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Men of Destiny 21

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眠りのない夜



 建物に例えれば30階建て位だろうか、もう少しあるだろうか。最初は数えていた階段も二百段を越えだした頃から数えるのをやめてしまった。通路の段差は擦り切れてほとんどスロープで、螺旋を描いて地底に消える。
 まず、最下層の採掘セクションで掘り出されたメタンハイドレートを特殊な袋に入れて固形化する。次に袋詰されたガス燃料を人手を使ってエレベータの搬入口まで運ぶ。後はエレベータを使ってプラント上部まで運ぶ。
 搬出セクションは最下層からエレベータ搬入口までを指し、単純だがかなりの重労働でもあった。周りの大人が嘘のように黙々と労働に勤しむからシンも何も言えずにただ、スロープを登ったり降りたりする。大人の足に遅れまいと。
 何も考えない方が楽なのだ。
 考え始めると悪い方へと悪い方へと思考が進む。曰く、貴重な青春の日々をこんなところで無駄にしていいのか、これからどうなるのか、挙句、このまま過労死するのじゃないかと。


 搬出作業は2交代で昼夜を通して休みなく行われる。アレックスと別々になったシンは話し相手もなく、今日も燃料袋を背負って螺旋階段を上っていた。
 もともとおしゃべりではなかったのだ。
 戦後世界を一人で生き抜いてきた自負と処世術から、自然と口数も減る。今こうして、プラントという海上の監獄で労働に従事することで、従来の自分に少しずつ戻りかけていた。同じ昼番のコーディネーターの大人たちにからかわれようが無言で受け流す。
 いい大人がなんだよ、みっともない。
 ルナマリア達レジスタンスと知り合った事で、コーディネーターの待遇の悪さに憤りもしたが、こういう達の悪いコーディネーターもいるのだ。社会の風当たりの悪さはこちらにも原因がある。
 彼らを見るシンの赤い瞳はいつしか、血のぬくもりを排除した冷めたものに変わっている。
 それに気づかない男達じゃない。腐っても彼らもコーディネーターなのだ。
「うわっ!」
 体調が悪く足取りのおぼつかない仲間が急にぶつかって来た。背中を押されてよろめいたのだ。彼の背負っていた燃料袋が背中に圧し掛かる。
「さすが、シンは若いねえ。もう一個持つってか」
 怯えた顔の仲間に今更押し返すのも気が引けて、シンは無言で一つ余分に背負って階段を上った。
 往復して底に戻ってきた時だ、シンは安全ヘルメットを被る男に声をかけられた。
「おいおい、そんな背負い方だとすぐバテるぜ」
 ヘルメットから覗くオレンジ色の髪が鮮やかだと思った。
 燃料袋を肩にあげようとしてシンは動きを止める。手にした袋を奪って、おせっかいにも自分で背負って見せる。順調に流れていた搬出ラインが突然止まって、彼の仲間が声をあげる。
「おーい、何油売ってんだっ!」
「だってこっちのセクション新入りいないしさ、つまらないじゃん」
「前回あっただろ~、サボるなよ」
 軽くウィンクして背負っていた燃料袋をドサリとシンの肩に乗せる。
「背負い方はこう。分かった?」
「そうですか」
 久しぶりに声を出す。自分とは違って様になっていた姿に、プラントでの年季の違いかとも思ったが、相手はアレックスより少し上のまだ若い男だった。
「お前、あまり他人の分までがんばることないぜ、まあ、適当にな」
「はあ、はい」
 手をひらひらと振って持ち場に戻る彼を一瞥し、シンは最下層から上を目指して階段を上る。これを上に運んだら今日の時間は終りだと思うと、自然と足取りも軽くなる。味も素っ気もない食事を楽しみにできるだけ、シンはやはり若かった。
 その日の食堂に、シンにぶつかった男はいなかった。 


 久々に一週間ごとのローテーションでアレックスと一緒になったシンは、食堂でトレイに乗った浅いボールを見て呟いた。
「うわ・・・、すっげー不味そう」
「仕方ないさ」
 一日一食の監獄の食事は、まるで家畜に餌をやるかのようなオートミールに栄養剤を振りかけた見せ掛けのスープ。どうせまた開発中の栄養剤なのだろう。2・3日前にも形は肉の形をした野菜が出されたことがあった。あの時のガッカリ感と言ったら食堂に集うコーディネータが一斉に暴動を起こしそうな勢いだった。
 うまいとも不味いとも言わずアレックスがスプーンですくって口に運ぶ。
 覚悟を決めてシンも人匙すくった。
 まずい・・・。味がおかしい。
 食事をあれだけ楽しみにしているのに、途端に食欲がなくなる。ガヤガヤとにぎやかな食堂で薄汚れたテーブルにアレックスと二人で向き合っている。彼の部屋での食事があまりにも懐かしい。
「スープには手をつけるな、シン。後でいいものやるから」
 看守や警備の人間にうまく取り入れば、少しだけ恩恵にあずかることが出来る。労働時間を短縮してもらえたり、ましな非常食を斡旋してもらったり。アレックスが言っている『いいもの』とは、そこからの横流し品で。
「いつまでこう、なのかな」
 終りのない日々。
 アレックスが何も言わず、そっとスプーンを置くのを見る。今更巻き込んだことを謝れる分けもない。そんなことならプラントに投獄されたその日に釘を刺されている。
 しかし、そんな感傷を打ち破って、シンの隣の席にトレイが叩きつけられた。
「フンッ、新入りの口にはお気に召さないと来たか」
 乱暴にイスを引いて、5・6人がシンとアレックスの両側に陣取る。ヤバイなと肌で感じて、今度は何を吹っかけてくる気かとシンは思わず身構える。
「新入りが、いい気になるなよ」
 ダン!と拳をテーブルに打ち付ける音に、スープが撥ねる。
「テメェのおかげでアイツがどうなったのか知っているのか!」
 アイツが誰を指すのかさっぱり分からないシンの逡巡を無視と判断したのか、シンは隣の男に胸倉を掴まれていた。すぐさまその腕を払いのけて、睨み返す。
 別の男達が静かに言う。
「シン、君が余計なことをしたから、奴は研究所送りになった」
「働けないものはこのセクションにはいられないんだ」
 シンは気にも留めなかったが、数日前、荷を肩代わりした彼のことだとようやく気づく。
「それはあんた達が・・・」
「うるせえっ! テメェがいい子ちゃんぶって背負ったりしなけりゃバレることはなかったんだ!」
 うるさい食堂の一角で一触即発の事態。新入りを囲んで、怒鳴り散らす古参のコーディネーター達に、周囲の者は見て見ぬふりをしている。
 男達の言っていることは完全な言いがかり。
「じゃあ、なんであんな事したんだよ! 仕掛けてきたのはそっちだろっ」
「なんだと・・・新入りに何が分かるっ」
 殴りかかろうとする男にシンの瞳が光る。売られた喧嘩を買わないではいられない程、今のシンの精神状態はささくれだっていた。 
 腰を沈めて、間合いを計る。
 リーチとパワーでは叶わないが、相手は素人だ。
「それが大人のすることか? シンも止めろ! ここにはここのルールがあった。それだけだ」
 アレックスの制止にシンは気を取られる。
 しかし、相手は新参者のアレックスの言うことなど聞いてはいなかった。振り上げられた拳は容赦なくシンに襲い、イスが飛んでくる。なんなくシンがそれを交わしたから、背後は悲惨なことになっていた。
「止めろ! 静かにせんかっ。このコーディネーターらがっ!」
 天井に向かって打ち鳴らされるマシンガン。破片が食堂に降り注ぎ、一気に事態は沈静化するかわりに、シン達は看守とコーディネーターの仲間達からマークされることになった。


 いくらコーディネーターとて、不眠不休で働けるわけではない。二段ベッドの上でシンは天井を見つめた。明かりの落ちた牢獄では見えるものも限られていたが、手のあるクッキーバーを口にやることはできた。
 下で眠るアレックスが寝る前にくれたカロリー補助食品。
『ばれないように食べろよ』
 そう言ってさっさと寝てしまった彼。
 昼間の出来事を思い出して、こんなにガキだったんだと思い至る。それを後悔だと認めたくなくて、せっかくのチョコフレーバーが苦かった。


 食堂で騒ぎを起こしてから、シンに話し掛ける者はぐっと減った。その代わりに初めてシンに声を掛けてくれるものもいた。プラントという閉鎖された空間にいるコーディネーターだけでも反応は一律ではない。
 アレックスの言った『ここのルール』もじっくりと彼らを観察することでなんとなく察することができた。
『プラントのコーディネーターの数が増えないのは、どうしてか知っているか、少年?』
 荷をコンテナに積み込む時に偶然一緒になった男の言葉。
 片目を失った男の見た目はすごく、その声が記憶の琴線に触れたのを覚えている。
 各地で拿捕されたコーディネーター達が続々と送り込まれ、すでにシンも新参者を卒業している。
 ここでは脱落者を出さないことが第一なのだ。
 働けなくなったら研究セクション送りになる。搬出セクションに下りてくる途中で見た生体研究の実験モルモットとなり、二度と戻ってくることはない。
「仲間・・・か」
 今シンの前にも後にも荷を背負ったコーディネーター達がいる。アレックスは一周上を登っていたが、そんなアレックスでさえコーディネーターの仲間の一人。
 こんなところで何やってんだよ、俺。
 シンはふと立ち止まる。
 それは足元から響く振動とは無関係で、本当に偶然だった。
 爆風が吹き上がり、立っていることができない。何せ、足元の階段スロープごと落ちているのだから。身体を支えることができず、あまつさえ落ちてくると仲間と階段の建造物の破片。穴倉の周囲に縫い付けられている螺旋階段の途中からが崩れ落ちていた。


 無意識に頭を庇うシン。
 耳元をつんざく鉄筋が突き刺さる音や、男達の悲鳴に背筋が凍る。
 こんな所で俺は。
 落ちてくる建材がスローモーションに見え、落下中にも関わらず、破片に手をかけて直撃を避ける。こんなことが出来る自分に驚く暇はなかった。
 視界を覆うスロープが迫る。
 姿勢を変えられるような破片は周囲にはなく、シンは漠然と死を悟った。


 気がついた時、なぜ助かったのか分からなかったくらい絶体絶命だったから、あの危機が夢ではなかったのかと思ったほどだ。
「大丈夫か? 坊主」
 自分を庇うように臥している男。視界に入る冷たいプラントの壁と、鼻腔に届く湿った土の匂いと爆発後特有の臭い。そこが、穴倉の中心から随分と外れていると知った。 
 身を起こしてシンは命の恩人を見た。
 安全ヘルメットは吹き飛んでいて、鮮やかなオレンジの髪がこめかみに垂れている。
「あの時の・・・」
「大変なことになったな、これは」
 パンパンと埃を払うなんでもない動作に、シンもようやく立ち上がる。
「シン!」
 そこへアレックスが走ってくる。
「アレックス!」
 どこも怪我をしていない無事な様子に、良かったとホッとする。アレックスが後に立つ男に視線を移す。
「・・・アレックス?」
 背後で呟かれた彼を呼ぶ言葉はなぜか疑問形だった。アレックスがなんとも微妙な顔を一瞬するから、シンは後を振り返る。オレンジの髪の男も驚いたような、怪訝な表情でアレックスを見ている。
「どうかしたんですか?」
 シンの問いかけは、再び起こる誘爆で吹き飛んだ。何せここは爆発の燃料に事欠くことはない。単発的にあちこちで起こる小規模な爆発からシンを庇うようにして、3人は爆風で更に奥へと飛ばされた。

あっさり流す予定だったのに、監獄編続きそうな勢いだぞ。

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