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 彼の言うところの俺んちという所に辿り着いた時、ホットレモンのペットボトルはすっかり冷えてしまっていた。どうやら、『俺んち』と彼は言ったようだったが、正確には違ったらしい。
 本当の家の主人は彼が今一生懸命説得しようとしてる女性のようだった。

「だからって、家出少年を連れてくるなんて! もう、アスランったら!!」
「そこを何とか・・・ミーア、頼む」
「本当にお人よしなんだから。ねえ君、なんて名前なの?」

 えっ、俺のこと?!

 いきなり話しかけられたシンはびくっと肩を震わせた。見習い天使であるシンには名前しかない。正式な天使になれば、存在を表す二つ名を貰えるのだが。不躾にならないだろうかと、少し考え込んで、どうにもならないことに諦めた。ぱっと偽名を考えるほど器用にもなれない。

「えっと、俺はシン」
「そう、シン。今日からあなたもここの一員よ。男手は貴重だから、バシバシ働いてもらうわよ!」

 ウィンクして人差し指を立てる女性は長い髪が腰の辺りでゆれて、人間にしてはチャーミングだ。天界の美しいものばかり見慣れたシンにも彼女が魅力的だと映る。

「良かったな、シン。これで寒さに震えなくていいぞ」

 この人も、人間にしてはきれいだよな。シンをここにつれてきた青年も、天使達に引けを取らない容姿で、いやむしろ、と思い直す。普段はどこにでもいそうな青年に見えるけど、ふとした拍子にドキリとする。

 人間に憧れるなんて、俺、変だよ。

「それで、シン! どうして家出なんてしたの」
「は?」

 家出・・・?
 そういえば、さっきもそんなことを言っていた。シンは二人の会話を思い出して、自分の事を家出少年だと勘違いしているのだと気づく。

「ミーア」
「だって、気になるじゃない。この寒いのに家出よ? よっぽど恵まれた生活をしなければそんな馬鹿なこと思いつかないと思わない? 世の中には・・・」
「よせよ、ミーア。言いたくないことだってあるだろう? 言葉にできないことだってある。これくらいの歳ならさ」

 家出ではないが、言葉にはしにくい。
 真実を一つ探しているんです、なんて。頭おかしいと思われるよな。

「でも・・・」
「どうする?『この世界はみんな出鱈目だ! 俺は真実が知りたいんだっ』なんて言われたら」

 なっ。

「もう子供じゃないんだし、大丈夫さ」

 偶然、だよな。

 じいっとミーアに笑いながらおどけてみせるアスランを見ていると、ミーアと目が合った。ほんの少し口を尖らせて、覗き込むように見つめられてバツが悪い。相手が不意に笑って、手招きするから、その場を離れることができた。

 驚きの連続で、初めてのことばかりで、慣れない人間の身体をもてあまして。
 桃色の髪の女性の後ろについて、2階の一部屋に案内された。ここを使ってねと言われて置き去りにされて、シンは地上での生活に必要な物を何一つ持っていないことに気が付いた。

 俺って、すっげーバカ。

 地上を甘く見ていた。
 真実を見つける前に、地上で違和感なく暮らす方が大変かもしれない。人という身体に閉じ込められた魂では、霊力を発揮できない。不審者と警察に突き出されても、自力で出ることすら適わない。霊体で人間に接触することは禁止されているし、そもそも物質と接触することが難しいのだ。

 せっかくここに置いて貰えるんだから、追い出されないようにしないとな。
 ガランとした部屋を見回せば、タンスと机とベッドが一つずつ。

 俺が泥棒かもってのは、さすがにこの質素さからすれば考え付かないか。
 ミーアはアスランを指してお人よしと言っていたが、シンにしてみれば二人ともである。困っている人を放っておけないタイプなのだろう。

「『俺は真実が知りたいんです』か。マジ、そうだって言ったら、どうすんだよ」

 お金や物でなんとかならない問題だ。
 第一、子供じゃないなら何が大丈夫なんだよ。

 とにかく、ルナとレイにだけは連絡しておこう。万一のこともあるし、時間ねえし。
 真実を見つけないとな。
 シンは小さく拳を握りこんで、「よしっ」と意気込んだその時。

 バタ―――ン!


 笑ったつもりが、いきなり開け放たれたドアに引きつった笑いに替わった。冷たい風がひゅるひゅると流れ込んでくる。勢いよく開けられたドアの向こうには子供が、大口を開けて部屋を覗き込んでいた。

「おい!新入り。夕飯だぜっ」
「夕飯だぜ―――っ!」
「夕はん・・・」

 シンの背丈も半分もない子供が3人。上から順番に口を開く。内容からいって食事だから呼びに来たのだろうが、礼儀もへったくれもない呼び方に、シンは引きつった笑いのまま「今行く」と告げた。

 夕食は大きなテーブルに6人。子供達3人とミーアとアスラン。そしてシンを含めて食卓を囲む。

「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」

 食事があらかた済んだところで、ミーアが食卓についていた皆を紹介する。孤児院を経営するミーアと住み込みだが仕事は外に持っているアスラン。ここで暮らしている3人の子供達。

 アスランと言うのか。
 会話の中で散々聞いていたから知ってはいたけど、こうして紹介されるとやはり気恥ずかしいものがある。

 シンを拾った張本人が軽く手を上げてシンに向かってにっこり笑う。ちゃんとお礼を言おうと思っていて、また機を逸してしまった。照れて、「う」とか「あ」とか言っていると、テーブルの横に座っていた3人の子供達から鋭い視線が突き刺さった。さっき、新入りと呼んだ少年を筆頭に、ミーアが紹介していけば大きい順に、スティング、アウル、ステラと言うらしい。

「ったく、アスランなんでこんな奴拾ってくるんだよ」
「そうだ、そうだ」

 ステラという少女はまだ食べているから、少年二人の野次には参加していないが、無視されているようで少し悲しい。それでも、少年二人の特に、アウルの不満が遠慮なしにぶつけられる。

「アスラン見て顔真っ赤にしてる奴にろくな奴いねえって」

 顔が真っ赤? どういう意味だよ。シンは両手で頬を押さえる。
 俺達天使はきれいなものに弱いんだよ!

「あーあー、照れちゃったりしてさ」

「照れてないっ!」

 あっ、ヤバ。こんなガキ相手に何本気になってんだよ、俺。
 ああ~、やっぱり、アスランさん笑ってるよ。くそっ。

「早速、仲良くなれたみたいだな」
「アスラン、それ違うと思うわ」
 さすがミーア。よくわかってる。なんで、俺がこんな人間のガキなんかと仲良く・・・。冗談じゃない。俺には真実を見つけるという崇高な使命が。

「ガキ同士合ってるってことだろ」

 なんだとっ!

 3人の子供達の一番年長。スティングが漏らした呟きに、条件反射で振り向きそうになってぐっと堪える。

「・・・ごちそうさま」

 ステラの小さな声が張り詰めた食卓を一発で和ませて、二人の少年の雰囲気が一気に柔らかくなる。ゆっくりした動作でスプーンを食卓において手を合わせる。全員がステラを見守る中、今気がついたと言わんばかりにシンを見て、アスランとミーアに聞く。

「この人、誰?」

 スティングとアウルは言うに及ばず、ミーアまで笑い、アスランには困ったような顔で見られた。シンは小さな女の子相手に怒るに怒れず、ただぐっと、ミーアが再び自分を紹介するのを黙って聞いていた。




まあ、展開は皆さんが考えている通りですよ。