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 雪と氷の白には大広間以上に広い図書館があった。
 城の主である白の王が、手に取った分厚い皮張りの本をしまう。歴史書や古文書の背表紙を指でなでて、次の棚に移る。だが、それもつかの間、王は図書館から出て広間に戻って来た。書物には王子の名など、どこにも見つからなかったのだ。

 巷で流行っている噂話か何かだろうか?
 王は大臣達に尋ねるが、三人とも一葉に首を振る。早くも手詰まりであった。
 名前一つごときで自分の望みをふいにするのだと、捜し求めた相手を失うのだと思うと身体が震えた。

 そんな事があっていいはずがない。

「誰も寝てはならぬっ!」

 イザークは拳を握り締めて、大広間中に聞こえる声で張り上げた。

「全員だ。明日の朝までになんとしても名前を探し出すのだ。誰でもいい、知っている者がいたら聞き出せっ!」




 誰も寝てはならぬ。
 誰も寝てはならぬ。

 アスランは王都片隅の宿屋の窓から薄暗い空を見上げた。

「星が見えないな」

 故郷では満点の星空が見えたのに、この白の王国では雪雲に覆われた灰色の空が広がっている。それだけで落ち着かない。他にも理由は思い当たるのだけど、今は、ただ待つしかなかった。

 今頃、白の王は王子の名前を探しているだろう。
 王子の名前を探し出せと王都中に伝令が走ったばかりだから、きっと、寝ずにいる。もしかしたら、アスランと同じように灰色の夜空を見上げているかもしれない。

「探したって無駄なのに」

 薄く笑って、視線を夜空から自分の姿を映す窓ガラスへと向けた。
 母親譲りの緑色の瞳が二つ浮かんでいる。肌は荒れ、手入れのされていない紺色の髪は、国を出てからだいぶ伸びてしまっていた。

 焼け落ちる城を遠く離れた丘から見つめていた。
 震えながらも『大丈夫』だと話しかける気丈な母を支え、闇の中に浮かぶ小さな炎を見つめていた。あそこには数える程しか会った事のない父がいた。

 母は父と折り合いが悪く、成人するまでの約束という事で離宮で暮らしていた事が幸いした。攻めて来た敵国から難を逃れることができたのである。一国の跡継ぎとは言え、相手は強大な北の大国で、追っ手を恐れて国境までの逃避行を余儀なくされた。

 見えぬ影に怯え、流離う月日の中、荒野で母と別れることになる。
 そして、因果なことに、アスランは白の王国にいる。 

 亡国の王子。それは、この窓に映る姿。
 なんとかして、白の王をおびき出したかった。

「・・・早く来い」

 全てを諦め、生きることで精一杯だったのに、心の底のどこかでは、復讐する事を考えていたのかもしれない。

 国王へ書簡を見た瞬間、彼の運命の輪は回りだした。
 白の王を見た瞬間、彼の腹は決まる。

 アスランは懐の短剣を握り締めた。
 それはどうしても手放せなかった形見の懐刀だった。




 しかし、夜は刻一刻と更けていく。
 いらいらと城の広間を行ったり来たりするのは白の王、イザーク・ジュール。残念ながら夜空を見上げる余裕などはなかった。

「イザーク・・・落ち着けって」

 問いを出すことはあっても、出されたことはない氷の王。
 答えが分からずに夜を明かすことなど、あってはならない。

「あれだけ詳細なヒントがあればすぐに見つかるって、黙って待ってればいいさ。ああ、明日からあの子がイザークの奥さんか~」

 それもこれも全てあの女のせいだった。
 王はバルコニーから雪明りに浮かび上がる王都を見下ろした。

「毎日が面白くなりそうだぜ!」

 この王都のどこかに彼女がいる。

 何を思ってあのような問いを課したのか、イザークにはそれは分からなかった。王子の名前よりも、引っかかっている事実だ。白の王の后となれば、敵わぬ望みはないというのに。

 今頃、何をしているのか。
 自分と同じように眠れぬ夜を過ごしているのか、それとも、ぐっすりと眠っているのだろうか。こうして、躍起になっている男をあざ笑っているのか。

 冗談じゃない。

「なぜ、俺が待たねばならんっ!」

 ならば力ずくで手に入れるまでだ。
 バルコニーの冷たい手すりを掴んだ指に力がこもる。寝ずに控えている大臣達に、ピシリとひびが入る音が聞こえた。

「あちゃ。どうやら本気のようで、我らが君は」
「恋の魔力って恐ろしい」

 勢い良く振り向き、白の王が言付ける。

「街へ降りる。あの女の居場所はどこだ」

「それでこそ、白の王」




 いつもの豪華な服装はなりを潜め質素な、とは言え、あくまで基準は王なのだから只者ではないオーラを醸し出して、イザークは王都の外れにある宿屋の前に立っていた。

「こんな所に」

 立て付けの悪い扉はギシッと音を立てて開き、王都に出されたお触れのままに寝ずに起きていた宿屋の老婆に話しかける。

「王の命令は聞いているな? 宿帳を見せてもらおう」

 呆然といった風の老婆が、宿帳の束をばざばざと捲るが手が震えている。面白くもない世間話を延々として中々差し出さない。どう見ても怪し過ぎた。

「いつまで探しているっ。そいつを寄越せっ!」
「ああっ」

 イザークは宿帳を捲って眉を寄せる。
 内心舌打ちしたと言っていい。宿帳に書かれていたのは部屋番号と人数のみだったのだ。それによれば今この宿に止まっているのは男が一人。彼の求めるものはこれでは手に入らない。

 こんな所まで足を運んだにもかかわらず、だ。
 手ぶらで帰るなど言語道断。ここにいるのならどこかに隠れているのか、性別を偽って泊まっているかのどちらかに違いない。イザークは奥の階段を睨みあげる。

「失礼するぞっ!」

 おろおろする老婆を尻目にきしむ階段を昇り、客のいるただ一つの部屋を目指す。廊下の明かりも弱く、暖房も十分とは言えない安宿だ。目的の部屋は20歩も行けば余裕でたどり着けた。

 白の王ともあろう者が。
 躊躇がなかったと言えば嘘になる。けれども、今、王の胸に去来するのは焦りと好奇心と、自尊心だった。

 鍵が掛かっているだろうと、大臣達に渡された鍵明けの道具を服の下に探す。追ってきた老婆を目で制して、ドアを押す。




 その扉はあっけなく開いた。




「来ると思った」

 窓辺に腰掛けて雪と氷の街を見ている人影。
 ガラスに自らの姿を半分映して、夜更けの侵入者を振り向かずに言った。

「貴様は・・・誰だ?」

 青い髪。
 細身だがどう見ても男。声も自分より僅かに若い男の声だった。
 イザークの背後でドアが閉まる音がする。
 音に合わせて振り向き、露になる素顔。




 この瞳は―――っ!?

 殺気っ!

 気が付いた時には自然と身体が動き、カキンと硬い音が鼓膜を打つ。手にした剣の振動が僅かに伝わり、横合いから白刃が煌く。後ろに飛んでそれを交わすが、追随するように相手も飛ぶ。

 もはや疑う余地はない。

 動き回る度にゆれる髪は紺。底知れぬ瞳は広場で見た緑と同じだった。
 この男が、婚約者。
 自分が捜し求めた相手。

 混乱の中において、冷静さを失わなかったのはどちらだったのか。

 剣が床に突き刺さった。
 手首を押さえているのは、アスランの方だった。

「殺せっ」

 イザークは答えない。
 状況を分析しようとする理性的な心と、状況に流される感情的な心を青い瞳に隠してただ相手を見つめる。
 唯、はっきりしている事は、この男は自分を殺すために白の王国まで来て3つの問いに答え、自分をここにおびき寄せるために問いを出したと言うことだ。まんまと罠に引っかかったのだ。
 今まで誰も答えることができなかった問いに見事答えることさえ、計画のうちだった。
 こうして自ら出向くことも読まれていた。
 企みが潰えた今となっても、毅然と審判の時を待っている。
 まっすぐに見据える瞳に揺らぎはない。

 今まで見て来たうちで最も美しい緑色だった。
 この白の王国に存在しない色。

 なんと言う奴だ。

「なぜ、俺を狙った」

「父の仇だ」

 目を細めるイザークが口を開く前に、彼が言葉を続ける。

「そして・・・白の王国に滅ぼされた、国の仇」

 海はなかったはずと言った時の、意味深な笑いに合点がいった。
 征服したのは緑豊かな小さな国。

「貴様が―――」

 莫大な懸賞金をかけて、未だに王家の生き残りを探索させていたのを思い出す。離宮に住んでいたと言われる王妃と王子。

「王子とは俺のことだ、白の王。俺の名は―――」

 その名を聞いてしまっては、何もかもが終わってしまうと直感する。 
 そう思ったら最後、イザークの身体は勝手に動いていた。足元に剣が転がり、両手が彼の頭を挟む。相手は床でしたたか背中を打っただろうが、この際かまっている余裕はなかった。

 名を告げないように、その口を塞ぐ。

 見開かれた双眸はお互いの視界に収まりきらないのに、青い瞳と緑の瞳が絡みあう。
 抵抗する身体を自らの身体で押さえ込み、逃げようとする舌を追いかけた。幾つも透明な糸をたらし、角度を変えて何度も味わうように貪った。

「んんっ」

 どうすれば貴様は俺のものになる?
 復讐に塗り固められたお前の心が欲しい。

 かつて国書で見つけた、御伽噺の問いが浮かんだ。悲劇の女王が婚約者に出した最後の謎かけ。冷たいが周囲を焦がすものとは何か、と。その問いの答え。紛れもなく今、この身を焦がすもの、それが欲しい。

「お前の愛が」

 額を合わせて呟いた。

「お前を愛しているんだ」

 白の王は復讐のために、異国の婚約者達に3つの問いを出していた。そして、彼も復讐のために、問いかけた。彼が征服した異国の王子で白の王に仇成す者だとしたら、ここで彼を殺せば、イザークにとって立派な復讐になる。

 けれど、それはできない。
 愛の前に復讐は敗れ去ったのだから。

 その葛藤はイザークのものだけではなかった。白の王に抑え込まれて、苦しい程のキスを交わしたアスランも同じように混乱していた。

「昨日会ったばかりなのに、何をっ」

「愛に時間は関係ない」

「俺はお前を殺そうとしたんだぞっ!」

「俺はお前が好きだ」

「俺はお前が憎い。父を殺した、国を奪ったお前が。母はその為に今、どこでどんな目にあっているのか、生きているのかすら分からないっ!」

「お前が望むなら、俺が世界中を探して回ろう」

「なぜ、お前がそんな事言うんだっ!」

「お前を愛しているからだ」

 アスランが息を呑む。
 今度は優しく包み込むように、白の王が口付けを落とした。
 床の上に広がった白いケープに包まれて、二人の時が止まる。



「・・・アスランだ・・・俺の名はアスランと言うんだ」




「俺はイザーク。生涯、ずっと、名を呼んでくれ」





 翌日。
 昨日以上に民衆で溢れかえった広場を、イザークはバルコニーから見下ろした。仰ぎ見るアスランを一瞥して、白の王はバルコニーから姿を消す。広場は騒然となったが、すぐに一層の喧騒が巻き起こった。

 王が広場に立っている。

 アスランの手を取り、口付ける。

「その者の名は―――」

 答えを告げた時、イザークは彼の瞳を見て、見たことのない若葉の色を思い浮かべた。鮮やかな緑だと言われる命の色。

 こうして、白の王国で婚約者が王の出す問いの前に、命を落とす試練は終わりを告げた。王は約束どおりアスランの母を探し出し、白の王国に向かい入れる。

 白の王国は雪と氷の白い世界ではなく、長い冬を終えてようやく春を迎えようとしていた。雲間から差し込む光に銀の髪が輝き、白の王は、後に白銀の王と呼ばれた。





戻る 終わり

トゥーランドットの話はひとまず終わりです。最後は打っているこっちが恥ずかしくなる展開に・・・。オペラのトゥーランドットはこんな話ではありませんから!

翌日、誤字脱字、文的におかしい所などを修正しています。