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Men of Destiny 19

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それが定めなら



 手に届くところに何もない恐怖と、何にも捕らわれない解放感はすぐに真綿に包まれたように掻き消えた。風を孕んでバタバタと空中を滑ったのは一瞬で、痛いほど右手を捕まれていた。
 翼の付け根を二人して転がって、急に止まる。
 捕まれた右手で無意識のうちに掴み返す。
「放すなよ」
「そんなこと言ったって!」
 風を切る音がすごくて、お互いに何を言っているのかを聞き取るのがやっと。
 人一人を支えられるほど体格のいい人じゃない。どちらかと言えば痩せている部類に入るアレックスが、フラップの段差に片腕を引っ掛け、シンを掴んで腕一本で支えていた。彼の黒い上着がはためいている。
 夕日に照らされた輸送機の2番機が下に見え、その下に見えるのは糸のように細い街道に区切られた畑だった。ルナ達の飛行艇を探したが、こう空域が荒れていれば滞空するのは無理だろう。
 呼びかけてみたが返事はない。
 反コーディネーター組織の飛行船も、随分と後方に下がっていた。
 輸送機から落ちなかったこと、アレックスが手を掴んでくれたこと、ジェットエンジンに吸い込まれなかったこと、偶然がいくつも重なった。
 それでも絶対絶命だった。
 アレックスを見上げる、そのずっと上空、茜色の雲の隙間に浮かぶ戦艦。 
「アークエンジェル!」
 二人を照らしていた夕日が不意に翳る。
 猛烈な風にびくともせず姿を現した男。
 忘れもしない、襲撃を受けた夜にシンが対峙した監視官。彼がフリーダムの二つ名を持つスーパーコーディネーターだったのだ。 
 右手を掴むアレックスの手に力が入った気がした。


 その男は監視官の白と青の制服を着て、茶色の髪と紫の瞳をしていた。刺すような視線にシンは思わず睨み返してしまった。
 ついっとあごを上げて、視線を逸らされる。それはまるで見下すという表現がぴったりの仕草で、唇の端を緩く上げて、無駄のない動きで手を差し出す。
「この高さから落ちたら、いくら君だって無事じゃすまないよ」
 シンは安堵したのもつかの間、監視官の顔に浮かぶ表情を見て、息を呑んだ。嬉しそうな笑顔は隠し切れない怒りを宿していたのだ。そんな風には見えないのに、そう感じられたのだ。そのくせ、瞳は全く表情が読めなかった。
「久しぶりだね、アスラン。探したよ」
「キラ・・・」
 アレックスがキラと呼ぶ。
 知り合いだったのかと、シンはショックを受けていた。
 そして、キラと呼ばれた監視官がアレックスの腕を掴む直前、シンは宙を舞った。右手は彼に繋がれたまま。
「アスランッ!」
 アレックスがフラップに引っ掛けていた手を離したのだった。
 咄嗟に腕を伸ばす監視官がみるみる小さくなる。聞きなれない名前だけが残り、エンジン音と機体が折れ左に大きく傾く輸送機の爆音にかき消された。


 時間にしたら数秒。
 赤い瞳に映る全天のパノラマ。
 赤く染まった曲線を描く地平線と沈みゆく真っ赤な太陽。
 右手は彼に捕まれたままだったが、シンは初めて空を飛んだ。 


 強い衝撃と共に身体が叩きつけられ、硬い金属の上をゴロゴロと転がる。
「シン! 無事かっ」
 これを無事というのか・・・。
 叩きつけられたそこが下を飛ぶ輸送機の背だと気づいて、ある意味ホッとし、と同時に途方にくれた。まさかあそこから落ち、運良く下の輸送機に乗り移れるなど想像だにしなかった。
「上部ハッチから中に入ろう。襲撃で混乱している今ならうまく潜り込めるかも知れない」
 煽られた髪の間から見える瞳が残光を受けてライトグリーンの光を放っているように見える。
 俺を助けてくれたアレックス・・・。
 さっきあの監視官に『アスラン』と呼ばれていた。
 こんなに活動的な人だったのかと、シンは身振りで進行方向を示すアレックスを見た。匍匐全身でずるずると背を移動する彼を気持ち観察しながら、シンは後について中に潜り込んだ。
 この、プラントへコーディネーターを護送する輸送機の、中に。


 輸送機は星空の下を一昼夜飛びつづける。
 中に潜り込んですぐにあっけなく捕まった二人は、他のコーディネーターと共に監獄に入れられ収容所へ送られることになった。ちょうど攻撃で死亡したコーディネータがいたからその数合わせにちょうど良かったのだ。たいして調べられもせず、無造作に同じ監獄に放り込まれる。
「ったくどこから紛れ込んだんだ」
「どっちにしてもプラント便に忍び込むたあ、まぬけ過ぎるぜ」
 離陸直後に反コーディネーター組織に攻撃された個所を修理しつつ、クルーが忙しく走り回っている。見張りも自然と手薄になっているようだ。
「どーすんだよ。プラントに着いちまう」
 シンはことの重大さに寝るに寝られない。
 随分と予定とずれていると思う。
 ヨウランとヴィーノを助けるはずが、変わりにプラントへ行くことになるなんて。しかも、レジスタンスでもなんでもないアレックスと共に。
 雑魚寝に混じって寝ているアレックスを横目でチラリと見る。あれから何も言わないから、シンは声を掛けることを躊躇ってしまう。
 こうなったことを怒っているのか。でも半分は彼のせいだと開き直る。瞳を閉じれば瞳の中の夕焼けのシーンが蘇り、シンの記憶の中の仇とダブるコーディネーター。
 どうしてあの監視官と知り合いなのか。
 アスラン。
 どこかで聞いたことのある名前だと、こういう時にルナがいれば一発だと思った。彼女は妹のメイリンともども、かなりの情報通だったから。
 無事に逃げおおせただろうかと、シンは俯いてルナ達のことを考えた。
 そして、心配できるような情況にないことに今度こそ深くため息を付いた。


 四方を海に囲まれた巨大な人工建造物。絶海の監獄。
 コーディネーター収容所、その名を「プラント」
 そこは4年前に終結したコーディネーター独立戦争で中心的役割を果たした、コーディネーター達の中心的コロニー・プラントの残骸。忌まわしき場所として、皮肉を込めてそう呼ばれていた。

二人の邂逅シーンが意外とさらっと流れてしまいました。どうでもいいことですけど、輸送機の順番、逆だったかも知れない。

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