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「で、こんなところでアンタは何してるわけ?」

 シンの部屋の窓に腰掛けて茜色の髪の天使が問いかけた。
 いち早く卒業試験の答えを提出した学び舎の同期が、できた時間を利用して地上に降りてきていたのだ。こっちは未だ卒業試験に四苦八苦しているのに、肉をまとわずに霊体のまま気ままに地上旅行である。

「あらやだ。ちゃんと許可は取ってあるわよ。卒業旅行なの、りょ・こ・お」
「はいはい」
「こんな所で真実探しねえ。ここって孤児院でしょ、さっきちょっと中の様子を見てきたけど、あまり裕福そうではないし・・・」

 そうなのである。
 シンを抱え込むことになって少なからず経営が厳しくなっているはずなのである。それなのに、ミーアもアスランも何も言わずに、シンに任せるのは簡単な屋内の仕事ばかり。

「あんたがいないとレイの相手ばかりでつまらないわ」

 シンとルナ、レイが今期のトップスリーでお互いにトップを争っている。その二人が早々に試験を終えて、残すはシンのみ。トップスリーが揃い踏まないと落ち着かないらしい。

「まっ、何にしたってさっさと答えを見つけて、帰ってきなさいよ。サトゥルナリアの最中はパトロールも厳しいから、間違ってもとっ捕まったりしないでよね」

 地上ではクリスマスと呼ばれる祝日、実は古い精霊の祭りでサトゥルナリアと言う。この期間は地上に残った悪しき精霊たちが馬鹿騒ぎをして、冬至を前に地上の気が弱まるから、地上を監視する天使達は大変である。度が過ぎた精霊たちを鎮めるのに躍起になるわけだが、逆に、地上の調和を乱す存在を駆るチャンスでもあるわけだ。

 悪魔だったり、職務を忘れて地上で快楽にふける天使。争いを呼ぶ人間や、精霊など。
 地上は地上で人間達が社会の秩序を守るために警察という組織を作っているのと同じように、天界は地上という世界の秩序を守るためにパトロールを行っているのだ。
 何度も大きな戦争、災害に見舞われながら、未だ人の世界が存続しているのもひとえに彼らのおかげである。

 と言ったら、あの3人のガキはどんな反応をするだろう。
 天使によってこの世界は護られている。

「そんなへまするかよ」
「分かってるけど、一応ね。じゃ、がんばりなさいよっ」

 空気中に溶けていくルナは霊体のまま、天へと昇っていく。

「言われなくても、分かってるよ」



「何がだ?」

 シンはガバッと振り向いた。
 ドアノブを手にしたままつ突っ立っているアスランが、ルナが消えていった夜空とシンを交互に見ている。

 まさか、見られた?
 いや、ルナの姿は人間には見えないはず。

「誰と話していたんだ?」
「えっ、独り言だよ、独り言」

「何か探しているのか? それに、パトロールってお前、追われているのか?」
「えっ、はっ? そんなんじゃないって。心配ないない」

 両手で否定するが、返って余計に不信感をもたれてしまったのかもしれない。ずいっと部屋の中に入ってきて、後ろ手にドアを閉める。  

「何か隠しているだろ」

 吐けと言わんばかりの顔して近寄らないで欲しい。
 窓際まで後退すればシンに逃げ場もなく、必死にうまい言い逃れを探すが、とっさのことに何も浮かばない。土台、無理に無理を重ねているのだ。本当は家出少年ではないし、人間でもない。隠していることばかりだ。

「隠しているって、何を」
「お前―――」

 アスランの伸びた手がすぐ目の前にあった。
 一瞬で距離を詰められたことに後ろへ逃げようとして、そこが窓際だと言うことを忘れていた。シンは窓枠を支点にぐらりと後ろへ倒れこむ。小さな少年には到底乗り越えられない高さにあっても、シンには飛び降りるには問題ない高さがあった。

 幸か不幸か、後ろから倒れこむように、窓から落ちた。
 自分が人間に化けていることも忘れて、肉の衣を脱ぎ捨てた。開放される霊力でシンは落ちることなく地上に降り立ち、光を透過する霊体をアスランの前に晒していた。
 窓から覗き込む彼が、驚いて目を見開いている。

 あっ。
 これじゃ、隠すも何もないじゃないか。
 案の定、これ以上逃げられなくなったシンは、アスランに一部始終を話す羽目になってしまった。そのまま逃げてもよかったのに、見下ろされる彼の瞳に見つめられて身動きできなかった。一言「説明しろ」と言われて、素直に従うしかなかったのだ。

 本当に俺、地上に来て散々だ。
 どうかしている。

 ずおーんと落ち込むシンとは別にアスランはどうってことなく、シンの卒業試験について首を捻っていた。

 ちょっとは驚いてくれよ。
 一緒に考えてくれるのはうれしいけどさ、なんて言うか、もっと有り難味がさ。
 シンは自らの失態と、アスランの態度にさらに落ち込んで、小さく縮こまってベッドの上に座った。

「真実を探せか・・・」
「うん」
「真実なんてどこにでもあるからな。どの真実を選ぶか」

 どこにでもある・・・って。
 答えにふさわしいかどうか、それが問題なのだ。どうせなら皆があっと言うような真実を見つけたい。学び舎トップとして恥ずかしくない真実を。これから一人前の天使となるシンにとってこれが第一歩となるのだ。

 俺のこと馬鹿にしてた上級生や、口うるさい教授たちに目に物見せてやるんだ。
 天界にも年功序列や学歴社会に近いものはあって、教授達に「最近の若いもんは・・・」と言われる筆頭のシン。

「あまり難しく考えてもなあ・・・真実ねえ・・・」

 二人して首を捻っていると、控えめなノックがしてステラが顔をのぞかせた。頭にバスタオルをかぶってほのかに石鹸の匂いがした。
「アスラン、あのね。ミーア、怒ってる」
「あ、そうだった!」

 すでに3人が学校から帰って数時間たっている。
 働きに出ているアスランも帰っている時間なのだから、相当遅い時間だった。

「シンも」
「ありがとうステラ。ちゃんと髪を乾かしてから寝るようにな」

 アスランは声をかけて、ステラがとてとて戻っていくのを見届けるまでドアを見ている。パタンと閉じるのを待って、彼がシンに向き直った。
「みんなで一緒に探せば、納得のいく真実が見つかるさ」

 人間に手伝ってもらうなんて情けない。
 シンはアスランのやさしさを素直に喜べなかった。護るべき人に助けてもらうなんて、本当は皆の役に立ちたいのに、ここではシンは何の役に立てない。これから一人前の天使として地上を良き方向に導かなければならないのに。

 俺、大丈夫なのかな。

「はっ、早く風呂に入ってしまおう。俺達が最後だ」

 階下の洗面の奥にある風呂場の前でミーアが待ち構えていた。
「二人とも何してるのよ、アウルに逃げられちゃったじゃない。それに、お風呂が冷めちゃうわ」

 ステラはおとなしく戻ってきたが、アウルは濡れた髪のまま部屋に戻ってしまったようだ。

「あいつはもう・・・」

 アスランがため息をつく。夏はいいとしても、冬は風引きの元だ。それに、乾かさずに寝るから、いつも髪があさってに跳ねている。
「何度言っても聞かないですね、アイツ」
「そうか、シンから言っても効き目なしか・・・」

 アスランさん、なんでそう思うんです。
 俺の言うことなんて、全然聞かないですよアイツ。

 お風呂場にアスランと二人きりで脱衣かごに服を投げ入れる。ステラの髪を乾かしているミーアの後ろで服を脱ぐのは少し気恥ずかしいものがあったが、アスランが何も気にせず手をかけるから言われたとおりにさっさと風呂に入ることにした。
 ちょっとした旅館並みの風呂場は、孤児院の部屋が全部埋まるとこれでも狭いくらいなのだと言う。シンが来る前に孤児院を出ることになった3人がいて全部で8人だった時は入る順番でかなり揉めたのだとか。

 天界にも魂の沐浴はある。こんな風にお湯に首まで浸かるものではなく、情報としては知っていても、実際に体験するまでは半信半疑だった。

 あ~、気持ちいい。

 湯気に囲まれて、目を瞑れば魂の沐浴と同じくらいすっきりする。

「そう言えば・・・」

 唐突に髪を洗っていたアスランが切り出した。

「シンはどうして、地上で真実を探そうと思ったんだ」
「どうしてって、決まっています。これから地上を護るわけだし、今のうちによく知っておこうと思って」

「お前、真面目だなあ」
「はい?」

 不真面目だと注意されたことはあっても、真面目だと言われたことはなかった。それを感慨深く呟くアスラン。

「地上を護るって、そんなに大事なことか?」
「何言ってるんですか! 今こうしてのんきにしていられるのも俺達が常に地上を監視しているからなんですよ」

 俺達の苦労を知らないからそんなことが言えるんだ。地上を護るために、魂の力を失って消滅した仲間もいると言うのに。シンは自分だって実際にそんな苦労をしていないのに、まるで自分のことのように天使の努力を力説する。

 二人きりしかいない風呂場にシンの声が響く。
 髪を洗い終わったアスランが水分を落として、湯船に乗り込んでくる。水に濡れて不思議な色に見える彼の髪は、実際少し青みがかっている。

「それだよ。地上は本当に天使に護られているのか?」
「どう言う意味ですか、それ」
 二人が口を開くたびに、波紋が広がってお互いの肩で跳ね返る。
「どうせ護るなら、戦争とか災害とか起こる前になんとかしようと思わないか?」
「当たり前です。でも、俺達だって力及ばないことがある。時間を戻せないように、起こってしまったものは、どうにもならないでしょう」

「じゃあ、今のこの世界は君達が望んだ世界なのか?」
「そんなに居心地悪いですか。ここは」

 学び舎で習った地上の歴史。
 今、シンがいる地も少し前までは戦禍が耐えない場所だった。奇跡的に復興を遂げているが、こうして孤児院と言う形で爪痕が残っている。

「そういう意味じゃない」
「じゃあ・・・」
「上手く言えないけれど、この世界には天使達にもどうにもできないものがあるって言うか」

 言ってる本人も首をかしげながら、時には目を瞑って考えるように言葉を紡ぐから、シンにはもう言ってることがよく分かっていなかった。

「アウルにどれだけ言ったって髪を乾かさずに寝るのと同じで、思い通りにならないものがあるってことだよ。君が言ったって同じだっただろ? 押し付けじゃ駄目なんだよ」

 分かるような、分からないような、もやもやした気分。
 シンは鼻の下まで湯船に沈んでぶくぶくと息を吐き出した。




眠さに負けてちょっと自分でもわけ分からなくなっています。お話を書くのって本当に難しいですよね。こういう展開にしないといけないと分かっているのに台詞を書いていると「これではそんな風にもって行けないよ・・・」なとなることもしばしばで目的のゴールまでにえらく大回りする羽目に。いかに削るか、できません。書いたシーンをばっさり書き直すことができると時と、できない時があるのよ。今回は後者かな。だから無駄に長い。