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寂しい笑顔



 シンの朝は早い。
 今週分と来週分とで倍稼がなくてはいけない今週は、朝寝坊などしている暇はなかった。ねぐらから這い出て、爆ぜた水道管から漏れる水で顔を洗う。頭にかけたゴーグルをつければ、視界が一気に暗くなってクリアになる。これを忘れたせいで先週は散々な目に会ったのだ。
 戦災孤児にできる仕事など限りがある。こそ泥まがいの連中の手伝いや、張り込みの見張り役。それがいつも情報をくれるおっさんから久々に金になりそうな話を聞き出した。一日二日水だけを口にしてもコーディネータのシンは生きていける。それでも、三日も食わずを続けるのには限界があったから、まともなものを買う金が必要だった。


 その仕事とは運び屋。
 中身は武器か、金塊か。それとも死体か。8人の手誰に混じったシンは少年に見えるからにひどく場違いに見える。チームのメンバーは青年から壮年まで幅広い世代の男達で、シンから見れば全てがオッサンで片付けられる年齢だった。
「坊主。帰ってママのおっぱいでもしゃぶっていた方が安全だぜ?」
「そうそう、足手まといになっても助けてやんねーぜ」 
 荷物を運ぶ道すがら、後部座席のシンに代わる代わるからかい続ける。バンを改造した車に荷物をのせて、前後をボロボロの車で囲んでビルの間のの凹凸の激しい道を進む。
「なーんで、こんなガキを寄越すんだか」
「それだけ、世の中腐っているってことよ」
 最後は結局、体制が悪いとか政府が悪いと悪態をつく。シンは自分のような子供を放り出して、政府に文句を言うだけの大人にもウンザリする。
「早くこんなガキでも平和に暮らせる世界にしてくださいよ」
「だがよ、俺たちゃ、奇麗事なんて言ってられる身分じゃないんだぜ。今日を食っていくのに精一杯の俺達はさ」
 男達は笑うが、誰一人としてその目は笑っていなかった。


「ようやく東ブロックに入るぞ」
 今回の依頼は戦争で破壊されたこの街の南ブロックから東ブロックのある建物まで、コンテナ状の荷物を二つ届けることだった。比較的治安の安定している南ブロックだからこそ、今まで無駄口を叩きながら進んで来られたわけだが、ここからはそうはいかない。東ブロックは特に荒廃がひどく、原型をとどめている建物が少なく、道路も寸断されている。
「警戒を怠るなよ」
「坊主も気ィを抜くなよ。怪しいことがあったら直ぐに知らせるんだ」
 怪しいことってなんだよ。
 シンは心中で口を尖らせながら、窓から見える街並みに集中した。先導するオンボロ車の巻き上げる埃で視界は芳しくなかったが、人の動く影や反射する光を捉えることはできた。
「くそっ。放置してやがる」
 前方の道路に横転したトレーラーの荷台が転がっていて、通れそうもない。迂回を指示するファインダー役の先導車が右に切ろうとした時だ、シンの視界に小さな光が映った。まるで何かの信号のように不自然に明減している。
 嫌な予感がする。
 改造バンが続けば、光の点滅はまた変化する。
「直進だ! 突っ切って、あの脇っ!」
後部座席から運転席に乗り込んで、シンがハンドルを掴むのと、銃声が轟くのとはほとんど同時だった。
 運転を担当する親父がアクセルを踏むのにあわせてドアのガラスにひびが入る。シンは銃口を出すための穴からマシンガンを突き出して、音と角度から相手を狙う。弾がなくなるまで打ち続けてようやく、シン達は目的地である東ブロックの廃ビルの地下駐車場に辿り着いていた。8人いたメンバーも一台車を失って、6人になっていた。


 荷物の受取人はうだつの上がらない眼鏡をかけた男で、中身を確認すると6人それぞれに報酬を渡す。案の定、シンに手渡す時に怪訝な顔をされる。
「なんだよ」
「こんな少年が、か」
懐が暖かくなって、男達は饒舌になる。報酬を貰った後ならいくらメンバーの活躍を誉めようが問題ないというわけだ。
「そいつのおかげで、辿り着けたようなもんだぜ」
 口々に誉められて、シンも悪い気はしない。何より、シンも当面の金を確保できて安堵していた。
「君さえよければ俺達と一緒に来ないか?」
しかし、受け取り人の探るような一言に、浮かれ気分は吹っ飛んでしまった。同じところで何度も仕事をするのは、足がつくだけでするべきじゃない。
「契約は荷物を指定の場所に届けるまでだけど」
受け取った金をジャケットのうちポケットにねじ込んで、今しがた危機を脱してきた急ごしらえのチームを見回した。皆がシンを見ていた。シンのようなガキを仲間に引き入れようとする分けを男達も知っている。いや、思い知らされたというべきか。
 シンが人並み外れた活躍をすれば、必ずと言っていい程まずばれる。彼らにとって、もうシンはただのガキではなくなるのだ。
「コーディネーター」
 誰かがそう言って、唇の端をねじ上げる眼鏡男。忌々しげにシンはゴーグル越しに睨みつけた。
 そそくさと、乗ってきたバンと車がシンを残して去っていく。男達とてコーディネータと関わりありになりたくないのだと、痛いほどシンにも分かって、肩を落として少し笑った。

続く