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 非番のキラは端末に向かって情報を漁る。ギルドのネットワークは地下深くにあって、なかなか尻尾を掴ませない。メインの幹線が見つからなくて枝葉から追っていくうちに、先が切れていることも多い。そもそも形のない電子データなのだ、シナプスのように伸びるネットワークは変幻自在。頭に来て、数日前に違法と分かっていてウィルスまがいのバックドアツールをネットに流してしまった。所構わず侵入して、キーワードにヒットした情報を片っ端から収集するロボットツールである。
「ボアズから幹部が来訪?」
 自作のログ解析するツールの精度を上げる傍ら、今しがたひっかかった情報を目で追う。
「ボアズって? で、どこに来るのさ」
 まずは地名、店名だろうかと探るが、この都市に該当件数ゼロ。そもそも幹部とはなんの幹部だろうか。曖昧過ぎて信憑性にかけるが、キラの琴線に引っかかる何かがある。ボアズから幹部はどこに来るのか。流れるデータを目で追うのを避けて、キラはキーワードを追加した。


 東5番街から8番街にかけて立ち並ぶビル群。この街の高級住宅街であるこの当たり一帯は歩道も空路も整備され、ほとんどのビルの入り口には守衛と警備ロボットが常駐している。企業の経営者、市政庁の官僚など、各方面の街のトップ達が住んでいる。
 中でも一際綺麗なマンションビルのワンフロア。街頭に設置された小さなヴィジホンとは比べ物にならない、鮮明なディスプレイの前に立つ銀髪の青年がいた。
『大学の方は大丈夫?』
「はい。母上」
 画面に映るのは彼と同じ銀髪の女性。ローズ系のルージュが言葉を紡ぐ。
『この前会った大学の教授がお前のことを誉めていたわ。いつ跡を任せても心配ないって。私も忙しくしてなかなか家に帰れないけど、戸締りだけはちゃんとしてね。それから・・・・・・あまり、無茶をしないで』
 一見きつい容貌の美女であるが、表情を緩めるとその氷のような雰囲気が和らぐ。この後もまだまだ委員会や会議が続くと締めて画像は消える。パワーオフと言うと音声認識でヴィジホンそのものの電源が切れた。
 彼、イザークはそこで小さく息を吐き出した。ソファーに身体を静めると天井を仰ぐ。いくつもガラスをちりばめたシャンデリアが光り輝き、壁に目を映せばシアター張りのディスプレイ。今、自分が身体を預けるのもこの時代にあって非常に価値のある革張りのソファーで、極めつけは毛皮の絨毯、である。
 市政庁で評議会議員を務めるイザークの母は、彼の裏家業を知っている。街で一番優秀な大学に通う政治学を専攻する学生、だけではない彼の本当の姿を。しかし、いつかは跡を継いでくれるものだと思っている。悪魔と契約している彼が足を洗えると思っているのだ。一時の火遊びだと。
「もう遅いのですが、母上」
 いつも心の中で『申し訳ありません。ご期待に添えなくて』と謝罪して、イザークは夜の街に出る。どれだけ母が都市のために尽力しても、所詮は天使の意向でこの街の行く末は決まるのだ。現在審議中の対テロ条約特別法についてもきっと結果は決まっているに違いなく、急に割り込んだ議案のせいで、都市整備に必要だった関連法案が先送りになってしまった。
 20階のエントランスからエアタクを捕まえて、空路街に滑り出す。冬の寒い盛りは少し過ぎて、降り立った路上に刺すような冷たさはない。都市の一番の繁華街、歓楽街から一ブロック離れたその界隈には劇場やモール、飲食店が詰まったビルが立ち並ぶ。派手な原色使いのネオンと街頭のイルミネーションに銀髪が照らされる。
「ディアッカ、止めろ」
 彼の影が突如大きく膨らんで、偶然居合わせた女性を飲み込んだ。牙のように噛み砕くイザークの影からディアッカが姿を現す。
「ご機嫌ななめですね、旦那」
「いきなり天使を喰うな。影からエンジェル・コアを取り出す俺の身にもなれ」
 ビルとビルの間。照明が切れる僅かな瞬間に事を運んだディアッカにイザークは叱責した。
「そんな事言っても、彼女、諜報員だぜ? イザークだって顔ばれたら困るし、そろそろ俺も腹ごしらえしたいな~ってね」
 悪魔であるディアッカにとって天使は天敵であると同時に、その消滅間に放つエンジェルフレアは彼らの食糧であると言う。人の魂も食らうが、存在を維持できるわけではないらしいから、悪魔達は定期的に天使を狙わざるを得ない。
「全く、夜の星と、お前達はどっちが本当の目的なんだ?」
 夜空の星なんて代物、本当はどうでもいいのかも知れない。
「さあ、もう忘れちまったね、俺は」
 悪魔も天使も所詮は同じか。
 地上の都合など彼らには関係ないのだろう。夜が寒いから、暗いからと理由をつけてみた所で、気に入らないの一言で本当は済むのかも知れない。


「おい聞いたか? またやられたってよ」
「くそっ。ラスティのエアバイクに乗っているんだってな、そいつ」
「アルテミスも店じまいした」
「そう言えばミゲルもあいつにやられた」
「ストライクめっ」
 ギルドに加盟するバー・ガモフの上のフロアーではその話題で持ちきりだった。かつてはラスティの駆ったエアバイクの名も、今はセブンスフォースの新人の忌まわしい代名詞と化している。
 イザークがガモフのドアを潜ったときも、いつものテーブルに付くまでに何度その話題を耳にしたか知れない。まるでここ最近の定番とばかりに各テーブルでその話題に花が咲く。曰く新兵器が投入されたの、新型の対悪魔探知機が開発されたの。
「ここだけの話、ストライクは人間らしいんです」
 両手でグラスを抱えるニコルの言葉に、イザークは眉をひそめる。人間とはどういうことだ。そう表情に出てしまって慌てて平静を装う。ヒューと口を尖らすのは、人間のようにテーブルについてアルコールを嗜むディアッカ。
「噂ですけどね」
「ところで、ニュースとは何だ。まさかそれじゃないだろうな」
 今日、わざわざここまで出向いたのはニコルから知らせたい事があると連絡が入ったからなのだ。大掛かりな攻勢が始まるのか、新たな反政府テロの情報か。
「会ったんです。アスランに」
「へえ~。そりゃ、めずらしい」
 ニコルの視線を感じてイザークはグラスを口に運ぶ。ここで驚いてしまっては、自分が驚いている事がばれてしまうと、目を閉じる。最後に奴に会ったのはいつだったかと記憶を探る。
「ペットロボットのパーツを探しているとかで、今度、ここで合う約束をしました」
「何っ?」
 イザークはぎろりとニコルを見てしまったのは失敗だと思った。これでは自分がすごくアスランを意識しているようではないか。ニコルもディアッカも、そんなイザークの内心をよそに話を続けるから、ほっとするもどこか悔しい。
「僕、彼が探しているパーツのあてがあって。結構、古いものだったんですね、あのペットロボ」
「でもさ、本当にあいつがこんな所に来るのか?」
 アスランはギルドに登録していない。街に数あるギルドの店に顔を出したという噂を聞いた事もない。彼の顔を知っているのは一部のエンジェルスレイヤーだけだろうから、店に現れても気づかないと言うことも多々あるだろう。それでも、奴がここに来るという情報が漏れればただではすまない。イザークと仲が悪い、トップクラスのエンジェルスレイヤーという情報だけは広がっているのだから。
「ふん、俺は別に会いたくもないがな」
 ニコルとディアッカが顔を見合わせて笑うテーブルに、乱暴にグラスをあおるイザークがいた。


 多分、いや絶対、エンジェルスレイヤー絡みだと思うんだ。
 一日空けて、キラはログからギルド関連の店をリストアップした。狙いをつけて数店に張り込み、その幹部とやらを押さえてやったらどうだろうか。
「却下です」
 ブリーフィング時、キラの提案はマリューの短い声に一蹴された。
「あのなあ、キラ。そんな不確かな情報で隊員を動かせるわけないだろう」
「情報戦を制しないと勝てませんよ」
「まずその情報戦で負けているのよ?」
 ため息交じりのマリューに、他の隊員達も肩の力を抜く。しかしキラはあきらめない。こうした雰囲気そのものが裏を掻かれる遠因になっていると思うのだ。
「これを見て下さい」
 ここ数日のログデータと街のギルド加盟店の位置、人の出入りを映し出してあながち信憑性がないわけでもない理由を説明する。爆破テロ依頼落ち着いているテロ活動と、市評議会に提出されているテロ関連法案に、裏にいる悪魔達が黙っていないだろう事。ネットワークを構成する彼らの店が最近やけに統廃合が進んでいる事。
「あくまで状況証拠に過ぎないわ」
「でも、張り込むくらいいいでしょ? ここでじっとしているよりましだし、パトロールと同じですって」
 そう言って赤くマークされる3つの店。ヘリオポリス、閉店したはずのアルテミス、そしてバー・ガモフ。通常のパトロールルートにそれらの店が追加されて、客を装って数人が張り込む。白星続きのキラが提案しても、それが精一杯だった。
「応援は期待できないから、何かあっても俺達だけで対応、だ」
「期間は1週間よ。それから、潜入担当に天使は当てられません」
 やっぱりそう来たか。キラは予想した答えに頷いた。もともと、街の協力者で張り込みをし、動きがあったら本部に連絡して包囲すればいいと考えていたのだ。マリューやフラガならまだしも、同じような顔ばかりの天使達が、スレイヤー達の溜まり場に出入りできるわけがない。いい鴨だ。
「と言うわけでチーム表はこうだ」
 キラはフラガが示した、毎日違うペアで3つの店を巡回する予定表を眺めた。逃走経路や連絡手段、事前に準備しておかなければならないことが山程あった。
 張り込みを開始して3日。キラはバー・ガモフに来ていた。機能はアルテミスを向かいのビルから、一昨日はヘリオポリスで慣れないディナーを経費で食べた。一転、ガモフはどこにでもあるダンスホールとバーで、客層も若くガラがいいとはいえない店だった。並んだディスプレイはニュースを流しつづけ、聞きなれない音楽が頭上から響く。カレッジの友人と飲みに行く店にもバーは幾つかあるが、キラが知っている下町の店とは違う、それなりにやばい店には違いなかった。
 サウンドが変わり、店内のライトも卑猥な色を多用し始める。次第に多くなるフロアの人口にどこかテーブルを探すとフラガに提案する。今夜のシフトはどうしても調整ができずに、およそ天使に似つかわしくない格好をしたムウ・ラ・フラガが外で待機し、店内にはキラだけがいた。隅の空いたテーブルに向かおうとフロアを移動しつつ、突如入ったキラはフラガの声に驚かずにいられなかった。
『本部から緊急連絡だ。ギルドの元締めが街に入ったらしい。行く先はアルテミスだっ』
「今頃になって!」
 フラガが現場に指示を出すその時、キラの視界を何かが横切った。
『あいつっ・・・どっから現れた。おいおい、今日はエンジェルスレイヤーの集会でもあるのか?』
 フラガの声は相変わらず聞こえていたが、視線はあるものをずっと追っていた。金属特有の光を反射して空中を滑空するそれは、見覚えがある小鳥だった。誰も彼に気づかない。藍色の髪を揺らしてドアをあける人物。黒いコートの青年は何事もなく人込みをすり抜けてフロアーを横切る。
 出逢いの場所はいずれもビルの屋上。今日と同じように穏やかな彼の雰囲気に重なって、過去2回のシーンがフラッシュバックする。逃避行を楽しかったと言う彼と、天使など星になればいいと言う彼と。
「アスラン―――ッ!」
 キラは飛び出していた。


 込みだした店内に、イザークはディスプレイに目をやる。特に目新しいニュースはなく、くだらない裏番組とセブンスフォースの動向が片隅で流れている。バー・ガモフに来てからかれこれもう2時間。
「なあニコル。あいつはいつ来るんだ?」
 イザークでなくても疑問に思う頃だろう。
「今日はずっといるから、時間はいつでもOKって・・・」
「ニコル・・・徹夜させる気か」
「あれ? 別にイザークが待っている必要はないんですよ?」
 銀色の髪がふわりと浮かび上がるのは何も頭から蒸気が吹き出したからではない。確かにニコルの言うとおりで、約束をしたのはニコルであってイザークではない。だから待っている必要はない、それなのに、帰っていいと言われると腹が立つ。
「あっ、あの小鳥です。よくできてますよね~。調子が悪いなんてちょっと信じられないです」
 フロアーを横切って、天井を周回飛行する鳥型のペットロボットをイザークは見つめた。確かに、たまに奴の肩に乗っているのを見たことがある。鳥型は確かに珍しいと、見事な飛びっぷりを見つめていると、フロアの澱んだ空気に風が流れるのを感じた。
 ドアの前に立っている黒いコートの男を見て、イザークは視線を送った。相手も気づいたのか、一瞥してフロアーに足を向ける。喧噪溢れる低俗な音楽やお客達の間を縫うように進む姿は妙に浮いて見え、独立した一個の影のようだった。イザーク自身もこの店の趣味が気に入っているわけではないので、埋没しないアスランに仲間を見つけた気分になる。
 そこへ、せっかくの気分を害するざわめき。先程まであったアスランの周囲にあった静謐さが跡形もなく消えている。彼の視線の先に、銃を構えて駆け寄る青年がいた。裏口で起こる騒音と振動。煙が直ぐに入り口から溢れ、襲撃を受けたのだと知った。
「ニコル、無事か!?」
「はい。でも裏からはもう逃げられませんね」
 咄嗟に身を伏せて床でニコルに目配せをする。まさか、アスランを待っていたなんて事はないだろうが、ギルド加盟のこの店に突入する以上、エンジェルスレイヤーが狙いなのだろう。いよいよ充満する煙幕にニコルに合図をする。指差す先は下のフロアーの左右にある隠しドア。
 騒ぎと煙を利用して手すりを乗り越える。光線に浮かび上がる煙の動きを視界に納め、ニコルの姿を探して、左のドアを目指す。
「ディアッカ、天使どもは何体いる」
「うじゃうじゃいるぜ。まずい、例の奴がいるかも、ストライク」
 ぼんやりとフロアーの前方が青く光っている。噂に聞く天使の新兵器だろう、撃たれると即消滅だとか言う。冗談じゃない。
「ニコル、どこだ」
 咄嗟に方向を変えようとして、腕を掴む。びくっと震えて振り返るのは、明らかに人違いで。どこかで見たことがあったか。イザークは一瞬、動きを止めた。
「貴様はっ! あの時のガキ」
 エアバス乗り場で一杯喰わされた、エンジェルコアをまんまと持ち逃げされた時の。
 どうなってんだ。声に出す前に彼の手にあるものに目を見開いた。そして、彼に顔に浮かぶ笑顔にも。銃口が青く輝く。 
「お前がストライクだと!」
 ディアッカの力がなければ直撃を食らっていただろう。相手が刮目するほどのスピードで宙を舞い、ストライクの背後に回り重心を下げて足をなぎ払う。迫る天使の身体を愛用の銃で吹き飛ばして、周囲を探る。晴れてきた煙の向こうでニコルが拘束されるのを見つけて舌打ちする。どうしてアスランに会いに来て、こんな目にあっている。俺は。ニコルも。それとも、天使達もとうとうヤキが回ったのか? 唯ではすまないだろうが。
「ニコル! 必ず助けてやるっ!」
続けて2体天使を消滅させる。勿体無いというディアッカの嘆きはこの際無視する事にした。バー・ガモフからそれ程離れていないビルの路地でイザークは、アスランはどうなったのだろうかと、バーの惨状を思い出していた。


「期待しないで待っています」
 見事な去りっぷりを披露するイザークが消えた後、店内には捕まった者たちが残された。その内の少年が呟くのをキラは耳にした。半壊したバー・ガモフ跡地では警官に扮した天使達が現場検証よろしくギルドの物を漁り、逃げ遅れたギルド関係者をしょっ引いて行く。
「それじゃあ、ちょっと署まで来てもらおうか。不法滞在君?」
 目を見開く彼が直ぐに、残念そうにうつむくのをキラは黙って見ている。両手の中の金属の小鳥は相変わらずじっとしていて、その小鳥をじっと見つめる少年を見ていた。

このためにトリィが出てきたり。しかし、まだ「トリィ」とは出てきていないんですよね。次回、エンジェルスレイヤー、本部強襲。