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 鞄の中で一夜を過ごしたシンのチョコレートは、バレンタインデー当日も同じように鞄の中で教科書やノートと一緒に揺られて学校まで運ばれた。

 アスランからチョコレートが欲しい。
 自分も彼にチョコレートを上げることに抵抗があるわけじゃない。
 それでも、お互いにチョコレートを贈り合うのは、シンが彼からチョコレートを貰いたいから。
 自分があげるのが恥ずかしくてこんなことを持ちかけたわけではないのだ。

 何で、こんなことにこだわっているのだろう。
 唯のバツゲームなのに。
 どちらかから渡そうが、チョコを貰うことに変わりはないのに。

 鞄を机の横に掛ける。
 どことなく教室中がソワソワとしていた。
 いつもより女子がうるさく、男子が周囲を伺っている、そんな2月14日。




 昼休みには『誰が渡した』『誰が貰った』と言う噂がちらほら聞こえてきて、貰えるあてのない男生徒が『バレンタインデーはお菓子メーカーの・・・』と負け惜しみ。
 だからと言うわけではないが、教室で弁当を食べながらヴィーノが口を開いた。

「チョコレートってさ、普段、自分から買わないよな。なんで貰うと嬉しいんだろう?」
「そりゃ、チョコを貰う。イコール告白だからだろ?」

 俺はあの人に告白されたいわけじゃないし。

「付き合ってれば、愛情の確認。義理でも、ああ俺は他人じゃないんだなって安心できるからじゃないか?」
「他人じゃないって・・・?」

 ヨウランの説明にシンは聞き返す。

 今まで真剣に考えた事などなかった。このシーズンになると街に溢れる、恥ずかしい謳い文句も当然、まともに読んだこともない。
 バレンタインデーは女のイベント。
 シンの中ではそう決まっていた。
 男は受身で待つだけの日。

「ほらっ、こいつにとって俺は特別なんだって思えるだろう?」

 そっか。

 俺は特別でいたいんだ。
 コンビニに毎朝来る高校生の1人じゃなくて、どこか特別な存在。
 シンはストンと腹に落ちる感覚に納得してお弁当を口に運んだ。さっきまで重かった箸捌きが妙にノリが良くなっていた。

 パクパクと弁当を平らげて、ぞんざいに弁当を弁当袋にしまって鞄に放り込む。空になった弁当箱を鞄の底の方に入れようと口を開けた時、横を通り過ぎたルナマリアの鞄とぶつかった。
 金具がひっかかったのか、引きずられるようにシンは鞄を落としてしまった。 
 どさりと床に落ちる。

 鞄の口から出た荷物の中にシンのチョコレートがあった。

「あらっ、シン」

 慌てて鞄の中に隠すが、ルナマリアがまじまじとシンを覗き込んでいる。その反応からしてばっちり見られてしまったに違いない。

「アンタ、チョコレート貰ったの!?」

 驚いたのはヨウランとヴィーノ。
 ついさっきまで、チョコの話をし、今年は誰からも貰えないだろうと踏んで、シンがバツゲームの最中なのだから。

「何っ!?」
「この裏切り者めっ!」

 羨ましがるヨウランとヴィーノだったが、シンはそれどころではなかった。
 彼らが勘違いしているチョコレートは、本当はシンがアスランに上げる予定で買ったものなのだ。

「これはっ、違うっ・・・だから・・・」
「なんでお前が貰えるんだっ、ちくしょー」

 しかし、どう説明したらいいのか、次第に声が小さくなってしまう。勿論二人とも根掘り葉掘り問いただすような無粋なことはしないから、シンを悪く言うことはないが、一気にたそがれてしまった。

「×ゲームの意味ないじゃん」

 だからと言って、今更、チョコレートを渡すことも、貰うことも『なかったこと』にはできないシンがいた。




 気が楽になったとは言え、難題は何一つ解決していない。

 授業の内容が右から左へ抜けていく。
 シンはどうやって二人に見つからずにこのチョコレートを渡すかを考えていた。ルナマリアに見られているので、女子がいない時でないといけない。

 つくづく昨日渡しておけばよかったと思う。
 糸口の見えない問題を5限まで延々考えているうちに雨が降り出していた。

 初めて会った時もそういえば、雨だった。
 あれから1ヶ月、あの日に比べれば今日は随分と暖かい。少しずつ冬から春へと季節は変わっている。
 チョコレートに振り回されてあっという間に1週間が過ぎた。

 それも今日終わる。




 シンを筆頭にヨウラン、ヴィーノの3人が店内に入る。

「すっげぇ、混んでるよ」
「これ全部、チョコ渡す人だったりして」

 冗談のような話も、店内の客のほとんどが年頃の女の子だというのがいやに引っかかる。しかしレジを打つ彼はいつもと変わるところはなく。特に誰かがチョコを渡している様子も無かった。

 レジ前の棚のチョコレートは全て売り切れていた。
 ルナマリアを見つけて、店内の女子軍団がレジに向かう客に目を光らせている事に気が付いた。

「なあ、あれって牽制してるのか?」
「女って怖えーよ」

 雑誌の棚の前で週刊誌を立ち読みするシン達。
 噂に聞くファンクラブなのかと、そのバイタリティに圧倒される。。

「どうする、シン!?」
「どうするって、あいつらがいなくなるのを待って・・・」

 待って、チョコレートを渡そう。
 俺はアスランさんの特別でいたいから、彼も同じ気持ちであればいいと思う。

「え―――っ、マジで!?」

 外はすっかり暗く、ファミザに訪れる客層が変わる。学生からサラリーマン、近所の住民に。店内の時計が、今日の終わりまで2時間を切る。

「まっアンタも程ほどに、頑張りなさいね」

 ルナマリアがシンに一声掛けて店内を去る頃には、さすがに、同じ学校の女生徒はいなくなっていた。

「ごめんな、ヨウラン、ヴィーノ。つき合わせちゃってさ」
「俺達が言い出した事だし、いいって事」

 シンはホットのお茶のペットボトルを手にレジへと向かう。
 反対の手は鞄の中に突っ込んで、チョコレートの箱を掴んでいた。



 赤いエプロン姿のアスランがシンがレジに来たのに気が付いて声を掛ける。

「ちょっと待ってろ」

 有無を言わさず、彼がカウンターを移動して肉まんの入った機械から何かを白い袋に入れている。

「はい、これな・・・サービスだ」
「これって」

 強引に渡されて、シンは熱くて柔らかいそれを覗き込んだ。

「まっ、あの時の肉まんの変わりでもある」
「あ~、あれ・・・」

 開けた瞬間に湯気が立ち上って顔を逸らすが、予想したものとは少し違っていた。

「君がちっとも来ないから」

 白いはずの皮は焦げ茶色で、漂う匂いは甘い。
 売り物にはない、それはチョコまんだった。
 いつから温めていたのか、水分を含んで相当ふにゃふにゃになっている。

 シンはびっくりしてアスランを見返していた。まさかこんな形でチョコレートを貰うとは思わなかったのだ。こんなことなら、人がいなくなるまで待つことなかったのに。シンの目の前で彼は少しバツが悪そうに苦笑している。

「俺、まじびっくりしました」
「あっちの二人にもサービスするよ」
「あっ、俺も」

 シンは鞄の中からチョコレートの箱を差し出す。
 渡してしまえば、昨日考えたシチュエーションの一つも当て嵌っていなかった。気の聴いた台詞も言えなかったし、甘い雰囲気のかけらもない。けれど、これはこれでいいかと思う。

「君は勇気があるな。俺はデパートに行ったけど、あの人混みに追い出されたよ」
「いえ、俺も大変でした」

 シンがチョコまんにかぶり付いたのを見て、彼が日配品の棚の向こうから様子を伺っている二人に手招きした。おずおずとレジに来たヨウランとヴィーノに、肉まんをサービスする。


 コンビニのガラスは曇って中の様子は分からなかったけれど、彼らの関係がアルバイトとお客さんの関係から少し進展したのは確かだった。

 特別な関係が、今後どんな特別になるかは、チョコのみぞ知る。




 余談だが、鞄の中で揺れに揺られた箱の中身がどんなことになっていたかシンは知らない。開けてびっくりしたアスランを、キラが笑い飛ばした。






戻る 終わり

あー、やっと終わった・・・。