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チャンスが欲しい


 二人の間を夜の大気を伝わるサイレンが流れる。
「まさかシン。あそこから」
 サーチライトが夜空を照らす。厳重に警備された物資の貯蔵庫がシンの背後の闇夜に浮かび上がる。得体の知れない彼がシンとそれをどう結び付けたのかは分からない。目を細めたのは一瞬。
「シンも仕事の帰りか?」
何事もなかったように声を掛ける。硬い靴音が鳴り響いて、何事もなくと言うわけには行かなくなった。非常事態を受けて街に広がった官警がこの商店街にも入り込んできたようだ。シンは手にしたライトセイバーを後の腰に挟む。


「何をしている!」
 制帽の徽章は憲兵のもので。
「灯火管制中は外出禁止令が出ていることを知らんのか」
「すいません。家に帰る途中だったんです。でもあの騒ぎで」


 ぱっと答えたのはアレックスだった。ひたすら低姿勢で申し訳ないと言う。
「こいつ駄目なんですよ。サイレンとか聞くと」
 ほらちょっとは震えて見せろ。
 肘で小突かれて、どうしていいかわからずにシンはおろおろと肩で息をしてしまった。
 戦災孤児によくある症状。戦争の後遺症はまだ残っていて、憲兵の威圧的な態度も相手が年端も行かぬ子供であることが分かると態度が変わった。原因は違えども、相手には十分シンが怯えているように見えたらしい。
「こんな遅くまで出歩いているからだ。家に帰れるのか? 送るぞ」
 思わぬ展開にシンはアレックスを見た。
「大丈夫です。俺が送りますから」
 憲兵を軽く撃退する様を唖然と見る。去っていく官警二人を見送ると、アレックスが息をついてシンを見た。その視線に気づいて、シンは会話の糸口を探した。礼を言うべきなのか、しかし、別に特別危機一髪だったわけでもない。むしろ、声を掛けられたのは自分の方だ。


「あっ。えっと、そう。アンタも仕事の帰りなんだ」
相変わらず肩から鞄を下げて、その仕事の内容を窺い知ることはできなかった。急な話題転換に彼も苦笑したようだった。
「仕事って言っても、相手は道楽なんだけどな」
「道楽・・・」
 並んで歩き出す。
 行く先は分からない。彼の家の方角とも違う。
「まあ、内職みたいなもんかな。これ、見たことある?」
鞄の中から取り出したのは丸いキーホルダーだった。


 チェーンの先に親指の先程の小さな球体が付いている。こんなもので食っていけると到底思えないシンは、あからさまに顔に出ていたのだと思う。
「ただのキーホルダーじゃない。この部分は光るし。10Gと深度100の水圧にも耐えられる設計だぞ、他にもだな・・・」
 目のつもりだろうか、LEDが埋め込まれた部分が二つ並んでいる。キーホルダにはとんと無駄なスペックを並べ立てて、自分の作品の素晴らしさを語る彼を呆れ半分で見る。
「世の中にはこんなものにお金を払う物好きがいるってことさ」
商店街を抜けて閑散とした倒壊したビル街に出ていた。シンのねぐらからも、レジスタンスのアジトからも遠いことに気が付いた。それでも、アレックスは歩調を緩めずに宛てもなく歩きつづける。夜風が心地言い季節。ひんやりとした空気が、興奮していたシンの体をやんわり冷やしていく。


「シン」
 少し高い位置から呼ばれる名前。ここからが本題だと直感する。
「さっき持っていたのは」
「アンタには関係ない」
 これ以上は駄目だと言う一線を無視して踏み込んでくる神経。拒絶すればため息交じりで返された。
「ライトセイバーだろ。戦争中にコーディネーターが持っていた。どうして君が持っているんだ? 確か・・・厳しく管理されているはずだ」
 舗装されていない剥き出しの地面に打ち付けられる靴底の音は2種類。廃ビルの谷間にかすかにこだまする。声は響くからお互いかなり押さえて話していた。
「先ほどのサイレンも君じゃないのか・・・?」
「関係ないだろ!」


 せっかく手に入れた力だった。
 チンピラまがいじゃない、自分をコーディネーターと証明する力。
 自分から全てを奪った力を手にして何を喜んでいる、と指摘する冷めたい自分を見つけて自嘲じみた笑みを浮かべる。地面を見つめて、両手の拳を握り締める。いや、勢いで目を閉じていたから、彼の眼差しを見ることはできなかった。同情なんて間違っても欲しくない。
「力がなきゃ、何もできない」


 一人で生きていける。
 一人で生きてきた。
 レジスタンスの奴らだって、ただ利用してやっているだけだ。


「まあ、それはそうだが」
 張り詰めた空気が力のない彼の声で薄れ、肩の力を抜いた落ち着いた声は明らかにシンのほうを向いて言われた言葉だった。暗闇でもコーディネーターの目なら顔が見える。
「シンがそう思うのならそれでいい」
「アンタこそ、そんなもん、いつか売れなくなったらどうするんだ」
「そしたら違うものを売るさ。冷蔵庫でもエアコンでもゴミ捨て場から拾ってきて修理して売るかな」
 部屋にあった冷蔵庫や電気コンロの出身はやはりそういうことだったのだ。結局は手に職がある、という事らしい。今も歩きながら手の中のキーホルダーを弄っている。
「そうだ。これをやるよ」
「いらねーよ」
 即答に彼が多少傷つこうが、言ってしまったのものは仕方がない。ちょいと差し出されたキーホルダーを、無理やり手の中にねじ込まれて返せなかった理由じゃない
「だから、お守り。ハロっていうんだ」


 片手を上げて遠ざかる彼の後姿を見送る。ハロはベルト通しに付けて、シンは歩き出す。そこからレジスタンスのアジトまでは遠い。夜通し歩く羽目になりそうで、赤毛の少女と安易に約束してしまったことを少し後悔した。

段々短くなってきています。いい傾向だぞ。なんて言って、一晩置いてちょびっと修正しています。