつを倒さなきゃならないってことだ」
「すごく硬そうだよね、あれ」
「ハハ、アプリルの将軍殿は、腕っ節には自信がないらしい」

 肩を竦めるキラにカガリが笑う。
 とは言え、通常の武器がどこまで通用するか未知数だった。連邦の飛行戦艦で対峙した時は最初で最後の魔人の力を使ったのだ。シードを源とする魔法はおそらく通用しない、下手に攻撃してエネルギーとして吸収でもされたら目も当てられない。

「これを使えばいい」

 と言って、差し出されたのは黒い剣。シンの視線がギルバートの手首から、シードの青い光が流れるように走る黒い刀身の切っ先へと進む。

 これは―――たしか、昔。兄上が父上から頂いたもの。

「普通の剣よりはいくらかましだからね」
「オレ・・・」

 あの様子では兄はもう戦えない。引き換え自分はこれからあのコーディネーターと戦うつもりだ。刃こぼれの激しい普通の剣よりは確かにましだと、打算が働くけれど、受け取っていいのか分からない。

「シンにはこれが必要だ、そうだろう?」

 確かに必要だ。けれど、単に剣を受け取る以外の意味が込められている。

 それは、目の前の敵を倒す、以上の、その後の事まで。そんな覚悟、今のシンには到底ない。帝国の一番下の王子で、その為の教育も受けてなければ、経験もない。
 それでも、受け取らないわけにはいかない。受け取らなければならない。
 たとえその器がなくても、その力がなくても、自分にはその責任がある。

「―――分かった」

 シンはギルバートの剣を受け取った。重い。
 これからの一振りは仲間の為だけじゃなくなる。
 握った柄は思いのほか細くて、ぎゅっと力を入れることになった。

「もう、終わりにするんだ」

 水平に振り上げられた黒い刀身から、蒼い雫が零れた。切っ先が向かうは、白いローブの端をすすの様に撒き散らす調停者。

「やるしかないでしょう」
「ええ、わたくし達の未来のために!」

 ラクスが皆に補助魔法を掛けた。ミーアもシン達に身体を軽くして動きをすばやくする為の魔法を掛けた。補助魔法で時間を稼ぎながら勝機を伺うしかない。ここに来てできることが力押しだけな事にキラとカガリが苦笑している。片手で強化魔法を唱えながら踏み込むキラとアスランを見て、シンは慌てて剣を握りなおした。

 白いローブに切りかかる二人。その上空から叩きつけるカガリ。シンも力の限り振り下ろしコーディネータの唸り声が聞こえる。敵の腕の一振りで4人が全員弾き飛ばされて石舞台の上を滑ったが、誰一人それであきらめる者はいない。
 効き目がないわけではないのだ。沸き立つシードの光で回復されようとも、何度でも力を削いでいけばいい。

「やつに回復させる隙を与えるな!」
「ミーア、ここのシードを使って魔法を使え!」

 何も敵に利用されるのをむざむざ黙って見ていることもないのだ。同じ事をシン達もして、コーディネータの回復量を減らし自分たちも僅かであるが恩恵にあずかる。石舞台は既にずたずたに傷ついて、幾つも亀裂が走り、石畳が浮き上がっている。

 シンが構えなおして走るより早く、すぐ脇をアスランが駆け抜けて行った。手には透き通った青い剣。剣から溢れるシードが見かけ以上の威力で白いローブを削り取っている。キラとカガリがタイミングを合わせて剣を叩き込む。

 目に見えて衰えている調停者。
 この剣で。俺が終わりにしてやる。

「はああぁぁぁぁっ!」

 腕の筋肉だけじゃない。全身の力が黒い人工種石の刀身に乗る。

「シン!?」

 白いローブの中の顔。小さな光点が二つだけの暗闇目指してシンは飛び込んだ。そこを狙えと聞こえたのだ、腕が勝手に動いて剣を振り下ろす。天辺から真下へとコーディネータに、人工種石の剣が吸い込まれていく。青いシードが波打って剣から溢れた。

「さ せ る か あ ぁぁぁ!」

 声ならぬ音がはるか上空に木霊する。
 猛スピードで立ち上る蜃気楼のように調停者が揺さぶられて、白いローブが分解されて消えていく。シンが呆然と剣を引き抜いてもその現象は収まらなかった。

「・・・やったの、か」

 幾分薄れ、ついに白いローブのコーディネータが消えた。シン達の前から調停者が消えたのだ。相変わらず石舞台の亀裂から滲むシードは止まらないが、どこにも潜んでいる様子はない。緊張が緩む一瞬、ラクスの悲鳴が上がった。

「ああ!」
「ラクスッ!!」

 球体に取り込まれて、ラクスが倒れた。駆け寄ろうとしたミーアが同じように動きを止める。

「まだだっ!!」
「どこだっ?」

 敵が見えない。シンは焦って辺りを見回すが、かすかな風以外何も感じ取ることができない。その時、手に振動が伝わった。正しくは刀身から零れるシードが反応したと言っていい。

 どこかにいる!?
 シンが息を呑んだ時、カガリが膝をつく。

「キラ! そっちへ・・・行っ・・・た」
「カガリ!?」

 見えるのか見えていないのかキラが横凪に一閃、やり過ごしたのかもしれないと安堵したのもつかの間、後ろから殴られたように石畳に倒れた。確かに何かいるのが分かるのに、手が出せない。

「形の無い存在・・・か。なるほどな、これが奴等の真の姿」

 ただの情念として、それは存在する。
 白いローブもその入れ物に過ぎない。凝り固まった思念。つまりは究極の机上の空論なのだ。あるべき論を振りかざすが、実質、彼らは何一つ自分ではできない。

「そんなもの、どうやって倒すんだよ!」
「倒せるさ」
「なんでそんな事が言えるんだよっ!」

 でも倒せるのだ。
 イザークやギルバートがやったように。
 敵がただの意思だというのならば、より上回る意思の力で圧倒する。

「シン」
「なんだよっ!」

 同じ人工種石の剣を持つアスランが言う。
 シンにとって常に前を行く兄だった。確か初めて会った、いやこれは再会と言うべきで、その時も同じ事を言っていなかったか?

「主人公だからさ」

 チリチリと自分の周りで伺っている、調停者の気配を剣を通して感じることができる。あのアプリリウスの宮殿から、どれだけの旅をしてきただろう。

 そうとも。
 自分はこの剣を受け取って、兄の意思を受け継いだのだから。
 これからは自分がやらねば駄目なのだ。誰の助けもない。

 これを倒すのは俺だ。

 アスランがなぎ払った存在がこっちにやって来る。
 この世界に生きているのは俺達だ。くだらない命令に命を懸けたり、夢を現実に絡めとられてそれでも毎日必死に生きているのは俺達だ。理屈正論だけじゃない、説明のつかない不思議なことだって一杯あるんだ。

 だから、お前達は必要ないっ!

「いい加減に――― く た ば れ ぇ―――っ!」

 見えないはずのそれ目掛けて、シンは力いっぱい剣を叩きつけた。何も見えないのに物凄い抵抗を受けて刃が進まない。どれだけ力を込めようともびくともせず、急に流れ込んで来たイメージはそれは美しいものだった。

 まるで夢に見る平和な世界。
 仲の良い父と兄達、元老院、議会の皆が協力して帝国を守り立て、その中で自分が笑っている。
 アプリルの王宮でラクスが歌をうたっている。
 オーブでは双子の代表が立ったと噂になる。
 帝国と連邦の交易はますます盛んで、シンは王宮から抜け出してステラに会いにバザールへ行く。
 整然として、血と汗と涙さえ美しい世界、それが紡ぐ歴史。


 そんなものに、負けるか。

 主人公は お れ だ ―――――――――っ

 大きく穿って、剣が石舞台に突き刺さった。




 残ったのはシンの息遣いだけ。
 今際の恨み言も何もない。
 それは静かな意識の消滅だった。ただ、薄れ、拡散して溶けてしまった。

「俺・・・あ」

 少し離れた所にいるアスランと視線が合う。
 まだ実感が沸かず本当にこれで終わったと思えない、緊張しきった感覚が戻らずに、シンは喘ぐように言葉を捜した。

「やったな、シン」

 伏した皆が立ち上がる。
 キラやラクスの自分を呼ぶ声が聞こえる。
 一歩踏み出そうとした所で聞こえた一番上の兄の声に、ゆっくりと振り返った。

「いや、まだここに、残っている」

 黒いローブを広げた兄がいた。
 その姿は黒い翼を広げた怪鳥にも似て、宙に浮いている。

「これが、最後の戦いだ」




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気分を盛り上げる為にFF12のサントラ聞きながら書いてました。次回でいよいよ最終回、最後の戦いって言ってますけど、実質今回が最後の戦いです。そんなもんです。
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