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プロローグ



 こんなの・・・聞いてない。


 シンは、ポッポ、ポッポ降る雪空を見上げて、息で手を温めた。
 長袖長ズボンなのはいいけれど、薄手のセーターとパーカーだけでは今年一番の寒波の前にはいくらなんでも寒すぎる。吐く息も真っ白で、街は明かりを反射する雪で同じくらい白く、銀幕のベールが下りているよう。

 にしても、寒い。

 近くにあったコンビニの前でぼうっと突っ立ているだけで足元から冷気が上がってくる。しかし、シンには身体を温めるのに手をこすり合わせる以外に他に手段はなく、ただ、立ち尽くす。傘もなく、暖かい飲み物を買うお金もなく、身体を寒さから守る外套もない。何より、拠る岸辺がないのだ。このご時勢に、珍しい存在。

 地上って、思ったより寒い所なんだな。

 目の前の道路は大渋滞で自動車がのろのろと動いている。足早に歩く人も、誰もシンを気にとめもしない。

 習った通り、荒んだ世界だ。
 こんなところに、本当にあるのかよ・・・。

 寒さをしのぐ方法がシンには一つある。寒さを感じるのは、この存在が肉を纏っているからなのだ。人と同じ身体は同じ感覚をシンにもたらしたから、寒いと感じるのだ。

 ああ、やっぱ、止めればよかった。
 天界に帰ろうかな。

 地上ではない、別の世界。
 人ではない、天使達の住まう世界。
 シンはそこの住人だった。
 今、地上にいるのはある目的のために、人の姿をとって降りているのだ。ただ、タイミングが悪かったというだけで、学び舎で習った通りの格好で地上の社会で違和感がないようにシンは化けているのだ。

 でも、そんなことしたら、あいつらに言われるか分かんないや。
 同じ学び舎の同期の天使達もシンと同じ卒業試験を出され、シンだけがまだ答えを見つけ出せない。

 なんであいつらに分かって、俺に分かんないかな、俺のほうが成績上なのにさ。学び舎でトップ3に入るシンは卒業試験なんてちょろいもんだと軽く構えていたら、出された試験に唖然とした。

 真実を一つ見つけてきなさい。

 その時は誰もがびっくりして動揺が走ったが、一人、また一人と答えを提出して卒業していった。卒業とはつまり、一人前の天使と認められて、学び舎を出ることで。

 卒業試験の解答期限は卒業式の直前。
 地上で言えば、それはクリスマスと呼ばれる日。
 学び舎を巣立つ日、生徒達は天使の証・純白の羽が貰えるのだ。

 だから、寒さに負けて答えも見つけられずに天界に戻るなんて、シンのプライドが許さないかった。それでも、解決策は見つけられずに、白く覆われていく世界を見つめるだけ。

 雪の前には手も足もでない。なんて、こんな真実じゃ、だめだよな。
 ついに吹雪いてきて、コンビニの軒下にまで雪が吹き込んできて、ますます寒くなった。後ろに下がろうにもそこはガラスの壁だった。



 そんな時、ふっと翳される傘が、シンを雪から守る。


「そんな格好で、君、寒くないか?」

 見上げれば拳一つ高いところにいる青年が見下ろしていた。左手にコンビニの袋を提げ、右手にビニール傘。肩に傘をはさんでコンビニの袋から取り出したのはホットのペットボトルで、「はい」と差し出されても、シンにはどうしたらいいのか分からなかった。

 確か、知らない人から何か貰っちゃいけません。って、地上では言われているんだよな。
 総じて、善なる存在である天使は、与えられた好意はすべからく受け取ろうとするが、地上ではそうではないと知識として知っている。

「いらないのか? 寒いだろ。やるよ」

 にっこり。

 微笑まれて、目の前のペットボトルそっちのけで目を奪われる。

 さっ、取って。

 あっ、すみません。

 シンは無意識のうちに受け取っていて、ペットボトルの暖かさがジワリと手に染み込む。

 あったか―――。

「ホットレモンだけど」
「えっ、はい」

 雪の光を映しこむ彼の瞳はそれは綺麗で、天界の宝石みたいに光っていて。答えがさっぱり見つけられないのも、行くあてがないのも忘れて、なぜだか幸せな気分になったのに、残念ながらそれは長続きしないのだ。

「じゃあな。誰を待っているのか知らないけど、早く帰れよ」

 彼が雪の中に視線を向ける。
 一歩踏み出す。キュッと踏みしめる雪の音に咄嗟にシンも一歩踏み出していて、ペッタンコのスニーカーの靴底は身体を支えられなかった。

「危ないなあ・・・」

 腕を掴む手は案外強くて、少し痛い。けれど、それ以上に恥ずかしく、顔まで真っ赤になる。足を滑らせるのも赤面するのも初めてのことで、シンの中はタービュランスだった。

 すみません。
 ありがとうございます。

 転ぶ寸前で助けてもらったのなら、真っ先にこう言う筈なのに、シンの口から出ていたのはまったく見当違いの言葉で。

「待って!」

 相手が、驚くのも無理はない。シン自身が一番びっくりしているのだから。見知らぬ相手に「待ってくれ」とはどういう了見だよ、俺。と、内心突っ込んで、どう繋げたものか必死に言葉を探る。

「行くところがないなら、俺んち来るか?」
「どうして」

 そんなことが分かるんだ?

 目は口ほどにものを言ったらしく、彼は苦笑して種明かしをした。
「ずっとここに立っていたからさ。俺が道路を渡ってこの店に来る前から、出るまでずっと。そんな薄着で、誰かを待っているのかなと思ったけれど、誰とも連絡を取ろうともしないし、誰かを探しているようにも見えないし」

 迎えが来るなら、やってくる方の道路を見ているだろ?

「どう、当たり?」

 シンには頷く以外何もできなくて、僅かにスペースを空けた彼のビニール傘の下に収まった。

 こういうのを相合傘って言うんだよな。

 行く先考えずに付いてきてしまって良かったのだろうかと、優等生な頭がようやく疑問符を浮かべる。知らない人について行ってはいけませんというのも、注意事項にあったようなと、コンビニがずいぶんと遠くなってから気が付いたのだった。




ちょっと間に合わなかったですけど。全然、構成練れてないですけど、クリスマス小噺おば、開始。大体の話は考えていたのだけど、書き始めたのが遅かったのがそもそもの敗因だなあ。