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見つめる炎



「厳戒令が解けるまではここにいていいから」
 一緒に食卓を囲む青年の好意で、シンはその部屋の住人になった。


 最低の地区と言われた東ブロックが片付いた今、アレックスの部屋がある地区もじきにコーディネーター狩りの対象になるだろう。それでも、ねぐらに帰るよりは数倍安全だった。
「前も聞いたけど、どうして俺を助けてくれるんだ?」
「放っておけない。じゃ駄目か?」
 明かりが漏れない特殊なガラスにカーテン。おそらく熱も遮断しているに違いない、恐ろしく用意周到なアパート。
 彼はコーディネーターで、就労証明書を持っている。コーディネータがそれを得るのは大変難しいことをシンは知っていた。
 今こうして夕食を取っているが、何者か分からない分、今更のようにシンは警戒する。相手もそれが分かるのか、変に馴れ馴れしく接したりはしない。おきっぱなしになっている鞄から小さなケースを取り出して、そっと指先でシンのほうへ押し出す。
「コンタクトレンズ。それからこっちが君の学生証」
「こんなものどうやって」
 黒いコンタクトレンズはまだいい。理由もわかる、赤い眼を隠すためだ。
 だが、学生証とは?
「知り合いに頼んで都合してもらった。君には身分を証明するものが要るだろう、勝手だとは思ったが、俺の弟ということにしておいた」
 こんなんってありかよ。こんなに意図も簡単に。
 レジスタンスの奴らが不憫に思えてくる。自主独立を目指すものとは反対に、簡単に迎合している奴もいる。
 今こうしている間にも、ルナやメイリン、レイ、ヨウランにヴィーノ達がプラントに送られようとしているかも知れない。
「あんた、何なんだよ」
 気になるからとか、放って置けないからとか、そんな理由で危険を抱え込むなんてどうかしている。これだけ警戒してこの街に住んでいるくせに、なぜこうも容易く引き入れる。
「何を考えているんだ」
「俺もコーディネーターだからプラントの厳しさは知っている、君のような少年が行くところじゃないよ。それに監視官だけじゃない」
 確かにその通りだ。その通りだけど、自分さえ無事ならそれていいのか? シンは息苦しさに顔を顰める。
「反コーディネーター組織だってある。用心するに越したことはないんだ」
 じゃあ、いつまでそうしていればいい? とシンは投げかける。ルナが言っていたように、それで姿を偽らずに昼の街を歩けるのか? と。
「君は、仲間を助けるつもりでいるのだろう?」
「当り前だ!」
 そんなことはアレックスに言われるまでもない。
「ならまずは情報収集だな。今は待つべき時だよ」
 機を待つ。シンが一番苦手とすることだった。
 しかし、言葉にしてしまうとそれがどんなに大それたことが分かってしまって。
「分かってるよ!」
 シンには助けるためにどうしたらいいのかさえ、分からなかった。


 鏡の向こうに居る自分がまるで知らない誰かのようで、はじめてコンタクトをして鏡を覗き込んだ時ドキッとした。
 黒髪闇色の瞳のシンは思わず鏡の前で百面相をしてしまう。それを運悪く同居人に見られて笑われて、百面の一つ、羞恥の顔になる。
「なんだよ!」
「時間だぞ・・・」
 学生証を忍ばせたカバンを持って、シンはアレックスと同じ時間に部屋を出る。まずは敵を知るべしと、平和秩序の象徴、アークエンジェルをしっかり見たかったのだ。
 アレックスと帰りの待ち合わせ時間を決め、人込みで別れる。
 このままどこかへ行ってしまおう、とは微塵も考えていないシンがいた。すれ違う人が振り返らない。誰もシンを気遣わない。
 彼から借りた服で、どこから見てもナチュラルの少年。通学途中で寄り道をしている、そんな少年。シンが戦争中になくしてしまった、当り前の環境だった。


 父さんと母さんがいて、妹がいて。遅刻すれすれで家を飛び出して通っていたのだあの時までシンも。ナチュラルとコーディネーターが暮らす国で。
 今はもうない。
 例え、復興して国力を取り戻していたとしても、あの日、国民を守れなかった国はシンの中では永遠に滅んだままだった。中立であることに拘るあまり、コーディネーター排斥を訴える陣営から侵略を受けても、国民を守ろうとしなかった国家。今は記憶の中にあるだけの故郷に、思いを馳せることすらこの数年の間になくなってしまった。
 十数年しか生きていないシンの中では、それだけ戦争と戦後の生活が強烈だったのだ。その混乱の時代の象徴が、見上げる空に浮かんでいた。
 国家を超えて平和を為す、アークエンジェル。
 彼らはシンに残された場所さえ奪おうと、この辺境の街までやって来たのだった。


「いつか、俺が落としてやる」
 眩しさで眼を細め、手を翳して全貌を視界に納める。青い空に浮かぶ白い雲のように、蒼天を覆う白い航空戦艦。
 誰かに聞かれたら豚箱行き確定なセリフを、シンはそっとこぼしていた。

み、短い・・・。