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トゥーランドット ver.Y 1

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匿名ユーザー

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 そこは白い世界だった。
 光が射さぬにもかかわらず、何もかもが白い。壁も天井も柱も、集う民衆の服も濃淡の違いはあれど皆白く、吐く息でさえ真っ白だった。異邦人を除けば、色を持っていると言えば、彼らの髪と瞳の色くらい。

 その白い広場で、女が口を開く。
 広場に集う皆がその瞬間を固唾を呑んで見守っていた。

「謎掛けは楽しいですか?」

 ざわめきが起こる。未だかつてそのようなことを答えた者はいなかった。
 女は毅然とした態度で答えたが、相対する白い姿は詰まらないものを見るように返した。

「それが答えか? 残念だが、外れだ」
「いつまでこのような事を続けるおつもりなのですかっ!?」

 女がまだ何かを言い募ろうとしたが民衆からどっと歓声が起こり、声が目の前の男に届くことはなかった。唯一言、衛兵に短く命じる。

「連れて行け」

 そこは、百年の冬に凍えている白の王国。
 近隣諸国から彼の国の王は「白の王」と呼ばれていた。婚約者に3つの難題を出し、答えられないと飼っている大きな白熊に食べさせてしまうのだという。

 氷の心を持つ王は、その名の通り銀の髪とアイスブルーの瞳をしていた。





 大陸の天候は気まぐれで不平等。
 凍えるほどの吹雪、草木一本育たない熱波がある一方で、温暖な気候に恵まれ農耕に精を出す土地もある。

 例え、今は無残に焦土と化してしまっていても、だ。

 天候以上に人は気まぐれで様々な理由をつけて争い、戦争で土地と民を奪う。土地を追われた人は難民となって荒野を流離う事になる。それは城に住む者も、貧しい農家の子供も同じだった。

「アスラン、貴方が食べなさい」
「いいえ、昨日もそうおっしゃったでしょう! 母上が召し上がってください」

 草木の乏しい荒野では、雑草ですら見つけることができない。恵んでもらったパンはとうにカビてしまっていたが、いくつもに千切って毎日口にした。
 雨露を集めて喉を潤し、地中の動物を捕まえ、根を掘り出して原野の生活を送る母子がいた。
 アスランと呼ばれた少年が、袋の中から最後のパンのかけらを取り出して差し出す。震える手で母親がカビだらけのパンを取った時、不意にアスランが顔を上げた。

「足音・・・?」

 二人がびくりと震えた時、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。
 どうやらこの荒野には彼ら以外に流浪の民がいたらしい。こんな場所だから、例え列記とした商隊でも粗野なものが多い。

 身を縮ませて様子を伺う二人の前に、刀を構えた男が躍り出た。

「お頭! こんな所にも女とガキがいますぜっ」

 母親を庇うようにアスランが腰の刀に手を触れるが、呼ばれて集まってきた男達の数に眉を顰める。彼らは言葉遣いこそ乱暴だったが、身なりはきちんとしていて、リーダーらしき男に従っていた。良く見れば全員同じ紋章の付いた服を着ている。

 アスランは賭けに出た。
 難民がどのように扱われるのか分かっているのだ。子供は売られ、女は慰み者となる。

「俺を買え」

 リーダーの男はオレンジの髪をしていて、面白そうに歩み出てきた。彼を囲むようにしている男達が一斉に柄に手をかける。しかし、それを軽く手を上げて制すると、睨みあげる少年を見下ろして、その顎に手をかける。

「で、何が望みなわけ?」
「母を助けて欲しい。お前達はどこかの商隊の一員なんだろ?」

「商隊・・・? あー、そうだが、お前を買ってもなあ、男だろ」

 少年はからかう様な口調にもあきらめずに、歯を食いしばって視線に耐えた。
 けれど、精一杯の強がりを崩したのは彼の母親だった。

「ならばを私を・・・」

 アスランが驚いて振り返れば、息も絶え絶えの彼の母親が、信じられない強いまなざしを注いでいる。この二人は親子なだけあって、良く似た容貌をしていた。

「母上、何を・・・」
「我が子を売ってまで生き延びたい親がどこにいるの?」
「俺は大丈夫ですからっ」

 眼前で始まった麗しい親子愛。
 顔は多少汚れてしまっていたし、衣服は多少では済まなかったが、幸運にもリーダーの男は情に脆い男だった。

「女。お前を買おう。このガキに水とパンを分けてやれ」






 一夜明けて、親子の別れが迫る。

「人前で名を明かしては駄目よ。まだ追っ手がいるかも知れないわ」
「母上・・・」
「貴方はどうか生きて」

 今生の別れにしては、母親が一度強く抱きしめた以外は、二人は見詰め合って二言三言交わすだけの静かな別れだった。アスランの母が隊の荷車の中に連れ、唯一人残っていたリーダーの男に頭を下げる。

「本当にありがとうございます。食べ物だけじゃなく、服まで」
「礼なら自分の親に言ってくれよな」

 リーダーが彼の肩を叩き、商隊が去っていく。半時ばかりこうして、見送っていただろうか。目に入るのが潅木の荒野のみになった時、いきなり、叫びながら人がアスランに追いすがって来た。

「助けてくれっ、旅の人っ!!」

 彼より年上の青年が、髪を振り乱して、走ってくる。
 その後ろには明らかに柄の悪い盗賊と思われる集団。統制の取れた彼らがいなくなった事で、チャンスを伺っていた盗賊どもが動き出したのだった。

 しかし、目の前でその男に盗賊の放った弓矢が突き刺さる。
 彼の腕の中でばったりと倒れ込み、震える手で懐から封印された手紙を取り出した。

「これを白の王に・・・」

 その場の流れで思わず受け取ってしまったアスランだが、ハッとする。
 矢が次々と放たれて仕舞いには火矢が混じり、その場にとどまっていては命が危ないと悟ったのだ。息絶えた人を置いていく事に気が引けたが、そんな事にかまっている余裕はなかった。陽光を反射した白刃が迫ったのだ。

「こいつ、ちょこまかとっ!」
「上玉だ、高く売れる。顔には傷をつけるなっ」

 せっかく母が助けてくれた命を、こんな所で無駄にできないと、アスランは腰の剣を抜いて応戦する。3人目の盗賊が剣を落とされたところで、彼は彼らの乗ってきた馬に目を留めた。すばやく標的を変えて、馬を奪い、残りの馬はつないでいたロープを切った。火を恐れた馬が塵尻になって逃げていく。

 命からがら逃げ出したアスランは、手紙を懐に入れて使者の最期の言葉を思い出す。『白の王』とは北方の白の王国の王のことだ。どうせ宛てのない旅、いつか白の王国にたどり着くのなら、その時が来たのかも知れないと馬の首を北へと巡らせた。




 彼は荒野を抜け、偽名を名乗って幾つも街を通り過ぎる。
 白の帝国は強大な王国だ。実際、このあたりは既に辺境であるが、白の王国の属国であり、天候がそれを物語っていた。寒さが肌を刺し、息が白くなる。空を見上げればもう何日も青空を見ていなかったことに気づく。
 街道沿いの町で外套を揃え道を急いだが、街へたどり着くことができなかった。野営することになったある夜のこと。

 薪を囲んで、数人が集まって夜を迎えていた。

 馬の悲鳴が上がり、アスランは飛び起きる。
 周囲を伺えば、すっかり野党に囲まれていた。薪の炎がちょうどいいマーカーになったのだろう。剣を抜いて構える。

「アンタ、正気かっ。逃げろっ」
「逃げるってどこへ!? よせ、囲まれている」

 中年の男が慌てふためいて森の奥へと走っていくが、すぐに悲鳴が上がった。それを合図に野党どもが襲い掛かってくる。夜の森に剣がぶつかる音が響いた。

「気をつけろ。そのガキは強い」

 足元には既に数人が転がっている。アスランが倒した野党もいれば、無残にもここで命を落とした旅人もいた。誰もが白い息を吐いて、空から小雪がちらついてきた。
 外套のあちこち切れて動きに支障が出始めていた。彼は思い切って、それを投げ捨てる。

「こんな所で死ぬわけには行かないのにっ!」

 誰も薪をくべないから、薪の炎が少しずつ弱くなる。
 小さな炎に浮かび上がるアスランと盗賊たちの姿。

「回り込めっ」

 そうはさせじと後ろに回りこんだ男を倒して、返す刀で目の前の男の胴を突いた。何とか交わすことはできたが、その男の刃がアスランの身体をかすめ、肩から下げていた荷物袋が飛んだ。

「あっ」

 袋は落下した拍子に中身の荷物を少し外に零していた。運悪く薪の近くで、荒野で使者から預かった手紙に火がつく。慌てて、手を伸ばして取り上げたが、封が切れてしまっていた。

 手紙を持ったまま、地面に転がった死体と、いつの間にか消えてしまっている夜盗達を探した。消えそうな炎に照らされるのはアスランだけ。

「しょうがないよな」

 彼が手紙に触れたのは成り行きだった。
 封筒から何かが落ちて膝を折る。落ちたコインのようなものは折りたたんであった手紙の中にあったらしい。軽く文面を読むことになって目を瞠る。
 その手紙にはこう書いてあったのだ。




 この手紙を持った者を今すぐ殺せ。


 アスランの手が凍った地面のコインを拾い上げる。コインだと思ったのは金ボタンだった。掘られた紋章は見慣れたもので、手紙もろともアスランは薪の炎に放り投げた。一瞬だけ炎が舞い上がった。



 馬を失った彼は徒歩で峠を声、街道筋で乗合馬車に乗って白の帝国を目指した。
 3日3晩かけてたどり着いた地は、あたり一面を真っ白に染めた銀世界。

 街の外れに宿を取ると、人の流れるままに歩みを進めていく。首都の広場には群集が詰め掛け、皆が一点を見つめていた。 

「何があるのですか?」

 彼は一緒に来た宿の老婆に話しかける。

「王が問いを出された。あの女子は答えられなかったから罰を受けるのじゃ」

 思い出す。白の王の噂を。
 アスランは広場の端から、氷の心を持つを言われる白の王を見た。
 太陽もないのに光って見える銀の髪、見えるはずもない顔の二つの瞳が脳裏に焼きつく。

「我らが王はいい男じゃろう。じゃがよしなされ、あのお方は心は冷え切っておられるから」
「あれが白の王・・・」

 老婆は彼の呟きを誤解したらしい。

「アンタは別嬪さんじゃ、すぐにいい縁談があるじゃろうて」

 老婆の言うことを無視して、アスランは次なる婚約者へと名乗りをあげるべく広場を中央に向かって進んでいた。

「俺、行かないと」




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10000HIT記念です。ここまでプロローグですが長いですね。次回からはちゃんとイザーク視点ですよ。トゥーランドットと銘打ってますけど、中身全然違いますから!

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