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 軽くため息をついて、彼女がひざの上で握った両手を見下ろす。不意に顔を上げてドアを振り向く。

「ミーア。アスランに客だぜ、どうする?」

 スティングがミーアを呼びにきていた。

「ちょっと外で待ってもらって。すぐ行くわ」
「オーケー」

 パタンとドアを閉めてスティングはすぐに行ってしまって、また二人が部屋に残された。

「あいつらは知ってるのか?」
「あの子達は知らないわ。普通とは違うと思っているみたいだけど」

 窓の外の雪はどんどん激しくなって、夜だというのに窓の外が明るかった。
 風も吹いてきて、ゴォーと音がする。
 もしかしたらノックされたのかも知れなかったけれど、風の音に消されてシンの部屋のドアはいきなり開けられた。

「ミーア!あいつら、アスランを連れて行きやがったっ」

 怒鳴り込んできたのはアウルで、スティングとステラが遅れて駆け込んできた。ステラがミーアのスカートをぎゅっと握って、涙を浮かべて見上げる。
「外、雪」
「何なんだよ、あいつら、いきなりっ!」
 そう言ったアウルの手は氷のように冷たくて、頬も指先も真っ赤だった。それが意味するところはただ一つ。
「アウル、追いかけて外に行ったのね、手がこんなに冷たいじゃない!」
 すぐに両手で挟んで暖めるミーアと、ステラがいっそうミーアにしがみ付く。

「スティング。リビングのストーブをつけて部屋をあったかくして。アウルもステラもスティングを手伝ってね。アスランが帰って来た時に、うんと部屋を暖かくしておくのよ」

「アスラン帰ってくるよな?」
「大丈夫よ」

 そんな保障はどこにもないのに、小さな子供に微笑むミーア。
 スティングに連れられてリビングに向かう3人。

 それに対して自分は―――。
 地上に来てからいいことなしで。

「あなたはどうするの?」

「っ!」

 どうするって、俺は何も。

「助けに行かないの? ここにいるのでそれができるのは、あなただけだわ」

 でもあいつは堕天使で、助けに行くって事はつまり俺がパトロール達の邪魔をするってことで。第一、たかが見習いが駆けつけて助けられるとは思えない。

「前に二人で難しい話をしていたわね。真実を探しているとか、地上を守るとかって」 
「あれ、聞いて、いたんだ」

 今となってはそれも空しい話だ。
 元天使のあの人には先刻承知の話を、俺は偉そうにかましていた。

「お風呂であんな大声で話せば聞こえるわ。ねえ、シン。真実は優しだけのものととは限らないわ。それにね、シンが求める真実はずっと目の前にあるのよ、ただあなたが気が付かないだけで」

 俺の捜し求める真実が目の前にある?
 気が付いていないって?

「きっと後悔するわ。だからアスランを助けて。私達を守って」

「シンにもシンの真実が見つかるわ」

 ミーアの泣きそうな笑顔をそのままにはしておけなかった。
 真実を見つける最後のチャンスかも知れなかった。
 あいつらが帰ってくると信じて待っているから。

 理由はいくらでもある。シンはどうしてもそれを理由だと認めたくはなかったけれど、気づいてしまった以上は嘘はつけなかった。

 話を聞こうとしなかった、ひどいことを言ったことを謝まりたいし、この孤児院につれて来てくれたお礼と言いたいと思っている。

 違う。そうじゃなくて。

 堕天使とは関係なく俺は、あの人を信じたいと思っている。
 信じていたいから、裏切られたと思ってこんなに怒っているんだ。

 自分が信じられなかったんだ。
 何が本当のことなのか、自分自身のことなのに、嘘をついて。
 天界のルールや天使の習性を考えれば、これは間違っているんだ。

 手配中の堕天使を助けることがいいことなはずあるか。
 天使は善きものに惹かれるはずなのに。
 それは長い年月を積み重なって築かれた真実。

 でも、俺はあの人を助けたいと思っていて。
 俺はアスランさんが好き、かも知れない。初めて見たときから、憧れてて、うわ、何考えてんだ、俺。それも、本当のことなんだ。ちくしょう。
 俺はあの人が好きだ。

 真実は一つだけじゃないって、アスランもミーアも言っていたじゃないか。
 お互いに相容れない時もあるんだ。
 どちらかを選ばなきゃならなくなったら、信じられるものは。

 ああ。きっとさっきまでの俺だったら、天界の戒律を選んでいただろう。
 学び舎で一緒に勉強した、レイを疑って、ルナを疑って。

 俺自身が信じられなくて、あの人も信じられなくて、手っ取り早く飛びついていた。

 だけど。
 俺はあの人を信じたいから。

 シンは窓から雪の世界を見渡す。
 肉の衣を脱ぎ捨てて、霊体のまま雪が降る世界へと飛び立った。

 俺は俺を信じたいから。



 この雪がどこから降りてくるのか、シンにもよく分からなかった。一瞬だけ見た彼の波動を必死になって探す。どこまで上空に上がれば見つけられるのか、どこまで見渡せば感じるのか。

 誰かを信じると言うことが、こんなに難しいなんて。
 それは自分を信じることでもあって、中途半端な覚悟じゃできないことなんだ。 

 信じる強さ。
 それが、俺が見つけたかった真実。

 彼の羽は真っ黒だったけれど、白い世界よりなおも白いハローが浮かぶ。

 茨の鎖でつながれたアスランがパトロール達にぶら下げられていた。シンは霊体なのもお構いなしに、彼らに体当たりをした。
 傷つくのもかまわずに、茨を引きちぎる。
 止めようとするパトロールたちと格闘し、雪の中を滑空する。
 その間も、術のかかった茨は次々と復活してアスランを戒め、地上が近くなる。肉体を持った彼は激突したらひとたまりもないだろう。

 お前達にかまっている暇はないのにっ。
 みるみる近くなる地上は真っ白で、今もひっきりなしに雪が降り積もり。

 不謹慎だけど、地上のライトを反射して、夜とは思えないまぶしさだった。

「アスランさんっ!」

 早くあの茨を解かないと。
 しつこく追いすがるパトロール達もさすがに現役だ、シン一人でどうにかなるものではなかった。

 手を伸ばしたが、それさえ、彼らの槍に防がれて、間一髪届かない。
 指先が茨に触れ、急に背後のパトロールが掻き消えた。振り返れば、パトロールの一人が束縛リングで足止めされている。その向こうにいたのは。

「ルナっ!?」

「急げ、シン。時間がないぞ」

 この声は・・・レイ!?
 残ったパトロールを足止めするレイが見下ろす先に茨の鎖を広げて落下するアスランがいた。

「早くっ!」

 目いっぱい加速して、地上の重力すら追い抜いて茨に手をかける。
 最高束縛鎖の茨は、ちょっとやそっとじゃ外れない。
 当たり前だ、簡単に外れてしまっては、意味がない。

 あいつを外すには、確か、トリニティじゃないと駄目だって学び舎で。
 父と子と精霊の力が。
 そんな力、ここにあるわけないだろっ!

 シンは力ずくで引きちぎろうとするが、落ちる一方のアスランは悪戦苦闘するシンをぼおぉっと眺めている。

「ちょっと、あんた何見てるんですかっ!」
「引きちぎっても、すぐ再生するぞ」
「だったら、再生する前に全部引きちぎっていやるっ」

 無茶苦茶だな、お前。

「シンっ、何をしているんだ。すぐに増援が来るっ」
「早く、シン!」

 ルナとレイがシンの苦戦を見つけてやってくるが、一向に外れない茨の鎖に、顔を見合わせる。3人とも茨の外し方を知っているが、実現できないのだ。まだ見習いの天使達では。

「お前の友人か?」
「はっ? そうですよ。俺よりちゃっちゃと卒業試験をパスした奴らです!」
「そうだ・・・、お前、答えはどうしたんだ。期限明日、って、もう今日だろ?」

 時刻はもう零時を過ぎて、今日はクリスマスイブ。
 卒業試験の回答最終日。

「答えはもう見つかった。だけどっ」

 今はそれよりも、アンタを助けないと。

「シン。新しいパトロール部隊が来たっ」
「まずいぞ、あれは」

 上空から飛来する一団は、今までのパトロールとは違う上級天使で。輝く大きな羽が急速に接近する。

「ちょっと、まずい・・・よな」

 シンが茨を千切っては投げ、千切っては投げしている、その当の本人が雪の向こうにやってくる天使を認めて目を細めた。
 シンはザワリと魂がゆれるのを感じた。
 真っ黒な羽根を見た時と同じ波動。

「前途ある若い天使たちを、みすみす引き渡すのもなんだし」
「アスラン・・・さん?」

 茨の鎖の中で、無理やり広げられた羽が強引に茨を引きちぎって、なおも縛ろうとする度にハローとの衝突で燃える茨。

「父と子と精霊の御名において」

 声に乗せて紡がれた言霊に震えた。
 神の力が彼の中から、言葉を媒体にして顕現する。
 広がったハローが大きなリングとなって弾けると、白い雪が輝いて、空から流れ落ちて茨の鎖を消滅させた。更に、どこかに転移させられた増援のパトロール部隊。

「そんなことできるなら、初めからやってくださいよ!」

 俺の苦労が・・・。

「お前が来てくれるんじゃないかって思って」
「それ、全然根拠ないですよ。もし、俺が助けに来なかったらどうするつもりだったんですか」

 あっ、聞くだけ野暮だった。
 一人でトリニティ発揮できるほどだった。

「もう、そんなことはどうだっていいです。アンタが無事でよかった」
 シンはアスランの両腕を掴んでその胸に額をつけた。
 安心しすぎて、泣いてしまいそうだった。

 あれ、おかしいな。俺、今、霊体のはずなのに。
 何で・・・涙。

「礼を言うのはこっちだ、信じてくれてありがとうな。お前の波動、ちょっとこそばゆかったけど」




 シンはアスランを抱えて、孤児院まで戻った。
 彼は時に強大な力を発揮できるけれど、ほんの一瞬限りなんだよと笑った。

 雲が切れた空が白んでいた。朝が来る。
「もう行け、時間だ」

 卒業試験のことはそれほど重要じゃなかったけど、シンは朝日が昇る前のアストリア・ドーンの青い世界で、孤児院の前でアスランをもう一度見た。真実より、俺はもっと大事な事を知ったから。

 それは信頼。
 誰かを信じる強さが、相手も自分も救う。

 彼は初めて会った時と同じように微かな笑みを乗せていて。
 孤児院の上に浮かぶルナとレイを見上げた。

「また、会いに来ますから」
「そうか」

 アスランがそう答えた上から、声が降ってきた。

「もう来るな、このバカーッ」

 孤児院の二階の窓から顔を乗り出しているのはアウル。すぐにスティングに頭をたたかれて姿を消したが、開け放たれた窓から子供の話し声がやんややんやと聞こえた。

「記憶消さなきゃ」

 シンは肩をすくめて、ため息をついた。
 霊体での接触は厳禁だから、正体がばれるわけにはいかない。家出少年のシンは居ても、見習い天使のシンはここには居ないのだ。

 待ちくたびれたルナがシンを呼ぶ。
「シー、ンー」

 朝日が差すのに合わせるように、霊体が光を透過する。
 物質としては存在しない羽根の羽ばたきが聞こえ、シンは飛び立った。





 イブの夜はまたチラチラと小雪が舞って。
 孤児院のリビングではいつもと同じ人数が集って、ささやかながらクリスマスのお祝いが行われた。

 スティングとアウルとステラと。ミーアは彼らを抱きしめて、額にキスをする。
 子供達がプレゼントにわくわくしながら眠りについた夜。 


 カラン。

 ツリーに付いた飾りのベルが鳴った。風もないのに自然と。
 後片付けをしている二人は顔を見合わせて、ツリーのベルを見た。ステラが部屋の中で探し回った金色のベル。

「ねえっ、知ってる?」
「えっ、何を?」

 ミーアがあまりに嬉しそうに尋ねるから、アスランが聞き返す。待ってましたとばかりに、彼女が桃色の髪を揺らして振り向いた。

 ツリーのベルが鳴る時、それは。

「天使が羽根を貰えた時なのよ」




終わり



毎度毎度、同じような展開だなあと自分でも思います。一つのお話の中で起承転結を考えて構成しているつもりなんですけど、転結が同じパターンだなあ、と。書いているうちにネタはどっかいっちゃうし、もっと、さくっと書けるようになりたいなり。1000字の小論なら簡単なのになあ。なんというか、ミーアの口調がちょっとよく分からなかった・・・。最後のほうはやっぱり息切れしてますしね。