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 ほとんどのビルが高層となった今となっては、カレッジと言えども建物の一角を占めるに過ぎない。出会いと別れを演出する校門などなければ、桜吹雪を散らす桜並木もない。35番街の高層ビルの40階から45階にキラの通うカレッジがあった。
 ただ一つ、このカレッジの矜持と言えば、エレベーター直通で行けるビルの屋上もカレッジのフロアで、そこに空中庭園があることだった。芝生と1本の桜。それを取り囲むように置かれた無数のベンチが学生達の憩いの場となっている。見上げれば周辺のより高いビルに切り取られて天蓋とは言えないが、確かにそこは空があった。珍しい青空が。
「見たのよっ」
ベンチの一つに腰掛けた茶色の外はねの女性が身振り手振りでなにやら説明している。隣で少しウンザリした様子の赤い髪の女性。
「分かったわよミリィ。でもそれ、今日何度目?」
「だって天使よっ天使。本当にいたんだから。ねっ、トール」
 ベンチの向かいのベンチに腰掛けた男二人も女二人のやり取りを聞いている。
 昨日の飛行船落下事故の現場にトールとミリアリアがいて、その事故の原因となったのが天使とそれを追うエンジェルスレイヤー、通称エンスレだというのだ。空中に逃げた天使を追うエンスレが飛行船を落したのだとか。トールの隣に座るサイはこう纏める。
「でも、やられちゃったんだろ?スレイヤーに」
「天使もエンスレも本当にいたんだなあ~って。現場もすぐ封鎖されちゃったしさ、案外あの噂も本当かもね」
 街の治安を預かる警察の中でも第7機動課、通称セブンスフォースは天使の部隊ではないかという映画じみた噂である。通常の警察よりも高い権限を有し、秘密裏に事件難題を解決すると言われている。その部隊が実は天使だなどと。
 どうして女は天使という存在に弱いのだろう。羽根が見えただの、美形だの、男性陣二人は話題をできれば狩る側に持っていこうと口を挟む。そして、彼らの思惑は別の要因によって成功した。
「遅いよっキラ」
獲物を見つけたように庭園に上がってきたキラをロックオンした。昨夜の出来事を話すミリアリアに生半可な返事をするキラはトールとサイを見た。
「もしかして、朝からずっと・・・」
「ちょっと聞いてよっ!キラ」
「あっ、うん」
いつものメンバーが揃った所でミリアリアは小声になった。
「そこでねすごいものを見つけたの。ここではちょっと言えないけど、5限が終わったらみんなに見せてあげる」


 夕日がビルの影に消える頃にはすっかり閑散としたカレッジの庭園。
「5限まであると遅くなるよなあ」
5人の影も太陽の光ではなく庭園に設えた電灯でできたもので、気持ち肌寒い。フレイが思わず両手で肩を抱いたのを合図に皆がミリィを見た。彼女が見せてくれる何かを期待して、授業が終わっても帰らずにこうして屋上の庭園に来たのだ。彼女の言葉を待つこと数秒、聞こえた声はミリィとは反対方向からだった。
「待ちくたびれたぞ」
「貴方っ、あの時のっ!」
 若い男。銀髪に白いハーフコートを羽織った男が腕を組んでゆっくり歩いてくる。トールとミリアリア以外に面識はないイザークであった。『知り合いなのか?』とこっそりサイがトールに確認を取ろうとするが、トールは驚いてサイの声に気づきもしない。
「ちょっとミリアリアっ」
全員が彼の反友好的な態度を感じ取っていたのに、ミリィ一人が毅然と彼と向き合う。
「何か用?」
イザークの肩眉が上がる。容貌が整っている分凄みが増し、思わずフレイを抱き寄せるサイ。
キラとトールが顔を見合わせて頷き、トールがようやくミリィの肩を掴んでその動きを止めようとするが。
「イザークさんって言うんでしょ?」
「何っ?」
彼女はイザークの名を読んだ。トールがそばにいるおかげが彼女の表情も幾分やわらかくなった。
「何か私達に用ですか?」
「お前、運がなかったな。人間を狩るのは俺の趣味じゃないが、そう大っぴらにされても困る・・・今夜のターゲットはお前だ」
 白いハーフコートのすそが広がる。
 誰一人こんな展開になるなんて予想していなかっただろう。エレベーターの入り口に近かったことが幸いして、5人はエレベーターに駆け込んだ。最後に乗り込んだキラが突っ込まれた片腕をカバンで押し戻して、ようやく下降を始めた。
「これからどうする?」
 相手は何せ天使を狩るエンジェル・スレイヤー。エレベーター出口で待っていることは十分考えられる。今だって、いつエレベーターを止められるかもしれない。
「ミリィ。もしかして昨日のアレもって来ちゃったんじゃ」
トールが恐る恐る聞くと、ミリアリアがこくりとうなづいてカバンから化粧ビンを取り出した。香水ビンのような綺麗なそれは、エレベーターの中にあって微かに光っていた。トールの目が見開いて慌ててミリアリアの手から奪う。
「なんでこんなもんもってきたんだよっ」
「それ・・・何なの?」
人知を超えたそれを5人が見つめる。そして、銀髪の彼の目的がそれなのだろうと気づいた。彼はこの光る何かを奪いに来たのだ。
「とにかくこれからどうするか決めなくちゃ」
刻一刻とエレベーターは地上に向かっていて、残りの階数は1桁を切っている。誰もが口を開こうとして、自然とトールの手の中のビンに目が行く。ビンの中にはふわふわと光る何かがあって、その光が唐突にさえぎられた。
「貸してっ!」
そして、虚しい音と共に扉が開く。トールから小ビンを奪ってポケットに仕舞うと、慌てて地下階のボタンを押すキラ。
「とにかく行ってっ!」
扉が全て開かないうちに飛び出した。閉まるのボタンを押すことを忘れずに。ミリアリアの持っていたビンに入っていたのは間違いなくエンジェル・コアで。自分が囮になって自分にひきつけようとするキラは出口目指して走った。


 当然それはイザーク達にも予想できる範囲であり、二手に分かれて待ち伏せされていた。地下はニコルに任せて地上で待っているのはイザークで、今はそのとなりに影のないディアッカがいた。様子を伺いながら出てくる一人を見つけて肩を竦める。
「イザーク、他にも狙っている奴がいるぜ?」
ディアッカが見ていたのは一つ上のフロア。窓伝いにロビーを覗き込める位置に防弾チョッキを着込んだいかにも特殊部隊な人物が複数移動している。
「気づかれちゃったんじゃねーの?あの人間がエンジェル・コアを持っているって・・・」
 今度こそ本当にロビーに姿を現すキラ。
「へえ、なかなか頭が切れるじゃん?」
ところがキラは外を一瞥するとロビーを横切って奥へと消えた。
「あの重装備はサザーランドの奴の手下だろうな」
慌てて散開する黒子達を見て笑うイザーク。キラが向かった先など検討がついている。ビルと直結するエアバスターミナル。姿を消した先にはそこへと繋がるスカイウォークがあったはずだ。
「行くぞ、ディアッカ」
彼は軽く20メートルは飛んで渡り通路に飛び乗った。ガラス張りの通路をキラが懸命に走るのが足元に見える。もう一っ飛びして彼はエアバスターミナルの建物の向こうに消える。出口で待つこと2分、止まったムービングウォークにターゲットの足音が聞こえた。
「ご苦労なことだな。お前が持っているのだろう?」
キラがイザークを見て後を振り返った。姿を現すディアッカにまた視線を戻す。
「これを渡せは皆に何もしないって約束できますか?」
キラの右手がブルゾンのポケットの上に当てられている。たかが学生の分際で取引しようとするくらいの人間だ、度胸のよさが紫の瞳に現れていた。
「お前・・・」
 人間か、こいつ?
 しかし、彩るオーラも気配も匂いも全て悪魔のものとは違った。
「約束できますか?」
「取引に応じるとでも?俺がエンジェルスレイヤーと知って言っているのか?」
キラが一歩前に動いて、イザークは銃を取り出す。
「どうせ僕達には使い道なんてないんだ。貴方だってそうおおぴらにできない身分なんでしょう?」
そう言ってもう一歩前に出る。確かにキラの言うとおりなのだ、もともと屋上ではそのつもりだったのだからこれはそう悪い条件じゃない。それなのにイザークは是と言えないのだ。ふとディアッカに目をやるといかにも『やれやれ』といった風に両手を上げている。
「気に入らないな」
 ただそれだけだった。ではどうすればいいのかなんて答えはない。
「そんな・・・理由でっ」
キラがダッシュした。イザークが銃を構えてまっすぐに腕を伸ばす。飛び込んでくるキラに狙いつけ、地面に落ちるすれすれでイザークの引き金を引く指が止まった。
 ガクンと体が後に流れ、足元がおぼつかない。動き出したムービングウォークにイザークの銃は夜空を望むガラスの天井を向き、視界の下の端でキラが一回転して足元を抜けていくのを見た。遠ざかる背に銃を構えなおした時、定時のエアバイクが到着した。
 わらわらと降りる乗客に紛れてターゲットが消える。
「ディアッカっ!」
「今日はもういいんでないの? どうせたいしたことないコアだしさ」
乗客の何人かがこちらに向かってくるのをみてイザークは銃を仕舞った。再度に流れる暢気なCMに舌打ちして、動く歩道に任せてエアバイクターミナルを後にした。


 急いでエスカレーターを駆け下りて、併設するショッピングモールに入る。胸ポケットに仕舞った小ビンをブルゾンの上から押さえて、努めて冷静を心がけた。すれ違う人、階下で見上げる人、店の奥で人通りを眺めている人全てが、キラの胸の内にあるものを狙っているように思えるのだ。
 落ち着けっ。皆が知っているわけないんだ。
 エアバスから降りてきた乗客と同じように、ショッピングモールのエントランスを抜け、入り口に設置された巨大なオーロラビジョンを横切る。キラが近づいたことに反応した広告が瞬時に該当する世代のCMを放映する。
 通りは人ごみで溢れ肩をぶつけながらも、一度、後ろを振り返って上空を見上げた。エアバスの赤いテールランプを目で追えば、タクシーの前に割り込んで空路に入っていく。キラは一つ大きく深呼吸して歩き出した。
 トールたちはどうしたのだろう。
 イザークと言うスレイヤーがキラを追ってきたのは分かっている。無事を確認したくて歩道に備え付けられた公衆ヴィジホンに手を伸ばした。自分のIDカードを挿して一呼吸置く。案内を表示するパネルに映る背後に立つ男の影に、タッチパネルを操作する手が止まる。不自然に近づくその姿に急いでIDカードを抜いてヴィジホンを離れた。
 予想通り追ってくる・・・。
 イザークの仲間なのか?
 キラは後を注意しながらブルゾンに手を突っ込んだまま道路を横断した。この時代交通網は地上30メートルの空路に移っていたから、エアカーやエアバイクに轢かれることはない。それでも、まったく交通量がないわけではない。
 突っ込んできたエアカーのボンネットに両手を突いて避け、タイヤの代わりのスキットに足を引っ掛けそうになりながら渡る。
 このあたりは僕らの庭だっ。やろうってんなら受けて立ってやる。
 キラは以外と負けず嫌いであった。


 後に尾行している特殊装備の男を確認して、細いビルの谷間に折れる。アナログの盾看板や暖簾がはためく濡れた路地に入って一気に走った。再開発地区と工場地区とに隣接するこのブロックにはまだ旧市街が残っている。
 きらびやかなネオンとは違った薄暗い明かりをいくつも潜って、足音が消えたのを確認してようやく走るのを止めた。
 これ、一体なんなのだろう。
 またブルゾンの上から小ビンを確認した。トールやサイといつか飲みに行った居酒屋を思い出す。小さくため息をついて歩き出す。この角を曲がれば確か看板が出ていたはず、そんなことを思いながら顔を上げると、頭上から路地に降り立つ人影が二つ。夜目でも一般人のする格好ではないことが分かる。まるでどこかの暗殺部隊のような出で立ち。
 まだっ!
 反対方向に折れて、更に暗い路地を走った。次第に建物の階数は減り、夜空が広く、カレッジがある方向にビル群が聳え立って見える。高層ビルが林立する地区と地区との狭間の再開発地区の上空にエアバイクのエンジン音が響いた。何より上からキラを照らすサーチライト。その数3本。後に気配を感じキラは慌てて身を捩った。
「そいつを寄越せっ!」
足元のゴミバケツを投げつけ、無我夢中で走る。低層ビル群を飛び回るエアバイクに警告灯を付けたエアバイクも加わる。
「なんで・・・なんでこうなるんだよっ!」
 後を振り返るが、追ってがいるのかいないのか分からない。
 高度を下げたエアバイクのライトに手をかざして目を守る。目を閉じた瞬間、何かが激しくぶつかる破壊音、古いビルの側面に激突したエアバイクが更に壁を削ってついに墜落する。前方の進路を塞がれて、キラは足を止めた。炎上こそしなかったものの、電気火花を散らす残骸を越えていけるとは思わない。逡巡する間にも迫る足音。どこかに逃げ道がないかと頭を廻し、4分の1まわって活路を上に見出そうとビルを見上げた時、その腕を掴まれた。
 振り払おうと手を上げたが、それは虚しく宙を切った。
 切るどころか、キラは足元にエアバイクの残骸が流れていくことに目を見張った。
 自由落下する感覚に身体を硬くすると、地面にぶつかる衝撃が両足にあった。髄に届く衝撃に思わず涙しそうになって、無理やり我慢すると顔を上げた。
 誰っ?!
 キラのすぐ横に背中を向けて誰かいた。自分の力でジャンプしたのではないことくらい明白で。情況を整理しようとフル回転するキラの頭は、新たにエアバイク爆発という要素を加えなければならなかった。飛び越えてきたエアバイクが爆ぜたのだ。視界には爆炎を上げるエアバイクがあり、背中を向けた男が振り返る。爆風でなびく髪の向こうで瞳が炎を映し込む。
 見たこともない男と燃えるエアバイク、そして、残骸を乗り越えて向かってくる男達。
「逃げてっ!」
 上空のサーチライトに照らされて、キラは見知らぬ誰かに叫んでいた。

視点を固定するのは止めました。できないことはするもんじゃないってことです。2話は島谷ひとみの「Garnet Moon」をバックに。歌詞は置いといてノリのいい楽曲がいい。ここまでが一応導入なのですが、大体の世界観が掴めるようにガムバッタはずなのだけど?如何。