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D&D 追憶

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匿名ユーザー

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 Level 21



「あの・・・シンの様子は?」
「眠っているよ。こういう時、回復魔法や治癒魔法が使えるといい と 思う」
「あたしも、治癒の一つくらいできれば・・・」
 痛みは感覚を麻痺させることで凌げるが、根本的な解決にはならない。

 基本的に回復や治癒は明聖なる力・ローフルを源にしている。逆に、攻撃や物理的な防御はカオティック、つまり暗闇なる力に属する。強大で魅力的なカオティックの力に人は溺れ易く、敵を制するにはまず敵を知れとばかりに魔導院では主にカオティックマジックを習う。
 上級になれば、ローフルだろうがカオティックだろうが関係なく発動できるが、まだ見習のルナマリアには無理な話である。

「シンの体力に賭けるしかない」

 シンを引っ張り込んだのは、アイテム屋のアスランだった。
 なぜ? という質問はルナマリアにはできなかったから、シンが回復したら聞くつもりでいた。額に汗を浮かべ、時折、呻き声を上げるシンが、いつ目を覚ますのかはまったく予断を許さない状況で。シンが手にしていた金の平べったい欠片を指の先で弄びながら、ルナは今ここにいない少女の事を思った。

 浅い眠りの中で、シンはステラ、ステラ、と繰り返す。
 もうどこにもいないことを知っていて、その懐かしい記憶に浸る。

 あれは今から2年前。
 魔導士を夢見て王都にやって来たシンを待ち構える厳しい現実。
 家族を亡くしたシンを送り出してくれた田舎の風土とは違う、華やかだが退廃的な王都。
 平民だと言うだけでどのメイジにも弟子入りできず、王立の魔導院にも入門できずにいた。雨風を凌ぐのがやっとのシンが出会った少女、それがステラだった。

 王都の盗賊団の一員で、同年代の少年達と街を駆け回っていた。俺も仲間に誘われたけど変なプライドだけはあって、誰が一緒になるかと意地を張っていた。
 毎日を過ごすのがやっとで、居酒屋や貴族の屋敷の裏口でゴミ漁りをしたり、馬車に忍び込んで硬いパンをくすねて食いつないだ。
 人の集まる場所でスリまがいのことをするのに抵抗がなくなったのはいつ頃だっただろう。

 どんより曇った寒い日。
 街の市場で懐に忍ばされた手首を掴んでひねり上げる。声も上げずに睨み上げてナイフで切りつけてきたから、咄嗟に交わして盗まれた硬貨袋を手放す代わりに後に回りこんで羽交い絞めにする。
「あう・・・」
 目の前で揺れる金の髪と高いトーンの声。
 小さく柔らかい身体は少女のもので。
「いやっ、待って・・・」
 遠巻きにしていた仲間達が、彼女が掴まったのを見て散っていく。
 あっけなさに唖然として、腕を緩めるのも忘れてシンは彼らの情のなさを呪った。

 少女が泣いていると分かったのは、腕に冷たい水滴が零れてきてから。どうしてよいか分からずに、手を取って、覗き込んで、泣き止んでくれるようにあることないこと話し掛けた気がする。

「俺はシン」

「俺も独りなんだ。何とかなるって」

 バザールに来た市民達がチラリと目をやって、少年少女の他愛ないやり取りを眺め、眺めるだけで通り過ぎていく。
 独りは寂しい。独りは寒い。独りは嫌だと、心の奥底を掘り起こされる。
 考えないようにしてきた事、考えてもどうにもならない現実を前に、シンはついに泣き続ける少女を抱きしめる。

「俺が守ってやるから、さ。泣くなよ」

「ステラ・・・守る? シン、ステラと一緒?」

 俺が守るって約束したのに。
 瞼の端から涙が一筋流れる。

 ああ。きっとそこに彼女はいない。

「目が醒めたかい?」
 瞼の向こうには、碧の瞳があった。

「アンタ、アイテム屋の・・・アスラン・・・さん?」

「よかった! シンっ、気がついたのねっ」

 覗き込んでいる茜色の髪は、そう、ルナマリアだ。
 彼女が降って来てから、全ては動き出したのだ。杖とドラゴンの瞳を巡って、王国の親衛隊や盗賊ギルドのギルドマスターも絡んで来た。

 なぜ。彼らは杖を探しているのだろう。

 シンは、自分がなぜドラゴンの瞳を手に入れ、杖を探そうとしていたのか思い出して、溢れる涙を止められなかった。
 ステラと一緒に、もっと楽な暮らしがしたかった。
 きれいな服を着て、おいしい物を一杯食べて、暖かいベッドで休んで。

 そんなの、俺一人じゃ、意味がないのに。
 シンは瞼を閉じて、涙を払うと、今度ははっきりと目を開けた。

 シンにはステラの為以上に杖を手に入れる目的も理由もなかったけれど、その杖が何なのか知りたいと思う。何一つ不自由しない彼らが求める程に、手に入れる価値があるのなら、その価値を見極めたいと。

 ステラの死を意味のないものだと、思いたくなかった。

 シンは自分に目標を定める。
 3日後には起き上がれるようになり、スープやパンも喉を通るようになった。
 アスランの工房だという小屋は闇の森のように森の奥深くにあって、療養するには十分すぎるほど静かだったのだ。

 しかし、穏やかな時間も森の侵入者をアスランが捉えて来て終わりを告げだ。ルナマリアがなぜ、連れてきたりしたのかと口を尖らせるが、衣服はあちこち傷んで満身創痍。確かに、このままつき返して森に放置したのでは、人として、男として心が痛むかもしれない。
 ところが、その姿を見て一番驚いたのは、他でもないルナマリアだった。

「メイリン!?」

「お姉ちゃんっ!」
「あんた・・・お城の仕事はどうしたのよ・・・」

 泣きながら飛びつく妹を戸惑いながら抱きしめるルナマリア。
 突然の姉妹の再会に、一番驚いているのは勿論シンで、アスランが4人分の食事の用意を始める。その夕食の席で、メイリンが驚くべき事実を告げた。




続く

未だにシンの立ち位置がはっきりしません。キラやアスラン、イザークと言った灰汁の強いキャラクターに囲まれてしまうと、どうにもインパクト弱いんですよ! 議長なんて勝ち目ないですよ、もう。そして、今回、メイリンが唐突に登場してしまった。困った時はメイリンです。

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