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 キラが先導するように路地を進む。後ろから投げかけられた声にびっくりして、足を止めるところだった。振り返りながら走るというのは思ったより難しくて、バランスを崩しそうになる。
「・・・こっちっ!」
 廃屋と廃屋の間に身を滑り込ませて、二人はうちっぱなしのコンクリートの壁に背を押し付けた。荒い息でさえ居場所を知らせるのではないかとひやひやする。
「君、天使なのか?」
「は?」
 何をどうしたら自分が天使となるのだろうか。
「彼らはスレイヤーだろ? それともまさか・・・スレイヤー?」
 スレイヤーと事も無げに言う。
 ただの人じゃないと思ったけど、慣れてる感じ? 改めて横にいる彼をこっそり見た。
「スレイヤーって、エンジェルスレイヤー? 天使を狩るって言うアレ?!」
 微かに首を立てに振って肯定する。
 やっぱり。きっと彼はこの街で毎夜繰り広げられている騒動の関係者。助けてくれたのだから味方と思っていいのだろうか。
「違うよ僕は普通のカレッジの学生」
 一瞬の沈黙の後、彼の頭が動く。初めて面と向かうことになったが、暗闇でははっきりと分かるわけではなかった。ただ、見つめられていることは感じる。狭すぎて、頭上を飛ぶエアバイクのライトも二人の場所までは届かなかった。
「じゃあ、どうして彼らに追われているんだ?」
 悪気はないんだ。多分。初対面の人間にこんな口調で話すのは。
「分からないのに走り回っていたのか」
 存外にまぬけだといわれたような気がする。助けてもらってなんだけど、非難される謂れはないよね。キラの目には隣の彼の呆れている表情が脳内限定でありありと見えていた。
「君だってどうして僕を助けて一緒に逃げているんだよ」
「なんとなく。どうして追われているのか気になったから」
 素直にこんなことを言う。
 なぜ彼がそれを気にしなくちゃならない?
 追われている理由なんて・・・。
 手が自然とブルゾンの胸のあたりに上がる。夜が更けて、幾分ひんやりした大気にほんのり暖かさを感じるそれに思い当たる。
「あっこれ」
 内ポケットに入れていた小ビンを取り出す。光が漏れてキラが慌てて両手で包む。間一髪の差で同じように手を伸ばした彼の手が止まる。手袋をした中途半端な格好の手を見て、キラは彼を見上げた。
「これ、そんなに価値のある物?」
「・・・ああ。エンジェル・コアと呼ばれる天使の核だ」
 天使の・・・・・・。キラは絶句した。そんな得体の知れないものを持っていたなんて。
「エンジェル・スターとも言われている」
「でも、なんか光が弱くなっているような気が」
 エレベーターの中で見た時はまだ少し眩しさがあったのに、今は切れそうな電球のよう。今も少しずつ弱くなっているように見えて思わず握り締める。
「ちょっと貸してもらってもいいか?」
 今度こそ、彼の手が差し出されていた。無骨な手袋などに覆われていない、白い手が。広い手のひらが男らしいくせに、意外に細く長い指。キラは一瞬躊躇して、彼の手のひらに乗せた。
 暗闇ではよく分からなかったけど、挙動をじっと見つめる。
 両手ですっぽり包見込む。指の間から光が微かに漏れて数秒、彼は小ビンを返した。手の中から現れた小ビンを見て、キラの口が小さく『あっ』と動いた。特に何もしていない筈なのに、天使のコアは確かに星のように光を取り戻していた。それでいて光が広がることはなく、ビンの内側に跳ね返って小ビンの中で幾重にもスパークしている。
「何したの?」
「秘密。大事に持っていてくれたみたいだから、そのお礼」
 秘密・・・お礼・・・って。
 キラは問うべきなのか戸惑い、意を決して口を開いた時、前触れのない振動に吹き飛ばされた。
 廃屋の屋根から望める夜空を煙が覆う。
 小ビンを内ポケットに仕舞って、キラは周囲の気配を探った。何をしたのか、何者なのかを彼に聞きだせる空気は吹き飛んでしまった。轟々とあがる火の手と火災の現場になだれ込む風に探るどころではないが、今の所は傍に追手はいないらしい。
「これからどうする?」
 話し掛けた先の彼はまだ、炎に照らされた夜空を見上げていた。その横顔が少し寂しそうに、少し悔しそうに見えたから、妙な対抗心は急に薄れていった。
「僕はキラ。キラ・ヤマト。えっと・・・・・・」
夜空から視線を戻した僕を見て、彼と初めて視線が合った。
「アスラン」


 もはや夜空の星は完全に煙に隠れてしまった。煙の下のほうが赤く色がついている。
「一体何が起こったんだろう。あれって、発電所がある方だよね」
 問いかけては見たものの返事はなかった。上空を飛び回るポリスや消防のエアビーグルやエアバイクに、このままスレイヤーの連中が引き上げてくれないかとキラは思った。煙臭い空気が漂ってきて、知り合ったばかりのアスランの言葉どおり『なぜこんなことになったのか?』と自問自答する。
 ミリィがこの光る小ビンを持っていて、それをスレイヤーが狙っていて。
 追ってくるからこれをもって逃げて。
 そしたらこんな再開発地区を走り回っていて。
「納得いかない」
 キラは壁の端から周囲を伺いつつも、頭は小ビンの中身といきなり助けてくれたアスランに思考が向かう。彼はこれが何であるか知っていた。
「行こう」
 キラの警戒も虚しく、ぼんやりと夜の曇天を見上げていた彼が言った。キラの返事を待たずに凭れていた廃屋から背中を離して、更に奥へと歩き出す。相手の返事を待たないのはお互い様だった。
「そっちは駄目だっ」
「だが、街に戻るにはこの地区を北に抜けないと駄目じゃないのか」
 地図だけで判断するならね。
「近道はこっち」
 にやりと笑って今度は彼を伴って左へ折れた。再開発地区から摩天楼へと戻るには確かに北へ抜けるのが手っ取り早い。しかし、それはあくまで足がある場合の話だ。爆発のあった発電施設だけではなく、大型プラントがこの先には控えていて、厳重な警備システムに当たって砕けるのが目に見えている。
 だから、少し迂回した方が結局は早いのだ。と、そこまでキラは親切に説明はしない。
 柵を飛び越えて用水路に降りると、水が止まってからもう随分と立つのかすっかり乾いていた。上に掛かる水道管や道路が前時代を醸し出す。摩天楼を右手に見て、住む人のいないビルの下を駆け抜ける。非常灯すらない道のりは夜にあって明るすぎる街に開いた穴のようだったけれども、二人は臆することなく飛び込んだ。
 昼間だったら絶対こんなとこ来ないよね。
 キラは視線の先に、夜の街の明かりを見つける。
「!?」
 突如差し込まれるサーチライトに手を翳して足踏みした。用水路に入ってくる様子はないものの、このままでは埒があかずに手探りで側道を探す。さび付いた金網の感触に二人で体当たりして戸を倒す。肩に掛かる衝撃をものともせず、非常階段らしき所をを駆け上がった。


 カンカンと夜に立てる音にしてはけたたましいかったが、どうせ今夜の騒乱の幕はもう上がっているのだ。気にせず二人は上ったのだか、5階で階段が切れた。建物はまだまだ上に続くというのに。
「キラッ!」
 彼の見やる方向、少し離れた所にはしごが壁にへばり付いていた。何とかすれば飛び移れないこともない。
「うん」
 手を伸ばしてしがみ付いた。こんなに動き回ったのは本当に久しぶりかも知れない、いや初めてに違いないと、はしごに手をかけて唐突に気づく。
 あっ、僕の名前。
 知らず笑みが浮かんで気分が高揚する。右足をかけ、力をこめて身体を持ち上げた。二人がよじ登る梯子の下から案の定エアバイクが追いかけてくる。
「しつこいってーの」
 喚いてみるが、また5階分登った所で非常階段の踊り場に繋がった。安堵したのもつかの間、二人の耳にエンジン音が届く。 
「挟み撃ちか」
 上を見上げて非常階段出口で待ち受けるエアバイク。照らされるライトに二人の位置は一目瞭然。そうは言ってもどこにも逃げる先などありはしない。隣のビルの非常階段まではとても飛べそうにもないからひたすら階段を上った。もう手を伸ばせば、エアバイクのスキットに届きそうだった。
 それならっ! キラは脳裏にひらめいた起死回生の作戦を実行した。
「・・・キラっ」
 アスランが伸ばした手は彼を掴み損ねて、キラはアスランが何をしようとしたのかを思い当たった。あるいは彼なら隣のビルに飛び移れるかも知れない。しかし、キラの手は非常階段の手すりを掴んで身体を逆さにして両足をスキットに引っ掛けた。後は非常階段の手すりを支点に、自分の身体を振り子にしてエアバイクを引き込んだ。
 サーチライトが明後日の方向を照らす。非常階段の横に迫るエアバイク。
 骨から肉から伸び切る感覚に腕がすっぽ抜けそうだと思った。
 当り前だ、人間の腕で支えられるわけがない。キラの体が空中に踊らなかったのは間一髪、アスランがキラの腕を掴んだからだった。非常階段に身を乗り出した彼がキラをぶら下げている。
「大丈夫か」
 キラたちを追って下から上がって来たエアバイクに、バランスを崩したもう一機が上からのしかかる。2台は錐揉みながら、非常階段にぶつかっては分解されていき、爆風が吹き上げ二人の髪を揺らす。
「その割にはうまく行ったよね」
「まだ終わっていないだろ」
 ぐいっと引き上げられて、倒壊する非常階段を急いで上まで登った。ビルの屋上から墜落したエアバイクが用水路に小さく見えた。二人が登ったビルの上、そこはもう、空路に行き交う車のライトやテールランプの洪水を纏う摩天楼と目と鼻の先。
「トール、ミリィ!」
 辺りを見回すキラが空路のエアパトに乗る四人を見つけた。3台続いたちょっと珍しいカラーリングのエアパトにアスランも気づいたようだ。
「よかったな、友人は無事らしい。あの色はセブンスフォース、天使の部隊だ」
 ようやく当初の目的が達成できたことにキラは肩の力が抜けた。ミリアリアには悪いが、これは自分達が持っているべきものではないのだろう。危険を冒すくらいなら天使に渡してしまった方がいい。四人の無事な姿を確認して改めて摩天楼を見上げた。
 レーザー光線やネオン、歩道の明かりや店舗から漏れる光。宣伝の飛行船がゆっくりと二人のいるビルの横に差し掛かる。オーロラビジョンに二人の姿が浮かび上がる。どこからか飛来した小鳥が、彼の周りを一回りして肩に泊まるのがやけにゆっくり見える。サイレンが鳴り響いているのにキラはすうっと音が消えていくのを感じていた。
 この人、良く見るとすごくきれいな人なんだな。
 普段から童顔と言われて続けてきたキラにとって、拳一つ高い彼は意味もなく悔しさを感じる対象だった。どんなに格好良く決めても、いつも彼に与えられる賞賛は『かっこかわいい』止まりなのに、同じ様に地べたを逃げ回った今夜だってきっと彼を指す言葉は違う。
 そりゃ僕だって平均より背はあるけど、なんか『かっこきれい』な人を間近で見ると、ホント複雑。ずっと見ていたいような、目を逸らしたいような。
 でも、助けてもらったし。
「助けてくれてありがとう。また遭えるかな」
「俺も楽しかったよ」
 それは肯定でも否定でもなかった。この街で出会える確率なんて、巡りあわせ次第。飛行船が通り過ぎた後、キラの前には誰もいなかった。


 燃え続ける発電所の火災を少しだけ見つめて、ブルゾンのポケットに両手を突っ込む。さて、どうやってこのビルから降りたものかと考え込んだ。うーむと唸った所でいい方法が思い浮かばず、夜空を仰いだ。
 近づいてくるエアパト2台に冷や汗が背中を流れ、ついさっき見たカラーリングに逆に緊張した。頭上で一度旋回し、このビルの屋上に降りたそれはアスラン曰くセブンスフォースのエアパト。乗っているのは・・・きっと天使。
 唾を飲み込んで、キラは前にあわられた大人を見た。見た所、女性と男性のペア。もう一台からは少し若い二人が降りて控える。先に降りたエアパトから降りた男が指示している所を見ると彼が隊長なのだろうか。しかし予想に反してキラに話し掛けてきたのは女性のほうだった。
「私は第7機動隊のマリュー。あちらはフラガ。貴方の手にあるモノをこちらに渡して欲しいの」
 言葉もなく固まっているキラに彼女は表情を緩めた。
「貴方のお友達ならちゃんと無事よ」
 後にいる二人は分からないが、キラの目の前にいるマリューとフラガは天使とは思えないほど人間として、女性らしさ、男性らしさを醸し出している。それでも、天使だと分かる。少しだけ、さっき別れたばかりの彼を思い出す。
 黒いコートがらしくなかったけど。
「これです。その代わりお願いがあります・・・」
 キラは懐から小ビンを出して、歩み寄ってきたマリューに手渡した。廃屋の路地でアスランから渡された時と変わらない、淡いけれど清浄な光を湛える小ビン。
 彼女は驚き、すぐニコッと笑う。『感謝します』と敬礼すると、小ビンを2台目の彼らに渡した。フラガが上昇していくエアパトを見送り、その間にマリューが乗ってきたエアパトにキラを案内する。交換条件でキラは二人にエアバスターミナルまで送ってもらえるよう交渉したのである。車内で見たニュースには発電所の火災を大きく取り上げ、『テロ』の二文字が踊っていた。
 こうして夜もだいぶ更けた頃、ようやうキラの逃亡劇の幕は降りた。今夜もいつものように消防のサイレンやポリスのサイレンが響き、どこかで事故が起こっているのだとぼんやりと思う。
 僕も今日はその一端を担ったんだよな。はあ・・・疲れた。
 倒れこんだベッドから見上げた夜空に、尾を引いて上空に登る小さな光が見える。始めは二つゆらゆらと。少し間を置いてン登る光は、小ビンの中の光にも似て、エンジェルスターと呼ばれた光を思い浮かべてキラは瞼を閉じた。


 同時刻、本部に戻ったフラガが拳で壁を叩き、マリューが両手をデスクに叩きつける。未だ戻らない部下を探す二人に、彼らがスレイヤーの餌食になったともたらされたのであった。

前回までで導入部だとか言っておきながらすっかりこの回も導入ですよね、シーン的に続きだし。ブレードランナーっぽく大江戸0080みたいな感じって、分かる人いるのかな。後は攻殻みたいにネット部分をどうするかなんだよなあ。と言うかサイキック部分がさっぱりです。それも言えばアクションもか。