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凍えた心



 ルナとメイリンの視線が痛い。まるで突き刺さるようだった。
「で、誰なのよ。あのハンサムな人は?」
「いや、俺もよく分からないっていうか」
「はあ? 何よソレ」
 曖昧な答えで言い逃れできない執拗さ。人数が増えたせいかアレックスはまっすぐ帰らずにバラックの商店街で買い物をすると言い出した。店先を覗いて、ちょこちょこと食料品を買い込んでいる。店主と2・3話をしておまけまでしてもらっているようだ。
「成り行きで一緒に住むことになったというか、拉致されたような違うような」
 改めて思い返してみると、なぜこうなっているのか不思議である。
「何であんたみたいなちんちくりんが拉致されんのよ、あたしやメイリンならまだしも」
 しゃべり続けるルナと物珍しげにキョロキョロするメイリンと、言葉に詰まるシンはまるで親ガモの後をついて歩く子ガモのようで、おまけが主に彼らに向けたものだとはついぞ気づかぬまま、安宿ことアレックスの部屋に辿り着いた。
「ルナ。あんまり、騒がしくするなよ」
 一応は釘を指したものの、家主が何も言わなければ意味はない。


「一応自己紹介をしてもらおうか? コーディネーターさん」
 夕食の準備に入る前にアレックスがルナとメイリンを振り返る。シンから説明するつもりがここは先を越されていた。おなじみの食卓に、買ってきたばかりの食糧が入った紙袋を置くアレックスをルナが上目遣いに見る。
「という事は貴方もコーディネーター?」
「さあ」
 挑発的なルナの返事をからかうように笑って、アレックスは腕を組んだ。どこか抜けているアレックスだが、こういう立ち姿をすると妙に様になる。それが、エプロン姿で肩を竦めるから部屋の空気が緊張で固まるようなことはなかった。
「あたしはルナマリア。こっちは妹のメイリン。お察しの通り、そこにいるシンと同じコーディネータよ。貴方は?」
「俺はアレックス。この部屋の主でシンの拾い主。まあ、さしあたり君達迷惑迷子の、ボーイでコックで身の回りの世話係かな」
 あごを上げて3人を見下ろしてくるりと背を向ける。あまりの言い草にルナもメイリンもシンを見る。当のシンはアレックスの膝を折る背中を見ていた。のんきに鍋を取り出して、水を張っている。


 会話がそれで打ち切られてしまい、立ち尽くすシンとルナ達はすごすごとテレビモニタのあるリビングへと移った。リビングと言っても、3人が3人とも床に座り込み、することもなくテレビをつける。
「ちょっと、シン。テレビなんてつけていいの? もうすぐ時間よ」
「まだちょっとあるじゃん。それにこの部屋明かり漏れないから」
 シンは外からは完全にシールドされたこの部屋のことを説明し、ついでに、鍵を閉められたら決して出られないことを説明した。夕食はもっぱら、シンとルナマリアの一斉逮捕後の足取りについてが食卓の話題だった。
 ルナマリアとメイリンはシンと同じように地下に2日潜伏して、郊外の排水処理場跡まで辿り着いた後、ヒッチハイクと徒歩で街まで戻ってきたらしい。当局のレジスタンスのアジト突入とアークエンジェル来訪についてはヒッチハイクのカーラジオで知ったと言う。
「乗せてくれたおっちゃんが、コーディネーターを見たことない人で助かったわ」
 そりゃそうだ。
 知っていれば乗せてなどくれる筈がない。乗車拒否されるのはまだいい方で、下手したらその場で通報されかねない。
「でも、ルナ達だけでも無事でよかったよ」 
「あら、あたしはシンは無事だと思っていたわよ」
「えっ、お姉ちゃん。真っ先にシンが危ないって言ってたよね」
「ルナ・・・お前な」
 メイリンのさりげない暴露に姉妹が肘で小突きあい、シンは口を尖らせた。
「もうメイリン。でもどこかで、絶対一人で逃げきれただろうなって思っていたのよ」
 本当は最後の最後でアレックスに助けてもらったのだが、彼が何も言わないのでそういうことにしておいた。知られたくないのは何もプライドのせいだけじゃない。
 ルナもメイリンもシンより、聞いているのかどうか分からないアレックスを盗み見ながら話している。悔しいが見た目で勝てるとは思っていない。
 そうじゃなくて。丸いすに腰掛ける少し高い位置にある顔をちらりと見る。なんとなく微笑んでいるように見えて。
 このアレックスが助けに来てくれたってことを、教えたくないんだよなと思う。それなのに、シンの考えていることとは裏腹に彼は口を開く。
「シンって女の子にもてるんだな。昨日はステラで。今日はまた別の子でさ。ったく君は初恋の余韻も冷めないうちに違う女子を誘うのってどうだろ。はしゃいでないでシャワー浴びて来い、もうそろそろ時間だからな」
 テレビが砂嵐を映すのと電源が切れるのは秒差だった。
 街が明かりを落とす時刻。
 戦中でもないのに引かれる灯火管制は辺境ゆえの電力不足のため。厳戒令が今だ無くならないのはレジスタンスやテロリストによる武力行使のせい。


 今まで一人で毛布に包まっていたシンの居城がまた侵犯にあっている。昨日はステラ、今日はルナとメイリン。おかげですぐ寝るはずが二日続けてなかなか寝付けない。
「なーんかひっかかるのよね」
 アレックスが誰かに似ている、とルナが言い出した。どこかで見たことがあると。
「ちょっと不思議な人だと思う」
「んー。思い出せない。どうも違和感を感じるのよね、アレックスって」
 違和感。
 ずっと自分が感じてきたものを言い当てられてシンは妙に納得した。コーディネーターの自分のナイフを止め、見ず知らずに夕飯をおごり、揚げ足とりで、警備の仕事をしつつ、ペット用のキーホルダーを副業にしているコーディネーター、多分。戦後の街でささやかに、密やかに生きている彼。
 シンは皆々が自主独立を求めるレジスタンスや問題を起こす過激派ではないと知ってはいる。アレックスのようなコーディネーターがいたって不思議じゃないのだが、何か物足りない。
「まっ、それはいずれ分かるとして・・・ねえ、ステラって誰? 女の子? だよねえ、彼女?」
 突然、話題を降られてシンはギクッと肩を揺らした。あまりにすんなり否定の言葉が出ることが少し寂しい。
「違うよ」
「あっ、さっきあの人が言ってた初恋って・・・」
「メイリン、この歳で初恋だなんて遅すぎるわよ。普通、戦争前よねえ」
 えっ、この歳で初恋って遅いのか? と、心持ち愕然として初恋の記憶を探る。近所のお姉さんとか幼稚園の先生とか、それこそ母親とか、何かあるだろうと記憶の網を手繰るが、何も出てこないではないか。
「戦争前って、どんなませガキだよ」
 女が3人集まればなんとかと言うが、二人でも十分うるさかった。しかも話題はシンの初恋のことなのだ、自分から言い返せないのが、居心地が悪いことこの上ない。何も悪いことはしていないのに負けたような気分になる。
「戦争前じゃないなら、じゃあ最近って・・・まさかアタシ?」
「違うよバーカ」
 言った瞬間に、床にあったカバンが飛んできた。
「もしかして、メイリン!? メイリンは駄目よ、アンタなんかにあげないんだから」
 メイリンが何か『えー、やだー』と言っている。ルナが懲りなく東ブロックの女性達を上げていく。
「盛り上がっているところ悪いんだが。しゃべってないで早く寝ろよ」
 アレックスが髪を拭きながら部屋のドアを閉める。逆光になって、濡れた髪が青く反射する。
 パタンという乾いた音と共に、ルナとメイリンの声が止んだ。一呼吸置いて、押し殺した黄色い悲鳴が。
『かっこいいー!』
 いい加減にしてくれと、シンは毛布を頭から被った。

アレックスモテモテだよ(何かの呪文のようだなあ)そしてシンの初恋ってアンタ、まるで少女漫画だ。シンが乙女のようだよ、書いててキモイなあって。会話バンザーイだし、どこが「凍えた心」なんだと。性懲りもなく、朝ちょびっと修正しています。